ぼっちちゃん   作:神山甚六

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サブタイトル元ネタ『琴のそら音』(1905年)


弦楽器のそら音

 下北沢。

 洗練された大都会東京の中でも選ばれし若者達の、さらに選ばれた情熱に浮かされたものだけが歩くことを許されるという洒落乙な空間。

 つまり、引っ込み思案かつ内弁慶な私との相性は最悪に近い。

 赤リボンが先導してくれなければ、私の存在は繁華街の側溝の中に溶けて流れていただろう。

 

 私との会話を試みる赤リボンと異文化交流じみたやりとりをしていると、とある集合住宅(マンション)の前に到着する。

 そのまま地下に向かう階段を下り、私は演奏劇場(ライブハウス)『下北沢スターリー』に足を踏み入れた。

 漆黒の防音シートが張り巡らされた閉鎖空間は私の押入れと似ており、何やら実家に帰ったような気持ちになる。

 

「いや、ここは私の家だよ。君の家ではない」

 

 キレの良い突っ込みを繰り出す赤リボンに否定されながら、他の楽団(バンド)を見て同朋意識を感じ、寝不足で隈の酷い音響屋の不機嫌そうな声に怯えていると、赤リボンの名前を呼ぶ涼やかな声があった。

 

 振り返ると男だか女だかわかりゃしない奴が、無表情に突っ立っている。

 暗がりからこちらに近づく姿を見てみれば、驚くほどの美人である。

 瑠璃色の髪をショートカットにしており、左眼下の泣き黒子が、えもいわれぬ色気を醸し出す。

 赤リボンと親しげに話しているところを見ると、おそらく同級生なのだろう。

 とてもそうは思えないがと、赤リボンと男女の胸元を見比べる。

 

 とりあえず謝罪から入る挨拶をしてみると、男女は山田リョウと名乗った。

 こちらが嫌になるほどの美人であるが、赤リボン曰く変人と呼ばれて喜ぶ変人であるという。

 ちょうど髪の色が未成熟の茄子のようなので、青うらなりと呼ぶことにする。

 発覚した場合は、舞台の上で腹切りでもすれば許してもらえるだろうか。

 

 かくして私は、赤リボンと青うらなりの楽団(バンド)である『結束バンド』の代役として登壇することになった。

 

 赤リボンめ。こんな楽団(バンド)名で、よく私の仮名である弦楽器(ギター)英雄(ヒーロー)の名付け感覚について疑義を示したな。

 目糞鼻糞の五十歩百歩であり、青うらなりが(わら)うのも無理はない。

 

 『結束バンド』の(リーダー)は赤リボン。

 担当は鐘太鼓(ドラム)であり、楽団(バンド)の盛り上げ役である闊達な女である。

 

 青うらなりは弦楽器(ベース)

 赤リボン曰く作詞と作曲の才能が有り、その気になれば歌い手(ボーカル)も出来るぜと豪語する美人である。

 

 そして私は弦楽器(ギター)

 その気になれば溶けることが出来る内弁慶だぜと、自慢したところで惨めになるだけなので黙っておく。

 

 いきなりの実戦であるが、動画投稿掲示板でちやほやされていた私はちょっとばかり演奏に自信があった。

 ところが音合わせをしてみたところ、結果は惨憺たるものであった。

 

 音がずれる、走る、迷う。

 

 原因は問うまでもなく私である。

 人の目を見ることに著しい精神的負荷を感じる私が、ひたすら自分の手元だけを見て暴走を続け、赤リボンと青うらなりの演奏を引きずり回したのだ。

 直截的に「へたくそ」と言われて自尊心が崩壊した私は、自分でも意味不明な恰好をした後に屑箱の中に逃げ込んだ。

 

 つくづく内弁慶な自分が嫌になっていると、困り切った赤リボンが私に話しかけてくる。

 どうせ来るのは赤リボンの友人だけであり、素人に演奏の良しあしがわかるものかよと嘯く。

 私を慰撫するための物言いだとはわかるが、それでいいのだろうか。

 青うらなりはというと、なんだか面白そうにこちらを見下ろしているばかりである。

 

