きっと貴方のことが好き   作:圧倒的雑魚臭

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その最果てまで、貴方と一緒に

 

「……すまない」

 

 震える腕で掴んだ彼女の体は小刻みに震えていた。

 

 こんなに小さいのか…………。

 

 まだ中学二年、中でもグラスは小柄なウマ娘。知ってたはずなのに、その雰囲気と芯の強さに俺は見誤っていた。

 

 力を入れたら壊れてしまいそうな小さな体に、どれほどの重荷を背負わせてしまっていたのだろう。どんな思いをいだかせてしまっただろう……。

 

 心の奥から後悔の念が後から後から湧き出てくる。その思いに押し潰されそうになりながら、それでも謝罪の言葉を口にした。

 

 分かっている。こんなもので許されるものではない。それでも俺はこうすることしか出来ない。

 他にどんなに言葉を並べても彼女の前では陳腐な言い訳にしかならないのだから。

 

 誰もいない川べりにグラスワンダーの息を殺した嗚咽だけが木霊した。

 抱き締めたシャツの上から伝わる体温を感じながら、本当に今、グラスワンダーがこの手の中にいるのだと実感する。

 もう離さないように、もう壊れないように、優しく、しっかりと抱きとめた。

 

 しかし、次の瞬間胸元を手で押される感覚を覚える。グラスが離してくれるよう要求しているのが分かった。

 

 ……ああ、そうだよな。所詮俺の我がままなんだから。

 

 俺は諦めるようにその手をほどき、彼女を解放する。

 半歩後ろに下がるグラス。伏し目がちに俺を捉える愛バのその瞳は、涙と夕焼けの光でサファイアのようにキラキラ瞬いていた。

 

 目の前のウマ娘を離した瞬間、俺は言いようのない喪失感に見舞われる。手離した可憐な花がもう二度とこの手に戻ってこないことを覚悟して、俺の役目は終わったのだと言い聞かせた。

 

 これで最後……。俺の我がままはここで終わり。これ以上は望んではいけない。望む資格は俺にはない。

 

 胸の内から湧き上がる衝動を抑え込んで、出かかった言葉を飲み込む。

 二人の吐息だけが響くこの世界の中で、彼女は一つ大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐いた。

 伏せていたその瞳をゆっくりと俺に向けたその瞬間、グラスが俺にかけるであろう言葉が別れのそれであることを覚悟した。

 

 ……これでいい。もう思い残すことは…………。

 

『お前はグラスワンダーの担当トレーナーだ!!』

 

 ……金元…………?

 

『誰がなんと言おうと、たとえお前自身が否定しようとグラスワンダーの担当トレーナーはお前だ!カブラギィ!!』

 

 おいやめろ……。

 

『グラスワンダーを導けるのはお前だけだ!他の誰でもない!グラスワンダーが唯一受け入れたお前だけだ!』

 

 俺に資格なんか——

 

『資格?なんの話をしているの?二か月以上も異国の地で探したのはお別れを言うためなの?筋論や理屈だけでこの世界が形作られてると思うなんてつまらないわ!』

 

 

 

 

『——また見せてよ。……貴方の溢れ出るパッションを』

 

 

 

 

 目の前の栗毛の愛バが大きく息を吸いこむ。

 世界が彼女のその言葉を待つように、一瞬、完全なる静寂が訪れた気がした。

 

 

 

 

 ああ、そうだな。俺はグラスワンダーの相棒だ!

 

 

 

 

「トレーナーさん!わたし────!!」

 

「グラスワンダアアアァァァァァ!!!」

 

 突き動かされる衝動のまま、俺の慟哭は二人の間に充満した。

 世界に響くように、誰も聞き漏らさないように、俺が決めた覚悟を、俺自身が断ち切らないように——

 

 俺はポケットにしまっていたそれを手のひらに乗せると形を壊さないように軽く握って胸に当てた。

 驚いた表情で目を見開く愛バの前に俺はゆっくりと跪く。左膝を砂利の上に置き、右膝を立てて目の前のウマ娘にかしずいた。恭しく、一国の妃をもてなすように、彼女の瞳を見つめたまま俺は握りこんだその右手を前に突き出して口を開く。

 

 

 

「グラスワンダー。俺と……俺と夢を見ないか?お前と一緒に、人生を歩む夢を——!」

 

 

 

 閉じていたその右手をゆっくりと開け、愛バの前にそっと差し出した。

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

「グラスワンダアアアァァァァァ!!!」

 

 私の叫びよりも大きなその声は、私のセリフをかき消して空気を震わせる。

 いつも静かで泰然としたその人の口から雄叫びのような声が出ているのに気付いたのは、私が驚きのあまり思わず口をつぐんだ後だった。

 

 あのトレーナーさんがこんな大きな声を……。

 

 今まで見たことがないほどの激情をぶつけられた衝撃を受け、面食らった私をよそに、彼は河原の砂利の上に跪いた。

 着いた膝から水が染みていくのも構わず、彼は私の瞳を射すくめながら厳かに右手を差し出すと、意を決したようにおもむろにその口を開いた。

 

 

「グラスワンダー。俺と……俺と夢を見ないか?お前と一緒に、人生を歩む夢を——!」

 

 

 見下ろす先、誰よりも見知った男の顔に夕日がかかる。

 額にかかるくせ毛の合間に覗く黒い瞳。私を逃すまいと射抜くその視線は、このセリフが冗談ではないことを物語っていた。

 

 握られていた彼の右手が徐々に開いていく。

 青を基調にした帯に赤い線が入ったリボン。白いワッペンは赤い線がたすき掛けに引かれ、そしてその上に金の刺繍で彩られた『G』の文字——

 

 せせらぐ水の音がうるさい心臓を冷やかす。

 小麦をついばむ鳥たちが固唾を飲んで見守っていた。

 

 ゆっくりと手を伸ばす。

 捨ててきた過去を取り戻すように、私の前に差し出されたその耳飾りを自然と右手が追いかけていった。

 

 

 

 

 

「貴方と共に歩む夢、その頂きまで私を導いていって下さい。私の……私の、トレーナーさん…………」

 

 

 

 

 

 地平の果てで名残惜しそうに沈んでいく太陽が、見つめあう二人を静かに眺めていた——

 

 

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