「カブラギさん!いい加減にしてください!」
トレーナー室に入ろうとした時に聞こえてきた声。ウマ耳が拾ったその声が電話越しであることがドア越しでも分かりました。
「……失礼、します」
少し躊躇したものの私はノックの返事もまたずに、そろりとドアを開けて中を覗き見ます。そこにはガラケー片手に困り顔で電話向こうの相手に弁明するカブラギさんの姿がありました。
「いや、でもな、四六時中パソコン開いてるわけじゃないし……」
「だから、LANEなんですからウマホで確認して頂ければいいじゃないですか」
ああ、この声、たづなさんの声か……。
「あのな、俺のはウマホじゃないんだよ。もうちょっとこう……メールとかでさ」
「業務連絡を一々メールで個別に送れって言うんですか?URAファイナルズは一人二人の小規模企画とは違うんですよ!何人関わっていると思ってるんですか!」
「まあ分かるよ。たづなさん働きすぎだと思うし、もう少し」
「そう思ってるなら今週中にウマホを用意するか別の方法考えて下さい!ウマホを買って頂くのがお勧めですけどね!」
「失礼します!」という言葉を最後に、カブラギさんが手にしたガラケーからは何も声が聞こえなくなりました。
「参ったな……」と言いながら崩れ落ちるように自分の椅子に座るトレーナーさん。頭を抱えるように額に手を当てていると私に気付いたのか、
「ああいたのか。みっともないところを見られた……」
「あの、何かお困りでしょうか?」
なんとなく察しはついたものの、仕事上のことのようででしゃばるのも気が引けました。
「あー……、うん……」
歯切れの悪い言葉で濁して考え事をしていた彼ですが、しばらくすると意を決したのか私に向き直って言葉をかけました。
「なあ、相談なんだが。ウマホを一緒に買ってくれないか?それと、アプリの入れ方とかも教えてもらえれば……」
「~~~~~~!!」
察しはついていたものの、トレーナーさんからこんな風に頼まれごとを言われたのは初めてで、私は思わず感極まってしまっていました。
「面倒ならいいんだ。丁度休養日だしな。他の人に相談」
「是非!是非行きましょう!」
「あ、ああ……。ありがとう」
食い気味にそう言うとトレーナーさんは驚いたようにそう返しました。
私はすぐに制服から着替えてくる旨を伝えてトレーナー室を後にします。あんまり嬉しくて、はしたなくも人目も気にせず尻尾が揺れるままに廊下を駆けていました。
「トレーナーさんはEndroid派ですか?それともDiePhone?」
「あー、俺はそういうのは良く分からん。だからお前を連れて来たつもりなんだが……」
そう言うと彼はズボンのポケットに入れた手の方に視線を泳がせます。周りは都会の休日だけあって人混みが酷く、人の間を縫うように私たちは大通りを歩いていました。
「グラスはどうして俺の腕に……」
そこまで言うと彼は口をつぐんでしまいました。
彼の視線の先、腕の手首辺りを掴む私の右手がありました。手のひらを通して彼の温もりが伝わります。
「だって……」
「ま、俺から離れるなよ」
今日の彼はどうかしてます。
「こんな人混みで離れたら嫌ですから」なんてセリフを言わせる前に彼は言って欲しい言葉を投げかけてくれました。
私は耳まで真っ赤になって人混みの中俯いて歩くのがやっとでした。きっと彼の腕を掴んでいなければ本当に離れ離れになっていたでしょう。「前向いて歩け」という彼の言葉も聞かずに、それでも必死で腕にしがみついて彼の歩調に合わせていました。
「ここでいいのか?」
地面を睨みながら歩いていた矢先、彼の足が止まったかと思うとそう投げかけられました。
ようやく顔を上げると、そこはドモコの入り口に着いていました。中は人がごった返し、ブースごとに分けられた受付は満員。待合の椅子には多くの人が座って順番を待っていました。
「すごい人だな……」
私の返事も待たずに中に入っていくトレーナーさん。人の熱気に吸い込まれるようにウマホ売り場に歩を進めていきます。腕を掴んだままの私もつられて中に入りました。
「いらっしゃいませ~。来店ありがとうございます。ご要望はんでしょうか?」
タッチパネルの前に佇んでいた女性が朗らかに対応してくれます。カブラギさんはガラケーを取り出しながら答えました。
「ああ、機種変更……になるのか?とりあえずこいつをウマホに変えたいんだが」
