ぼっちちゃん   作:神山甚六

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サブタイトル元ネタ『彼岸過迄』(1912年)


悲願過迄

 深い微睡みから目覚めると、居酒屋の壁に凭れ掛かっていた。

 

「ぼっち、ようやく気が付いた」

「ふぁ……ふぁああ!?」

 

 見れば山田リョウの格好をした宇宙生物(エイリアン)が私を捕食しようとしていた。

 その証拠に口の端からは、頭足類の足のようなものが何本も見えている。

 既に地球は頭足類型宇宙人に支配されていたのか。

 驚愕の事実に恐れ慄いていると、赤リボンが宇宙生物の頭を「はしたないからやめろ」と小突く。

 それで正体が烏賊の姿焼きを食べていた青うらなりであると知れた。

 

 その奥では虚ろな目をした喜多が「我が名はキタキタ。伝説の舞踊の継承者なり」と呟きながら膝を抱えている。

 その姿を見てけらけらと哂う先生と「あらあら」と写真を撮る音響屋。

 百鬼夜行も裸足で逃げ出す意味不明な光景にたじろいでいると、生麦酒の瓶を手にした山嵐が私の隣に座る。

 

「疲れただろう。気力と体力を使い果たすまで演奏に集中していたんだ。誰にでも出来ることじゃあない」

「あ、ありがとうございます」

「だが何時でも今日と同じ演奏(パフォーマンス)が出来ると思うのは間違いだ……子供と大人の違いは、なんだと思う」

 

 「わかりません」と首を振る私に、山嵐は麦酒瓶を傾けながら「自分の限界を弁えているか否かだ」と答える。

 私の視線の先では、先生が逆さにした徳利を耳に当て「御代りはまだですか」と訊ねている。

 「あれは無視しろ」と山嵐は冷たく切り捨てた。

 

「全力を出すなという意味ではないぞ。自分の限界を越えられるのは何時でも自分だけだ」

「今日の演奏について、今さら私が言うことはない。反省するべき点については、お前ら自身がよくわかっているだろうからな」

「お前達は自分達の現状と実力を突き付けられ、そこから全力で壁を乗り越えた」

「そこは褒めてやる」

 

 一つ一つの言葉に重みがあり参考になるが、生麦酒の泡で口髭を作りながらだと締まらない。

 

 倒れ込んだ私を誰が打上げ会場に連れてきたのか尋ねると、山嵐は「さあな」と顔を背ける。

 音響屋が「この人ですよ」と山嵐を指し「余計なことを言うな」と叱責されていた。

 にまにまと人の悪い笑みを浮かべていた先生は、間もなく山嵐の制裁を受けた。

 

 その後は近くの酔客同士の世間話を聞いた私が何時もの発作を起こしたり、先生の舞台における数々の伝説を聞かされたり、山嵐が過去に楽団(バンド)活動をしていたことに驚いていると、赤リボンがいないことに気が付く。

 

「少し御手洗いに」

「あの阿呆を頼むよ」

 

 姉には御見通しであったようだ。

 

 

 赤リボンは店の前で空を見上げていた。

 

 既に台風は残暑と共に過ぎ去り、星月が下北沢の街並みを見下ろしている。

 灰色の格子(チェック)模様のズボンをサスペンダーで吊るし、楽団(バンド)の文様入り黒シャツを来た彼女の胸元には首飾り(チョーカー)で留められた大きな赤リボンが輝いていた。

 そこまでするかという執念に感心していると、赤リボンが此方に気づいて手招きをする。

 

 赤リボンはともかく、私はもとより世間話が得意ではない。

 会話が途切れたのを見計い、赤リボンが切り出した。

 

「今日の演奏を見て確信したよ。君が弦楽器(ギター)英雄(ヒーロー)なんだろう?」

「え、あ、お!」

「本当に君は、隠し事が出来ないなぁ」

 

 いつもより少しばかり愁いを帯びた赤リボンの呆れ顔に、私は居た堪れなくなる。

 

 昔も今も、私は自分に自信が持てた試しがない。

 そんな私が動画投稿掲示板の仮名に弦楽器(ギター)英雄(ヒーロー)を選んだのは、いつかは理想の自分に追いつけるのではないかと考えたからだ。

 実際には現実の私は成長などしておらず、むしろ虚言ばかりを連ねている始末である。

 

