君の瞳に映るのは   作:露草ツグミ

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第1話 Hot Chocolate 1

 

 私には好きな人がいる。

 

 彼は背が高くて、金色の髪をしていて、火型の強力な魔法使いで、私のことをとても好きだという。少し前からお付き合いを始めた。

 

「ナナリー」

 

 仕事が終わるころ、ハーレに彼が迎えに来るのが近頃の習慣になっている。そのたびにハーレの中がざわめくからちょっと恥ずかしい。ハリス姉さんは私たちを興味深々に見ている。

 

「お先に失礼します。また明日。お疲れさまでした」

「お疲れさま」

 

 お辞儀をして顔を上げると、ゾゾさんが複雑そうな顔をしていた。どうしたんだろうか? 

 

「お待たせ」

「お疲れさま、ナナリー。今日の夕ご飯は何にする?」

「うーん、兎鳥!」

「昨日も兎鳥だったよね? 本当に兎鳥が好きだね」

「だって美味しいんだもん。いいじゃない」

「もちろんいいさ。ナナリーの好きなものを食べに行こう」

「ありがと、アルバート」

 

 彼の名前はアルバート。赤みを帯びた金色の髪、(はしばみ)色の瞳の火型の破魔士で、私の恋人だ。

 

 *

 

 アルバートと夕ご飯を食べ終えて、寮までの帰り道を歩いていたときだ。突然、アルバートの横の街路樹が燃え上がった。

 

「きゃっ!!」

 

 ナナリーは木を凍らせてすぐに炎を相殺した。ハーレの制服の上に外套を着ているから体が傷つくことはないが、外套は燃えるかもしれない。アルバートは火型だから火には強いはず。

 

「アルバート?」

 

 外套を脱いで焦げていないか確認していたナナリーは、アルバートの様子がおかしいことに気付いた。アルバートはケガはないようだが、ハンサムな顔は色を失い、手が震えている。足は地面に縫い付けられたように動かなかった。

 

「どうしたの?」

 

 ナナリーはアルバートの視線をたどり、中性的な顔立ちの美貌の青年の姿を認める。甘い蜂蜜のように輝く長い金髪を結びもせずに胸元まで垂らし、切れ長の涼しい目に光るのは炎のような紅い宝石。上背のある鍛えられた肢体は、騎士団の制服や隊服ではなく貴族らしい上等な黒い外套に包まれていた。

 

「ロックマン?」

 

 久方ぶりに見かけた彼は、頭のてっぺんから足の先まで何もかもが美しく調和し、実に綺麗な男性なのだとナナリーは思った。

 

 赤い瞳に金の髪。火型らしく熱い色彩を身に纏っているロックマンの眼差しは、驚くほどに冷たい。凍りついた柘榴のような瞳がこちらを見ている。ナナリーの記憶にある彼の瞳の色は炎みたいに赤いのに、今日は硬質な宝石の原石に見えた。

 

「久しぶり、ヘル。元気そうだね」

「まだ留学中だってマリスから聞いたけど」

「一時帰国したんだよ」

「ウェルディさんも?」

「いや、僕だけ」

 

 花の季節二月目、花神(タレイア)祭の夜。王宮の晩餐会の後、ロックマンはナナリーの姿に変身し、囮になって王宮に潜むオルキニスの間諜(かんちょう)に拉致された。氷の乙女としてオルキニスに潜入してドーランや他国の騎士団を招き入れ、瀕死の大けがを負いながらもオルキニスの女王の凶行を止めたのだ。

 

 オルキニスの事件の後、ロックマンは表向き海外留学ということにして他国へ魔物の調査に行っている。マリスの手紙には帰国がいつになるかわからないと涙混じりに書いてあった。

 ナナリーとロックマンが最後に言葉を交わしてから一月半(ひとつきはん)が過ぎようとしている。

 

「火型の彼……破魔士かな?」

 

 ロックマンがうっすらと微笑む。これまで見たことのない酷薄さが浮かぶその頬に、ナナリーはうすら寒い心地がした。火型だとか破魔士だとか、何も言ってないのに、随分と勘がいい。

