きっと貴方のことが好き   作:圧倒的雑魚臭

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蘇る詩

※【】書きは本来英語です。

 

【さあ!たあんと食べて下さいね!トレーナーさん】

 

 山盛りのフライドチキンをテーブルの真ん中に皿ごと乗せると、嬉しそうにオリヴィアの姪は俺の方を向いて声を上げる。

 

【いやあ、まさかグラスちゃんが既にトレーナーを見つけていたとはね。持ってきた申込書も必要無さそうだ】

 

 我先にフライドチキンを取りながら上ずった声を上げる主人。喜色満面の顔が彼の感情を良く表していた。

 

【それは申し訳ありません。わざわざ市街まで出向いて下さったのに】

 

【いいの。いいの。気にしないで!どうせこの人、フライドチキン買うために行ってきただけだから】

 

【今日だけで使いきるとは思わなかったけどね。グラスちゃんも食べて食べて!若いウマ娘なんだから沢山食べられるでしょ?】

 

【え、ええ。お気遣い、ありがとうございます】

 

 明るい夫妻に対してグラスにぎこちなさが残っているのがなんとなく分かった。

 

【トレーナーさんもよくこの家見つけられたわね!皆説明されても迷ってたどり着けないって言うのよ!まあ、周りが小麦だらけで目印がないからなのよねぇ。オリヴィアに教えてもらったんでしょ?グラスちゃんも彼女に世話になったって言ってたし。ちょっとぶっきらぼうなところがあるけど、話すと気さくで優しいでしょ?自慢の叔母なのよ!】

 

【……いえ、オリヴィアさんに直接教えてもらった訳じゃありません。ヒントは頂きましたが……】

 

 そう言ってあの病院で出会った気の強い女性を思い出す。最初は警察まで呼ばれそうになったが、事情を説明したらグラスのトレーナーであることは納得してもらえた。しかし、居場所に関しては『約束だから言えない』の一点張り。非常に義理堅いところはグラスに良く似ていると思えた。

 

【あら?教えてくれたっていいじゃない。グラスちゃんのトレーナーさんなんだから何もやましいことなんてないのに】

 

【それは私との約束のせいです。私は……追われてる身でしたので、『誓って誰にも居場所は教えない』とおっしゃって頂いたもので】

 

【あら、そう……】

 

 まさか目の前にいる担当トレーナーがその追いかけていた張本人だとはとても思わないだろう。彼女は納得したように相づちを打った。

 

 だがおかげで二か月という長い期間を異国の地で彷徨うことになった。しかし、彼女のことを恨んでいるわけではない。最初からこの程度は覚悟していたし、口が固く信頼できる人として好感すら持っていた。

 

【色んな人の、尽力があってここまでたどり着けました。背中を押してくれた人、檄を飛ばしてくれた人、一緒に探してくれた人……。誰一人欠けていたらグラスにはたどり着けなかったと思います。……一人では何も出来なかった。俺はちょっと乱暴なところがあって、それを分かってたから人に迷惑かけないようになるべく他人に関わらないように生きてきたつもりでした。でも今回の件でいかに自分が無力か、『自分一人でなんでも出来るようになる』なんて思っていたことのおこがましさを学びました】

 

 やっと愛バを見つけた安心からか、俺の口からとつとつと今までの思いが漏れていく。

 今回、多くの人に迷惑をかけたが、同時にそれは世話を焼かれるということでもあったと気付く。そして世話を焼くことは必ずしもその人にとって悪い事でもないということも、『力になって良かった』と言ってくれた方達の笑顔を思い浮かべながらしみじみと実感していた。

 

【……ま、まあトレーナーさんも色々苦労したんでしょう】

 

 主人のぎこちない応答に場がしんみりとなっていたことに気が付く。

 【まずは乾杯を】と誘われたビールを前に一瞬躊躇したものの、俺は口を濡らす程度に酒を含んだ。

 

 十数年ぶりのビールの味はほろ苦い思い出の味がした――

 

 

 

 

 

 