「お買い求めの機種はお決まりですか?」
「え?あ、いや。そんな沢山あるのか?俺はウマホに変えてもらうだけでいいんだが……」
「よろしければこちらでお選び下さい」
そう言って受付の女性が指し示した方に目を向けるとウマホが陳列されているブースが目に入ります。最新から型落ちまで秩序よく整列してるその場所はウマホの展覧会場のようでした。
「こんなに沢山あるんですね~」
「うん?グラスはこういうの詳しくないのか?」
思わず漏らした心の声にそう返すトレーナーさん。そこで私は自分もあまりこういう機器には疎いことを思い出しました。トレーナーさんからの思わぬお誘いに、そこまで思い至っていなかったのです。
「えっと、すいません。ついてきていて申し訳ないのですが、私もこういうのは得意ではなくて……」
「そうか……。ふん?」
顎をさすりながら、己の優秀さを競い合うように誇示しているウマホ達が陳列するブースを眺めるトレーナーさん。
たしか……、CPU?っていうのが性能の要の数値と聞きました……。なら……。
力になれない自分がもどかしくて、私は聞きかじった知識でなんとか良いものを勧めようとしました。
「トレーナーさん、これなんかは……」
「なあ、グラスはどんなのを使ってるんだ?」
「あ、え?えっと、私、のですか……?」
急に振られたその言葉に、私はあわてて肩下げ鞄から自分のウマホを取り出してみました。
長方形の黒い画面を覗かせるそれは、同世代が持っているものと比べるとキーホルダーの一つもついていない地味なものでした。唯一、ウマホカバーとして着けている、ウマ耳がぴょこんと飛び出した青のカバーだけが女性ものとしてのそれを主張していました。
「これってLANEのアプリも入るんだよな?」
「え?それはもちろんそうですが」
「ちょっと貸してくれ」
「は、はあ……」
それをトレーナーさんに手渡すと、おもむろに手の空いている店員さんに向かって歩いていきました。
「ちょっといいですか?これと同じ機種のウマホが欲しいんですが」
!?!?ちょ、ちょっと待って!私と同じって…………それって、ペ、ペアコーデ…………。
「ああ、S23の系列ですね。どうぞこちらです」
そう言われて案内された私たちの目の前には、私の待ち受け画面と同じそれが光るウマホが鎮座していました。
「じゃあ、これ買いますので」
「ちょ、ちょっとトレーナーさん!?いいんですか?他にも色々……」
「だってウマホのこと分からんし、それに俺はLANEのアプリが使えればいいんだ。どうせ説明聞いたって興味無いしな。それに、お前と一緒のやつならウマホの使い方教えてもらいやすいだろう?」
「あ、あとついでにこのカバーも」と言って店員さんとウマホカバー売り場に向かうトレーナーさん。私のウマホカバーが女性向けであることを伝えることも忘れて、私は彼の言葉を反芻していました。
教える……。私が、トレーナーさんに、ウマホを……?
こんな風に教え子に頼るトレーナーさんは新鮮だったことと、私がもう教える前提でおっしゃって頂いたことが嬉しくてふわふわした気持ちのまま私はその場に茫然と佇んでいました。
「ありがとうございました~」
どれほど経っていたでしょうか。いつの間にか契約も一通り終わってウマホも受け取り、先ほど入ってきたドモコの出入口から私達は出ていくところでした。店員さんがネズミープラスなど様々なオプションをつけようとしていたのを、トレーナーさんが悉く拒否していたのだけは何となく覚えています。しかし、全体的に薄ぼんやりとしか記憶になく、トレーナーさんが椅子から立ち上がったのを機にふらふらとその後を追いかけていたみたいです。
「おい、何してんだ」
彼の声掛けではっと我に返ります。
見えるのは右手に先ほど買ったウマホが入った袋を提げ、左手は行きと同じようにズボンのポケットにしまってこちらを振り向く彼の後ろ姿でした。
「……あ、すいません」
私はすぐに彼の横に並びましたが、何故かカブラギさんは出発しようとしません。
何事かと横目で彼の方を覗き込むとその視線に気付いたのか、トレーナーさんは私の方に視線を寄越してこう言いました。
「だから、離れんなよ」
そこでやっと気付きました。
ポケットにしまった彼の左腕が不自然に体から離すようにスペースを空けていることに──
「はい……!はい…………!!」
私はすぐに行きと同じように彼の左手首を右手で掴んで歩き始めました。
