伝説のモブウマ娘は失った青春を取り戻したい 作:maple sugar
私のトレーナーは特に何も言わなかったが明らかに私の戦績が大変なことになっていた。そしてついに私はシニア期の一年目が終わったころにトレーナーに打ち明けたのだった。
「今までずっと我慢してきたけれどもうこんなの耐えられないよ。もう私怖くておかしくなっちゃう……」
私のトレーナーは自分を恥じた。なぜ彼女がこんなに苦しんでいたというのに私は気づいてあげられなかったのだろうかと。彼は新人トレーナーだったが彼女が自分にとって初めての担当ウマ娘となってくれた存在だ。彼女のおかげで自らも成長し立派なトレーナーとなれたと自負している。だが、そんな彼女をこんな風にしてしまった自分はトレーナー失格だと考えていた。
「すまなかった、まさか君がこんなに悩んでいるなんて気づかなかったんだ。ただ俺には君が何に悩んでいるのかわからない。君は別にどこかを怪我したわけでもなければレースの戦績に不安があるわけでもないだろう?」
きっと、疲れているのだろうトレーナーはそう考えたが私の答えはそうでなかった。
「あるよ……」
「えっ……」
「レースの戦績に不安があるって言ってるの!! 見てよ私の戦績!!」
トレーナーは彼女の戦績を振り返る。えーと……ジュニア期からオープン戦で勝利した後ホープフルステークスを勝利、クラシックで皐月賞、ダービー、宝塚記念、菊花賞、ジャパンカップ、有馬記念、シニアに入ってからは大阪杯、天皇賞(春)、宝塚記念、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念──ーこれらをすべて勝利と……。
「やっぱりこの程度じゃ満足しないかぁ……」
「逆だよ、逆! 多すぎるの! 一人のウマ娘が取る戦績じゃないよ!」
私は自分で勝ち取った戦績に自分で恐怖していた。クラシック三冠をとるだけでも数えるほどしかいないのだが、さらに春シニア三冠、秋シニア三冠を同年中に取るという偉業を成し遂げそして現在に至るというわけだ。前人未踏だとかそういう次元ではない、理論上出られる中・長距離のG1レースにすべて勝っているのだ。誰がここまでやれといったのか?
「でもそれは君の才能がすごいからで……」
「そんなわけないでしょう! 私の実力なんてカスだよカス! この学園来てから周りの実力見てそのくらいわかってるよ! そもそもなんで中距離・芝が専門の私が当たり前みたいに長距離の菊花賞とか有馬記念とか勝てちゃってるんだよ!」
もはや私は自分で自分を批判するほど困惑してしまっていた。自分には才能なんてものはなく重賞に出られるだけでも高望みだと考えていたほどだ。そんな彼女にとってこの戦績は違和感でしかない。
そもそもこのトレーナーのトレーニングは特殊だ。日常の中の風景や出来事からまるで天啓のように彼女にぴったりのトレーニング方法思いつくし、彼女の休暇中にトレーナーが誰かとどこかに出かけるだけで休暇明けのタイムが驚くほどよくなっている。はっきり言ってホラーである。
しかし私はあえてそれを今まで考えないようにしてきた。こんな滅茶苦茶な新人トレーナーだがデビューすらままならなかった自分をつきっきりで面倒を見てくれているトレーナーの期待を裏切ることが出来ないという気持ちもあったし、何よりこのホラーじみた成長速度は私の中にあったレースへの情熱ともしかしたらこんな自分でもG1ウマ娘になれるのかもしれないという期待が現実から目を背けさせたのだ。
そして私が気付いたころには怪奇現象のような戦績が積みあがっていた。もはや私はクラシック戦線とシニアで戦うすべてのウマ娘にとっての注目の的となっていた。いや、畏怖の存在となっていた。
「いいじゃないか、いろんなウマ娘たちにマークされてもなお勝ってこそだと思うけどな」
「それ以前に無いじゃん、私が走れるレースがもうないじゃん。何? 連覇しろってこと? いい加減にしてよ!」
もはやこれ以上のグレードの中・長距離のレースは存在していない。となれば……
「短距離とマイル……それからダートもいけるかもな」
「……は? 何言ってるの? そんなこと出来るわけないじゃん!」
