伝説のモブウマ娘は失った青春を取り戻したい 作:maple sugar
私がトレーナーに出会ったときトレーナーにはこのあたりで一番おいしいお店を見つけて来いと言われたことがある。しかも、その間トレーニングは無しというものだった。
それはトレーナーと出会ったばかりで成績もひどくあんなに好きだった走ることすらいやになっていた時期だった。その時の私にはなぜそんなことをするのかわからなかったが、私を一度レースから離れさせ目的があった。
レースから離れたことで自分はやっぱり走ることが好きでレースに勝ちたいという気持ちがまた湧き上がって来た。
私は単純なウマ娘だったのかもしれない。しかし、あのような状態でトレーニングしても意味はないだろうし私専用のメンタルリセットの方法だと考えていた。
それは自らの本音と向き合う時間だった。
私の本音はレースが好きで勝ちたいというごくごく普通で誰でも考えているようなそれが本音だった。誰かを元気づけたいだの世間の常識を変えたいだのそういったものがあれば多少は格好がついたのかもしれないが私はそうではなかった。これもモブウマ娘の宿命だろうか?
そうした経験があったからこそこうして生徒会でうまくいかず躓いてしまったウマ娘を一度生徒会から離れさせ彼女自身と向き合わせるためにこうして学園を抜け出せたのだった。
トレーナーのようにうまくいくはわからないしそもそもこれは私専用のメンタルリセットの方法だったから彼女に効果があるは全く分からなかった。
「こんな時間にトレセン学園を抜け出してきちゃうなんて……」
「悪いことしてる気分になっちゃう? 大丈夫だって、授業はもう終わってるんだしさ。私だってトレーニングがないときは外でご飯食べたりしてるんだからさ」
夕ご飯にはまだ早いが彼女の言うには昼休みも一人で生徒会室に行き終わらない仕事をこなしているらしい。それではゆっくりとは食べられていないだろうし、何よりそんな状態ではレースでよい本来のパフォーマンスが出来るわけがない。
「よし、着いたよ」
「ここって……喫茶店ですか?」
ここはさびれた喫茶店
昔、私が見つけた喫茶店だった。お腹がすいているのに喫茶店? と思うかもしれないが実はここの人参ハンバーグカレーは最高にうまいのだ。
ここのオーナーは堅物だが私がきたときには人参ハンバーグカレーを大盛りで出してくれるのだ。
私はしり込みしているフィーリングステラの手を引き店内へ入った。
「おじちゃんいる?」
すると、店の奥から髭ずらで強面な初老の男性が出てくる。
「なんだ、お前かよ。全く客かと思って損したぜ」
「はぁ!? 何その態度、客なんですけど? そんなんだから客が来ないんだよ」
「余計なお世話だ、それにここを牛丼屋かなんかと勘違いして炊飯ジャーを一つ空っぽにしていくような奴は俺は客とは呼んでねぇ。ここは喫茶店だぞ、コーヒーを飲めコーヒーを……ん? そちらのお嬢さんは?」
オーナーは後ろでもじもじしているステラに気づいたようだ。
「……ほら、座んなコーヒーでいいかい?」
「は、はい……」
消え入りそうな声で返事をする彼女にオーナーは「あいよ」とだけ答え、それ以上何も言わず奥へ入っていた。
「あ、人参ハンバーグカレーも二つお願いね!」
私が大声で注文すると奥から「聞こえてるよ!」と帰って来た。本当に客商売に向いていない性格だ、あの性格さえなければここの人参ハンバーグカレーは絶品なのに……もったいない。
「あの……レプリケーションさん」
「ん? ケーションでいいよ、そんなにかしこまらなくてもいいからさ」
「は、はい……あの、どうして私にここまでしてくださるのでしょうか?」
「ん? さっきも言ったでしょ? わかるんだよなんとなくその気持ちがね、私もそうだったからさ。私の時は今の私のトレーナーが助けてくれたから今があるんだけどさ。だからなんとなくほおっておけなかったの、それだけだよ」
自分はトレーナーに助けてもらっておきながら、いざ自分がその立場になった時に彼女に何もしないというのが出来なかっただけなのかもしれない。
しばらくすると奥の方から大きな皿にこれでもかと注がれたカレーとその上に人参が刺さっていることでかろうじてバランスを保っている大きなハンバーグが乗っていた。
「ほら、大盛にしといたぜ」
「さすが、おじちゃん! 太っ腹じゃん」
「あー、どうせ。ここに来る客なんていないんだ。食ってけよ、残飯として残るより誰かに食ってもらった方がいいだろ」