今度はさっきよりちょっとだけ近い距離で──
「これが本体。……で、これがカバーか」
席に着くや彼は今しがた買ったばかりの袋を開けて中身をテーブルに並べました。透明のプラスチックに包装されたウマホとそのカバー。ウマホのカバーは私のと形状こそ同じですが、色違いで彼のは黒色でした。
「いらっしゃいませ。ご注文決まりましたらそちらのボタンでお呼びください」
「ああ、俺はコーヒー……いや、アイスコーヒーで。グラスは?」
「私は抹茶ラテを」
注文を受けて下がっていくウエイトレス。
休日の昼日中。喫茶店の店内は多くのお客さんで賑わっていました。私達も席が空くまで待たせれましたからきっと満席なのでしょう。
少しの喧騒と、空調の効いた店内で私達は一休みしていました。
人混みが得意ではない私を気遣ってくれたのかもしれませんが、今日のお出かけ……ううん。『デート』はそんな人混みに気にかけるような余裕はありませんでした。
彼と腕を繋いでいるのに集中してたから……。
それでもこのまま帰るのも味気ないので、私は彼の提案を二つ返事で受けて喫茶店に入ったのでした。
「ええと、まず起動するのが……?」
トレーナーさんはウマホを縦にしたりひっくり返したりしながら四苦八苦していました。
「フフ……。このボタンですよ」
「ありがとう……。ってなんで笑うんだよ」
こんな風にウマホに翻弄されるカブラギさんがいつも飄々としてるイメージと全然違くて、私は何だかおかしくて笑ってしまっていました。
「お気になさらず~」
「ま、いいわ。それより……」
そこまで言うと、彼は二人掛けのソファの奥にずれて、空いた席を手で叩きました。
「?なんですか?」
「……こっち来て教えてくれよ」
そう小声で漏らすと、彼は気恥ずかしそうに視線をそらしました。若干頬が赤くなってる気がします。
公道で教え子と腕を組むのはよくて、ウマホの操作を教えてもらうのに恥ずかしがるなんてちょっと変わってます。きっと教えられ慣れてないからでしょうか。
私は向かい合っていた席から腰を上げて彼の方へ向かいました。トレーナーさんの隣に座ると思うと内心ドキドキしている自分がいます。
「失礼します」
彼の隣に座るとカブラギさんは早速間隔を詰めて私に教えを請います。
「この初期設定なんだが……」
ち、近い……!
札幌の時、私が隣に座ってもわざとすき間をあけるような人だったとは思えません。今度は密着するようにすき間を埋めてきました。
私は平静を保つのが精一杯で、しどろもどろになりながらなんとか分かる範囲で説明していました。
「なんか別の飲み物はいいのか?」
そう言われて、いつの間にか抹茶ラテを飲み干しているのに気付きました。残暑の厳しい暑さと緊張で喉が乾いていたのかもしれません。
「じゃ、じゃあ……」
私は立てかけてあったメニュー表を広げてみます。
抹茶系の飲み物を探してページを捲っていると、冊子とは独立した一枚の広告のような紙が挟まっていました。そこにはでかでかとした飲み物の写真とともに、『抹茶フラッペ ペアサイズ!』と書かれているのが目に入りました。カップルで頼めば三割引きとも。
カ、カップル……!?い、いえ、別に普通のを頼めばいいだけ。それだけです。
ですが、一人サイズの抹茶フラッペを探してもメニューに見当たりません。期間限定商品だけあって、ペアサイズ限定のようです。
「ご注文お伺いします」
トレーナーさんが呼んだのか、もうウエイトレスさんがやってきていて注文を催促しました。
私は念のためという感じでウエイトレスさんに尋ねてみます。
「えっと、この抹茶フラッペって一人用のはないのですか?」
「申し訳ございません。こちら限定商品でございまして、二人用のペアサイズからとなっております」
「なんだ。それ飲みたいなら頼めばいいだろ」
「ですが量が……」
「だったら俺も手伝ってやるよ」
「今ならカップル割でお安くできますよ」
「う……。あ………」
なんだかどんどん外堀を埋められているような気がして柄にもなく焦っていたようです。あんなことを口走るなんて……。
「あ、あの!私たち、カカカップルに見、見えますか!?」
一瞬の静寂。ウエイトレスさんとトレーナーさんの驚いた表情が私を刺しました。
「いや流石に」
「ええ、とってもお似合いのカップルですよ!」
やめて!気を遣わないで……!