 いつかは打ち明けるつもりだった。

 何時か夢見た弦楽器(ギター)英雄(ヒーロー)の仮名に相応しいと胸を張れる日がくれば。

 そんな日が来る前に、今日という日が来てしまった。

 赤リボンの横に並んで立つ私は、やはり彼女の顔を見ることが出来ない。

 

 失望させてしまった。

 だけど何かを言わなければ。

 濡れたアスファルトを見ながら、私は演奏中からもやもやし続けている自分の感情の正体を探す。

 

「あの日、児童公園にいた自分を見つけてくれたのは虹夏ちゃんです」

「虹夏ちゃんが手を引いてくれたお陰で、今、私はここにいます」

「一人で弦楽器(ギター)をしていた私を楽団(バンド)に誘ってくれて、本当に感謝しています」

「だから虹夏ちゃんには、特に胸を張って言いたかったんです」

「私が弦楽器(ギター)英雄(ヒーロー)ですと。そう言えるようになりたくて」

「結果的に騙すような真似になってしまいましたけど」

 

 いつも以上に脈絡のない話を、赤リボンは根気強く聞いてくれた。

 私の告白が終わると、今度は赤リボンが自分の話を始める。

 それはいつかの堕天使が「まだ秘密」とした告げた夢の続きであった。

 

 自分は母を早くに亡くしたこと。

 働き詰めの父に代わり、姉が家族でいてくれたこと。

 姉に連れて行かれた演奏劇場(ライブハウス)に感動したこと。

 そんな私を見て、姉は自分で演奏劇場(スターリー)を立ち上げたこと。

 自分の本当の夢は、姉よりも人気の楽団(バンド)になり、スターリーを有名にすること。

 

「だけど現実は甘くはないと思い知らされたよ」

「烏滸がましいかもしれないけど、私は何時でも皆の前にいるつもりだった」

「だけど実際にはあの有様だ。皆の前に立たなければいけない時に私は動けなかった」

 

「目の前の私達を誰も見てくれていない。その事実を認めてしまうのが、とてもとても怖くて」

「私の無謀な夢にリョウを、喜多ちゃんを、そしてぼっちちゃんを巻き込んでしまったのかなって」

「直ぐにでも演奏を止めてしまいたいのに、絶対に止めたくなくて。どうにかしたいのに、何をすればいいのかわからなくって」

 

「でもそんな時に、ぼっちちゃんが皆の前に出てくれた」

「皆が自信を失いそうになっている時、ぼっちちゃんが壁を壊してくれた」

「最初の演奏会の時もそうだった。ぼっちちゃんがいてくれたから、私は」

 

「そんなに、いいものじゃないんです」

 

 赤リボンが偶像化しようとする「私」を、私が否定する。

 

 あれはそんなに恰好がいいものではない。

 たしかに最初は皆の壁を壊そうとして、即席で独奏を開始した。

 しかし無我夢中で弦楽器(ギター)を掻き鳴らしていると、そんなことはどうでもよくなっていたのだ。

 

 私の姿を見ろ。

 私の音を聞け。

 私の後に続け。

 

 見なくてもいい。

 聞かなくてもいい。

 続かなくたっていい。

 

 私が、私は、今、ここにいるんだ!

 

「ただ、そう主張したかっただけなんです」

「どこまでも自己中心的で。酷く醜い私がいて」

「皆のことなんか、いつの間にか消えちゃっていました」

「だから、皆がそれぞれ壁を乗り越えただけで。私が壊したわけではないんです」

 

 今日の演奏を「お前達は乗り越えた」と評した山嵐は、やはり怖い人である。

 あの人は私の詰まらない葛藤なんぞ御見通しだったのだろう。

 私の告解を聞き終えると、赤リボンは「そうだね」と頷く。

 

「ぼっちちゃんの気持ちはわかったよ」

「だけどね。やっぱり私にとってぼっちちゃんは弦楽器(ギター)英雄(ヒーロー)なんだよ」

 

 その声は驚くほど穏やかなもので、私はむしろ何も言えなくなる。

 

二曲目(あのバンド)の歌詞、あれは凄いよね」

 

