きっと貴方のことが好き   作:圧倒的雑魚臭

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在りし日の夢

 

「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」

 

 妹のワンダーアゲインはクリスマスに用意してくれた二つのプレゼントの内、私が欲しかった方を素早くとっていった。

 おかっぱ頭に紅葉柄の和服を着た市松人形。日本文化が好きな両親らしいプレゼントだったが、今、妹の手の中でその彼女は金髪ロングヘアーのナイスバディな白人人形と挨拶をさせられていた。

 

 まあ、いいか……。

 

 幼心に諦めが慣れていってしまっているのは分かっていた。

 

 やや内向的で大人しい私と対照的に、ワンダーアゲインは明るく陽気で活動的な子だった。

 いつも我が儘ばかり言う妹に私は世話を焼き、一歩譲ったところでそんな彼女の傲慢を許していた。

 

 でも妹が嫌いなわけじゃない。むしろ、姉妹仲は良い方だと自賛していた。

 妹も妹で我が儘なのは確かだが、決して意地悪な子ではなく、逆に他人の不快なことを嫌う優しさを持ち合わせていた。ただ、姉の私にはその我が儘が少し強めに出ていたと思う。

 それは私に対する信頼であり、また甘えでもあると自分自身納得していた。ただ──

 

 

 

「あたしの方が絶対速かった!」

 

「いいえ。私の方が数フィート前だったわ」

 

 私にとって譲れないもの、こと競走に関しては一歩も臆さなかった。

 

 ワンダーアゲインは目に涙を溜めて駄々をこねていました。ですが私は知っています。このような態度をとるのは自分が負けていることを自覚している時なのを。

 それでも駄々をこね、負けを認めないのは私への敵愾心かはたまた自分が許せないからか……。

 どちらにしろ、こうなった妹も私に負けず劣らず頑固になってしまうのです。

 

「アゲインの勝ちでいいじゃない。お姉ちゃんなんだから譲ってあげなさい」

 

 そんな時、決まって仲裁……というより、私に譲歩するよう迫るのは母のアメリフローラでした。

 

 そこで一旦は収まるのですが、私は悔しくて歯ぎしりしながら不機嫌になります。小学校低学年の頃は泣いていたかもしれません。妹は妹で、そんな私に気を使ってなだめていました。半分は彼女のせいなのに。私が妹を嫌いになれないのもそういう可愛いところがあるからかもしれません。

 

「だけどどちらも素晴らしい走りだったよ。将来は二人とも立派な競走バになれるさ!」

 

 そして母想いの父、シルバーホークのフォローで私は母を恨むでもなく、単純な子供だった私はすっかり機嫌が治って円満な家庭を築けていたと思います。

 

 でも時々思うんです。日本文化好きの両親の感覚、『年長者なんだから年少者の我が儘には我慢して当たり前』という価値観は本当に正しかったのかと──

 

 

 

「お姉ちゃん、好きな人とかいるの?」

 

 突如聞かれたその質問は私があと数ヶ月でトレセン学園に入学する、そんな時期でした。

 

「いきなり何言い出すの?私、勉強で忙しいんだからそんな色恋沙汰してるわけないでしょう?」

 

 チラリと妹の方に目をやるが、彼女は枕を顎の下に敷き、ベッドの上でうつ伏せのままウマホを弄りながら画面から目を離しませんでした。

 私はすぐに教科書とノートに視線を移し、さっきまでの続きの問題を解こうと思考を巡らします。本来6月卒業のアメリカの小学校ですが、日本の4月入学に合わせて二月分の勉強をテストで賄う条件を出され、合格点をとるために私は必死に勉強していました。

 

「お姉ちゃん頭いいから今から勉強しなくたって十分合格できるよ。それよりさ、これでお姉ちゃんアメリカから離れちゃうわけじゃん?もし好きな人いたらずーっと、最低でも三年は離ればなれになっちゃうんだからそっちの方が大丈夫かな?って」

 

 どうも妹は妹なりに私を心配してくれてたみたいです。

 私は勉強の手を止め、彼女の方に向き直ると寝そべった妹に話しかけました。

 

