伝説のモブウマ娘は失った青春を取り戻したい 作:maple sugar
スタートはほぼ完壁だった。ブランクがあるとはいえこういうことは体が覚えているらしい。シンボリルドルフも同じくスタートが遅れるようなことはなかった。
走りながら私とシンボリルドルフはすぐに自分のポジションに着く。海外でも全く走っていなかったわけでは無いが、海外は基本的にダートを走ることになるので芝をこうやって走るのは久しぶりだった。
とはいえそもそも私は芝を走るウマ娘だから元のさやに戻ったというべきだろうか? マイルは正直当時もあまり得意ではなかったが彼女がデビュー前のウマ娘であることも考えるとこれで負けるのは先輩三冠ウマ娘として顔が立たない。
しかし、走り始めてから違和感があるのに気づく。彼女の走りはあまりにもレースをするものとして様になりすぎていた。それは彼女がデビュー前のウマ娘であることを忘れてしまうほどだ。
先ほどのスタートといい、彼女の走りに全くいうことがない。スタートすると彼女は私の真横より少し後ろの位置についていた。私の嫌な位置に着かれている、私のすぐ横の見えない位置にずっと気配があるというのは前への集中を分散させられてしまう。
その走りの重圧もデビュー前のウマ娘のそれではない。彼女はこれからデビューすると言っていたが正直怖いくらいにすべてが完璧なのだ。これは……圧倒的にレースの勘がいいのだろう。
まるでレースで勝負することを恐れていない。自分が勝つことを全く疑っていないのだ。私は混乱した、なぜこれがデビュー前のウマ娘に成し得るのか? デビュー前のウマ娘など垢抜けないウマ娘がドタドタと走るレースではないのか?
もしこれがさらにレースの世界で成長すれば一体どうなってしまうのだろうか?
そうこうしている内に最後のカーブが近づいてきた。私はそのカーブの少し手前でスパートをかけるつもりで走っていた、しかし私のすぐ横にいたシンボリルドルフは私がスパートをかけようとしたタイミングで私の横を勢いよく駆け抜けていった。
「え!?」
私は思わず声を上げてしまった。私のスパートのタイミングに合わせてスパート駆けるとかデビュー戦前のウマ娘が勘でやっていい事ではない。私は完全にスパートのタイミングで後手に回ってしまった。
本当に嫌になる。彼女は出自や家庭環境を考えるとトレセン学園に来る前からすでにレースに関する教育を受けてきたのだろう。しかし、それを差し引いてもその圧倒的なレースセンスは私のデビュー戦前を思い出させる。
私の周りにいたウマ娘たちはこれほどのウマ娘達ではなかったが私と比べたらその才能の差は歴然だった。それを目の当たりにして惨めな気持ちになる気分は私がよく知っている。
彼女と一緒にデビューするウマ娘たちはこんなのと一緒にデビューしなければならないのだ。正直同情する、彼女と走ることでほかのウマ娘たちが走ることを嫌になってしまったらどうするつもりなのだろうか?
なぜ彼女は自分の走りが周りのウマ娘を勇気づけると考えているのかさっぱりわからなかった。彼女は圧倒的な壁にぶつかってどうしたらいいのかわからずに絶望するウマ娘の気持ちを知っているのだろうか?
「あーあ、ムカつくなぁ」
そう思った私はシンボリルドルフのラストスパートから遅れてその苛立ちをぶつけるように地面を強く蹴るのだった。
「あー、もう! これだから天才って嫌いなんですよ! 何あれ? デビュー前のウマ娘の走りじゃないじゃん!」
私はゴールするとそのままターフの上に寝転がった。久々のレースに体は悲鳴を上げていた。明日は絶対筋肉痛だ。
マルゼンスキー先輩みたいなスピードが突き抜けすぎて相手にならないタイプではなく、そもそもスピードやパワーが高ステータスの上にレースの勘が完璧なタイプの天才だ。その上が学業面でも仕事面でもオールマイティとか
天は一体このウマ娘に何物与えるのだろう?
