きっと貴方のことが好き   作:圧倒的雑魚臭

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緑の悪魔とトラウマ

 

「断固拒否する!!」

 

 理事長室に響きわたる絶叫ともとれる声。わななくガラス窓の外はすでにとっぷりと日が暮れ、闇夜を映し出していた。

 

「憔悴……。君も強情極まる男だ。理事長直々にこんなにも手厚く歓迎しているというのに……」

 

 理事長専用の机の上に茹だるような格好で頭を乗せる少女。どれ程の間この不毛なやりとりをしただろうか、その小さい顔には明らかに疲労の色が見えている。

 

「皐月賞終わった直後に拉致った挙げ句、椅子に縛り付けて承諾するまで帰さねえってのが手厚い歓迎なら俺もあんたらに頼み事をする時はそうしてやるよ!」

 

 そう言って椅子の背もたれ越しに後ろ手に縛られてる両手をほどこうと力をこめるが、一向に緩まる気配すらない。

 

「カブラギトレーナー、あまり無茶しないで下さい。縛っている手首の部分がうっ血して青ざめてますよ。うっすら血も滲んでます」

 

 この部屋の中で一人、未だに涼しい笑顔を崩さず、容赦ないことを放つこの緑の悪魔は俺の中で既に人外のレッテルを貼られていた。

 この監禁状態になってから、はや六時間以上は経っているだろうか。時計がないので確認のしようもないが、少なくとも昼日中から夜更けになるまでこんな状態であることは確かだった。

 

「疑問。一体何が不満だと言うのか……」

 

「何もかもがっつってんだろうが!そもそも俺はURA構想自体に反対だって最初から言ってるだろ!そんなやつをなんで最高責任者にしようとしてんだ!バ鹿か!!」

 

「カブラギトレーナーさん、強引なのは認めますが理事長に対して少々言葉が過ぎるのではないですか?」

 

 後ろ手に縛られた両手を上に持ち上げられた。手首に縄が食い込み少し擦れただけで激痛が走る。だがそれ以上にあり得ない方向に肩関節を曲げられて脱臼しそうになる痛みで悶絶していた。

 

「~~~~っ!!お前ら、教育委員会に訴えてやるからな。覚悟しとけよ……」

 

「いいですよ~。カブラギさんが過去にやらかして揉み消してあげた不祥事、不手際等諸々一緒に報告させて頂きますから」

 

 脅しのつもりなのだろうか、たづなさんは自信たっぷりにそううそぶく。

 

 だが、今の俺にとってそれは果たして脅しになっただろうか……?それでも、栗色の長髪を靡かせ疾駆するウマ娘がほのかに俺の脳裏に過ったのは確かだった。

 

「たづな。流石に疲れたぞ。先に帰ってもいいか?」

 

「あら、いつの間にかこんな時間……。もうすぐ理事長の就寝時間じゃないですか。ええ。カブラギトレーナーは私が必ず説得してみせますので、お気になさらず先にお上がり下さい」

 

「そうか……。後は任せた。あまり手荒な真似はするなよ?」

 

 そう言い残し、欠伸をしながらやよい理事長は退室していった。いくら理事長とはいえ、やはり見た目相応の反応に半ば拍子抜けしながら、理事長室には縛られて動けない俺と緑の悪魔ことたづなさんだけが取り残される形になった。

 

「いい加減カブラギトレーナーも素直になられてはいかがですか?担当バも一人だけでそんなに忙しくないでしょう?私達も全面的にフォローは致しますから」

 

「…………そういう問題じゃねえんだよ」

 

 俺の頭を支配しているのはURなんたらなどという訳の分からないものではなく、病院に一人取り残されているであろう担当バの心情だった。

 

「カブラギトレーナーの不祥事を隠すために私達がどれだけ骨を折ったことか……。その恩を今返すべきではないのですか?」

 

「それをあんたが言うのかい。世話になったのは確かだが、恩着せがましさが過ぎるぞ。第一、もうその恩を返す機会すら無くなるかもしれないんだが……」

 

「それは、どういう意味でしょうか?」

 

 真意を計りかね気色ばむたづなさん。

 だが、俺はグラスにしてしまったことを考えると、それを打ち明ける気にならなかった。

 

「……ま、グラスワンダーの方が俺に愛想を尽かしたってところだ。契約、解除……だろうな…………」

 

 最後の方は消え入りそうに声も震えていた。

 俺らしからぬ反応に、いよいよたづなさんも真剣な眼差しで俺を眺める。少しの沈黙の後、たづなさんはゆっくりと口を開いた。

 

「それは、まだ確定ではないのですよね?ならば、私が説得してみせます。カブラギトレーナーとの契約を破棄しないように、と」

 

 俺は緑の服に身を包んだ秘書に目を向ける。真剣な眼差しでこちらを真っ直ぐ見つめながらそう意気込む彼女になんの躊躇いもなかった。

 

 何故そこまで?

 俺とグラスの問題だろ……?

 何があったのか聞かないのか?

