ぼっちちゃん   作:神山甚六

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サブタイトル元ネタ『虞美人草』(1907年)


愚美人草

 喜多(きた)郁代(いくよ)が『結束バンド』に再参入した後のことである。

 どうせなら独自の曲を作ろうという話になり、青うらなりが作曲、私が作詞を任された。

 私が青うらなりと作詞の添削をしている折、歌い手(ボーカル)の郁代を草花で言い表せば何であろうかという話になった。

 私は即座に虞美人草(ひなげし)だろうと応じた。

 青うらなりは「てっきり向日葵と答えるかと思っていた」と疑問を差しはさんだが、やはり私は虞美人草だろうと思う。

 

 虞美人草は、さして珍しいものではない

 鉢植えや花壇に植えられ、あるいは街路樹で勝手に自生する、どこにでもある花だ。

 特徴的な形をした葉に、天に向かい直立した長い茎。

 折り紙を折ったような花弁の色は、同じ虞美人草であっても多種多様。

 そして虞美人草は、群生している姿こそが美しい。

 数本だけだと身窄らしく思えるそれが、圧倒的な存在感を放つ「華」に化ける。

 私の郁代像と、虞美人草の姿は奇妙なまでに符合していた。

 

 郁代は自分の名前を疎んでいた。

 古臭い名前だからと自嘲するが故のことであったが、ひねくれ者の青うらなりは名前で呼ぶことを好んでいた。

 頬を栗鼠のように膨らませ「喜多(きた)と呼んでください」と言えば言うほど、相手の術中に陥っていることを郁代は知らない。

 むしろ本人は悦ぶかもしれないが。

 

 

 私が郁代と直接の交流を持つようになる前、彼女は我が高等学校の「マドンナ」であった。

 

 特段、私が彼女を特別視していたというわけではない。

 そもそも同じ高等学校の同学年とはいえ、学級の異なる彼女と親しくなる理由はなかった。

 それでも彼女の話題は、孤高を貫く私の耳にも捻じ込まれるだけの存在感を有していた。

 

 成績優秀で運動神経に優れ、なおかつ明朗快活な人柄で男女問わず友人が多い。

 特定の俱楽部活動には所属していないが、頼まれればどこにでも参加する社交的な性格。

 突き抜ければ誰も足を引っ張ることが出来なくなるという典型例であろう。

 故に私は知り合いでもない彼女を、一方的に我が高等学校の「マドンナ」として認識していた。

 

 あまりにも自業自得な流感から回復した私がいつものように階段下の物置で孤食を楽しんでいると、通りすがりの女学生がマドンナの話題で盛り上がっていた。

 

「キタちゃんの歌唱力は大したものね」

「それはそうだよ。楽団(バンド)に参加していたそうだ。今は辞めたそうだけどね」

弦楽器(ギター)も出来るのか」

 

 隠れて彼女達の会話を聞いていた私は、赤リボンが弦楽器兼歌い手(ギターボーカル)を探していることを思い出す。

 私は赤リボンへの申し訳なさもあり、噂のマドンナがいかなる人物が見てやろうという野次馬根性にも後押しをされて彼女の学級を訪れる。

 学級の中では鮮やかな赤髪の女生徒が、数多くの友人に囲まれて談笑していた。

 

「ま、眩しい」

 

 存在感に圧倒された私が廊下で立ち竦んでいると、件の女生徒が「何か御用ですか」と出てくる。

 それが喜多郁代と私との最初の接触であった。

 千載一遇の好機と、私は早速口を開く。

 

「バ*1、ギ*2、ボ*3!」

「馬、魏、墓?三国志?」

 

 少しばかりは経験を積んだので何とかなるかと思いきや、やはり初対面の人物とは挨拶すらままならない。

 羞恥心に耐えきれず逃げ出した私は、自己嫌悪に浸りながら空き教室で弦楽器(ギター)を弾いていた。

 

「御上手、御上手」

 

 拍手に驚き顔を上げると、マドンナが目を輝かせて私を見ている。

 会話上手なマドンナに誘導されて自己紹介をしたが、貴女のことは承知しているという言葉に驚愕する。

 

「わ、我を知っているとな?」

「後藤さんは有名だからね」

 

 孤独に耐えて孤高を貫く戦略は正解であったかとほくそ笑んでいると、マドンナが言い辛そうにしながら教えてくれた。

 曰く「桃色の長髪に、髪の色と同じ上下の部屋着(ジャージ)、制服のスカートという珍妙な恰好を貫く変な女学生がいる」。

 違う。そうではない。

 