「安心して。そのような人はいないわ。そしてこれからも……。少なくともトレセン学園で競走バとして走っている限りはそのようなことにうつつを抜かす余裕などきっと無いわ。日本全国、あるいは全世界の選りすぐりのウマ娘と覇を争うのだもの」

 

 そこでワンダーアゲインはウマホの手を止め、顔を上げて食い入るように私の顔を覗き込みました。

 寝そべった状態で足をパタパタとさせながらもまん丸な青い瞳で不思議そうに、何とも言えない表情で黙って見つめる妹に、久しぶりにこの子が何を考えているのか掴めなくなります。

 やがて一つ、大袈裟にため息をついてみせると、彼女はイタズラを思い付いた時のニヤリとした顔で口を開きました。

 

「ホント、お姉ちゃんそういうとこ全然だよねー。あのね、お姉ちゃんにとって競バが大事なのはよく分かるよ。でもね、恋愛だって若い内の特権なんだからね。中学高校っていう青春を競バ『だけ』に費やすことだけはしちゃダメよ。男との付き合い方が分かんなくて行き遅れたーなんてなっちゃダメだからね」

 

 果たして、私は思いもよらなかった。

 競走、あるいは勉学、さらに強いて言うなら日本文化をより学ぶこと以上に大切なことがあることに。いいえ、トレセン学園に行ってもっとやってみたい、してみたいことはあったはず。それでも殿方とそのような恋仲になるというのは頭の片隅にもなかった。

 

 知識として、ゲーム感覚、あるいはファッションの一部のように恋愛、恋人を作る方がいることは知っています。きっとアゲインはそういうことが出来るタイプでしょう。ですが私は……。

 

 相変わらずマセた子だと思いながら黙っていると、渋い顔をしたままの私に気付いたのか、アゲインはまたも不敵な笑みを浮かべて言葉を繋げた。

 

「恋愛は鮮度が大事よ。お姉ちゃんが気になる人がいつの間にか私の恋人になってたって後悔しちゃだめなんだから」

 

 

 

『お姉ちゃんなんだから我慢しなさい』

 

 

 

 ズキンと頭の奥に針が刺さるような痛みとともに母のその言葉が耳の奥に木霊した。

 突如視界が暗くなり、眩暈とともに手足が痺れる感覚を覚える。

 

 何……?アゲイン、どこ……?

 

 ぐるぐると回る視界の中を、辺りを必死に見渡すが、漆黒の闇の中に誰一人としていないことは何故か理解できた。

 

 突然、目の前に一筋の白い光が見え、同時に人型のシルエットが浮かび上がる。

 よれよれのシャツ、ボサボサの髪、ウマ耳は無く、背格好から男の人であることが分かった。

 

 …………知ってる。私は、この人を……。

 

 急に胸が締め付けられるような感覚に陥り、彼の仕草、におい、声や頭を撫でられた時の感覚すらも思い出せた。

 

 私は声を出し、呼び止めようとするが、何故か口から音は出ることはなく、その男の影は背中を見せたままだった。

 私はいてもたってもいられなくなり、必死に手足を動かして彼の元へ行こうとした。しかし、手足の痺れは思うように体を前へ運んでくれず、特に右足が全くと言っていいほどいうことを聞いてくれなかった。

 それでも闇の中をもがくようにわずかながらに前進していると、彼の右隣から別の影が現れた。

 

 ウマ耳を持ち、しっぽをふりながら親しげに彼に近づくウマ娘。淡い光の中でわずかに反射するその髪の毛が栗色であることが辛うじて視認できた。

 二人は固く手を握りながら光の方へと歩を進めだす。

 「待って!」「行かないで!!」と口を動かすが、やはり声は出ず、上手く動かない手足を泳ぐように動かして必死に二人に縋り付こうとした。

 

 いよいよ前の二人の影が光の中に包まれようとした時、私の口から心の声が音になって飛び出していった。

 

「行かないで〇〇〇〇さん!アゲイン!」

 

