きっと貴方のことが好き   作:圧倒的雑魚臭

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グラスの実家に行きました③

※【】書きは本来英語です。

 

【まあいいじゃありませんか。もう少しゆっくりしていらしても】

 

 母のアメリフローラが優しくトレーナーさんを引き留める。少し小さめのウマ耳がせわしなく色々な方向へ向けられるのを私は見逃しませんでした。

 

 ママ、嬉しそう。

 

 年の功か、分かりやすい尻尾の動きを制御できるようになっているママですが、耳の方向が落ち着かない時は内心喜んでいる証拠です。普通のウマ娘だと警戒している素振りになるのですが、相手になまじそういう知識があると誤解を生んでしまうこともしばしば。

 

【いや、なんか迷惑じゃないですか?家族水入らずのところに部外者がいて……】

 

 ほらやっぱり。ママも尻尾ぐらいに耳の動き注意してくれればいいのに……。

 

 ママの目尻が少し下がったタレ目がさらに下がるのが分かりました。緑の瞳が残念そうにトレーナーさんを見上げます。

 

【何を言っているんですかトレーナーさん。グラスのトレーナーになったということはグラスと一心同体。もうカブラギさんも立派に私たちの家族ですよ】

 

【そうだよ!カブラギさんには私の走りも見てもらうんだから!】

 

 パパのシルバーホークと先ほどまで叱られてしょげていた妹のワンダーアゲインも加わってそんなことを言ってきます。

 

【アゲイン、カブラギさんは私のトレーナーさんなんですからね。どうしてもというなら貴女も日本のトレセン学園に来て担当になってもらうようにカブラギさんに見染められるよう努力することね】

 

 威圧するようにじっと彼女の顔を見つめる。怒られたばかりのアゲインがびくりと体を震わします。動揺してママ譲りの緑の瞳がせわしなく左右に彷徨うのが分かりました。

 少し可哀そうになってしまいますが、こればかりは譲れません。トレーナーさんの隣に立っていいのは私だけなんですよ?

 

【ですが、フフッ……。パパもママもアゲインも、こんな私を許してくれて、カブラギさんを受け入れて頂いて本当にありがとうございます】

 

【何言ってるの!心配したのは事実だけど、貴女は病んでいたのよ。グラスが悪い事なんてないわ!】

 

【……でも、私の前から何も言わずにいなくなったのはショックだった。朝起きたら一緒に寝てたはずなのにいないんだもの……】

 

【それは……ごめんなさい。アゲインには損な役回りをさせてしまったわ】

 

 アゲインの耳がシュンとしなだれて悲し気な顔になる。ママは私は悪くないと言ってくれたけれど、それでもいくばくかの罪悪感が残っていたのは確かでした。

 

【でもいいんだ!私はお姉ちゃんが無事に帰ってきてくれただけですごく安心したから】

 

 そう言ってアゲインは元気よく親指をたててサムズアップの形を作ります。

 もともとあまり拘らないタイプの性格なのもそうですが、なにより彼女は根が優しい子なのです。挑発するようにトレーナーさんに構ったのも頑固な私に家に入る理由を作るためなのだと、後になってから気づきました。妹の気遣いに気が付かない私はまだまだなのでしょう。

 

【元をたどればみんな俺のせいです。本当に申し訳ない……】

 

 アゲインと対照的に、すまなそうに頭を垂れるトレーナーさん。この人が真面目なのは知っていますが、まだ気後れしている様を見ると、少しネガティブではないかと思ってしまいました。

 

【ねえトレーナーさん。私リハビリのためにこの時間になると散歩するんです。近くに公園もありますし、良ければ一緒に行きませんか?】

 

 散歩しているのは本当。でもそれとは別にトレーナーさんに気分転換してもらいたくて私はそう提案しました。

 

【それじゃあママは豪勢なディナー作るわね!おいしい日本食をごちそうしてあげるから!】

 

【それじゃあパパも手伝うよ。味見する人がいないと大変なことになるからね】

 

【それ、どういう意味ですか?あなた?】

 

 そんな仲睦まじいやりとりをしている中、妹のワンダーアゲインがなにか言いたそうにもじもじとこちらを伺っているのが分かりました。

 

【えっと、Ms.ワンダーアゲイン?グラスと散歩しに行くけど一緒に来る?なんなら罪滅ぼしに今回だけ走りも見させてもらうけど】

 

【ほ、ほんとう?カブラギサンありがとう!……で、お姉ちゃんは何が面白いの?】

 

