伝説のモブウマ娘は失った青春を取り戻したい 作:maple sugar
「うーん、あさぁ?」
目を覚ますと、私は時間を確認するためにスマホをつける。
「……つかない」
バッテリー切れだった。昨日のトレーナーと通話で力尽きたのだろう。あまりに疲れていたたスマホの充電をすることをすっかり忘れていた。
充電するために荷物の中からケーブルを取り出す。コンセントの規格が合わない。
「ああ、そっかここ日本か」
海外用のソケットのついた充電器をそのまま持ってきてしまった。日本用のものと交換しまた布団の中に潜る。
時計はもう9時とんでもない時間に起きたものである。
「今日は……ああ、そっかトレーナーに会いに行かなきゃ」
とはいえスマホの充電せずに行くのは近場とはいえ久しぶりに日本に帰って来た私には少しきつい。
充電していると時間を食われる。今のうちにとりあえず何か食べなきゃ……
私は冷蔵庫を開ける。しかし、中には何も入ってなかった。おいおい、私にこれからご飯抜きで学園に行けというのか?
「あー昨日のうちにご飯だけでも買っとくんだった……」
私は身支度をして外に出る。そのころにはすでに時計の針は12時を回っていた。
こんな暮らししてるのバレたらトレーナーに何と言われることやら。
私は眠気覚ましもかねて歩いて学園に向かった。
学園に着くと何やら騒がしい、どこかで工事でもしているのだろうか? だが、そんなことは気にせずトレーナーのもとへ向かう。
「トレーナーいる?」
「いるぞー、ちょっとそこ座って」
トレーナーが指さしたところにはトレーナーの椅子に向かい合うように置かれた椅子があった。何をするか分かった私はそこに座りニーソックスを脱ぐ。
トレーナーは私の前にひざまずき足を念入りに調べる。
「……心配かけてごめんね」
「いや、いいんだ。ただ、帰国しすぐに走って怪我しましたじゃああんまりだと思ってな」
私の足を一通り見終わると自分の席に戻る。
「大方大丈夫だと思う。でも筋肉が結構張ってるな普通のウマ娘とレースするならまだしもやっぱりルドルフのレベルと走るとこうなっちゃうかぁ」
私もなんだかんだ、大丈夫だろうと思っていた自分がいた。しかし、私の体はもはやブランクでボロボロだっということが先日のシンボリルドルフとのレースで思い知った。というかルドルフのレベルがすごすぎるのだ。
「そういえばお前がレースしたっていうあの模擬レース場芝の張り替え工事が入ったらしいな。誰かさんのえげつない足跡が残っちゃってさすがに張り替えないとまずいってさ」
「もしかしなくても私?」
「まあ、ルドルフがすぐに立ち入り禁止にして急ピッチでやってるからお前がやったってバレることはないから安心しろだそうだ」
うわぁ、それって今って相当生徒会大変なんじゃない? あの時安請け合いしないほうがよかったかなぁ
「というかお前帰国初日にいきなりシンボリルドルフと対決とか大分やってるなぁ。しかも、勝っちゃうんだからさ。さすが俺の担当ウマ娘だよ」
それは私のせいではない。向こうから喧嘩を吹っかけてきたのだ、しかし不思議なことに決して嫌な気分ではなかった。当時は私と並走してくれるウマ娘なんていなかった。みんな、わたしがレース目的で近づくと去っていくのだ。
公式レースは海外でもしてこなかったが野良のレースは誘われてやっていた時期があった。だから、私のレース欲は解消されていたのだがシンボリルドルフのような強さのウマ娘と走ることはなかった。久しぶりにマジのレースをした。
世間の評価や周りの接し方なんかはあまり好きではなかったやっぱりレース後のあの何とも言えない脱力感はたまらない。まるでデトックスでもしたかのようにすっきりするのだ。
もし、私の走りが周りや世間の評価を変えずにただただ走ることが出来たらどんなに良かったことだろうか。そんなことは出来ないことはわかってるんだけどね。
しかし私はウマ娘だから走ることを止めることは出来無い。本当に難儀な種族だと思う。
そんな私のためにトレーナーは私の性格的にまた同じように条件さえそろえば、またトレーナーとあずかり知らぬところでレースをしそうということを考え、私の体をいつでもレースが出来るような状態に維持できるようメニューを組んでくれた。
「……」
私はトレーナーが作ったというトレーニングメニューを見る。それは実にシンプルな内容だった。
私が隠居する前にやっていたトレーニングをベースに一つのメニューの本数を減らしてあり、ハードなトレーニングはすべてなくなっている。
