きっと貴方のことが好き   作:圧倒的雑魚臭

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探すウマ娘。探す男

 

「そう……ですか…………」

 

 実の無い報告に力なく応える。

 はあ……。と一つため息をつくと、電話越しに申し訳なさそうな声で謝罪の言葉が届いてきた。

 

「申し訳ございません。こちらも毎日チェックしているのですが……」

 

「いえ、こちらの我がままに付き合ってもらっている立場ですので、謝る必要なんかないですよ。それどころか感謝しても仕切れないほどです」

 

 でも……。と言い淀む桐生院の声に若干の焦りが滲んでいるのが分かる。

 グラスが行方不明になってから一週間。すぐに居場所を特定出来るものと下手に動かずに日本で待つことにしていたが、一向に彼女の情報は入ってくることは無かった。

 学園の廊下で行き違う栗毛のウマ娘に一瞬視線を奪われるが、すぐに思い直して電話先の相手に声をかける。

 

「これだけ待って何も情報が出てこないということは、すでに偽名でどこかに落ち着いていると考えた方が自然でしょうね」

 

「……あるいはウマ娘ではなく、普通のヒトとして過ごしているか。尻尾と耳を隠せばそれほど難しいことではないでしょうし」

 

「……今ここでそれを考えたところであまり意味はないでしょう。桐生院さんは今後、『グラスワンダー』の名前がヒットしないか一日一回ぐらい確認して頂ければありがたいです」

 

 お力になれずに申し訳ありません……。という落胆した彼女の言葉に再度感謝の想いを伝えるとその電話を切った。

 ここまで待って成果が無い以上、本名でアメリカの施設を使っている可能性がほぼゼロであることが分かっただけでも有益な情報である。あとはしらみつぶしにケンタッキー州の病院とホテルを聞きこんでそれらしいウマ娘を見つけるだけだ。幸いにもそれをしてくれている方はすでにいる。

 そんなことを思っていた矢先、手で握っていた携帯電話がけたたましく鳴り響いた。

 着信相手を見て、タイミングのいいことだと内心うそぶきながらその電話の通話ボタンを押した。

 

 

 

※以下【】書きは本来は英語です。

【……結論として、栗毛長髪のウマ娘はどのホテル、どの病院にもいませんでした。受付の言うことが本当だとしたらの話ですが……】

 

 アメリフローラの淡々とした口調の中にわずかばかりの動揺が感じられた。

 

【ご尽力ありがとうございます。ワンダーアゲインさんにもご協力感謝いたします、とお伝えください】

 

 ある程度予想していた展開だったからか、それほどのショックを受けていない自分自身に少し呆れもする。しかし同時にグラスワンダーが本気で雲隠れをしようとしていることも、また本気ならこの程度で見つかるはずもないことも俺が彼女をなにがなんでも見つけ出したいという衝動の糧になっていた。

 

【アメリフローラさんもお忙しい中ありがとうございます。後は私が直接そちらに出向いて捜索いたしますので】

 

 『見つからないことを確認するため』という嫌な仕事をさせてしまった罪悪感とともに、俺はいよいよアメリカに乗り込む決心を固めた。

 はやる気持ちを抑えながら通話を終えようと口を開きかけた瞬間、静まった電話口の向こうから、今までの彼女とのやりとりから感じたことのない重々しい気配が感じられた。

 

【……トレーナーさん、私のグラスワンダーは芯の強い子です。自分の中で『これ』と決めたことは貫き通すウマ娘。貴方に捕まらないように隠れたとなれば一筋縄で見つからないのは当たり前です。しかし……】

 

 彼女は口をつぐみ、一つ息を整えた。

 

【……同時に年端もいかぬ少女でもあります。もし、万が一あの子が何かの事件に巻き込まれているとしたら……】

 

 最後の消え入りそうな声色から彼女の同様の色が濃くなっていくのが分かった。

 想定していなかったわけじゃない。ウマ娘とはいえ日本より治安の悪いアメリカでそんなことが起こる可能性が無いわけじゃない無い。

 それでも俺の中での答えは既に決まっていた。

 

【安心してください。たとえそうなったとしても、貴女の元にグラスを連れ戻して差し上げます。……俺の命に替えても……】

 

 トレーナーとしての責任?こんな事態にしてしまった懺悔の念?