 思わず口元を抑えて笑いを堪える。

私に対してそこまで気を遣わないカブラギさんが妹を気遣って話しかけたのもそうですが、自分よりも二回り以上も年下の妹にバカ丁寧な口調で話している姿がなんだか本当に不器用な感じがしておかしくなってしまったのです。

 

【フフ……。ごめんなさい。なんでもないわ。アゲインも一緒に行きましょう?】

 

 

 

 

 そうして私たちは近くの公園まで歩いて来ました。

 日本のそれとは違い、トレセン学園かと見まがうほどの広い敷地に芝生が生え、ところどころに木々が植わっています。珍しい野鳥がさえずり、大きな池には亀やガチョウが日向ぼっこしていました。

 州都のフランクフォートのど真ん中でもこんなのどかな公園がある点は、日本も見習うべき良い所だと思います。

 

【ハッ……!ハッ……!どうですか?トレーナーさん!】

 

 散策用のトラックを走っていたアゲインがトレーナーさんに近づいて教えを請います。後ろに結んだポニーテールの鹿毛がなびいてアゲインの嬉しそうな感情を尻尾の代わりに表現しているように見えました。私とよく似た流星の隙間から彼女の汗が迸るのがよくわかります。

 身内の贔屓目でしょうか。指導の面では素人ながら、妹の走りはかなり質の高いものであるように見えました。

 

【そうだな、コーナーの入り方なんだが——】

 

 ジャージ姿の妹が指導されているのを目に収めると、彼女の成長を実感するとともに、胸の奥からもやもやとした感情が込み上げてきます。

 

 ……私ったら——

 

 自分の妹にさえ嫉妬する自分を自覚する。

日本に帰ればその場所を独占できることを知っていながら、それでもなお彼女の一時の担当バとしての地位に羨ましいと感じてしまう。

 こんなことを思ってしまう自分が恥ずかしいと同時に、つい先日気付いた彼に対する自分の感情を改めて実感します。

 

 もっと早く気付いていればあのような悲劇は起こさなかったのでしょうか?それともあのことがあったからこの感情に気付けたの?

 

 そんなことが頭に浮かびますが、すぐにどっちが正解など分からないし、今私がカブラギさんに恋をしている事実は何事も変わらないことに気付きました。それよりも……。

 

「トレーナーさん。まだ具体的な先の事、話してませんでしたね。日本に帰った後の……」

 

 そう、私が日本に帰るにあたって様々な問題に直面することに思い当たります。

 学業も含めた学園での私の立ち位置。急に蒸発した世間一般の反応。中央競バから何らかのペナルティーがあるのか。友達、ライバルのこと。そしてなにより——

 

「何も心配するな。俺がなんとかしてやる。お前は走ることに集中しろ」

 

「ですが——」

 

 契約の自然解消の校則が頭を過ぎります。あの校則には十四日以上何も活動が無ければ、とありましたが、もう二週間どころではなく、二か月以上もの間、トレーナーと担当バとして何も活動がないことになります。怪我があったとはいえ、これほどの長期に渡って何の動きもなければそんな校則がなくても問題ありとみなされるでしょう。

 

【カブラギサン!……今度は、ハア……。どうですか?】

 

 心配する私を尻目にアゲインが再びトレーナーさんのところに走り寄ってきました。

 私とカブラギさんの会話は途中で途切れてしまい、再びトレーナーさんの指導が入ります。アゲインに身振り手振りで教える後姿を眺めながら、一抹の不安だけが私を支配しました。

 

【まあこんなところか。……結構走ったし、もう休んだ方がいいんじゃないか?】

 

【やーだー!プロのトレーナーに教えてもらうなんてそうそうないんだから!もっとおしえてよー!】

 

【アゲイン……?】

 

【ア、ハイ。ワタシツカレマシタ。カブラギサンアリガト】

 

 あまり威圧したつもりはないのだけれど、アゲインは身を縮こまらせてしまいます。ぎこちない様子で受け答えをする様を見ていると、

 

【おーい!アゲイン!】

 

 遠くから男の声がしました。林の向こうで何人かの若者が手を振っているのが見えます。

 

【あ!みんなー!ひさしぶりー!】

 

 負けじとアゲインも手を振り返すと、小学校の同級生だと説明して彼らの方へ駆け寄っていきました。

 残された私たちは側にあったベンチに腰掛け、人通りの少ない閑散とした広場を眺めていました。四人は腰掛けられるだろうベンチに、精一杯の勇気で自分が座ろうとした場所よりもほんの少しトレーナーさんの近くに座ります。レースでは自分でも驚くほど端然としているのに、恋路のことになるとこんなにも慎重な自分がもどかしくなってしまいました。

