きっと貴方のことが好き   作:圧倒的雑魚臭

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再燃する熱

 

「いやあ、アメリカの空気はいいですねえ!日本は醤油の匂いがするといいますが、アメリカはなんの匂いでしょう?なんとも言えない独特な……」

 

「シラチャ―ソースとかだろ。考えたこともねえな。それより……」

 

 隣を平然と歩く記者に目線を移すと自然と言葉に詰まってしまった。

 

「……?なんですか?」

 

 こちらの視線に気づいたのか、不思議そうな顔をこちらに向ける。

 隣を行く乙名氏記者はケンタッキー州の空港を俺の歩調に合わせて歩いていた。いつもの灰色のスーツにシルバーのキャリーケースを引きながら颯爽と歩く姿は一見するとキャリアウーマンに見えるだろう。いや、実際にキャリアウーマンなのだが……。

 

「お前んとこのデスクはどうなってんだ。んでお前のフットワークの軽さもどうなってんだ」

 

「いやですねぇ。いつでもどこでも駆けつけられるように準備しておくのが記者としての矜持ですよ。うちのデスクも理解ある方なのでネタがあるところにはどこでも行かせる主義なんです。まあアメリカまでって言ったら流石に驚かれましたけど……」

 

 そういって頭をかく乙名史記者。

 記者が記者ならデスクもどうかしている。俺も人のことを言えないが……。

 

「よく出張費が下りたな。見つかるかも分からん一ウマ娘のために出せるような額でもないだろ?」

 

「何言ってるんですか。自費出張ですよ!知り合いのウマ娘さんが行方不明になったんですから、私だって心配なんですよ……」

 

 ……そうか、あっけらかんとしているがこいつはこいつでグラスのこと心配してくれていたのか……。取材目当てで協力してくれるもんだと思ってたが、悪いことをした。

 

「そして私が見つけ出したあかつきには、独占密着取材の許可を頂きます!朝日杯、皐月賞を制し、忽然と消えたウマ娘の行方……!世代最強を謳われる一角は今いずこへ!?ああ!もうすでに見出しのタイトルまで頭の中から自然に浮かび上がってしまう!これほどまでにインスピレーションを刺激させてくれるなんて……!素晴らしいです!!」

 

 …………前言撤回。やっぱこいつは取材目当てか……。

 

「……グラスじゃなくて俺の取材だったら受けてやる。独占でな」

 

 流石にその場にいない本人を売るようなことは出来ない。というかしたくない。

 

「本当ですか!?名伯楽と謳われた方の独占取材なら願ったりですよ!カブラギさんはなかなか取材を受けさせてくれないトレーナーで有名でしたので、そう言って頂けるだけでも俄然やる気が湧きます!」

 

 俺の評価そんなことになってるのか……。まあマスコミ界隈の評価なんかどうでもいいが。

 そんなことよりか目的がはっきりしてる分、報酬をちらつかせてやれば目の色変えて探してくれるだろう。やりやすくて助かるが、密着取材は必要経費だ。仕方ない。

 

「それはいいとして、あんたこっちでマスコミ仲間……というか、まず英語は話せるん」

 

「Are you kidding? I can speak 7 languages.Don't you look down on.Anyway,than that you?」

 

「ああはいはい。分かった分かった。じゃあNYタイムズ仲間でも紹介してくれることを期待してるよ」

 

「勿論!大船に乗ったつもりで頼って下さい!」

 

 どや顔で胸を張る女。しかし普段の言動を思い出しながら、本当に大丈夫か?という不安が付きまとっていた。

 

 

 

※以下【】書きは本来英語です。

 

【ええ!?出来ないってなんでですか!?】

 

 フロア中に甲高い乙名氏の声が響く。何事かと大勢の目がこちらに集まるが、すぐに興味を無くしたように各々の仕事に戻っていく。

 当の声の主は口をあんぐりと開けて茫然と無慈悲な回答を寄越した黒人を凝視していた。

 

【ど、どどど、どうしてですか?】

 

【申し訳ないが、うちらにそんな余力は無い。ケビンの伝手だから話を聞いたが、人探しではな……】

 

【そんな!天下のニューヨークタイムズの情報網ならすぐ見つかるはず……】

 

【天下の、ね……。見たまえ。このフロアを】

 

 それほど広くもない部屋に小さめのデスクがぎゅうぎゅうに並べられている。ところどころフロアの床がはがれ、未だLEDになっていない蛍光灯の一部は点いていない。よく見ると社員も働いているのは一握りで、あとは雑談に興じていたり携帯をいじっていたりと無気力感が支配していた。

