ぼっちちゃん   作:神山甚六

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サブタイトル元ネタ『点頭録』(1916年)


点数録

 帰宅するや否や「自分のやりたいようにやればよい」という青うらなりの言葉に従い、作詞手帳(ノート)に向き合う。

 もとより不平不満の塊のような私には、言わずに呑込んだ想いの数々が惰眠をむさぼっている。

 その枕を蹴り飛ばしてやると、鉛筆がすいすいと動き出した。

 これまでの遅れを取り戻すように、睡眠時間を割いて創作活動に費やす。

 日に日に濃くなる隈を指して、妹は「幽霊じみている」と揶揄うが知ったことではない。

 あれよあれよという間に完成したものを、出勤した『スターリー』で三人に見せる。

 

 じっと読み込む赤リボンに、「ほうほう」と流すように目を通す喜多。

 真っ先に顔を上げた青うらなりは「どうしようもなく暗くて後ろ向き。これぞ私の求めていたぼっち」と親指を立てた。

 貶したいのか褒めたいのかどちらなのか。

 

「どんな歌でも刺さる奴と刺さらない奴がいる。ぼっちの歌は好き嫌いが分かれるかもしれない。だけど相手を刺せる歌だ。とどめをさせば、あとは此方の物だ」

「う、歌の話ですよ、ね?」

「誰の印象にも残らない爽やかな歌なんてやる意味がない。私は相手に一生残る傷跡を残してやりたいんだ」

「歌の話ですよね!?」

 

 異常恋愛に執着する危険人物のようなことを言う青うらなりに喜多は引いているが、私には共感出来た。

 最初の誰にも嫌われない誰にも刺さらない歌は、書いていてつまらなかった。

 私も、刺されるのではなく刺すほうが好きなのだろう。

 青うらなりと顔を見合わせ「えへへ」と引き攣り笑いをしていると、喜多が喰えない焼き餅を焼く。

 

 一連のやりとりをみて「あはは」と笑い声をあげていた赤リボンは「来月、これを演奏しよう」と提案する。

 反対する理由もなく、皆が賛成した。

 傍目にも浮かれた赤リボンは、その足で姉のところへ向かう。

 

「姉上。来月なんだけど」

「却下」

 

 あれ?

 

 

「今でも玩具人形(ヌイグルミ)を抱かないと寝れない癖に!」

「それは今関係ないだろうが!?」

 

 憤りのまま捨て台詞を吐いて店を飛び出した赤リボンにかわり、私が山嵐に服従の姿勢をとりながら話を聞く。

 要は「前回は例外。正規の手順を踏めば出演させる」ということであるらしい。

 山嵐は撮影した私の写真を見ながら「あの早とちりした阿呆に、よく言い聞かせておけ」と手をしっしと振る。

 

 それは早とちりするほうも問題だが、一体誰の言葉が足りないせいなのだと釈然としないものを感じながらも、駆け足で三人を追いかける。

 常日頃の運動不足もあり、合流する頃には疲労困憊して話すこともままならない。

 一週間後の面接試験(オーデイション)に合格すれば出演出来ることを報告したが、赤リボンは「なら、初めからそういえばよいではないか」とお冠である。

 

 全くである。

 

「素直でないにもほどがある。そんなことだから三十路近くでも男の影がないのだ」

「虹夏。命は大事に。粗末にしてはいけない」

 

 赤リボンの両肩に手を置いた青うらなりが、珍しく真顔で諫言する。

 先ほどまで刺さらなければ意味がないと語っていた奴と同一人物とは思えない。

 何か山嵐に心的外傷(トラウマ)でもあるのだろうか。

 

 両手をぐっと握り「頑張りましょう」と意気込む喜多に、私が首振り人形のように何度も頷いていると、赤リボンが何か言いたげな視線を向けてくる。

 たかだか一週間程度の練習時間しかない上に、今回は完成したばかりの楽団(バンド)の独自曲を演奏するのである。

 私と喜多の仕上がりを不安視するのは、無理もない話である。

 すると勝手に赤リボンの意向を忖度した青うらなりが「私に名案がある」と胸を張る。

 

「ぼっちと喜多の弦楽器(ギター)は演奏をしている振りでいい。事前に録音したものを流しておくから」

「駄目に決まっているだろう!」

 

 青うらなりの頭を小突いてから、赤リボンは「下手糞でも下手糞なりにやればよい」と、慰めなのか開き直りなのかわからないことを言い出す。

 私はいつもの引き籠りの癖が出るし、喜多ですら弱気の虫が顔を出している。

 それでも赤リボンはいつも前向きだ。

 

「まぁ、上手い下手を見たいわけではないだろう」

「では審査基準は」

「前回の演奏よりも成長しているか否かをみるつもりだろうね」

 

「成長……」

 

 赤リボンと喜多の会話を聞きながら考えるが、すぐには纏まるものではない。

 片道二時間の通勤中も、喜多の練習を見ている間も、自宅の押入れの練習時間中も考え続ける。

 

 成長とは何か。

 

 身長なら測ればわかるが、心のそれは人からはわからない。

 努力とは似て非なるものだが、まったく異なるものでもない。

 努力が成長につながるとは限らないが、努力をしなければ成長はないのだ。

 

 それでは私の個人的な成長は、楽団(バンド)の成長といえるのか。

 私からすれば大きな一歩であっても、人からすれば当たり前の位置に立ったに過ぎないのに?

