高等学校がある日には、放課後に『スターリー』へ出ては
休みの日にも毎日誰かしら
変わったことといえば、喜多の
喜多という女は、鋼鉄の心臓に毛が生えている。
かつての遺恨や葛藤など忘れてしまったように活動的に参加を続け、一週間もすれば一通りの仕事内容は飲み込めたと語る。
未だに何が何だかわかっていない先輩がいることは、私の名誉のためにも黙っておく。
毎日のように家族以外の誰かと話をすることは、私の矮小なる魂には刺激が強すぎる。
喜多は「慣れたらどうということはないですよ」と言うが、そんなことがあってたまるか。
もしそうだとするなら、私は実家の
相も変わらず、喜多は山田先輩こと青うらなりを偶像化すること甚だしい。
この際
体よく私に教師役を押し付けた青うらなりが「指先が固くなるまで練習をしていたというのに、上達しないとは不思議であるな」と首を捻る。
自己流の鍛錬が良くなかったのだろうかと検討をつけていた私であったが、喜多が楽器鞄から取り出したそれをみて、私と青うらなりが絶句する。
「ちゃんと弦が六本ある」と得意げに語る喜多に、青うらなりが無情な事実を告げる。
「それは
「
赤リボンが「そ、そう!店員に聞かずに購入してはいけない」と先輩面をして喜多を慰めていたが、
問題の多弦
「リョウ先輩の楽器である」と御満悦の喜多とは対照的に、私は自分なんぞに教師役が務まるかと不安であった。
予想はしていたが、指捌きの困難さに直面した喜多は「もう駄目だ」と泣き言を言い出す。
かつての自分を見るような光景に既視感を覚えつつ、私は喜多を必死に慰めて鼓舞する。
喜多は気を取り直して立ち直ったかと思いきや、また根を上げるを繰り返す。
前途多難であると頭を抱えたが、それでも喜多の腕前は次第に上達していった。
「後藤さんのお陰ね」
喜多という女は落ち込むときには落ち込むが、何事によらず長く引きずらないという長所がある。
初心者同士の師弟関係が何とかなったのは、私の拙い解説を彼女が上手に受け取ってくれたからだろう。
何かにつけて先輩であると立ててくれる同輩に、私もなんだかいい気分になる。
人様にものを教えるという行為は、私の承認欲求を満足させた。
喜多に授業をつけつつ、宣材写真の撮影をやり直したり、四人で手を繋いで跳躍したり、私の下着を撮影されたり、私がツチノコに化けたり、私が青うらなりに捕食されそうになったりしていると、お待ちかねの給料日がやってきた。
福翁先生*1との対面に感動している私に向かい、赤リボンが言う。
「
さよなら福翁先生。
*
屑箱に下半身を埋めながら
産まれたての小鹿のように震えていると、青うらなりが声を掛けてくる。
「臓器を売りますので、これ以上の
「……何の話?」
金欠になれば雑草を食べて飢えをしのぐという青うらなりは、私の妄言に眉一つ動かさない。
記憶媒体を手に「曲を作ってきた」と語り、私もようやく作詞の話かと思い至る。
青うらなりは「音楽経験豊富な人に作詞を任せたい」として私を指名した。
喜多が「後藤さんはすごいのね」と褒めてくれたこともあり、私は気分が大きくなる。
「まぁ、この私にまかせたまえ」
と胸をたたいてから一週間。
「ぐぬぬ」
空白が目立つ作詞
出来たのは
他の人員に対する言い訳ばかりが積み上がり、これではいけないと首を振る。
作詞手帳に似ていない団員の似顔絵を落書きしながら考えてみる。
そもそも『結束バンド』の
日本にも海外にも先例はあるし出来なくはないだろうが、本人が固辞しているので却下。
自信満々でありながら固辞するという意味不明な対応なので却下。
というわけで喜多しかいない。
そもそも赤リボンは
青春に対する怨念を衝動とした暗い歌であればいくらでも書けるが、さすがにそれを喜多に歌わせるわけにはいかない。
『結束バンド』は、私一人の
私の考える喜多郁代になり切り、彼女の思考を追いかけてみる。
