きっと貴方のことが好き   作:圧倒的雑魚臭

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札幌デートと取材

 

 

 

 

「まさか全く注目していなかった未勝利戦でこんなレースを見られるとは……」

 

 

 

「わざわざ東京から足を運んだかいがありました」

 

 

 

「それにしても、ふふ……。あのトレーナーとの関係、面白そうです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「首都圏にいる台風4号は今日中に北関東を通過し、東北に……」

 

 テレビから流れる天気予報を忌々しげに眺める。

 窓から差し込む朝日に目を細めながら、台風のニュースを聞くことになるとは思わなかった。

 関東を直撃した季節外れの台風は俺達を東京に帰させないらしい。

 

「トレーナーさん?いらっしゃいますか?」

 

 数度のノックのあと、聞き慣れた声がドアの外から聞こえてきた。

 

「入っていいぞ」

 

「ロックされてるので入れませんよ?」

 

「ああ、そういやそうだったな。悪い」

 

 ついいつものように受け答えをして、ここがホテルのオートロック式だということを忘れてしまっていた。

 俺はドアを開け、担当ウマ娘を迎える。今日は飛行機が運航再開するまで待機だと伝えていたが、流石に手持ち無沙汰か。

 

「おはようございます。トレーナーさん。朝のバイキングにいらっしゃらなかったからちょっと心配しましたよ~?」

 

「……俺はああいう人が集まる食堂が嫌いなんだよ」

 

 昨日から続く動揺を悟られまいと、いつものように振る舞いながらそう答える。寝て起きれば収まるかとも思ったがこの件に関してはやはり根が深いらしい。

 

 とりあえずドアの前で立ち話もなんだからグラスを部屋に入れてやる。

 

「あら?トレーナーさん緑茶はお嫌いなんですか?」

 

 備え付けの緑茶のティーパックが手付かずなのを見られたらしい。いつも水か野菜ジュースしか飲んでいないから、ホテルに泊まってもそういうのを飲む習慣がない。

 

「別に嫌いではないけどな……。水道水で十分だ。あれば飲むけど」

 

「ふふ……。じゃあ私が淹れますね。たまには野菜ジュース以外の飲み物もいいものですよ?」

 

 彼女はからからと笑い、電気ポットに水を入れてスイッチを押した。

 

「それはそうと、飛行機飛びませんね~」

 

「いっそ走って帰るか?ウマ娘なら一日走れば着くだろ」

 

「トレーナーさんと一緒ならそれもいいかもしれませんね~。ウマ娘はヒトが走るような長距離は苦手ですから、疲れたら私をおぶっていって下さいね?」

 

「30過ぎのおっさんに中学生をおぶって東京まで行けってか?途中で動けなくなるか警察の世話になるかだな」

 

 パチンという音がお湯が沸いたことを知らせる。

 グラスは湯飲みにティーパックを入れ、その上からお湯を注いだ。お湯の跳ねる音とともに緑色の液体が湯飲みの中を満たしていく。

 

「その時は二人で草むらの中野宿、なんていうのも乙かもしれません。都会では見られない満天の星空が拝めるかもしれませんよ?」

 

 彼女はベッドに座っていた俺の隣に座ると、慣れた手つきで湯飲みの底を持って渡してきた。

 グラスは昨日のレースが終わった後からずっと上機嫌だ。まるで今までの鬱屈を晴らすように明るく、よく喋りかけるようになった。あまり付き合いが長いわけじゃないが、もしかしたらこれが本来の性格なのかもしれない。

 

「普通そういうのは男の俺が言い出すんじゃないか?女性が野宿なんてウマ娘とはいえやっちゃいかんぞ」

 

「あら~。トレーナーさんは私のことを女性として認識してらっしゃったんですね~」

 

 口元に手をあてて微笑むグラスワンダーだったが、何故かその声色には少しトゲが含まれているように感じた。

 