 

 わかりそうなのに、わからない。

 わかっていないようで、わかっているかもしれない。

 

 悶々としたものを抱えながら、明日が面接試験(オーデイション)の日を迎える。

 普段から奇行の多い私の常日頃とは違う様子を見たのか、練習終わりに赤リボンが声を掛けてきた。

 缶ジュースを手渡しながら、赤リボンが「そういえば聞いたことがなかったと思ってね」と尋ねてくる。

 

「成り行きで勧誘して、成り行きで加わってくれたけど、どうして今も楽団(バンド)活動をしているのかな」

 

 活動することでちやほやされたいからとは言えず、苦笑いで誤魔化していると、あることに気が付いた。

 今でも動画投稿掲示板では、弦楽器(ギター)英雄(ヒーロー)としてちやほやされている。

 なら別に楽団(バンド)をしなくても、続けなくてもよかったはずなのだ。

 

 だけど、私は続けている。

 今も続けようと思っている。

 今後も続けたいと思っている。

 

 非常勤労働(アルバイト)は何時でも辞めたいし、高等学校は今すぐにでも退学したい。

 だけど楽団(バンド)活動は違う。

 

 やりたいと、続けたいと、そう思っている私がいる。

 

 何故だろうか。

 

 私の葛藤を見透かしたのか、赤リボンは自分の顔の前で人差し指を立てる。

 そして「私の本当の目標は、まだ君には教えては上げない」と囁く。

 一度は挫折した青うらなりも、この屈託なく笑う姿にやられたのだろう。

 

 まったく、とんだ堕天使である。

 

 

 一晩寝ながら考えた。

 

 なるほど。後藤一人はどうしようもない俗物である。

 ちやほやされたい、もてはやされたい、人気者になりたい。

 そうした根幹たる部分は、何一つ変わってはいない。

 

 寝不足の重い足を引きずりながら、決戦の舞台である『スターリー』に到着する。

 審査員は山嵐と音響屋であり、簡易の椅子と机という粗末な審査員席に座り、舞台の上で準備をする私達の一挙手一投足を見据えている。

 身内だからこそのひりついた空気感に、赤リボンは緊張した声色で演奏する曲題を告げた。

 

 『弦楽器(ギター)と孤独と青い星』

 

 青うらなりに奢らされた後、真っ先に書いた歌詞を喜多が唄い始める。

 

 自分が嫌いなのに、嫌いな自分を否定出来なくて。

 もがいて、足掻いて、苦しんで、それでも弦楽器(ギター)だけはやめられなくて。

 これまでの鬱屈した感情を、すべて作詞手帳にぶちまけたことを覚えている。

 

 私は皆と演奏をしながら、それなのに高まる自分の鼓動だけを聞いていた。

 

 「まだだ。まだ足りない」と叫ぶ私の声が聞こえる。

 

 赤リボンが、夢を現実のものにするために叩いている。

 青うらなりが、自分の静かな情熱を込めて弾いている。

 喜多が、直向きな努力を見せつけるように唄っている。

 

 こんなものじゃ、終わらない。

 こんなところじゃ、終われない。

 

 何故なら私は一人ではないから。

 

 この四人だから楽団(バンド)をやり続けたいんだと、ようやく気が付いた。

 

 だから。

 

「そこを退け!」

 

 『結束バンド(私たち)』の前に立ちはだかるものは、誰であろうと容赦はしてやらないと決めたのだ。

 

 

鐘太鼓(ドラム)、力が入りすぎだ。演奏全体が固くなるぞ」

弦楽器(ベース)、集中するのはいいが、自分の世界に没頭し過ぎだ」

弦楽器(ギター)二人、下を向きすぎだ。受身で合わせてもらってどうする」

 

 山嵐の寸評に、私を含めた四人の気分は極限まで落ち込む。

 

「だが、悪くはない」

 

 ……えーと。

 

「前よりはましだと、そういうことだ」

「あの、姉……店長。それは合格ということでしょうか」

 

 数多の上に疑問をいくつも浮かべた赤リボンがおっかなびっくり尋ねると、呆れたように肩をすくめる音響屋を拳で小突きながら、山嵐は「だから、そうだと言ってるではないか」と答えた。

 

 わかるか!

 

「やった、やったよ後藤さん!」

 

 素直ではないにもほどがあると不満をこぼす前に、感情を爆発させた喜多が飛びついてくる。女学生らしい匂いに、脱臭剤の香りが染みついた私もなんだかむずむずしてくる。

 見ると赤リボンと青うらなりは利き手を勢いよく合わせて、小さく「よし」と叫んでいた。

 

 これで、また四人で続けられる。

 良かった。

 とにかく、良かった。

 

 ……うん、よか、よか……

 

 うぉえっぷ。

 

「うわあ!!後藤さんがマーライオンに!?」

「おい、雑巾!あと水と桶!」

 

 私の後ろから、赤リボンが「なんでこう締まらないかなぁ」と嘆く声が聞こえた。

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