 それでも木々の向こうに見えるアゲインの楽しそうな様子を見ると、地元から離れてこれから本格的にレースの世界に身を投じる妹のことが心配になって思わず口に出していました。

 

「アゲインも九月から中学生ですから、同級生と会える機会も少なくってしまいますね」

 

「地元の中学にはいかないのか?」

 

「ええ。トレセン学園のようなウマ娘専門の学校に入学するそうです。どうです?私の妹は競走バの世界で通用するでしょうか?」

 

 幼い頃は私と張り合っていたほどの実力はあるはずの妹。トレーナーさんの眼にはどう映ったか。自慢の妹と胸を張れるほどの評価を望んでいましたが、カブラギさんは険しい表情で顎をさすっています。

 

「……彼女の走りは、恐らく芝の方が生きる走り方だな。そっちなら間違いなく重賞は勝てるだろう。既にそれほど高いレベルだとは思う。ただ……アメリカはな……」

 

 彼が言いたいことは分かります。アメリカは世界でも珍しくダートの方が主流です。芝のレースも勿論ありますが、ダートほどの盛況さはありません。

 

「……彼女ならきっと大丈夫。アメリカを越えて、世界で活躍できると信じています」

 

 鳥のさえずりや木々のざわめきを聞きながらそんなことを話していました。

 陽も傾きかけた公園。オレンジ気味に染まり出した芝生の上で二人だけの時間が風のざわめきと共に流れているのが分かります。

 

「……トレーナーさん。私、私ですね……」

 

 静かな夕方の公園の中で、にわかに胸中が騒ぎ出すのが分かりました。

 口の中が乾き、ドッドッと和やかな空間の中に心臓の音が割って入ってきます。

 

 そのセリフが出てきたのは自然な流れだったでしょうか?

 雰囲気だけならカップルにおあつらえ向きなそれだったかもしれません。だから雰囲気に流された。そう言われそうですが、私はそんなあやふやなものに乗っかるのは嫌でした。だから、私は明確に勇気を振り絞って声を出したのです。

 

「……あれ?君もしかして……」

 

 二度目の私の覚悟をふいにしたその声の方ににらみつけるように目をやる。そこには見覚えのある顔が驚いた表情で私のことを見つめているのが分かりました。

 

私のセリフを遮ったその声。その方に目をやると見知らぬ若い男性が覗き込むようにベンチに座った私たちを見ていました。

 いや、見知らぬと思ったその男はどこかしら記憶の隅に残っていました。

 

【あなたは……確か……】

 

 来米したその日のことが頭にフラッシュバックします。

 アゲインと再会したこと。モーテルで暴漢に襲われそうになったこと。そして、暴漢から助けてくれた黒髪短髪の若い男性。

 

【ああやっぱり!心配してたんだ。あの時はなんとかなったけど、女の子二人で大丈夫かなって】

 

 私たちを救ってくれたヒーローは自信なさげなはにかんだ笑顔を作ると一つ胸をなでおろしました。

 

【……失礼。どちらさまで?】

 

 それまで黙っていたトレーナーさんが口を挟みます。その顔はいつものぶっきらぼうなそれでしたが、口調はいくぶん警戒したようなものになっており、相対する青年に不信感を抱いているのが分かりました。

 

【あ、あの、トレーナーさん、こちら私を助けて下さった方で……】

 

 そこまで言って言葉に詰まってしまいます。名前を出そうとしたのにそれが出てこない。よくよく考えたら私はまだ彼の名前も聞いていないことに気づきます。

 

【いや、大したことはしてないですよ。そちらトレーナーさん?良かった。ちゃんと合流出来たんだ。それじゃあ僕は行くよ。グラスワンダーさん、お元気で】

 

 まくしたてるようにそう言うと、彼は私たちの前から立ち去ろうとしました。あの時も名前をはぐらかしてそそくさと去ってしまった彼。私は今度こそ逃すまいと閑静な公園に響く大きな声でその人を呼び止めました。

 

【待ってください!まだちゃんとお礼も言ってないのに行かないで下さい!それに……貴方、どうして私の名前やトレーナーさんのことをご存知なんですか?】

 

 彼と一緒にいたのはほんの数分でしかなかったはず。私がこの人の名前を聞けなかったのももちろん、そもそも私は自分の名前すら名乗ってません。ましてや私が競技者でトレーナーがついてることも。

 

【ああ、えと…………】

 

 彼ははにかんだような笑顔のまま、頭を掻くしぐさをすると口ごもってしまいます。何か言いたくない理由があるのは明らかでした。

 