 作詞手帳(ノート)の『あのバンド』の歌詞を読んだ青うらなりの反応は、今でもよく覚えている。

 手帳と私の顔を何度か往復して「これ本当にぼっちが書いたの?」と首を傾げた。

 『弦楽器(ギター)と孤独と青い星』よりも、明確に攻撃的かつ独善的な内容。

 例え世界中で自分が一人になろうとも、自分が信じる価値観、あるいは演奏以外は有象無象と切り捨てんばかりの思いの丈が言葉となり連なっている。

 だけどそれは、確かに私が書いたものだ。

 誰かの言葉を借りたものでも、誰かに言わされたわけではない。

 子供の頃のように夢を見れないのに、大人のように夢を諦めきれない衝動は、確かに私だけのものなのだ。

  

「ぼっちちゃんは、根っからの弦楽器奏者(ギタリスト)なんだね」

 

 赤リボンの言葉は、歌詞を読んだ青うらなりの反応と奇妙に重なっていた。

 

「それでいいんだよ。きっとぼっちちゃんには、それが必要なことだったんだ」

「で、でも」

「デモもストもないの!」

 

 ずびしと指を私に向けて赤リボンは宣言する。

 

「ぼっちちゃんは、もっとやりたいことをやってもいいの!私が認めます!」

(結束バンド)のためだなんて下らない言い訳、私が(リーダー)である限りは許さないよ!」

 

 なるほど。だから山田リョウは伊地知虹夏の誘いに乗ったのかと得心する。

 違う夢を見ながら、同じ船に乗り大海へ漕ぎ出そう。

 この矛盾をぱくりと飲み込む度量と、それでも一緒にやろうぜと言える覚悟。

 

 赤リボンは星空を見上げる。

 何かを掴むような仕草をして、その手を下ろした。

 掴み損ねたのか、それとも最初から手にしていたことに気が付いたのか。

 

「リョウは、今度こそ自分達の音楽をやりたい」

「喜多ちゃんは、皆と同じ景色を見たいと思っている」

「皆がそれぞれ違う夢を『結束バンド』に託してる。私が紐で無理やり括り付けてるわけじゃないけどね」

 

 面白くもない駄洒落を口にしながら、赤リボンは続ける。

 

「私は縛られたいわけでも、縛り付けたいわけでもない」

「だからね、私は聞くよ」

「ぼっちちゃんは、どうしたい?」

 

 不思議と言葉は詰まらなかった。

 

「私は弦楽器奏者(ギタリスト)として、『結束バンド』を最高のバンドにしたいです」

「……うん。いいねそれは」

「あと売れて学校中退をしたいです。ここが大切なのですが、嫌々投げ出したのではなく人気が出たのでやむなく中退を選択したという形にしたいんです」

「折角良い話で終われると思ったのに!あと妙に具体的な欲望だね!?」

 

 天使の笑みを曇らせるのは私の本意ではないが、ここは譲れないのだ。

 いつものキレのある突込みを見せた赤リボンは「任された」と自分の胸を叩く。

 

「私は、これでもいい女になろうとしているんだよ」

「私の夢をかなえてもらうんだ。それが三つや四つ、増えたところで大した違いはないさ」

「だからね」

 

 にかりと笑う下北沢の堕天使は、こちらを振り返りながら言明した。

 

「見せてもらうよ。ぼっちちゃんの音楽(ロック)を。ぼっち・ざ・ろっくをね!」

 

 

 居酒屋の前で交わした私達の誓いを見守るのは、どこまでも高い夜空の彼方に輝く星座達だけ。

 

 昔の人々は彼方の星と星を地上で結び、想いを物語として託した。

 彼らはもういなくなったが、星座に託した物語は今も語り継がれている。

 私は星座の物語のような英雄(ヒーロー)にはなれないかもしれない。

 それでも私達の物語は続いてほしい。

 

 いや、終わらせてやるものか。

 

 かくして「私」の覚悟は定まった。

 

 彼岸を過ぎれば、季節は間もなく秋を迎える。

 

「いや、私の夏季休暇はまだ終わらない。永遠の輪廻(エンドレスエイト)の中で夏季休暇を繰り返すんだ。八月三十一日、三十二日、三十三日……」

「本当に、君という人は締まらないね!!」

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