縫いぐるみを観客に見立て、劇場の円台に見立てた卓袱台の上に立つ。
盛り上がる聴衆の声を煽り立てる自分は、星形の
これは喜多郁代ではない。
ただの一般的な
考えろ、感じろ。
私は喜多郁代、学校のマドンナで人気者で友人がたくさんいて、イソスタが三度の飯よりも大好きな喜多郁代なんだ。
信じろ、私は喜多郁代喜多郁代郁代喜多喜多喜多キタキタ……
「喜多、いや来た」
どこからともなく流れてきた笛の音に合わせ、卓袱台に飛び乗る。
手首を折り、膝を曲げ、そして一心不乱に体を動かす。
手を振り、腰を振り、尻を振る。
そうだ。
踊りを極めれば体が楽器と化す真理に至り、私は喜多郁代になる。
かくして喜多郁代となった私が花火会場で多数の友人と踊り狂いながら自撮りをするという妄想を演じていると、部屋に突入してきた無表情の母が、私の顔を目掛けて大量の塩を投げつけてきた。
いや、違うから。話を聞いてお母さん。
*
黄金週間も過ぎ去り、季節は梅雨である。
どうにか喜多に歌わせてもよさそうな歌詞が出来たことを、青うらなりに報告する。
ロインで呼び出されたのは『スターリー』ではなく、下北沢に出来たばかりの洒落乙な喫茶店であった。
雨傘を仕舞いながらおっかなびっくり入店すると、先に入店していた青うらなりが「こっち」と手を振る。
驚くほど上品な仕草でカレーを口に運ぶ青うらなりに気後れしていると「歌詞を見せて」と催促される。
黙々と作詞手帳を捲る真剣な横顔を観察する。
何をしても絵になるというやつであり、喜多が見惚れるのもわからないでもない。
店の外の雨音が遠のく中、青うらなりが口を開いた。
「これでいいの?」
短くはあったが、それは私の魂を抉るものであった。
咄嗟に応えられずたじろいでいると、青うらなりは自分語りを始める。
過去に所属していた
資金繰りが苦しくなり、皆が続けるために必死であったこと。
活動を続けるために売れることを優先したこと。
売れるために歌詞を変え、それまでの良さがなくなったこと。
それに嫌気がさして孤立し、脱退をしたこと。
「
この挫折を経験したひねくれ者を音楽活動に引き戻すとは、やはり赤リボンは大した奴である。
青うらなりは、普段からは想像も出来ない真剣な口調で「個性を捨てた音楽活動に意味があると思うか」と問うた。
「前の
「ぼっちは優しい。だから人のことを、皆のことを考えて、この応援歌を考えたんだろうと思う」
「だからこそ、つまらない。この歌詞にはぼっちがいない」
「それはぼっち自身が一番よくわかっているはず」
薄っぺらい作詞手帳に書き連ねた、薄っぺらい応援歌。
当事者として経験した言葉の重みは、「皆のため」という安易な言い訳に逃げた私を強く揺さぶる。
静かながらも激しいものを秘めた青うらなりの言葉に、私は向き合う。
「自分の好きに書いていいんだよ。徹底的に、自分自身のためにね」
「ぼっちも私も、虹夏も喜多も。みんな背景が違う」
「だからこそ、一緒になったら面白い音楽が出来るんだと思うんだ」
「私はそれが見たい。もう一度、
「もう二度と
青うらなりの、山田リョウの言葉は、燻っていた私の心に火をつける。
「それに喜多みたいな明朗快活な娘に、ぼっちの情念煩悩塗れの歌詞を歌わせたら面白いと思うんだ」
「そ、そこまで酷くはないと思います」
「本当に?」
くすくすと笑う彼女の笑顔には蠱惑的な魅力があり、やいのやいのと騒ぐ喜多に共感したくなる。
「出来るかな?」
「やります」
今度は躊躇わない。
私は私のやりたいようにやる。
そして皆と一緒に音楽にしていくんだ。
何時しか雨は上がっていた。
*
会計案内所の前まで来ると、山田先輩がじっとこちらを見る。
「あの先輩。御会計なんですけど」
「申し訳ないが金欠なんだ。貸してくれない?」
「え、あの、先輩が誘ったんじゃ。ひょっとして最初から」
「どうしても食べたくてね」
やはり「青うらなり」でいい。