「何故学生服を着用しないの?」

「だ、だって可愛い学生服を着るの恥ずかしい」

「桃色の部屋着(ジャージ)のほうがはず……目立つと思うんだけど」

 

 驚愕の事実を突き付けられて肩を落とす私に、マドンナは楽団(バンド)活動への参加は固辞する。

 その上で、彼女は私に弦楽器(ギター)を教えてほしいと頼んできた。

 校内で有名な変人相手に、よくも頼む気になったものである。

 自尊心が砕け散っていた私は理由をつけて断ろうとしたが、マドンナの押しに負けてしまった。

 「また後日」とお茶を濁そうとする前に、マドンナは「今日からでもいいかな」と首を傾ける。

 

 この女、社交性と行動力の化身なのか。

 

 マドンナと二人組で練習するだけの精神の余裕があるはずもなく、私は練習場所として『下北沢スターリー』に連れていくことにする。赤リボンは楽器の担当が違うからわからないが、青うらなりはそれなりに演奏に自信があるようだ。あれなら上手く彼女をあしらえるだろうと踏んでのことである。

 

 話してみたところ、マドンナは弦楽器(ギター)に関しては素人である。

 楽団(バンド)に所属していたという女学生の噂は事実ではなかったのかと聞くと、それは事実だという。

 先ほどの固辞する姿勢が怪訝であったこともあり、どういうことなのかと重ねて聞く。

 すると「憧れの先輩と同じ楽団(バンド)に所属したいがため」に、演奏が出来ると嘘をついて参加したのだ告白された。

 そのあと自己流の鍛錬を続けていたが一向に上達せず、演奏当日に無断で参加を取りやめたのだという。

 

「え、えぇ……」

 

 学校のマドンナと同一人物とは思えない、聞けば聞くほどロックな行為に、私も開いた口が塞がらない。

 なんと声を掛けたものかと視線を向けると、彼女の顔は髪と同じ色に染まる。

 

「言わないでぇ!」

 

 突如として道の往来で耳をふさいで蹲るマドンナ、いや喜多さん。

 他人からは私の奇行がこのように見えているのかと思うと感慨深いが、現実逃避ばかりしても仕方がない。

 どうにかこうにか彼女を宥めすかして立たせ、向かい合わせになるように立つ。

 いつも面倒を見てもらうばかりの私には新鮮な体験であるなと感動していると、喜多さんの後ろから「ぼっちちゃん」と声が掛かった。

 

 その声は赤リボンではないかと視線をやろうとすると、喜多さんの瞳孔が猫のように細くなり全身の毛が逆立つ。

 一体何なのだと思っていると、赤リボンが答え合わせをした。

 

「あっ!君は出奔した弦楽器(ギター)ではないか!」

 

 どこかで聞いたことのある話だなあとは思っていたのだが、世間は広いようで狭いものだ。

 喜多さんは往来の真ん中で土下座をすると、何度も上半身を振りながら「誠に申し訳ございませんでした。どうか私を滅茶苦茶にしてください」と奇声を発する。

 赤リボンは喜多さん、いや喜多の奇行をやめさせようと必死だ。

 青うらなりは携帯端末(スマートフォン)を取り出して、無表情のまま撮影を開始している。

 

 誰か、誰か助けてくれ。

 

 

 どうにかこうにか赤リボンが喜多の奇行をやめさせ、四人で演奏劇場(スターリー)に入店する。

 

 これまでの経緯を説明した喜多は、改めて赤リボンと青うらなりに謝罪。

 二人はそれを笑って受け入れた。

 赤リボンに至っては「心配していたんだぜ」と声を掛ける始末である。

 なんというか、人間としての器量が並大抵のものではない。 

 これ見よがしの噓泣きをして小芝居をする青うらなりの幼馴染とは思えない。

 

 これで一件落着かと思いきや、喜多は「それでは気が済まない」と言い募る。

 店長の山嵐が「それなら非常勤労働(アルバイト)をしてくれ。今日は忙しくなりそうだ」と助け舟を出す。

 それでも「まだ償いが足りない」と騒ぐ喜多に「じゃあこれを着ていろ」とメイド服を取り出してくる。

 ひょっとして山嵐の私物なのかと考えたが、それ以上の追及は命の危険を感じたので止めておく。

 