 

 色々な疑問が頭の中を駆け巡り、疲弊した体にまとわりついて俺の口を重くさせた。

 

「あの時の件とは違う。これはグラスワンダーのためでもあるんだ……」

 

「関係ありません」

 

 やっと開いた口で突いたその言葉は、ぴしゃりと有無を言わさぬ語気でたづなさんは付した。

 

「……カブラギトレーナー、お辞めにならないで下さい。もし貴方が学園を去るというならば、あの事件の真相を公開しますよ」

 

「……あんた、自分のやろうとしてることが分かってるのか?」

 

「軽蔑して頂いて構いません。ウマ娘の未来を守るべき立場の私がこんなことを言うなどと、あってはならないことは分かっています……。それでも……!」

 

 意を決したように俺の瞳をい抜くその眼差しは蛍光灯の下で光を反射するようにキラキラとまたたいた。

 

「……なんで、そこまで……」

 

 彼女の真っ直ぐな視線で、グラスにしでかした自分の醜さを見抜かれるようで、俺は思わず視線を反らし、吐き捨てるようにそう呟いた。

 

「貴方は……あの時から何も変わってません。だから担当バの心持ちも分からなかったのですよ」

 

 痛いところを突かれ、何も言えぬ俺の膝に、彼女はゆっくりとその腰を下ろしてきた。

 

「……は?おい!?」

 

 両足を広げ、またがるように俺の膝の上に全体重を乗せる。俺とたづなさんは上半身だけ向かい合うような格好で一つの椅子の上に腰かける形になった。二人分の重さでミシリと椅子が悲鳴をあげ、たづなさんのミニスカートからはみでる柔らかい太ももが俺の下半身を刺激する。

 そのまま彼女は言葉もなくじっとりと俺の顔を覗き込む。少し眠そうに下がった瞼に上気した頬。それがいつものたづなさんではないことは流石に理解した。

 声も出せず、身動きすらままならない俺が彼女の呆けた顔をみていると、たづなさんはおもむろに上半身をこちらに倒し、もたれかかるように抱きついてきた。

 後ろ手に纏めたショートヘアが俺の顔にかかり、サラサラと頬を撫でた。薄い香水の香りとともに、服越しでも分かる彼女の柔らかな肢体が俺を包み、人肌の温もりが皮膚を通して伝わってくる。彼女の吐息が耳にかかり、甘い匂いが俺の脳に刺激を送った。

 

 ブチンッ──!

 

 突如、俺の背中から何かが引きちぎれる音が聞こえたかと思うと、両手が急に軽くなり、手首の擦れる痛みも無くなっていた。

 密着していた体が離れ、彼女の柔らかな拘束から解かれると、たづなさんは俺にまたがったままヒラヒラと手に持っている物をあおぐ。

 

「これはもう、いりませんね」

 

 そう言って右手に絡む、恐らく俺の血で赤黒く変色したであろう縄紐を見せびらかした。

 

「いらない?あんたを突き飛ばして逃げればいいだけだろ?」

 

「そしたらあの娘の選手生命はないですよ。それに……、この状況、貴方にとってもよろしくないのではないですか?」

 

 余裕たっぷりにそう言い放つと、たづなさんはポケットからウマホを取り出して自らの頭上高く掲げた。

 

「あ!おい!やめ……!」

 

 パシャ!

 

 俺が制止する間もなく、緑の悪魔はシャッターを切った。

 

「あの娘との時もこんな感じだったんですか」

 

 不敵な笑みを浮かべ今しがた撮った画像を見せてくる駿川たづな。そのウマホには俺の驚愕の表情とそれに跨がる緑の帽子をかぶった女性の後ろ姿が頭上から写されていた。

 

「っ……!消せ!!」

 

 目の前に差し出された液晶を捕まえようと伸ばした手だったが、それは空しく空を切ったかと思うと逆にたづなさんの左手に捕らえられてしまった。

 

「消してあげても構いません。しかし、その前に言うべきことがあるのではないですか?」

 

 ……なんで俺はいつもこんな目に合うんだ……!?

 

 女性とは思えない力で右手を制御され、もはや届かぬ彼女の頭上に掲げられたウマホを睨みながら、俺は心の中で悪態をつく。

 なす術もなく物理的に蹂躙される今の様は、一年以上も前のトラウマとなった事件を思い起こさせていた。

 

「…………フゥ……。流石に、からかい過ぎましたね」

 

 しばらく睨み合うような形で向き合っていたが、突然彼女は何事もなかったかのように俺の膝の上から降りると、一つため息をついてそう呟いた。

 

「は?」

 

「冗談ですよ。こんな酷いこと貴方には出来ません。ですが、これぐらい本気だということは分かって欲しかったんです」

 

「………………」

 

「理事長にはいいように伝えますから、明日までにお気持ちを固めて下さい。色好い返事を期待していますよ?」

 

 そう言い残し、椅子に座ったまま呆然とした俺の横を通ってたづなさんは理事長のドアに向かってそそくさと歩いていった。

 

「……ところで、カブラギさんは何故まともな抵抗をしなかったのですか?力で敵わなくとも私を押し倒してその隙に逃げることだって出来たはずです」

 

「あんたが男だったらそうしてたかもな。だが、万が一にも怪我でもされたらって考えたらな……」

 

「ふふっ……。そういうところですよ?カブラギトレーナー」

 

 なんのことかと振り返った先には、いつもの柔和に笑った横顔があった。

 

 

 

「…………意気地無し……」

 

 理事長室の扉が閉まる寸前、確かに俺の耳には彼女の呟きを拾っていた──

 

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