ウエイトレスさんの屈託のない声が耳に届きましたが、私は言ってしまった後でメニュー表で顔を隠して俯いていました。きっと今は耳まで真っ赤になっているでしょう。顔から湯気が出そうなほど熱を感じてとても顔を上げることができませんでした。
「ええと、抹茶フラッペペアサイズでよろしいでしょうか?」
改めてそう聞かれますが、私はもう顔を上げることも出来ずにうん、うんと頷くことしかできませんでした。
「大丈夫か?」
「ええ。お気遣いありがとうございます」
結局、抹茶フラッペの大半を一人で飲んで、お腹がたぽたぽになったまま私たちは店を出ました。
燦燦と太陽が照り付ける中トレーナーさんに寄りかかるようにして歩いていました。飲み過ぎて歩きにくかったのと、フラッペだったのもあってこんな季節でも肌寒くなってしまったからです。それにもっと近くに——
でも、流石にまずいですね……。
「あ、あの……」
歩行者天国の大通りで彼の腕を引き留めると、私は言いにくそうに切り出しました。いいえ、実際言い出しにくかったのです。
「ああ。えー、あそこにあるんじゃないか?」
彼の指さした方を見ると、一階が吹き抜けになったゲームセンターがありました。ドアも何も無く、開放的で誰でも入れるようになっているので、気兼ねなく入れそうです。
「すいません。ちょっと失礼します」
飲み過ぎて我慢の限界だった私は小走りに駆け出すと化粧室を探してお店の中に入っていきました。
「お待たせしました。……あら?」
私が化粧室から帰ってくると、トレーナーさんはゲームセンターのUFOキャッチャーの前でアクリル越しに中を睨んでいました。
何事かと思って私も近くによってそのUFOキャッチャーを覗き込むと、そこにはウマ娘の人形たちが商品として山積みになっています。そして、もう一度彼の視線の先をよく見ると、そこには私、グラスワンダーを模した人形が横たわっていました。
「ああ、じゃあ行こうか」
「え?でもトレーナーさん……」
そう言って、さっきまでトレーナーさんが覗いていた私の人形を視線だけ泳がせてみます。するとトレーナーさんが何か困ったような表情で私を見つめるのが分かりました。
「困ったもんだな。本人の許可もなく勝手にこういう物作って」
「……欲しく、ないんですか……?」
彼は困ったような表情のまま私の瞳をじっと見つめると、一瞬顔ごと視線をそらして呟きました。
「………………欲しい」
ゲームセンターのかしましい喧噪の中、ウマ耳の私がやっと聞き取れるぐらいの小声で彼は確かにそう言いました。
「さあ行くぞ」
「あ、あの!ちょっと……!」
そう言って彼を引き留めようとした時、ふとアクリル板の中のその人形が私の目に入ってしまいました。
それはデフォルメされていましたが、もじゃもじゃ頭に少し怒ったような表情のスーツ姿のヒトの人形がありました。よく見るとウマ娘以外にも人形があり、それもどうもどこかで見た顔たちです。明らかにスぺちゃんとスカイさんのおじいさんトレーナーさんを模した人形を見た時に私の疑念は確信に変わりました。きっとウマ娘だけじゃなく、人気のトレーナーさんの人形も置いてあるのです。
それを見た瞬間、私の中の闘争心が胸の中で燃えるように膨れ上がるのが分かります。
これは……絶対に獲らないと……!
「カブラギさん!その……欲しいものが……!」
そう言うと、彼はしょうがないというように踵を返してUFOキャッチャーの前に戻ってきました。
「お忙しいところすいません。ですが、どうしても欲しいものが」
「いいよ。時間あるし。それで、どれが欲しいんだ?」
「あれです」
指さす方を彼が見ると、変な物をみるように眉を顰めました。
「こんなのが?というか、ウマ娘じゃないじゃないか」
「これ、誰かさんに似てませんか?」
そう言うと、トレーナーさんはますますアクリル板に顔を近づけて訝しむような表情でその人形とにらめっこしだしました。その顔があんまり人形のそれと似ていて、私は笑いを堪えるのに必死でした。
「……しかし、不細工な人形だな。本当にこんなのが……」
そこで私は我慢できずに思わず吹き出してしまいました。
「プッ……!アハハハ!」
「何がおかしいんだよ……」
「だ、だって……。あのですね、気を悪くしてもらいたくないんですけど、この人形、カブラギさんにすごく似てるなーって」
そこまで言うと、今度は忌々しそうに人形を睨み始めました。
「くそ……。肖像権侵害で訴えてやるぞ……」
