伝説のモブウマ娘は失った青春を取り戻したい 作:maple sugar
私とシンボリルドルフは月明りと街灯で照らされたトレセン学園の中を歩いていた。本来ほかのウマ娘達は皆寮住まいで門限の時間は過ぎているため、いるのは私と彼女だけでほかの人もウマ娘も気配すら感じられなかった。
というかシンボリルドルフはこんな時間にこんなところにいて大丈夫なのだろうか?
「えっと・・・門限とかって大丈夫なんですか?もしかしてあなたも一人暮らしを?」
「いや、私も寮で生活している。ちゃんと寮長に届け出は出しているよ。生徒会長が門限を破るなど言語道断だからね」
そういうとまたあたりは静寂に包まれる。なんだか取っ付きにくい雰囲気をしているためか話しかけてよいのかよくわからない。しばらくすると彼女の方から話を振って来た。
「帰国したばかりで疲れているだのに呼び止めてしまって申し訳ない。この学園の生徒会長としても君にあいさつしないわけにはいかなかったんだ」
私は、シンボリルドルフのことは良く知らない。それは興味がなかったとかではなく私がまだ日本のトレセン学園にいたころ彼女はまだ私たちのような下々の所まで話が来ていなかったというのが正しい。
私は田舎の普通の家庭から生まれたウマ娘で、彼女たちのような生まれた時から政界やウマ娘業界に関わるようなウマ娘ではない。もしかしたら、マルゼンスキー先輩には伝わっていたかもしれない。
彼女のことを初めて知ったのは今日、マルゼンスキー先輩から次期生徒会長が私がいない間の数年前に決まったと昼食の回らない寿司屋で知らされた時だった。彼女は生まれも走りの才能も聡明さも器の大きさも全て兼ね備えた非の打ちどころのないウマ娘だと聞いていた。写真も見せてもらったが実物はミスターシービーやマルゼン先輩とは別の意味で大物感を醸し出していた。
「マルゼンスキーからは話は聞いている。君はその足ですべてのものを黙らせたと。三冠ウマ娘になったものが短距離やマイルましてやダートを走るなど空理空論であるなどといったものがいたらしいが、君はそんな有象無象の言葉など気にもせず次々と偉業を更新していった。その様はまさに万夫不当であったと」
偏向報道がそのまま伝わってしまっている。それは違うといいたいがそもそもここでトレーナーが云々の話をしても実際には私が走っているのだからあまり大した言い訳はできないと気づいた私は黙ってその話を聞いていた。
「正直、君は帰ってくるとは思っていなかったんだ、きっと新たな功績を求めて旅立ったのだと思っていたからな。しかし、君はここに帰ってきてくれた。真意はマルゼンスキーから聞いているよ。私はそれを尊重するしサポートもしよう。しかし君にはこのトレセン学園の伝説として陰ながらでもいい、どうか他の者を導いてほしいんだ」
なんだか嫌な予感がしてきた。そういえば私は彼女について歩いているがそもそもどこに向かっているのだろう。てっきりこの人もマルゼンスキー先輩みたいに何かにつけて並走を申し込むと思っていた。マルゼン先輩は菊花賞あたりから声をかけてくるようになり。私をボコボコにしてはご褒美にとドライブに連れていかれていた。
私の記憶が正しければ確かこちらの方にグラウンドはなかったはずだから並走ではないと考えていた。しかし、歩いた先にある大きな建物を見てその考えは間違っていたことに気づかされる。
「ここは来月オープンされる施設でね。グラウンドとは別に最新の機能を備えた模擬レース場を新規で創設したんだ。無論ここはまだ立ち入り禁止だ、だが理事長からすでに許可はもらっている。入ってくれ」
私は誘われるがまま施設の中に入る。そこはまるで完全にレース場を再現したつくりになっていてナイターのような照明塔がまるで真昼のようにレース場を照らしていた。
「理事長がここを建設したんだ。理事長は私たちウマ娘のために惜しまず尽力してくださっている。すべてのウマ娘たちの幸福を願っているんだ」
中に入ったが、これだけ明るいのにも関わらずここにいるのは私とルドルフだけだった。