 俺は軽く腰を浮かして彼女との距離を少し空けると、思い出したように話題をそらした。

 

「ああ、そういえば、あのマルボロ返してもらえるか?俺の宝物なんだ」

 

「ええ、私の部屋にありますけど……。もう少しお借りすることは出来ませんか?」

 

 もうお前には必要無いものでは?とも思ったがへそを曲げられるのもいやなので俺は渋々ながらそれを了承した。

 

「必ず返せよ」

 

「分かっております」

 

 俺は手に持っていた湯飲みを口に運び、インスタントの緑茶を口にした。久しぶりの渋味と苦味、鼻に抜ける香りが俺の心を幾分落ち着かせた。

 

「やはりパックだとあまり美味しくないですね」

 

 同じように隣でお茶を飲むグラスワンダーは不満そうにそう呟いた。

 

 そういえば、喫茶店では抹茶を頼んでいたな……。

 

「グラスは緑茶が好きなのか?」

 

「ええ、茶道も習っておりまして、よく趣味でお茶も点てるんですよ」

 

「……そうか……」

 

 2ヶ月以上付き合っていたが、担当ウマ娘の趣味も知らなかったことに今さら気付いた。

 今までの俺だったらそんなことを聞かされても何も興味が湧かなかっただろう。しかし、今の俺はグラスワンダーについてあまり知らない自分に少なからず動揺していた。

 

「こんな天気の日には野点もするのですが……。そうですね、野点は無理でも、飛行機が動くまで外で観光するというのは如何ですか?実は私、北海道は初めてなんです」

 

「……そうだな。こんな機会もなかなかないしな」

 

 本当は遠慮願いたかったが、調子のいい今のグラスに水を差してしまうのもトレーナーとして望まなかったので、俺は彼女のその提案に乗ることにした。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「いい天気ですね~」

 

 東京では台風が来ているなど想像出来ないくらいの晴天。オシャレな服を持ってこなかったのを後悔しました。

 

「観光っつっても俺は札幌はよく分からんぞ」

 

「とりあえず、有名な時計台に行きましょう」

 

 そう言ってウマホを取り出して場所の検索をします。彼は不思議そうにその様子を見ていました。

 

「今は便利になったもんだな。それでどこに何があるか分かっちまうんだから」

 

「ではトレーナーさんもウマホに買い替えたらいかがですか~?」

 

「バ鹿言え。俺はこれで十分だよ」

 

 そう言って彼はガラケーを手に持ちプラプラと振ってみせます。

 いまだにガラケーを持ってる人がいるというのも驚きですが、彼がメールの書き方も覚束ないのはもっと驚かされました。私もさしてこういう機器に詳しいわけではありませんでしたが、彼のそれは度を越してます。

 それでも私がメールでのやりとりを希望したらそれなりに打つのに慣れたみたいです。

 

 それぐらい出来ないと。まだおじいさんでもないんですから。

 やってることはおじいさん染みてますけど……。

 

 そんなことを思いながら札幌の町を散策がてら目的地まで歩いていきます。トレセン学園では朝のこの時間でさえうだるような暑さですが、ここでは涼しささえ感じます。気候の違いを肌で感じながら、冬はどうなってしまうのかという素朴な疑問も過りました。

 

「ちょっと肌寒いぐらいですね~」

 

 私はそう言って並んで歩いていたトレーナーさんとの距離を少しつめます。

 

「そりゃ北海道の朝だからな」

 

 彼はすかさず車道側に少しよれ、私との距離を先程の間隔に直しました。

 さっきホテルで隣に座った時もそう。それとなくを装っているようですが何故でしょう……。昨日のレース以降なんとなく彼は私との距離をあけようとしているような気がします。

 彼が心からレースの勝利を喜んでくれたのは確かだと思うのですが……。

 

「それにしても、北海道は一々建物がデカいな。一ブロック歩くだけでも結構な距離だ」

 

