──私は多分貴方のことが好き。
──ううん。……きっと、絶対貴方のことが好き。
やっと分かった。
確信した。
夕日に照らされた彼を見た瞬間。
怒りも憂いも怨嗟も全てを吹き飛ばすぐらい、貴方のことがたまらなく、好き。
茜色に輝くその瞳。
ぶっきらぼうなその声色。
でも心配そうなその表情。
風に揺れる前髪。
いつものTシャツ。黒のズボン。
溢れ出す。洪水みたいに。
止まらない。この躍動。
胸の奥を満たしていくこの激情。
──ああ、私……恋してる。
夕日を浴びて川面がキラキラと眩しく踊る。
河川敷を埋め尽くすススキの穂が風になびいてクスクス笑った。
いつまでも返事をしない私を怪訝そうな顔でトレーナーさんが近づいてきた。
私の心臓は爆発するんじゃないかと思えるほど暴れている。
ドクンドクンと。
今までしてきたどんなレースでも経験したことがない。早く、激しく、心臓が脈打つ。
彼が何かを問いかけた。私は答えられない。
拍動する心臓の音で愛しい彼の声が聞こえない。
……ごめんなさい。バ鹿!大っ嫌い!!ずっと会いたかった……。なんで今さら私を追いかけてきたの!?あの時来てくれなかったじゃない!!……もう離さないで……。貴方も苦しかったの?どうしてあの時…………。なんで……?なんで…………。
頭の中で文字になって消えていく。それでも口からでるのは、う……。とか、あ……。とか。声にならない声。
答えられずにいると、トレーナーさんが私に近づき、そっと手を伸ばす。
ビクッと体を震わせ、思わず目をつむった。
すくめた肩と小刻みに震える皮膚の先から、彼が伸ばした腕を一瞬躊躇するのが分かった。
次の瞬間、私は暖かい何かに包まれた。
嗅ぎ慣れたあの香りが鼻をつく。
彼の腕は私のうなじと肩を抱いて、逃すまいときつく締める。
でも苦しくはない。顔に当たる男の人の厚い胸板がそれを柔らかく受け止めてくれた。
目が熱い!頬が熱い!
気付けば私は泣いていた。目の奥が焼けるような感覚。我慢しても我慢してもとめどなく涙が溢れてくる。
「トレーナーさ……。わたし……」
嗚咽交じりに思わず声が飛び出した。
何を言おうとしたのだろう……。頭の中は真っ白で、言葉なんか出てくるはずも無かったのに……。
「……すまない」
激しい心臓の音に紛れてこの言葉だけが聞こえてきた。
相変わらずぶっきらぼう。でも声色は少し震えていて、いつも飄々としている彼でも動揺しているのが伝わった。
言わないで。貴方だけが悪者になってしまう。
私が、弱い私が悪かったの……。
今なら分かる。
どうして私があそこまで心をかき乱されたのか。
私は貴方に担当ウマ娘以上の扱いを求めてしまっていた。
担当とトレーナーという形を超えて私は貴方の『特別』になりたかった。
今まで抑え込んできた激情が、洪水のようになだれ込んで私を突き動かす。
楚々として、半歩引いて今まで押し殺してきた、自分でも気づかなかった身勝手な想い。それはきっと伏しておくべき。
でも……!
今、言わなければ、きっと一生言葉に出来ない──!!
──決まってたんだ。私が次に出すべき言葉。
私は彼の胸をそっと押しのけた。
彼は一歩後ずさり、抱擁を解く。
彼の胸に着けたトレーナーバッヂがキラリと私を睨んできた。
ごめんなさい。
それでも私は止まらない。
止められない。
この気持ちだけは。
俯いた顔を上げ、吸い込まれるような彼の瞳を覗き込んだ。
すうっと大きく息を吸い、私の胸に押し込められてた思いが声になって溢れていった。
「トレーナーさん!わたし────!!」
ゴウと一陣の風が音を立てて二人のそばを通り過ぎた。