「それで……どうだったんだ私の走りは? 私は三冠ウマ娘となりウマ娘たちを幸福にする世界を作れるだろうか?」
何言ってるんだこの人? あんなのシンボリルドルフと同じクラシック路線を走るウマ娘たちが可哀そうレベルだ。
「……三冠ウマ娘はあれだけの才能が有ればなれると思います、私でもなれましたし」
私が時計を見るとすでに30分が立とうとしていた。
「あーそれじゃあ、帰りますね。新居の中に荷物入れたりしないといけないので」
「ふむ、それなら手伝いをよこそうか? 私が付き合わせてしまったんだ、遠慮することはないぞ」
私はシンボリルドルフからの申し出は断った。トレーナーがすでに大きな荷物の搬入は終わらせてくれていたからあとは私が好きに家具の配置を変えるだけでよい状態になっていた。
ウマ娘の私ならベッドやタンスの一つ二つくらいなら簡単に模様替えできる。まあ、今日は疲れているから細かいところは明日からになりそうだが……
私はシンボリルドルフに別れを告げ校門に急いだのだった。
校門に行くと一台の車が止まっていたよく見るとその車には見覚えがあった。いやな予感がしたのでその場を離れようとしたが捕まってしまった。
「えーとすいません、私タクシー探してるのでマルゼン先輩のドライブには付き合えないです」
「私がルドルフに呼ばれたタクシーよ。新居に行くんでしょ? 送っていくわよ。それにこの荷物どうするつもり?」
マルゼン先輩の車のトランクには私の荷物が積みっぱなしだった。私は仕方なく車に乗り込む。
「その様子だと本当にルドルフと一戦交えたみたいね。どうだった?」
「強かったですよ、あんなウマ娘がこれからデビューして実力をつけていくなんて考えただけで恐ろしいですよ」
「ふーん、それで?どっちが勝ったの?」
「うーん、勝ったと思いますよ。ゴールラインギリギリでしたけど」
「さっすがー、ところでどうしてルドルフの勝負は受けて私のは受け流したのかな~?」
あっ、そうだった・・・もしかして2連戦の流れ?さすがに今日で2連戦は勘弁である。
「きょ、今日は勘弁してください」
「うーん、どうしよっかなー」
イタズラっぽく笑うマルゼンスキーは車を走らせ始めた。
レプリケーションが帰った後、レプリケーションとのレースを振り返りながらシンボリルドルフは一人で模擬レース場のターフの上に残っていた。その時、シンボリルドルフはマルゼンスキーの会話を思い出していた。
「なぁ、君はレプリケーションがまだ全盛期だった時に何度も勝っているんだろう? 今の私が今の彼女と並走したとしたら私は彼女に勝つ可能性はどれほどあるのだろうか?」
「もしかして……ルドルフ? あの子のこと甘く見てる?」
「いや、そんなことは……」
「全部よ、自分の全部をあの子にぶつけるの。技術も思いも信念も自分の中にあるエネルギーも全部ね。あの子には私の全部ぶつけられるし、そうしないと勝てないわ。いい? あの子に勝ちたいなら最後まで気を抜かないこと。私でも気を抜いたらすぐに追い抜かれちゃうんだから」
レプリケーションとの並走でラストスパートを駆け抜けていたシンボリルドルフは勝利を確信していた。さすがに伝説のウマ娘といえど、数年のブランクと帰国時の疲れさらには時差の感覚のズレもあったはずだ。その上ここまでのスタートや序盤や中盤の位置取りで有利をとっていたしスパートのタイミングも完璧だった。さらにそのラストスパートで自分の持てる限りの最高時速で最後の直線を駆け抜けていた。
負ける要素などなかった。あのスパートが止めとなり遥か彼方から自分を追うことになる、まず追いつくことなどない。
しかし、その時のシンボリルドルフはどうにも腑に落ちなかった。確かに序盤から中盤にかけての彼女は確かにハイレベルのそれだった、正直ついていくだけでもそれまで走って来たウマ娘とは違うということが分かる。だが、聞いていたほどの、あのマルゼンスキーをも魅了し高揚させるような走りとはとても思えない。
しかし、その考えはゴール手前の時点で改めることになった。
ゴールする手前シンボリルドルフは置き去りにしたはずの気配を背中に感じた。そしてゴールした瞬間のゴールラインのすぐ前で隣を見た時、最終直線カーブ手前でスパートをかけ遥か彼方に置いてきたと思っていたソレはゴールラインの上で自分の隣を走っていた。
その時の彼女の顔や雰囲気はとても彼女の言うモブウマ娘のそれではなく、確かにそれはマルゼンスキーを高揚させた伝説のウマ娘だった。
シンボリルドルフは冷や汗をかいた、彼女にとってレプリケーションはまるで遥か彼方から自分の隣へ瞬間移動したかのように感じた。
並走が終わった後、勝ち負けがどうのこうのという話になったが、シンボリルドルフにとってはそんなことはどうでもよかった。ゴール手前の数メートル、タイムにすれば1秒にも満たないあの瞬間に感じた気迫と瞬間移動したかのように感じたあの末脚をあの時目の前でターフの上に転がるウマ娘が出していたとはとても信じられなかった。
しかし、認めるしかなかった。もしもあと少しでも距離が伸びていたら……もしこれが自分が目指す三冠ウマ娘の最初の皐月賞の距離であったなら自分は確実に彼女に追い抜かれていた。
あれは……一体何だったんだろうか?
シンボリルドルフは走って来た方向と逆方向に歩き始める。するとそこには自分の走って来た蹄鉄の後とレプリケーションの蹄鉄の跡がくっきりと残っていた。そして、シンボリルドルフがカーブ付近まで戻った時それを見つけた。
ルドルフは自分のスマホを取り出し電話をかける。
「ああ、私だ。今度オープン予定の模擬レース場の件だが、緊急で芝の修復をお願いしたい。詳しくは言えないがもし間に合いそうに無いならオープンを少し遅らせることも考えよう。ああ、すまないな」
通話を切るとシンボリルドルフは改めてそれを見て息をのんだ。
そこにはレプリケーションがスパートを駆けた時につけたと思われる蹄鉄の跡がまるでその場がまるで抉られた様につけられており、その時に蹴りだされた土は遥か彼方まで抉り飛んでいた。レプリケーションが見せた瞬間移動のような末脚はこの凄まじいパワーが生み出したのだと確信した。自分がレースの序盤から有利な方向に働かせてきたはずがすべてがこの末脚によってすりつぶされてしまった。
しかも、彼女は先行の脚質のウマ娘だ。先行でこれだけのスタミナとパワーを溜めているとなれば彼女にラストスパートでついていけるウマ娘など何人いるのだろうか。
「これでブランクがあるとはな・・・マルゼンスキーが気を抜けないわけだ」
シンボリルドルフはその蹄鉄の跡を見つめながら改めて悲願達成を誓うのだった。
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