きっと貴方のことが好き   作:圧倒的雑魚臭

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変わる男

 

 

 

『本当に弱い人は自分の弱さと向き合わない人です。だから、貴方は弱くなんかありません』

 

 

 

 

『トレーナー君とグラスちゃんの特別な場所だって聞いたの』

 

 

 

 

 茫漠と広がる海原を見ていると彼女らのセリフが甦る。

 波と共に浜辺に打ち寄せる思い出に浸りそうになるが、傾きかけた夕日の元で久しぶりの再会を喜ぶウマ娘たちの声が俺を現実に引き戻した。

 

「グラスちゃん!やっと着いたんだ!」

 

「やあやあお久しぶり~。皐月賞バの御帰還だ」

 

「その顔見るに、どうやら吹っ切れたみたいね。この一流と競い合うライバルがいつまでもくよくよしてるへっぽこなままじゃなくて良かったわ」

 

「おうグラス!アメリカまで遠洋漁業に行ってきたんだって?どうだ?オカピは釣れたか?」

 

 スペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイロー、ゴールドシップとクラシック戦線でライバルになるであろう水着姿のウマ娘たちが次々にグラスワンダーを取り囲む。皆長期不在していた担当バを非難するでもなく、温かく迎え入れてくれたことに感謝する一方、胸の奥にチクリと刺す暗い影が過ぎった。

 

「皆さんありがとうございます。それと心配おかけしてしまったこと、深くお詫び申し上げます。全ては私の至らなさゆえの顛末。申し開きもございません」

 

「それは違う。全部俺が」

 

「カブラギさんもありがとうございます!」

 

 俺の懺悔を断ち切るように、スペシャルウィークの快活な声が俺の言葉を遮った。

 

「カブラギさんがグラスちゃんを探し出してくれたんですよね!私、とっても感謝してます!本当にありがとうございます!」

 

「……………」

 

 思わず言葉に詰まってしまう。

 罵詈雑言を浴びせられるこそすれ、感謝されるなんて思いもよらなかったからか何も言葉が出てこなかった。

 皮肉のつもりなのかとスペシャルウィークの笑顔を見るが、茜色に染まる彼女の瞳には一切の誹謗の色は見て取れなかった。

 

「担当バとはいえ、二か月もグラスちゃんを探し続けるなんて運命の王子様みたいだね~」

 

「王子様だなんてそんな……」

 

「それだけ一流のトレーナーってことよ。……ってなんでグラスさんもまんざらでもない顔してるのよ。惚気てるの?」

 

 賑やかに談笑するグラスたちの中から一歩、スペシャルウィークが俺の方に歩を進ませてさらに言葉を投げかけた。

 

「カブラギさん、グラスちゃんとまた真剣勝負できる機会を取り戻してくれてありがとうございます。今度は私が勝ちますから」

 

 屈託ない笑顔でそういうスペシャルウィーク。からかわれているのかとも思えたが、何となくこの子は純粋過ぎるぐらいに純粋なんだろうと思えた。

 

「……ああ、受けて立つ」

 

「グラース!お帰りなさいデース!」

 

 一際でかい声が浜辺に響くと、黒鹿毛のウマ娘がこちらに走ってきていた。後ろに束ねた長髪を棚引かせながら一直線にグラスに突っ込んでいく。飛びかかるように両手を広げて抱擁をしようとしたその娘はしかし、ヒョイと避けたグラスワンダーの足元に盛大にダイビングヘッドをかました。

 

「ぺっ!ぺっ!なんで避けるデスかグラース!?」

 

「だって濡れた水着で抱きつかれたら制服が汚れちゃうでしょう?」

 

「久し振りの再会でもこの塩対応……。いつものグラスで安心しまシタ」

 

 にわかに湧いた笑い声の中心に向かって歩きだす。俺の姿を認めたウマ娘たちはひとしきり笑った後、皆こちらに注視するのがわかった。

 

「……エルコンドルパサー、お前には迷惑かけた。いや、ここにいる全員に心配かけたはずだ。本当に申し訳なかった。それと……これからもグラスをよろしく頼む」

 

 深々と頭を下げるとまだ砂浜に寝そべったままのエルコンドルパサーがマスク越しに不思議そうな顔を寄越していた。

 

「何言ってんだオッサン!漁はチームプレーが重要なんだぞ!グラスがいなかったら誰がたこ焼きに練り辛しを入れる役になるんだ」

 

「や~、普段ならいいんだけどさ、きっついトレーニングには付き合えないかな~、なんて」

 

 ゴールドシップのよく分からない励ましを皮切りに口々に俺に言葉をかけられる。

 なんとも言えない気恥ずかしさに包まれながら、グラスをトレセン学園に留まらせたことは間違えではなかったと改めて実感できた。

 

「あ、でもカブラギトレーナー、一個いいデスか?」

 

 そこまで言うと、エルコンドルパサーは這いつくばっていた浜辺から立ち上がり、俺に向かって言葉を繋げた。

 

「約束して欲しいんデス。これから」

 

「カブラギィ!!」

 

 エルコンドルパサーのセリフは聞き覚えのある声で遮られた。背中からかかった声に思わず振り向くと、見知った大きな影がこちらに近づいてきていた。

 それが誰だか分かると、俺はエルコンドルパサーを手で制し、踵を返して歩いていった。

 踏みしめる度にじゃりじゃりと砂が足に埋まるのが分かる。絡めとられる足に任せて歩みを止めようかと一瞬だけ思ったが、すぐに思い直して今まで歩んできた道のりを足跡に残しながら俺はそいつの方へと向かっていった。