「いいや、君ならできる! 君の才能なら必ず勝てるよ!」
「だから私にそんな才能は……」
G3アルテミスステークス 芝/1600m/マイル 1着
G1安田記念 芝/1600m/マイル 1着
G1スプリンターズステークス 芝/1200m/短距離 1着
G1高松宮記念 芝/1200m/短距離 1着
G3シリウスステークス ダート/2000m/中距離 1着
G1東京大賞典 ダート/2000m/中距離 1着
「なんで勝てちゃうんだよー!!」
走ったこともない場所・距離だったから、はじめはこれで勝つなんて話にならない状態だったがどんどんタイムがよくなり、最終的には本当にそれぞれのG1級のコンディションに仕上がっていった。
三冠馬になった私が全然関係のない距離やダートを走るなど考えられないという声も上がっていた。正直私もそう思った、勝てるわけがないと。しかし、レースになると魔改造された私はほかのウマ娘たちを置き去りにしていた。
そしていろいろとヤジを飛ばしていた人たちは次第にいなくなっていった。そしてなぜか私がすべてをその足で黙らせたみたいな報道をされていた。偏向報道である。
とにかくこれで名実ともにG1総ナメウマ娘だった。
両親にはレースの賞金を贈っていたが「親孝行はもう十分だから」と言われ、知らない親戚が増えた私の家族はセキュリティ付きのマンションに引っ越してしまった。とんだ親不孝者である。
「どうしようトレーナー、私このままだとこれからのレース人生を才能満載のウマ娘達から狙われることになっちゃうよ。は、早く引退して私を知らないどこか遠くへ行かないと……」
「一旦落ち着け、別に誰も君を暗〇したりはしないぞ。あ、そうだな。そろそろ海外に行くっていう手も……」
そんなことをいうトレーナーを張り倒した。海外なんて絶対に行くものかと思っていた。まあ、行くことになったのだが……
ココアを飲み終わった私はカップをトレーナーに渡す。
「そういえば私がここに来るまでに何してたの?」
トレーナーは飛行機の中で日本についた後用事があると言っていた。どこに行くのか聞いたが人に会いに行くとしか言ってなかった。
「昔、俺がサブトレーナー時代だった時の先輩トレーナーに会いに行ってたんだよ。帰ってきましたってな。まあ、元トレーナーだけど」
その先輩トレーナーは私が学園に入学する頃にはもうトレーナーを辞職していた。なんでも当時担当していたウマ娘と結婚することになったらしい。まあ……たまによくある話だ。お互いに相当入れ込んだトレーナーとウマ娘はもはや引退後も離れられないらしい。
「その娘さんがウマ娘で将来はトレセン学園に来たいと言っているんだって。三冠ウマ娘を見て自分もなりたいんだってさ」
「えっ? それって……」
「あー……ミスターシービーらしいんだけど」
少し期待したがまあ、そういうものだろう。華があるからなぁ、ミスターシービーは……。
「っと、そろそろ帰った方がいいんじゃないか?」
確かに外を見ると暗くなっていた。ウマ娘だから特に危なくはないのだが今日はトレーナーがあらかじめマンションを一部屋借りてくれていた。その荷物は……マルゼン先輩に預けたままであった。
「わかった、先に帰るからまた明日ね」
私は、トレーナー室を急いで後にする。マンションの住所はすでにトレーナーにもらっていたのでまずはタクシーを拾うためにトレセン学園を出なければならない。
しかし、学園の校門を出ようとするとき声をかけられた。
「タクシーをお探しかな? 私が呼んでおいたから安心するといい」
にこやかな声で私に絡んでくるウマ娘がいた。しかも、校門でこんな時間に出待ちとはいささか問題があるのではないだろうか。寮のはとっくに門限のはずだ。私は無視して走り去ろうとしたがその声の正体を見た時私はその申し出を無視できないと悟った。
「はじめまして……だな。シンボリルドルフだ。タクシーなら後30分ほどかかるようだから、少しだけお付き合い願えないだろうか」
相手はトレセン学園の生徒会長シンボリルドルフだった。学園の生徒会長ともあろうウマ娘が寮の門限を無視して私を出待ちしていたのだった。
ルドルフってこんな感じのしゃべり方だったけ?