【か、勘だよ!勘!なんかそんな感じしただけでさ!それだけ!ぼ、僕のことは全然気にしなくていいから!日本で活躍するの楽しみにしてるよ!じゃ、じゃあ……!】

 

【ああ!あの時の人!】

 

 無理矢理話を切り上げて立ち去ろうとするその人の背後から妹のワンダーアゲインが声を上げました。どうも友達との挨拶も済ませてこちらに戻って来たタイミングみたいです。

 

【あ、う……。参った、な……】

 

 退路を塞がれていよいよ困惑気味の彼は冷汗を流しながら顔に張り付いた笑顔のまま後頭部を撫でていました。

 すると隣に座っていたトレーナーさんがおもむろに立ち上がり、彼の方に詰め寄ります。

 

【……あんた、何者だ?グラスを助けてくれたみたいだが……。悪者には見えないが、こっちはグラスを保護する義務があるんだ。疑うわけじゃないが、身元を説明してくれないと安心できん】

 

 何度もレースに勝つような有名なウマ娘になるほどストーカーのようなリスクが付きまとうという話は聞いたことがあります。所詮相手は人間とあなどっていると、様々な道具を駆使されて足元をすくわれるとか。時にはウマ娘が助力していたなんて話も聞いたことがあります。

 だからこそ、トレセン学園は厳重に警備されているし、学生寮自体も学園内にあってさらに厳しくセキュリティを固めています。

 私も意識こそしてなかったものの、対外的には朝日杯と皐月賞を獲ったG1二勝バであることを思い出しました。それでもこんなアメリカにまで来るようなストーカーがいるとは思えませんが、彼らを常識の範疇で考えてはいけないということも教えてもらったことです。

 

 ですが、そう、そもそもトレーナーさんが指摘したように、とてもではないですが彼は悪人に見えません。というより私とアゲインは一度危ないところを助けられているのです。あの夜の暴漢の方がよっぽど危険な存在でしょう。

 しかし、彼にちゃんとしたお礼も言っていないこともまた事実なので、私はトレーナーさんに甘える形で彼の返答を待っていました。

 

 俯いた彼は高い鼻をポリポリ掻くとそのまま押し黙ってしまいました。

 【え?なに?どうしたの?】と状況を飲み込めないアゲインが一人声を上げますが、重苦しい雰囲気の中で彼は観念したように呟きます。

 

【……参ったね。仕方ない。あの暴漢どもとグルだと思われるのも心外だし、話すしかないか。ごめんね。エル】

 

 そこまで言うと、俯いていた顔をこちらに向けました。さっきの作り笑いのようなそれは失せ、口元を引き締めた緊張した面持ちで彼は私たちにことの真相を語り出しました。

 

【僕の名前はシーク・アロンソ。察してると思うけど、僕は最初からグラスワンダーさんのことは知ってました。妹さんのことは想定外でしたが】

 

 そう言うとチラと背後にいるアゲインの方に視線を投げます。彼女も場の空気を察して真剣な表情で彼の言葉に耳を傾けていました。

 

【あの日……グラスワンダーさんが来米した時から僕はずっと君のことをつけていました。ただ悪意からでは決してありません。僕はエルコンドルパサーに依頼されて君を見守っていたんです】

 

【エルに……】

 

 意外な人物が飛び出して思わず口にする。よく考えればエルも元々アメリカ出身なのだから、知り合いの一人や二人いたって不思議ではないはずです。

 

【僕は小学生のころエルコンドルパサーの一つ先輩だったんだ。といってもいつもいじめられてた僕を守ってくれてたんだけどね】

 

 【いつも学校では助けられてばっかりだったから】という彼のセリフを思い出す。そんな人があの巨漢から私たちを守ってくれようとしたのはどれほどの勇気が必要だったのでしょうか。私は彼の勇敢さに改めて心の中で敬意を表しました。

 

【『私の親友が急にアメリカに帰ってしまった!お願いだからグラスワンダーを見守っていて!』って言われてさ。丁度夏休みだったのもあるし、ケンタッキー空港から見てたんだけど、あんな男に絡まれるとはね……。それでも役に立てたみたいで良かったよ】

 

 そこまで言うと、短髪の青年は純朴そうな笑顔を作って私に向けました。屈託のないその笑顔は彼の人の良さを端的に表しているようでした。

 

【え?なになに?じゃあ今日も会えたのは偶然じゃないってこと?】

 

 アゲインが彼の正面に回ってそう問いただしました。シークさんは首を振ってそれを否定します。

 