私はそのままいただきますと手を合わせるとすぐに勢いよく食べ始める。あーあ、やっぱりうまいなこれ。普段の姿からは想像できないがおじちゃんが本当にこだわって作ったんだと想像できる。
一方、ステラは自分の分の人参ハンバーグカレーにはしばらく手を付けなかったが、少し経つと彼女もスプーンをとり少しずつ食べ始めた。
「どうだい? お嬢ちゃんうちのカレーの味は?」
「お、おいしいです」
「フ、そうかい」
それまでは暗い顔をしていたが少しだけ笑顔が戻ったようだった。
カレーを食べ終わった私とステラは喫茶店を後にした。
「すみません、御馳走してもらっちゃって……」
「いいのよ、今回は私に付き合ってもらうっていう話なんだからさ。次は……走りにいこうかな」
私とステラは近くのウマ娘用のランニングコースにやって来た。
「どう? 何も考えずに走ってみた気分は?」
「ハァハァ、思いのほか楽しいです。レースのルールに縛られないで走るは久しぶりで……。というかケーションさん早すぎないですか? 息も全然切れてませんし……」
「まあ、私一応先輩だしね、でもステラも結構速かったよ。レースの戦績は良くないとか言ってたけど本当は好走してるんじゃないの?」
「いえ、あんまり私勝ったことなくて、3着4着くらいにはなれるんですけど……」
今の段階でそのくらいの着順なら後は彼女に会った走り方や適性距離を調べていけば1着も届くのではないだろうか? 私なんて初めは毎回ビリかそうじゃないかくらいだった。
「でも生徒会の皆はもっとすごい人たちばかりですし……」
それは比べる相手が間違っている気がするが……。あの人たちはもはやそういう才能を持って生れて来た奴らだ、私たちのようなモブウマ娘をルドルフや副会長たちと正面から比べてしまっていてはいつまでたっても自分の成長を感じられないだろう。うーん、どうするべきか……
「わたし……やっぱり生徒会はやめた方がいいのでしょうか?」
私がそんなことを考えているとステラがぼそりとつぶやく。
「それはステラが決めることだよ。でもステラはただルドルフに誘ってもらって生徒会役員になっただけで別にルドルフに何かする義理なんてないよ。ステラの貴重な青春残量は限られてるの、その貴重な青春をルドルフの夢のために捧げてるんだよ?ステラにとってそれほどまでに生徒会って大事なの?」
私からしたら信じられないことだ、その時間があれば私なら強くなるために走ったり友達と遊んだりおいしいご飯を食べたりと青春の時間を思いっきり楽しんでいたはずだ。何が楽しくてあんな堅苦しい場所で時間をつぶさなければならないのか私にはわからない。
「でも・・・うれしかったです。ルドルフ会長ってすごい人なんです。私と違って走りも強くて学業も優秀で本当に何でも出来て……。そんな人にあの時生徒会に誘ってもらった時そんなすごい人に認めてもらえた気がしたんです。すごくうれしかったんです……。だから、あの人にもっと認めてもらいたくて……でも、全然ダメで……」
しかし、彼女にとっては違っていたようだった、あの学園でルドルフという存在はそれほどの存在になっていた。ただルドルフに認められたというだけで皆自信を持てるようになっているのだ。ルドルフはある意味皆を幸せにするという目標に近づいているのかもしれない。
「そっか、ステラはルドルフに認めてもらいたいんだね」
認めてもらいたいか……。もしかしたらこれが彼女の本音なのかもしれない、憧れの人に認めてもらえるのがうれしいのは私にも理解できる。
しかし、それは難しいだろう。なぜならルドルフは心から人を頼ったりしないからだ。誰かを頼り弱みを見せることは彼女にとっての完璧な指導者から外れてしまうからだ。しかも、ルドルフはこの上ない過保護だからルドルフに認められたいならルドルフくらい強くならないと・・・うーん、難しい。
結局のところ彼女の本音を引き出してみたところで何の解決にもならなかった。やっぱりトレーナーのようにはうまくいかないなぁ。
こんなときトレーナーならどうするだろうか?きっと彼女をこのままにはしないだろう。
「ねぇ、速くなりたい?ルドルフに認めてもらえるくらいにさ」
「私は・・・速くなりたいです。あの人に認められるくらいに・・・」
その時の彼女は本当に当時の私を見ているようだった。彼女はずっとあのルドルフたちの周りにいながら彼女は心の底ではまだあきらめてなかったのだ。
「じゃあさ、私が走るの教えてあげようか?」