【ごめんなさいね。家が狭くって。寝る場所もそんなのしかなくてね】

 

 奥さんが申し訳なさそうに部屋に案内したが、いくら小屋のような家屋でもやはりアメリカ仕様か、その部屋は俺のアパートの一室ほどの広さはあった。

 

【構いませんよ。俺はソファで寝るのに慣れてるので】

 

 軽く挨拶をすませると婦人は扉を閉めて寝室へと帰っていく。

 

「電気消すぞ」

 

 俺が一言確認すると、一人用のベッドから声が上がるのが分かった。

 

「ええ。お願いいたします」

 

 久々に聞くその涼し気な声を聴くと、この暑い盛りでも幾分涼しく感じられる。

 俺は窓際まで行くと窓の下にあるソファ越しに月あかりが漏れるカーテンを閉めようとした。

 

「あ、トレーナーさん。カーテンは開けたままで構いませんよ」

 

「……そうか」

 

 俺は伸ばした手を引っ込め、靴を脱ぐとソファに身を預けた。グゥゥというなんとも言えない文句を垂れて、三人用のそのソファは全身を受け止める。窓際にある背もたれを背中に預けて横になる。少し高くなっているひじ掛けを枕にするが、足先は少しはみ出していた。

 

 家のより少し硬いな……。

 

 ソファの寝心地を整えている時、ふと視線を正面に向けるとそのウマ娘は俺の様子をその青い瞳で伺っていた。

 子供用の少し小さめのベッドに身を寄せ、くるまるように掛け布団をかけるその愛バが月に照らされ宝石のように輝いている。

 

 思わず動きを止めた俺は、その吸い込まれそうな群青色の瞳を認めると自分の心がほだされていくのが分かった。

 

 ……綺麗な娘だ……。

 

 淡い栗毛におでこに光る白い流星が空の星に負けまいと輝いている。絹のような白い肌にやや赤味を帯びたその頬が薄く紅を湛えているのが彼女の奥ゆかしさを表していた。

 

「そんなに見つめて、どうされたのですか?」

 

 どれだけそのウマ娘に見とれていただろう。二人しかいないこの部屋で、宝石のように瞬く彼女はそう囁いた。

 

「いや、学生とはいえ、女と一つ屋根の下というのは不思議なものだな、と……」

 

 男女七歳にして席を同じゅうせず。という言葉は中国のものだっただろうか……?

 日本では問題になるだろうこの状況は、アメリカではごく当たり前に見られる光景だ。だから夫妻が、グラスが元々寝泊まりしていたこの部屋を使ってくれと言ってきたのは自然の流れだし、俺もアメリカ生まれのグラスも気にしないということで折り合いがついたはずだった。

 

「……私もあと半年で14です。一歩ずつですが、大人に近づいているのですよ」

 

 ああ、酒のせいだな……。

 

 含むような言い方をするグラスに俺の脈動は計らずも浮き立つのが分かった。

 

「俺は今年で36。お前ぐらいの子供がいたっておかしくない年齢だ」

 

 自分を誤魔化すように目の前のウマ娘から目を逸らす。

 見上げた天井の先で、グラスが意地悪そうに微笑する姿が浮かんだ。

 

「どうしてそのようなことをおっしゃったのですか?私と同じ部屋でも問題ないと無理矢理納得しようというように受け取れますが……」

 

 しまったな……。

 

 俺が知っている普段のグラスならこんな意地悪なことは言わない。そもそも年齢を気にするようなセリフが出てくるということはグラスワンダーを一人の女性として意識しているということになってしまう。

 自分からの失言とはいえ、あまり人をからかうものではないと思い、俺はもう一度彼女の方に向き直って口を開こうとした。

 

 

 

「…………き……」

 

 綺麗だ……。

 

 喉まで出かかったそれを辛うじて飲み込む。

 俺はなんだか無性に悔しくなって、体勢を仰向けに変えた。

 

「トレーナーさん。あの言葉は、トレーナーとして私をウマ娘の頂きまで導いて下さるということですか?」

 