【いやいや、今日のは本当に偶然。見守ってたなんて格好よく言ったけど、本当はあの暴漢に襲われた次の日からグラスワンダーさんを見失っちゃって……。あの時に連絡入れてれば良かった。本当、恥ずかしいよ。こんなんじゃエルに顔向けできないや】

 

 少し悲しそうな顔で頬を掻くシークさん。本当に申し訳なさそうにしている彼はエルに対して並々ならぬ恩義を感じているのでしょう。

 

【それでも、あの日に助けられたのは事実です。改めまして、シークさん、本当にありがとうございました】

 

【あ、ありがとうございました!】

 

 私に続いて妹も頭を下げます。日本式の礼儀がとっさに出たのに、アゲインもそれにつられて頭を下げてしまったのは少しおかしかったです。

 

【俺からも、いきさつは分からんが、とにかくグラスを守って頂いてトレーナーとして礼を言う。ありがとう】

 

【そんな!僕はエルの恩返しをしたいと思っただけで、そんな感謝されるようなことは……】

 

【日本に帰ったらエルにもお伝えしますよ。あなたの勇敢な行動を。とっても男前だったって】

 

 少しからかうように言うと、彼は顔を赤らめてしどろもどろにそれに返答します。

 

【いや、本当、僕は大したことしてないし、男前だなんて……】

 

 隣にいた妹のアゲインが悪だくみをする時の不敵な笑顔を作って口を開きました。

 

【おやおや~?シークさんもしかしてお姉ちゃんに気が……】

 

 そこまで言うと、アゲインは電流が走ったかのように目を見開き、シークさんの肩を抱いて私たちに背を向けるようにコソコソ話を始めました。といってもウマ娘の私の耳には届いていたのですが。

 

【もしかしてシークさん、そのエルって人のこと好きなの?お姉さんに言うてみ?】

 

【い、いや、好きっていうか……。大体先輩のくせにいつも守られっぱなしの僕なんかにエルちゃんが興味あるわけ……】

 

【アゲイン!恩人にはしたないですよ!やめなさい!】

 

 耳に届いてしまったその会話に内心ドキドキしながら思わず強い語調でアゲインを嗜めます。

 シークさんはあのように言いますが、興味の無い相手に親友の監視を任せたりはしません。それに口では濁していますが、あの言い草は妹の質問を肯定しているようにしか聞こえませんでした。トレーナーや私の名前をうっかり口にして失言するなど、どうも彼は隠し事が苦手の様です。

 

【にっしっし!お姉ちゃん聞こえた?聞こえた?】

 

 鬼の首でもとったかのように満面の笑顔で私に言い寄るアゲイン。

 正直気にならないと言えば嘘になりますが、恩人の個人的な、それも色恋沙汰を茶化すような真似は私は許せませんでした。

 私は言葉で答える代わりに妹の手の甲を思いっきりつねりました。

 

【いっだああ!】

 

 彼女は悶絶して手をさすりながらよろよろとベンチの方へ向かい腰掛けます。なにやら背後でぶつぶつ言っていますがわざと無視してトレーナーさんの方を見ると、何か呆れたような顔色で私を覗いていました。

 

 ああ、トレーナーさんは聞こえていなかったのね。それにしても……恥ずかしいところを見られてしまいました。

 

【ま、まあとにかく、グラスワンダーさんが無事でほっとしたよ。なにぶん、行方不明になって二か月以上も情報が無かったから心配だったんだ】

 

【それは、申し訳ありません。私が】

 

【全て俺が悪いんだ。許してくれ】

 

 私の答えに間髪いれずにトレーナーさんが口を挟みました。いつまでも自分が全ての罪をかぶろうとする姿勢に少しムッとして彼を睨みますが、そんなことには気づいていないのか、トレーナーさんは深々とお辞儀をしているだけでした。

 

【ねーねー!良かったらさ、家でディナー食べる?丁度今日はパーティーなんだ!人が多ければそれだけ賑やかで楽しいし】

 

 私の背後からアゲインが声を上げてそう提案します。少し驚いた彼は柔和な笑みを見せるとおもむろに口を開きました。

 

【お誘いありがとう。でも親が心配するし、僕はこれで……】

 

【じゃあシークさんがエルさんのこと大好きだって言ってたって言っとこ!】

 

【なんでそうなるんですか!?本当、そんなんじゃないですから】

 

 距離の詰め方を間違えている妹に呆れながら、エルにあったこともないそんなアゲインの言葉を真に受けて必死に否定しているシークさんの間の抜けたやりとりを二人で眺めながら夕焼けに染まる空に太陽が何事もなく沈んでいくのでした。

 

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