 

【いかにニューヨークタイムズと言えど地方局ではこんなものさ。U.S.Aは全国紙より地方紙の方が強いんだ。ことこんな田舎ではね】

 

 嫌な予感が的中してしまったが、それでも一縷の望みをかけて俺はなんとか食い下がった。

 

【確かにあんたらにうま味が無いのは分かる。だが新聞の隅に人探しの欄でもねじ込ませてもらえないか?それぐらいは手間じゃないだろう。もちろん謝礼は払う】

 

【そんなことはチーフが許さないよ。ただでさえ紙面のスペースはカツカツなんだ。第一うちらは警察じゃない。人探しならよそを当たってくれ】

 

 あからさまに迷惑そうな表情で追い返そうとする男。流石の乙名氏記者も失意の念が顔に浮かんでいた。

 

【頼む!なんでもする!他に伝手なんて無いんだ!せめてそれらしい療養所を紹介してくれるだけでも……】

 

【いい加減にしないか……!!あんまりしつこいと警備員を呼ぶことになるぞ!】

 

 クソ……!クソッ!!クソ!!……ここで諦める?違う!俺は今まで多くのものを諦めてきた。この足も、怪我をした担当バも、トレーナーという職も、一度はグラスワンダー、あいつさえも……。

 マルゼンスキーが俺の元を去って以来、俺の中には諦めが染みついていった。そうでしか、不当なマルゼンスキーの処遇に自分の中で折り合いを付けられなかった……。けれど……。

 

「今度こそ、諦めてたまるか……!グラスワンダーを、取り戻すまで……」

 

 これは俺の我がままだ。あいつにとって、迷惑なだけかもしれない……。それでもいい!今は、今だけは……。

 

【……今、グラスワンダーと言ったか?】

 

「え?」

 

 何を聞かれたのか分からなかった。

 聞きなれない英語だったことも反応が遅れた一因だが、しかし、目の前の黒人の困惑した表情を目にしながら徐々に俺の思考に一つの単語が染み込んでいった。

 

 ぐらすわんだー……?グラスワンダー!?

 

【シルバーホークとアメリフローラを親に持つグラスワンダー嬢のことか?】

 

【ッ!!そう!!そうだ!!栗毛で前髪のこんな流星が特徴的なウマ娘だ!知ってんだろう!?】

 

「ちょ、ちょっとカブラギさん。落ち着いて下さい」

 

 掴みかからんばかりに前のめりになって必死にグラスワンダーの特徴を手振りで説明する俺を制止するように、乙名氏が俺の服を掴んで諫める。

 必死の形相で食いかかる俺を見るその男は驚きの顔を作ると、立ち去ろうとしていたその体を俺に向き直して襟を正してこう口にした。

 

【……なるほど、ケビンがわざわざ私に頼んだのはそういうことか……。Ms.オトナシ、貴女はいい友人をお持ちのようだ。そして、Mr.カブラギ。先ほどの非礼を許してほしい】

 

 そう言うと、彼はぎこちなく日本風の謝罪表現であるお辞儀を深々とした。

 先ほどの対応との違いに混乱しかけた頭を整理していると、

 

【では、協力して頂けるということでしょうか?】

 

 乙名氏がすかさずそう口を挟むと当の黒人は複雑な表情を作って少し言い淀んだ。

 

【……協力……そうだな、協力しよう】

 

 やっと絞り出したその言葉は俺が求めていたそれだった。

 思わずその場で小さくガッツポーズをしていた。握った拳の先から、今まで忘れていた熱が伝わってきたような錯覚を覚えていた。

 

【ただし、】

 

 俺の静かな歓喜に水をさすように彼は言葉を足してきた。

 

【あくまで個人的に、だ。先ほども言ったようにNYタイムズ社として捜索は出来ない】

 

【だが、独自の情報ルートは使えるってことでいいんだな?】

 

【私が知っている範囲であれば】

 

 強張った体から力が抜ける感覚。どこまで続くか分からない暗いトンネルの中で一筋の光が見えたような気がした。

 

「とりあえず、これで一歩前進ですね。カブラギさん」

 

 振り返った乙名氏の顔も頬を緩めて笑みを浮かべている。

 

「ああ、そうだな……」

 

 自分でも驚くほど気の抜けたその言葉は、ここからでも聞こえるフランクフォートの雑踏の音に混じっていった。

 

 

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