 

「金元……お前に、感謝する」

 

 静かに、だが海風に負けないようしっかりとそれだけを口にした。

 疑り深く覗き込んでいたエルコンドルパサーのトレーナーは、俺の一言を聞くと顔の強張りが溶けて少しはにかんだように見えた。

 

「ちったあ目が覚めたかい。カブラギさん」

 

 強面の奥に緩んだ目尻にまだ若かった頃の金元が重なって俺の過去を想起させた。

 何故忘れていたのか、十年以上前とはいえ、俺と金元は一年違いで入った近しいトレーナー仲間だったはずだ。

 

「カブラギ先輩!」

 

 過去の記憶に浸りそうになった時、また浜辺の向こうから若い声が響く。みるとキングヘイローのトレーナーがこちらに走りよってきていた。

 

「お久しぶりです!カブラギ先輩!いやあもう戻ってこないんじゃないかとヒヤヒヤしてましたよ。お元気そうで何よりです。グラスちゃんおかわりありませんか?てか先輩痩せました?すごい日に焼けてますよ。アメリカ行ったら太るもんだと思ってたから意外ですね」

 

「お、おう。キングも順調そうで何よりだ。……えっと」

 

「やだな!柴﨑ですよ。柴﨑!」

 

「こいつは昔っから人の顔と名前覚えるの苦手なんだよ。あんまり他人に興味ないんだ」

 

「ええ!カブラギさん、先輩トレーナーから嫌われてるって聞いたことあるけどそれ原因じゃないんですか?僕らトレーナー仲間なんだからもっと」

 

「そのことなんだが……」

 

 しゃべりまくる柴﨑の言葉を遮り、俺は一つ息を整えると緊張した面持ちで言葉を切り出した。

 

「俺は今回の件で色んな人に助けられた。金元を始め、元教え子やたづなさん、その他にも色んな人に。沢山の人の支えがあって今の俺はいるんだって気付かされた。きっと驕ってたんだなと今になって思うよ。他の人なんて眼中に無かった。だからきっと不快な想いをさせてきたと思う。でもこれからは……なんてのかな。もっと、こう……」

 

「先輩!またキングと併走させて下さい!」

 

 柴﨑は一際大声でそう叫ぶと快活な笑顔と一緒にサムズアップをこちらに向けた。

 

「…………ああ、ありがとう」

 

 自然と笑みがこぼれる。

 周りの人にこんなにも恵まれていたのかと今さら気付いた自分がバカらしくなって自嘲気味に笑った。

 

「トレーナーさん、そろそろ参りましょうか」

 

 いつの間にいたのか、背後に楚々として佇む愛バがいた。

 

「ああ、今日は長旅で疲れたろ。ゆっくり休め」

 

「エルももうあがるぞ!」

 

 一足先にグラスと共に合宿所に向かうと、後方から金元の声が聞こえてきた。それには構わず歩を進めていくと初老の男が一人、エルコンドルパサー達を黙って眺めていた。

 

「わしはお前を信用せんぞ。『ウマ娘潰し』」

 

 ……思い出した。スペシャルウィークとセイウンスカイの担当トレーナーだ。長年培ってきたその手腕で幾人もの優駿を産み出してきた敏腕トレーナー。その男は海風で飛ばされそうな白い中折れ帽を片手おさえ、上唇に蓄えた白髭をいじりながら横目でそう漏らした。

 

 俺は一瞬だけ立ち止まるが、すぐに気を取り直してその男の横を通り過ぎようとした。

 

 

 

「撤回して頂きます」

 

 

 

 ぎょっとして振り返る。

 俺のすぐ後ろを歩いていたはずの栗毛のウマ娘が青い焔を灯した闘志溢れるその(まなこ)で初老の男を睨んでいた。

 

「今すぐとは言いません。ですが、私は走り続けます。それを証明として、いつか必ず貴方にも、誰にも文句を言わせない実績を用意致しましょう」

 

 俺が止める間もなく毅然としてその愛バは言い放った。握りこんだ右手を胸元に当て、固く結んだ口元は彼女の端正な顔を引き締めている。海風に煽られた栗色の長髪は夕日を浴びて金色に輝き、右耳に結わえた耳飾りがシャラシャラと音を立てて彼女の決意を祝福した。

 

 初老の男は、ふんっと一つ鼻をならしてグラスの横を年に似合わぬしっかりとした足取りで横切っていった。

 

 俺がグラスに一言声をかけようとした時、グラスの後ろからエルコンドルパサーが駆け寄って来ているのが見てとれた。

 

「カブラギサーン!さっき言いそびれマシた」

 

 息も切らさずあっという間に近付いてくる俊足は、流石NHKマイルと安田記念の覇者だと感心させられる。

 彼女は俺の前まで来ると一つ息を吐いてグラスと同じその青い目でまっすぐ見つめてきた。

 

「カブラギさん、これから先、グラスをもう泣かさないで下さい。約束デスよ」

 

 それじゃあ!と言って金元の所へ走っていく黒鹿毛のウマ娘。

 

「エルったら……。もう……」

 

 その背中を見送りながら俺はまた一つ、心の中で約束を交わした。

 

「……ああ。もう二度と──」

 

 一際大きな風が俺の独り言をかき消していった。

 

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