「土地は余ってますからね~」

 

 東京のようなせせこましい土地の使い方はこちらの人達はしないみたいです。私達が泊まったホテルも実に広々とした空間で、食堂にしても泊まる部屋にしても東京では味わえないような贅沢さでした。

 北海道の建物というのはそういうものなのでしょう。個人宅と思しき建物でさえ、大邸宅を彷彿とさせます。加えて、人が計画的に都市を設計した特徴でもある、碁盤の目のような作りに町全体がなっており、巨大な建造物と相まって故郷のアメリカを想起させました。

 

「ま、道は分かりやすくていいけどな」

 

 直角に交じりあう道路を見やりながらそう口にします。

 一々信号に捕まるのが癪ですが道路自体も広々として規格の違いを見せつけられました。

 

 

 

「着きました~。ここですね」

 

 道に迷うこともなく、私達は件の時計台に着きました。赤い三角屋根にその上から突き出る大きな時計。木の板を打ち付けて作られたその壁は、ところどころ剥げかけた白いペンキと相まって寒々しさを覚えます。巨大なビル群に囲まれる中、これだけポツンと取り残されたように、その時計台は知名度の高さからは思えないほどの小さな昔ながらの木造建築であることが分かりました。

 

「うん、まあ、なんていうか……。想像してたよりショボ……」

 

「こじんまりしてて可愛いですね~」

 

 私はすかさずウマホを取り出してトレーナーさんと一緒に時計台を撮影する体勢になりました。

 

 トレーナーさんは時々私がびっくりするぐらい、素直、といいますか、思ったことをそのまま口にしてしまう時があります。

 私は通行人に聞かれなかったかと冷や冷やしながら彼の仏頂面と一緒に『かわいい』時計台を写真におさめました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 資料館も見ずに時計台を後にした俺達は北海道大学のキャンパスを見たいというグラスワンダーの希望に沿って西を目指す。

 その途中、雪印パーラーを目ざとく見つけたグラスが宇治抹茶アイスが食べたいと珍しく遠回しにせがんだのでそこに寄ることにした。

 

「我が儘言ってしまってすいません」

 

「別に……。どうせ時間潰しだしな」

 

 そういうと、向いに座った彼女は何故か不服そうに頬を膨らませてみせたが、宇治抹茶アイスが運ばれてくると、破顔してそれをつつきだした。

 

 こういうところは子供っぽいんだよな……。

 

 グラスがアイスに舌鼓を打っている様子を眺めていると、背後から唐突に声をかけられた。

 

「すいません。昨日未勝利戦で優勝したグラスワンダーさん……とそのトレーナーさんではないですか?」

 

 グラスワンダーはスプーンを握った手を止めて俺の後ろを警戒するように睨み付ける。

 俺もゆっくりと上体をひねり、声がした方に視線を向けた。

 

 見ると、灰色のスーツに黒髪ロングの女性がメモ帳とペンを持ってこちらを伺っていた。

 

「……記者か?あんた」

 

 警戒するようにやや乱暴な言葉を投げつける。

 鮮烈な勝利を飾ったのは確かだが、所詮未勝利戦だ。取材の一つも無いだろうとたかをくくって札幌観光していた俺を急に現実に戻させた。

 それはグラスワンダーも同じようで、彼女から今まで感じたこともないほどの殺気が肩越しに感じられた。

 

「はい!私、月刊トゥインクル所属の乙名史悦子と申します。昨日の未勝利戦について伺いたいと思いまして、失礼ながらお邪魔させて頂きました。もし出来ればお時間のほどよろしいでしょうか?」

 

 しかし、乙名史は俺達の醸し出す不穏な空気にお構い無く快活な声で取材を申し込んできた。

 

 経験上こういうのを下手に断ると、あること無いこといい加減なことを書かれることを知っているので俺は渋々ながら取材を了承した。

 