そんなことを小声でごちるトレーナーさん。でも肖像権侵害ってことはその人形が似てるって認めることですよ?なんて流石に言えませんでしたが、私は一枚100円玉を機械に入れるとUFOキャッチャーを操作し始めました。
「おい、ほんとにとるのか?」
私は彼の質問には答えず、その人形をとることに集中しました。人形の首の後ろに輪になった紐がくくられていてストラップとして使えるようになってるみたいです。その輪っかを目指してアームを動かして行きます。ちょうど真上に来たと思われるところで止めると、自動的にアームが降りていきました。しかし、頼りないアームはいたずらに人形の山を掻くだけで無を運んでいました。
「残念……。でも次は!」
財布に手を伸ばしたところでその手を男の人の手が止めました。
「本気でとりにいくのか?」
「……どうしても欲しいのです」
心配する彼の目をじっと見る。
私の決意の固さが伝わったのか、彼は一つため息をついて自分の財布をポケットから取り出しました。
「トレーナーさん!これは私の我が儘です!トレーナーさんにとってもらうなんて」
「勘違いすんな。俺は他に欲しいもんがあるから先にやらせてもらうだけだ。時間かかりそうなんでな」
「よく見とけよ」と言うと一枚だけ100円玉を投入するトレーナーさん。すぐにボタンを押さずに中をじっと見たかと思うと、今度は右に左にと角度を変えて標的を値踏みするように真剣な表情で睨みました。やっとボタンを押して始めたかと思うと、細かくアームの位置を微調節して整えていました。そこで彼が狙ってる人形が私には分かり、改めて心の中でなんとも言えない恥ずかしいやら嬉しいやらの甘酸っぱい感覚が満たされのでした。
彼の狙い通りその人形は胴体を捕まれ、アームがそれを離すと丸い口に吸い込まれていきました。同時に受け取り口でポトッと何かが落ちる音がしたかと思うと、すぐに彼はそこに手を入れてそれを出してきました。
「……なんだか恥ずかしいですね。でも、ありがとうございます」
「なんでお礼を言うんだ?」
「だってあんなに真剣な顔で……。そんなに欲しかったんですよね?その人形」
彼の手にすっぽりと収まる栗毛のウマミミのついた人形を見ます。おでこの流星まで再現されて、なんだかもう一人の私が飛び出てきたような気分です。
「……悪かったな」
照れ隠しなのか、顔をそらしながら呟くようにそう漏らすカブラギさん。普段無愛想な彼が今日はなんだか普段見慣れない表情をよく見れて、トレーナーさんのことを可愛らしく感じてしまいました。
「今度はお前の番だぞ」
「分かっています」
これは真剣勝負です。あのトレーナーさんが見せてくれたUFOキャッチャーとの戦い方。それ以上に、これは遊びではないと教えてくれた真剣さ。
私は改めてコインを入れて再び挑戦しました。今度は慎重に慎重を重ねて。
が、今度も失敗。一朝一夕では上手くいかないことがいよいよ分かってきました。
「諦めついたか?」
「まだ……まだです」
真剣勝負と知ってしまった私は最早この勝負から逃げること能わず、とれるまでやることを心の中で誓うのでした。
隣のトレーナーさんが呆れるように天井を見上げてため息をつくのだけは分かりました。
「すいません。こんな時間までつれ回してしまいまして……」
「いいよ別に。目的は達成できたしな」
そう言って黒いウマミミの生えたウマホを見せてくるカブラギさん。
結局、あのあと財布に入ってたほとんどのお金をUFO キャッチャーに使ってしまいました。途中で見かねた店員さんが人形をとってくれる提案もされましたが、もうそれどころではなく、負けず嫌いが発動して意地になっていた私はそんな提案も断ってずっとやり続けていたのでした。
その結果、学園に帰ってくるころには空は赤く染まり、太陽がビルの間に隠れようとするほどの時間になっていたのでした。
「でもこの人形、携帯ストラップになりますし、ちょうどこのウマホカバーには引っ掻けるところあるので、良ければ着けてみて下さいね」
「……担当バのストラップを着けるってのもな……」
そう渋るトレーナーさんですが、私は私の人形を欲しいと言ってくれただけでとっても嬉しかったので、それ以上は求めないことにしました。
「あ、そうです、ちょっとLANE のアプリ開いて下さいますか?」
「?ああ」
カブラギさんがアプリを開くと同時に私もLANE のアプリを開きます。そしてトレーナーさんに説明を施しながらウマホを操作させて画像を読み込ませました。
「これは……?」
「フフ……。トレーナーさんの最初のLANE フレンドは私ですね!」
私のウマホカバーに着けたもじゃもじゃ頭の人形が、夕日に照らされ楽しそうに踊りました──