 いや、そんなものではない。きっと俺はグラスの笑顔が見たいだけなんだ。あの屈託のない太陽のような笑顔を取り戻すためなら、今の俺なら命だって賭けられる。こんな安い命で済むならいくらでも……。

 

【カブラギさん、あまり無茶はしないで下さい。グラスワンダー……あの子にとってもきっと貴方の存在は大きいものです】

 

【ご忠告ありがとうございます。……けじめはきちんと取りますので】

 

 彼女との通話を切ると、俺は自宅に用意していた旅行鞄を取りに行こうと学園の廊下の踵を返した。

 

「やっと見つけたぞ。いい加減逃げ回るのも大概にしろ。ウマ娘の足から早々何度も逃げ切れると思うなよ」

 

 振り返ると同時に、思わずしまったと内心後悔してしまった。廊下の向こうにはこの一週間追いかけっこをしてきた黒鹿毛のウマ娘が見て取れたのだ。

 その猛禽類の様な野性味のある禍々しいオーラを隠そうともせず、まだ着慣れていない藤色のセーラー服に身を包んだそのウマ娘は静かにこちらの方に歩み寄っているのが分かる。学園内を熟知していない彼女から地の利を利用して逃げ切ってきたが、所詮は人間の足で誤魔化してきただけに過ぎない。それに彼女もそろそろここに慣れてくる頃合いだ。あの野生の鷹のようなウマ娘に捕まるのも時間の問題だった。

 

「なんで俺に付きまとわうんだ!お前を欲しがるトレーナーは他にも沢山いるだろう!」

 

「言っただろう。私はあんたを担当として迎えてやると。それに、あんたからそれの答えをまだ聞いていないしな。いい加減女々しく逃げ回らずに堂々と答えたらどうだ?」

 

 少しずつ近づいてくるウマ娘を前に、俺は後ずさりしながら脱出路を探す。丁度階段のところまで来たところで目の端に俺を手招きする影が見えた。

 俺は踵を返すと脱兎のごとく影のいた階段の方へ駆け出した。

 

「待て!」

 

 黒鹿毛のウマ娘がほとんど同時に駆け出したのが分かる。俺はわき目も降らずにその階段を駆け下りていった。

 

「きゃっ!!」

 

 直後、頭上から何かがぶつかる音と女性の軽い悲鳴が聞こえてきた。

 

「っ……!すまん。怪我はないか?急いでいたんだ」

 

「こちらこそすいません。私は平気です。……貴女、もしかしてナリタブライアンさんではありませんか?」

 

「あ?なんで入学したばかりの私の名を知っている」

 

「私、こう見えても記者の端くれでして。選抜レースでの走り拝見させて頂きました。他を寄せ付けない圧巻の走り!作戦や小細工など一切ない、横綱相撲!クラシック三冠さえも通過点に過ぎないと思わせるほどの強さ!素晴らしいです!!是非取材させて頂きたいのですが、お時間よろしいでしょうか!?」

 

「チッ……!私は急いでいるんだ。それより、今男がここを通っただろう?上に行ったか、下に行ったか教えてくれないか?」

 

「教えてさしあげてもいいですが、タダでとは……」

 

「クソ……!記者魂というやつか。いいだろう。今度取材を受けてやる。メイクデビューもしてないこんなウマ娘で良ければだがな」

 

「ありがとうございます!何をおっしゃいますか!こちらとしては願ったりです!ああ、クラシック戦線だけでなく、天皇賞、有マ記念と貴女が制していく姿が見えるようです!こんな未来の逸材を独占インタビュー出来るとは、素晴らしいです!!」

 

「おい、しゃべりすぎだ。あの男はどっちへ行ったんだ」

 

「ああ、それは階段の上へ登っていきましたよ。ウマ娘の貴女ならすぐにでも捕まえられるでしょう」

 

「そうか。すまんな」

 

 そしてウマ娘の脚力で力強く階段を駆け上がっていく音が耳に聞こえてきた。

 

「……もう大丈夫そうですよ」

 

 階段の手すりの上からひょっこりと顔を出して、その記者は俺の頭上からそう声をかける。

 

「……人のこと言えんが、あんたも相当(たち)が悪いな」

 

「やり手と言ってください。まあ、貴方のお陰でナリタブライアンさんに取材できるので感謝してますよ」

 

 ニヤリと口元を歪めて悪い笑みを浮かべる乙名氏。嘘を教えていながらその対価を求めるのだから悪質というしかないだろう。まあそれでこちらは助けられたわけだが……。

 

「悪いが俺も急いでいるんだ。じゃあな」

 

 まだあのウマ娘が探し回っているこの校舎からさっさと離れようと急いで階下に降りようとしたが、またしても俺を引き留める記者の声がかかった。

 

「待ってください。貴方を助けたお礼がまだです。グラスワンダーさんの入院した病院がまるで分からないのですが……」

 

「……お前マジか……」

 

 こちらが教えてもらいたいという気持ちだが、それ以上にこちらにも助けた対価に情報をせびるその姿勢にもはや呆れていた。

 

「というのは冗談です。流石にそこまでがめつくはありません。記者の端くれとして、一人で探し当てますよ。いくら情報規制してても見つけてあげますから、その時はまた取材させてください!」

 

 記者……。見つける……?そうか……!

 

「……乙名氏さん、あんたの取材力を見込んで頼みがあるんだが……」

 

 可能性は1パーセントでも高くした方がいい。グラス、お前を見つけるためならなんでもするぞ……!

 

 へ?と間抜けな声を上げ、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする乙名氏を尻目に、俺は彼女の手を引っ張って人のいないところに改めて連れて行った。

 

 

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