「はあ……。分かりました。席を変えましょう。すまん、グラス。お前はゆっくりしていてくれ」

 

「ですが、取材したいのは私の方ではありませんか?乙名史記者さん?」

 

 明確にトゲのある口調でグラスワンダーはそう切り出した。

 

 取材慣れしてない今のグラスに取材させたら何を言い出すか分からん……。

 

 俺はいきり立つ彼女を手で制し、席を立った。

 

「これもトレーナーの仕事だ。余計な口は出すなよ。グラス」

 

 俺はグラスに釘を刺して乙名史記者とともに奥の席に移動する。

 席に着くと同時に頼んでいたホットコーヒーが俺の前に差し出された。

 

「早速ですがお伺いさせて頂きます!まずは昨日の未勝利優勝おめでとうございます!同時に札幌競バ場1800m走のレコードタイを記録したということですが、お気持ちのほどをお聞かせ下さい」

 

 それからしばらく、何故あれ程の実力がありながらメイクデビューを落としたのか、グラスワンダーの本来の脚質、今回の作戦などの質問を無難な回答で誤魔化す。

 彼女は俺のテキトーな受け答えにも一々、なるほど!なるほど!と大袈裟な相槌をうちながらメモをとっていく。毎回誇大妄想を働かせた一人言を漏らすが、根は悪人ではなさそうだった。

 

「なるほど!大変参考になりました。カブラギトレーナー」

 

 やっと終わったかと安堵したのも束の間、俺は違和感に気付きそれを口にした。

 

「……なんであんた俺がカブラギだって知ってるんだ?」

 

 彼女はしまったというような表情をしたあと、諦めたようにほくそ笑んで口を開いた。

 

「……バレてしまいましたか。私、元々貴方がカブラギさんであることは知っていました。記者の間でも敏腕トレーナーとして有名ですから」

 

「……そりゃどうも……」

 

 下らんお世辞を適当に流してこの退屈な時間が終わるのを願った。

 

「バレてしまったからには仕方ありません。個人的なことに関しましてもう少し取材させて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「……あと5分だ」

 自身の腕時計を見やりながら適当な時間で切り上げようとした。

 

 

「ありがとうございます」

 

「それでは、カブラギトレーナーとグラスワンダーさんはお付き合いされてるのですか?」

 

 ……はあ?

 

「……それは恋愛対象としてという意味ですか?」

 

「もちろん!」

 

 屈託のない笑顔を向けて明るく答える彼女を見ると最早怒る気力もなく呆れるしかなかった。

 

「俺達はそういう関係じゃない。どっからそういう発想になるんだ」

 

「あら?レース後にグラスワンダーさんに抱きつかれていたので、てっきりそういうものかと……」

 

 見られてたのか……。

 

 面倒くさいと思いながらもはっきりと否定しておいて良かったと胸を撫で下ろす。

 

「特に専任だとトレーナーとその担当ウマ娘はそういう関係になりやすいというのを聞いていたもので……。どうやら早とちりだったようです。カブラギさんとグラスワンダーさんは未来永劫プラトニックにトレーナーと競技者としてお互いを支えあっていくということですね!」

 

 もう訂正する気もないので俺はそのまましゃべらせる。とりあえずそういう関係ではないことだけ押さえられておけばいいと諦めていた。

 

「最後の質問ですが……、半年、いえ、もう10ヶ月前になりますか、カブラギトレーナーと前の担当ウマ娘の間に何があったんですか?」

 

 

 

「………………帰れ……」

 

「え……?」

 

「いや、これで失礼する。これ以上答える義理はない。あんたが良識ある記事を書くことを願ってるよ」

 

 俺は席を立って叩きつけるようにお札をレジに置くと、退屈そうに食べ終わったアイスの食器をいじっていたグラスワンダーに声をかけて店を後にした。

 

 夏特有の厳しい太陽光がクーラーで冷えた俺の肌を熱くさせた。

 

 

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