 かくしてメイド服を着た喜多であるが、これがすこぶる仕事が出来る。

 人と関わることが好きだというだけあり、掃除に受け付け接客に会計となんでもござれ。

 仕事は早くて丁寧、飲み込みもよい。

 新人に対する劣等感に苛まれた私は、屑箱に引きこもろうとして山嵐に「仕事をしろ」と追い出される。

 

 ようやく落ち着いてきた頃合いを見図ったものか、飲料販売所の売り子をしていた喜多が私に話しかけてくる。

 

「後藤さんのおかげで、先輩達に謝罪することが出来たわ」

 

 喜多からの素直な謝意に、なんだが背中が痒くなる。

 そのまま音楽活動の話になり、喜多が路上演奏をしていた青うらなりに一目惚れをしたこと、彼女を追いかけて人員を募集していた『結束バンド』に参加したことなどを話される。

 私も音楽活動の理由を聞かれたので「世界平和を願うため」などと適当な理由をつけて誤魔化しておいた。

 

 演奏が行われている舞台を見ながら、喜多は「私は楽団(バンド)活動にあこがれていた」と言う。

 

「他人同士でありながら、友人やともがら、家族を越えた繋がり。長い時間を共にして同じ夢を追う」

 

 そんな関係性にあこがれていたのだと、喜多は語る。

 学校ではマドンナとして持て囃される彼女が見せた人間くさく青っぽい情熱に、私は親近感を覚えた。

 

 私は自分がちやほやされたいがために、楽団(バンド)活動を望んでいた。

 彼女は人とのより深い繋がりを求めて、楽団(バンド)活動に参加した。

 

 私は彼女ではないし、彼女も私ではない。

 

 それでも私には、足掻いて嘆いて逃げ出して謝罪をした彼女が、学校で数多くの友人に囲まれる彼女よりも眩しく見えた。

 そんな彼女が音楽活動をやめてしまうことが、私には勿体ないように思われた。

 

「だからね。私はリョウ先輩の友達になりたいわけではなかったの」

「わかります」

「そう?わかってくれる?」

 

 喜色を浮かべた喜多は、私の両手を取り包むように握る。

 感じた違和感の正体に辿り着くよりも先に、喜多は夢見心地の声で続ける。

 

「そう、リョウ先輩は私の母になってくれるかもしれない女性なの」

「すいません。それはわかりません」

 

 先ほどまでのあれこれを、私はすべからく脳内の屑籠に放り込む。

 何を言っているのか理解出来ないが、理解しては駄目な類のものだろう。

 

 

 営業時間が終わり、帰途につこうとする喜多を私が呼び止める。

 赤リボンや青うらなりが驚いていたが、私は構わず続ける。

 

 他のことならいざ知らず、弦楽器(ギター)に関しては私が先輩である。言葉や表情を偽ることが出来たとしても、指先の硬さは誤魔化せない。

 その事実を指摘すると、仕事中は笑顔に満ちていた彼女の表情が曇る。

 それは私にはよく見慣れたものであり、毎朝のように鏡の中に写る「私」であった。

 何もかも正反対であるはずの彼女と私は、どこか似ているところがあるのかもしれない。

 

 私に出来ることは、同じ弦楽器(ギター)を使うものとしての思いの丈をぶつけること位である。

 だけれども、今の私は一人ではない。

 私の拙い言葉に足を止めた喜多を、赤リボンの真っすぐな言葉と青うらなりの搦め手からの誘いが挟み撃ちにする。

 頑なに楽団(バンド)活動への参加を固辞していた喜多も、これには両手を上げるしかない。

 どこか嬉しそうに降参を伝えた彼女の顔は、おそらく私が「また明日」と告げた時のそれと似ていたのだろう。

 

 虞美人草の茎は、天を突くように垂直に伸びる。

 花弁が枯れても実を残すために、実が落ちても枯れるまで重力に逆らい続ける。

 そして虞美人草は、群生している姿こそが美しい。

 

 かくして四人組となった『結束バンド』は、新たな歩みを始めた。

 

 

 まったくの余談であるが、青うらなりにも「私を花で例えてみて」と無茶ぶりをされた。

 苦し紛れに「ら、覇王花(ラフレシア)」と絞り出したところ、いたく御満悦であった。

 それでいいんだ。

*1
バンドの

*2
ギター

*3
ボーカルを探しています




喜多ちゃんは『坊ちゃん』の清ポジです。
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