「そして、私も同じだ。だが私は願うだけではない、すべてのウマ娘たちが幸福に過ごせる世界を作ろうと考えている。それは・・・私の夢であり、叶えなければならない目標なんだ」
ルドルフと私はまだ誰も足を踏み入れていない新しいターフの上を歩きだす。
「私の夢のために尽力しついて来てくれる仲間もいる、私は彼らの期待を裏切ることはできない。そのためにはまずその夢を唄うに値する実力と示さなければならないつまり・・・三冠ウマ娘だ。私は彼らに信頼され彼女に着いていけば間違いなどないと思われるような唯一無二の柱・・・指導者とならねばならない。」
「だから三冠ウマ娘の私と力試しがしたいということですか?それならミスターシービーがいるじゃないですか」
その名前を出した瞬間に彼女は少し微笑む。その様子からしてやはり知り合いのなのだろう。
「そういうことではないんだ。それに彼女はあまりこういったことには協力してくれるとは思えなくてね」
「君は特殊なウマ娘だ、すべての距離や場所を問わずG1をとっている。これは同時にすべてのウマ娘がどの道を走ったとしてもその先に君がいるということだ。正直、戦慄したよ。私がレースの世界に出るよりも早く私の夢に最も近づいたものが現れたのだからね。もしかすれば、指導者となる存在は私では無かったのかもしれないと思ったほどだ」
(ええ!?あの舞台裏で一人のウマ娘の夢を諦めさせるかもしれなかったの!?)
「しかし、誰かが言っていたな伝説は会えば伝説で無くなると。あれだけの功績を残したウマ娘は一体どれほどのウマ娘なのかと考えていた。それだけの実力を持っていれば地位も名声も思いのままだろうに、その実君は尋常一様。ほかのたくさんのウマ娘と同じような普通を求めている」
「失望させちゃいました?」
「いいや、逆だ。誰もが欲しがるその頂に立ちながらまるでそれに興味を示さない君が一体どんな走りをするのか、俄然興味が出てきたよ」
シンボリルドルフはコースを一周し終わると、スタートラインが引かれた場所で立ち止まった。
「どうか私の夢に最も迫った君に測ってほしいんだ。私がその夢に、皆が信じるに値するウマ娘になれるかどうかその有無をね」
そんなことをいうシンボリルドルフはまだデビューすらしていないというのにとてつもない貫録を感じた。一方私の方は未だにその貫禄には足元にも及ばない。きっと私なんかとは才能が違うのだろう、私がぶつかった壁などまるでそこに壁など無いかのように軽快に歩を進めていく。私など重賞さえあわよくばG1ウマ娘に位で止まっていたウマ娘だ格が違いすぎる。そんな私に彼女の何を測れというのだろうか?
それに私にはもうあの頃のような走りはできないだからその旨を伝えておかないといけない
「私、ブランクありますよ。数年分くらいの」
「ああ、知っているさ」
「私、私服なのでちゃんと走れる恰好ではありませんけど」
「私も制服だ。運動靴ではあるがな」
「負けるかもしれませんよ」
「そうなれば私がそこまでのウマ娘だったということだ」
あーあ、だめだこりゃ。マルゼンスキー先輩みたいに簡単に折れてくれそうもない。私は諦めて少しだけ準備運動を始める。トレーナーには秘密で走ることになるが・・・まあ、いっか。バレたら謝ればいい。
「距離はどうするんですか?」
「デビュー戦の前だから中距離以上は難しいといわれていてね。君もブランクがあるだろうからマイルが妥当だろう。1400Mでどうだろうか?」
「いいですよ、私が買ったらジュースでもおごってください」
「ふふ、いいだろう。君と勝負をする対価としてはいささか安すぎる気もするがな。スタートのタイミングはあのランプが青になったらだ」
私とシンボリルドルフはスタートラインに着いた。別に海外でもこういった機会がなかったわけでは無い。私はどうやら押しに弱いようで、強く頼まれると断れない。それが今のこのざまである。結局帰国初日から三冠ウマ娘を目指す生徒会長と並走するハメになっている。
こういったところが私の悪いところなんだとは自覚していた。
「それでは・・・行こうか」
スタートランプが青になった瞬間私は地面を蹴り走り始めた。