 

「そ、そうよ。破魔士のアルバート」

 

 アルバートが息を飲む音が聞こえる。ロックマンは決して睨んでなどいないけれど、その視線はとことん冷たく、触れれば切れそうなくらいに鋭い。視線とは裏腹に、その形の良い唇から紡ぎ出される言葉は丁寧で、低く落ち着いた声音は静かとも言えるくらい穏やかだった。

 

「私はアルウェス・ハーデス・フォデューリ・ロックマンです。初めまして」

「宮廷魔術師長で、第一騎士団団長のロックマン団長ですか?」 

「そうです。よくご存じですね」

「もちろんです。貴方は破魔士の間で有名ですから」

「光栄です」

「……失礼しました、俺は破魔士のアルバート・ミロナスです」

「よろしく」

 

 誰もが見惚れてしまうであろう端整な顔で、にこりと笑う。美しく整った綺麗な笑顔が寒々しい。

 

「第一騎士団団長? 隊長じゃないの?」

「騎士団の第一小隊を対外的にはそう呼ぶんだよ」

 

 ロックマンがナナリーを()()えとした目で眺めながら答える。ナナリーは居心地が悪くて目を逸らした。

 

「君……何か悪いものでも食べたの?」

「突然なに? 変なものなんて食べてないわよ」

「それとも、彼のおかげなのかな? ……随分と変わったね」

 

 ちらりとアルバートを一瞥する。さっきからずっとロックマンの放つ空気が冷たくて、ナナリーは無意識に両腕を抱きかかえていた。

 

 ──私が変わった? ロックマンは何を言っているのだろう? 

 

「僕はこれから王の島に行くから。またね、ヘル。……アルバート」

 

 ロックマンは使い魔のユーリを召喚し、あっという間に空を翔けて行った。ナナリーはその場に佇んだまま、ユーリが空を滑りあがる軌跡を目で追いかけていた。

 

 *

 

 外の気温は下がっていないのに、手がとても冷たくなってしまった。ナナリーとアルバートは手近なカフェに入った。アルバートが飲み物を取りに行くのを待つ間、ナナリーは膝の上で冷えた手を擦り合わせながらオルキニスの事件を思い出していた。

 

 

 ナナリーの身代わりになって大けがを負ったロックマン。

 失った腕。包帯を巻かれた体。

 魔力を半分ナナリーに預けていったために治癒魔法も効かなくて。

 騎士が一般国民のナナリーに囮を頼めるわけがないと、ナナリーを泣き虫だと笑っていた。

 

 

 凍った果実のようなロックマンの瞳が目の前に浮かぶ。出発前に王の島で話をしたロックマンとは顔つきも印象も何もかもが違くて。

 割れたガラスを重ねたように、輪郭がぶれて本当のロックマンの姿が見えない。

 

 

「おまたせ」

 

 戻ってきたアルバートの声でナナリーはハッと我に返った。すっかり物思いに沈んでいたようだ。

 

「はい、ホットチョコ」

「ありがとう」

 

 ホットチョコはまだ熱い。両手でカップを持って冷えた手を温める。

 

「いやぁ……びっくりしたなあ」

「うん、ロックマンが帰って来てるなんて知らなかった」

「そうじゃなくてさ……」

 

 フーフー冷ましながらホットチョコを飲む。とろんとした熱い塊が喉を通って、体の中からぽかぽか温まっていく。

 

「あー美味しい」

 

 今年は妙にホットチョコが美味しい。

 甘いチョコレートに身を任せていると嫌なことや不安なことは全部チョコがどろどろに溶かしてくれる気がする。

 

「ねぇ、ナナリー」

「うん? なあに?」

 

 カップから顔を上げると(はしばみ)色の目がにっこり笑った。

 

「なんでもないよ」

 

 私の隣にはアルバートがいる。

 何か不安に感じることがあったような気がしたけれど、それが何なのか忘れてしまった。

 

 




冷え冷えの冷えックマンでした……!投稿にあたり読み返して驚きました。
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