「……『残り香に 誘われ来る コアジサシ 我が子とともに 海を越えれば』」

 

 そう言いながら河原でのやりとりを思い出すと、スカウトと言うよりもプロポーズのような気がして俺は今さらになって恥ずかしくなっていた。

 チラと横目でグラスの方を見ると、若干赤くなった顔の中に一つまみほどの寂しさが混じっているような表情を作っているのが分かった。

 

「もう間違えない。俺と一緒に見よう。頂きの景色を」

 

「……お供致します。カブラギさん」

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

「そんなに見つめて、どうされたのですか?」

 

 ソファに横になった彼と面と向かう形になった。彼のくせ毛がかかるその顔が、窓から差し込む月の光に照らされて純粋に見つめる黒い瞳を浮かび上がらせる。

 計らずもドキドキと私の心臓が早鐘を打つのが分かる。日に焼けたその顔がどれだけ奔走していたのか雄弁に物語っていた。

 

「いや、学生とはいえ、女と一つ屋根の下というのは不思議なものだな、と……」

 

 彼の少し困ったようなその顔を見ると、その言葉の真意を確かめたくて少し意地悪したくなってしまった。

 

「……私もあと半年で14です。一歩ずつですが、大人に近づいているのですよ」

 

 毒の効きにくいウマ娘は16で法律上アルコールが飲めるようになる。18で結婚が。実際にその年齢になった途端にそういうことをするウマ娘はまずいないけれど、それでも社会的に一つづつ自由が与えられていくことに大人の階段を着実に上っていく自分がいることを自覚する。

 『学生とはいえ』という奥歯に物が挟まったような言い方が、私を反駁させる理由になったのは確か。でもそれ以上に、今日のあのプロポーズのような誘い文句の中に、ほんの少しでも異性としてのそれが混ざっていることを期待して私は確かめたかった。

 

「俺は今年で36。お前ぐらいの子供がいたっておかしくない年齢だ」

 

 ぶっきらぼうに言い放つその言葉の端に、ほんの少しの動揺が見て取れたのは私の勘違いだったのでしょうか?

 

「どうしてそのようなことをおっしゃったのですか?私と同じ部屋でも問題ないと無理矢理納得しようというように受け取れますが……」

 

 なんだか妙に私を子供扱いしたいような意志を感じてそう口にする。

 彼を困らせるようなことを口にしてしまうのは愛情の裏返しかもしれない。本気で人を好きになったことが無い私は、こんなにも不遠慮な自分に幾ばくか驚かされていた。

 

 何を思ったのか神妙な面持ちのトレーナーさんは天井に預けていた視線を正面に戻し、何かを言おうと口を開きかけました。

 

「…………き……」

 

 瞬間、彼の表情は驚くように目を見開き、窓から差す薄明りの中でも分かるほどその頬に熱が帯びていくのがはっきりと分かりました。

 それを隠すように彼は横に寝ている体勢を変えて、体ごと仰向けになって視線を外してしまいます。

 

 ……もしかして、トレーナーさん……。

 私、あの言葉本気にしちゃいますよ…………?

 

「トレーナーさん。あの言葉は、トレーナーとして私をウマ娘の頂きまで導いて下さるということですか?」

 

 言ってからそれは勇み足だったと自戒しました。けれど、それでも良かったのかもしれません。勢いに任せなければきっと私の想いは喉元で止まったままだったから。

 

「……『残り香に 誘われ来る コアジサシ 我が子とともに 海を越えれば』」

 

 

 

 ……嗚呼、カブラギさん。貴方という方は――――

 

 

 

 言葉に出来ない万感の想いが私の中を満たしていく。

 別れの挨拶として置いてきた私の短歌が今、彼の返歌によって共に歩む意味を伴って蘇っていくのを目の前にしていた。

 

「もう間違えない。俺と一緒に見よう。頂きの景色を」

 

「……お供致します。カブラギさん」

 

 小麦を撫でる夏の風が、窓の外で満天の星空に溶けていった。

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