 振り向いたそのウマ娘の顔はしかし、私の予想とは違い、緑の瞳を携えた伝説のウマ娘だった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 うっすらと窓からの光が病室を照らし出す。周りの患者はまだ寝息をたて、忙しそうに、それでも音をたてぬよう気を配りながら廊下を歩く看護師さんたちの足音が私の研ぎ澄まされた耳に届いていた。

 

 まだ麻酔の残る手足の痺れを感じながら、先ほどの夢を反芻して私はいよいよ自分の心がわからなくなった。

 

 目尻から一筋の熱い水滴が流れ、一点の染みを作って穢れをしらない純白の枕を汚していった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クソ親父────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の闇に燃え盛る炎が辺りを照らす。

 ゴウゴウと雄叫びを上げて周りを呑み込まんとうねる様は、まるで獲物を求めて荒れ狂う怪物のように見えた。

 

「おい!離れろ!巻き込まれるぞ!」

 

「カブラギ自慢の邸宅が燃えとるぞ。いい気味だ」

 

 けたたましいサイレンの音と近隣の阿鼻叫喚の声が俺の心をさらにかき乱した。

 アスファルトの道路に無様にも座り込む俺の隣には自分を救ってくれた命の恩人が投げ出した足元で懸命に救護活動をしていた。頭から生える特徴的な耳を見ながら、俺は生き残るべきだったのかと自問する。

 どこから取り出したのかスカーフの様なもので右足膝下の肉を思いっきり締め上げて止血した。あり得ぬ方向に曲がった右足から噴水のごとく血しぶきが飛んだ。骨まで見えていたその傷口は大量の血潮で赤く染め上げられる。

 現実味を持たせない他人の足切れのように感じていたその棒切れから眩暈がするほどの強烈な痛みが俺に襲い掛かってきた。

 

「ぐっ……!!」

 

「ぼっちゃま!ご無事でございますか!」

 

 聞きなれた声の方を見やると、そこには執事兼養母のトメが割烹着姿のまま俺のそばに突っ立っていた。

 

「ああ……!ご無事でなによりでございます。ただ、旦那様がどこにもおられなくて……」

 

 心配そうに辺りを見渡す姿とは裏腹に、パンパンに膨れた割烹着の衣嚢(いのう)から宝石が顔を覗かせ炎に照らされて嘲笑っていた。

 

 銀行嫌いの親父のことだ。どうせ借用書も金券もどこか自宅にまとめて隠してたんだろう。これで全部燃えてパーだ。ざまあ見ろ。

 

「ごめんなさい……。君を助けるので精いっぱいで……。まだ中に人がいたなんて知らなくて……」

 

 俺の目線に合わせてアスファルトの上に正座したウマ娘は、目に涙を溜めながら謝罪の言葉を口にする。緑の瞳にそばかすが特徴的なその顔は心の底から申し訳なさそうな表情で俺を脅迫した。

 

「……中にもう『ヒト』はいねえよ」

 

 あんな奴人間じゃねえ。何人自殺に追いやった?どれほどの家族を壊した?あんな奴のさばらせちゃいけねえ。あんなのがいる限りこの世界は綺麗にならねえんだ。

 

「そう……。それなら、良かった」

 

 心底ホッと胸をなでおろしたその顔が俺の冷ややかな視線を温かく受け止めた。

 

「隣の家から出火したらしいぞ?」

 

「なんだよ。保険で元通りじゃねえか。しかも出火元の家は損害賠償で死ぬまで追い詰められるんだろうな……」

 

 野次馬の会話が自然と耳に入る。見物人は多く、皆一様に興味本位で集まっているのだろう。豪邸が燃えているのを見てあざけっている人しかいない様が当主の人徳を物語っていた。

 

 あの強欲親父が保険なんかに入ってるわけねえだろ。損害賠償だってさせるか。いままで暴利をむさぼってきた天罰なんだよ。

 

 右足から滴るどす黒い血を呪いながら、大地主カブラギ家の終焉を肌を突きさす炎の熱から俺は感じ取った。

 