「私ってここまで弱くなってるの?」
「いや、お前の体を弱らせないようにするにはそれで十分なんだ。ハードトレーニングはレース前の追い込みとかでやるんだ」
「あれ? でもあの時はいつもこのハードトレーニングやってなかったけ?」
「あの時はレース終ってもまたすぐにレースだったからなぁ」
そりゃあ1年のうちに取れるG1タイトル取れるだけ取ろうとかわけわかんないことしてたらエブリデイハードトレーニングだよ! 普通のウマ娘はどんなに強くてもG1レースとか走ったら少し間を開けるものなのに……。
「わかった。ああ、あとそれからさあんまり人に見られないタイミングでグラウンドとかの予約取っててほしいんだけど……」
トレーナーはそういうと思ったといいトレセン学園の授業時間が書かれた表を見せてくる。基本的に朝から昼間はほとんどのウマ娘は授業だからその時間帯があまり人に見られないタイミングだろうということになった。
中にはレースが近づいているウマ娘もいるので彼女たちは授業が一部免除されレース場が使われることもあるらしいがそういう時は外周でも回って筋トレだけして終わるということもできる。
「それじゃあ、さっそくやってみるか? とはいっても今日はもうグラウンド使ってるから外回りになるけどな」
「その前にトレーナー」
「ん? なんだ?」
「ご飯食べさせて、朝ごはん食べてない」
私の空腹は限界を超えようとしていた。
「はぁ、じゃあいつも食ってたとこでいいか?」
「うん」
私とトレーナーは外食に出かけるのだった。
それから数日後、ルドルフの方からまた私に接触してきた。
「……と、いうわけだから模擬レース場は予定通りにオープンできる。君が心配することは無い」
「本当にごめんなさい、本当はあそこまでやるつもりはなかったんですけど……」
どうやら私がだめにしてしまった芝は本当にどうにかしてしまったらしい。うーん迷惑かけたなぁ。
「そもそもあの模擬レースをあそこで挑んだのはほかでもない私自身なんだ、君が気に病む必要はない。それより君のようなウマ娘に敬語などで話されてはなんだかむず痒い気分になってしまうな。できればフレンドリーに接してはくれないだろうか?」
「ルドルフがそういうならいいけど……」
というかそれはそれでこちらが変な気分になる。なんというかルドルフとしゃべっているとレースの重役の人と話していた時のような気分になるのだ。
「そういえばとうとうデビューもしたそうで……みたいじゃん、おめでとう。しかももう重賞勝利つきなんてさ」
「ありがとう。ふふ、それが君の素の話し方なのか」
「笑わないでよ別に変なところないでしょ?」
「いやすまない。ほかの者はそういっても謙遜してしまうようでな。君は素直に素の話し方で話してくれたから驚いたんだ」
(そりゃあ、謙遜するでしょうよ)
「そういえば君は連絡手段は持っているだろうか?」
「え? うん、スマホは持ってる。どうして?」
「ただ、君とはこれからも仲良くしていきたいと思ってね、もし君が困ったことがあったなら私が相談に乗ろう」
ルドルフと私は連絡先を交換する。まあ、トレーナーもいるし困ることなどないと思う
しかし、私がここに帰ってきて初めて連絡先を交換したウマ娘が生徒会長になるなんて思ってもみなかった。
私が飛行機の中で想像していた青春とはかなり違ってきている気がする。
「それで? 次のレースはいよいよ皐月賞でしょ?」
「ああ、理想にはまだ遠く及ばないがいつかは皆が理想のとする柱となるウマ娘になるつもりだ。そうなった暁には君と走ったあの時の夜のような無様な走りはしないさ」
「それって宣戦布告ってこと?」
「好きに取ってもらって構わない」
ルドルフは私をまっすぐ見つめてきた。微笑んでるのにとんでもない闘争心を感じる。覇王色でも飛ばしているのだろうか? こんな圧をデビューしたばかりのウマ娘が飛ばしていては同期のウマ娘は怖がってしまうだろう。
もし、彼女がこのままレースで功績をあげ成長した彼女と戦うのだとしたら今の私で勝てるとは思えない。
私はマルゼン先輩を思い出す。おそらく彼女はマルゼン先輩に匹敵するウマ娘になるだろう。そうなるとしたら……体を万全の状態にしておこう。
「うん、楽しみにしてる」
私はこの強さが周りを遠ざけることが嫌いだがそれでも負けるつもりなど微塵もない。
(……あれ?帰って来て早々にシンボリルドルフに宣戦布告受けてるとか、私の青春大丈夫か?)