 赤リボンは弦楽器(ギター)英雄(ヒーロー)を知っているかいと訊ねてきた。

 知っているも何も、それは私のことだ。

 電脳空間ではない現実に、私を見てくれていた人がいた。

 その当たり前の事実が、私のなけなしの気力を湧き立たせる。

 

 相も変わらず、話の脈絡が無茶苦茶で支離滅裂な私の奇行を、赤リボンと青うらなりは受け止めてくれた。

 それでも怖いものは怖い。

 そう素直に伝えてみると、何を考えたか青うらなりは完熟檬果(マンゴー)と印字された厚紙の箱を渡してきた。

 これに入れて捨てられるのかと怯えながら被ってみたところ、これがすこぶる具合がいい。

 薄暗く狭い空間が、実家の押入れを思い起こさせる。

 たちまちいい気になり、これならやれると自信がついた。

 

 さて、本番である。

 

 

 そんなことはなかった。

 

 完熟檬果(マンゴー)の厚紙箱を被ったまま舞台に上がってから、物理的に視線が合わないことに気が付いた。

 これではどうにもならないが、まぁ被っていなくとも視線を合わせられないのだから大して差はない。

 青うらなりがそこまで考えていたかどうかは知らないが、とにかく「なんとか」はなった。

 なっただけ、であるが。

 

 本番も練習と大差のない酷いものであり、音がずれて、走って、ぶつかった。

 これで赤リボンは友人から金をせびるというのだから、とんでもない話である。

 いつか友人をなくすぞと思っていると、赤リボンが「ぼっちちゃん」と声を掛けてきた。

 

 ぼっちちゃんとは、青うらなりによる私の綽名である。

 私の名前と独りぼっちを掛けて連想したというのだが、冷静になってみると馬鹿げた命名である。

 私も相当にひどい綽名を勝手につけているので、人のことは言えない。

 

 他人様に綽名をつけてもらうという初めての経験に喜びさんで返事をすると、青うらなりが「ぼっちは変わっているね」と微かに笑った。

 同性でありながら妙に色気のある彼女の自然な笑顔に見惚れていると、赤リボンが「君が言うと説得力があるね」と返す。

 私もなんだかおかしくなり、あははと笑う。

 頬の表情筋が痙攣したために引きつり笑いになってしまい、赤リボンが怯えて退いたのには傷ついたが。

 

 かくして私の初舞台は、厚紙の箱の中で終わった。

 これで終わりかと柄にもない感慨に耽っていると、赤リボンは「次」の約束をしてきた。

 あの演奏の程度で次があるとは思ってもいなかった私が驚愕して青うらなりを見ると、こちらも異議はないのか先ほどと同じようにかすかな笑みを浮かべて、こちらを見ている。 

 

 幸運の女神は前髪しかないという。

 

 私は弦楽器(ギター)が好きである。

 

 だけどそれ以上に、私がやりたかったのは楽団(バンド)活動である。

 

 それは、自分だけでは出来ない。

 

 その事実を経験してしまった私は、渾身の力をもって女神をまるっぱげにしてやった。

 

 痛いじゃないのと泣きじゃくる禿げた女神に背中を殴られながら、私の『結束バンド』としての活動が始まる。

 

 

 二時間かけて帰宅した自宅で、帰宅が遅くなったことを父と母に詫びてから今日あったことを説明すると、なぜか両親の前に正座をさせられた。

 

 いや、架空の友達じゃないから。

 ほんとだよ!ほら、ロインも交換したんだから。

 いや、詐欺じゃないし、怪しい勧誘でもないから。うん、うん……

 だから、鼠講の勧誘でもないから!

 楽団(バンド)活動だから!

 

 名前?え、えーと、その……け、結束バンドっていうの……

 

 ……今、適当に考えたんじゃないからね!?

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