 ホースから放水される水音。家事を知らせるサイレン。見物人の野次。木造家屋を飲み込む火炎の音。焼ける臭い。足から這い上る痛み。

 この世の全てが不快だった。

 

「あの、どうもぼっちゃまを助けてもらいましてありがとうございます」

 

 首だけ動かさず、目だけを動かして横を見ると、トメが深々と頭を下げてお辞儀をしていた。

 白い髪に頭頂部を団子にしてまとめた頭が炎の光に反射してオレンジ色に揺らめいている。

 

「そんな!気にすることないです。第一、私がもっと早く来てればこの足は……」

 

 言い淀む彼女の視線は自然と俺の足元へ向かう。白かったスカーフは真っ赤に染まり、それでも俺の足からこれ以上の出血を止めていた。

 

「出火直後に梁が倒れてきたんだ。どんなに急いだって間に合わねえよ。そもそも、あんなバカでかい梁に潰されてたんだ。生き延びられただけ奇跡だよ」

 

 そう言いながら、俺は中学三年間で築いたトラック競技の実績も右足の感覚と共に無くなっていくのを実感した。

 

「ぼっちゃま、残念ですがその足ではもう陸上競技は……」

 

「分かってるよ。俺の生きがいもここまでだ」

 

 空を見上げる。炎に照らされた夜空でも都心とは言えないこの地域を星々が見下ろしているのが分かった。

 あーあ。というなんとも言えない溜め息をつきながら頬に一筋の雫が流れて俺を慰めた。

 

「本当に、ごめんなさい。私も競バの選手だから君の気持ち痛いほど分かるよ」

 

「……あんたトゥインクル・シリーズに出てるのか?」

 

「うん。まだやっと一勝しただけだけどね。やっとトレーナーを安心させられたって思うよ。これ以上勝てなかったら学校追い出されちゃうとこだったから……」

 

 ふわりと浮かんだその言葉は俺の脳裏に焼き付いて離れなかった。

 夏の合宿でへばった部員を鬼のような形相で叱咤するコーチが頭に浮かぶ。

 

 トレーナーとコーチって何が違うんだ?

 

 申し訳なさそうな顔で俺の右足を見つめるウマ娘に向かって俺は思った疑問をぶつけようとした。

 

「なあ……」

 

「怪我人はいませんか!?いたら返事して下さい!」

 

「あ!ここ!ここにいます!重症なんです!助けてください!」

 

 俺の疑問が言葉になって彼女の耳に届く前に救急隊員がそれを遮った。

 手際よく俺を救急車に乗せる隊員たち。心配そうなウマ娘を残して俺と付き添いのトメはうるさい車で病院まで運ばれていた。

 

 そういや、お礼ちゃんと言ってなかった……。恩返し、しなきゃな……。

 

 彼女は何が喜ぶだろうと考えた時、ついさっき見せたトレーナーを語る眩しい笑顔が俺の心を焦がしていた。

 

 トレーナーか……。

 

 

 

 

 

 

 意識が覚醒し、先ほどの光景が夢だったことを確認する。

 

 見慣れた天井を見上げながら、幾分の懐かしさとともに昨日の出来事が否応なく俺を襲ってきた。

 

「……クソ野郎────」

 

 嫌な汗が身体中から吹き上がるのがわかり、にわかに心臓が暴れ出すのが分かった。

 

 枕元に置いてある時計を見ると、まだ朝の四時半。俺は軽い吐き気を我慢しながらシャワーを浴びる気にもならず、外の空気を吸おうと足を玄関に向けた。

 

「…………◯◯病院か……」

 

 下足箱の上に無造作に置かれた車の鍵を見ながら、昨日中山競バ場に残されたはずの愛車を思い出すと同時にグラスがいるであろう病院の名を呟いた。

 

 玄関から出て階段を下りながら、俺はいまだ痛む手の甲を押さえながらガラケーで地下鉄の始発時間を調べていた。

 

 カンッ!カンッ!と空気を震わす靴音が眠らぬ街に空しく響いた。

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