君の瞳に映るのは   作:露草ツグミ

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この屋敷の執事は前にチラッと出てきたことがありますが、オリキャラです。



第11話 魔力欠乏 1(ロックマン視点)

 

「アルウェス様、起きてください。エリン先生がお呼びでございます」

 

 耳に馴染んだ執事の声で起こされる。執事のレオンは父の近侍の息子で、アルウェスがアリスト博士の研究所から公爵家に戻って魔法学校に入学するまでアルウェスに仕えていた人物である。子供の頃は教育係も兼ねていた。

 アルウェスがフォデューリ侯爵位を賜ったので、王都に屋敷を構えたあかつきには執事となる予定だった。

 

 この屋敷はアルウェスが所有しているとはいえ、個人的な研究所のようなもので、フォデューリ侯爵の邸宅ではない。アルウェスがまだ本格的にフォデューリ侯爵邸を建てるつもりがないため、彼がこの屋敷の管理を全面的に請け負ってくれている。

 

「わかった。すぐに起きるよ」

「お食事の準備はできておりますので、いつでもお申し付けください」

「ありがとう」

 

 寝台から出て水差しから一杯水を飲み、アルウェスはすぐに身支度を整える。寝台の側にある扉の鍵を開けて入ると、そこはヘルの寝室に繋がっていた。

 

 この屋敷の主人はアルウェスである。当然屋敷の主が使う部屋を自室にしている。通常、その隣室は主の伴侶の部屋だ。

 ヘルの解毒と治療をするにあたり、設備と防犯の面で普通の客室よりもアルウェスの隣の部屋が一番適切だと判断した。もし彼女に何か起きた場合、すぐに駆けつけられるから。

 

「エリン、何か問題でもあった?」

「アルウェス様、お嬢様の髪が……」

 

 寝台を覗き込んでアルウェスは息を呑んだ。朝と変わらず青白い顔をして眠っているヘルの長い髪が、焦げ茶色に戻っていたのだ。

 

「これは……いつから?」

「半刻ほど前までは美しい水色の髪だったのです。突然髪の色が変わり、急いでアルウェス様をお呼びしました」

「この髪色は、ヘルの元々の髪の色だよ。昔は瞳も焦げ茶色だったけれど、魔法型がわかったときに髪と瞳の色が変化したんだ」

「まぁ、そうなのですか。とても魔力が強い魔女なのですね」

 

 枕元に広がる焦げ茶色の髪に触れて、アルウェスは目を細めた。

 懐かしい、焦げ茶色のヘルの髪。魔法学校に入学した頃の、自分より四歳も年下の少女を思い出す。隣の席に座った平民の女の子。

 

 挨拶しようと初めて正面から彼女を見た。服装や髪型は飾り気がないけれど、顔立ちが整っていて可愛い子だと思った。同級生として当たり障りなく、特に関心を持たずに接していこうと思っていたのが、何かが狂って今に至っている。

 

 その原因は、きっとあの女性と交わした約束のせい。

 

「……ナイジェリー」

 

 アルウェスの目の前で眠る焦げ茶色の髪をしたヘルの顔は、記憶にある夢の中の大切な女性の面影をはっきりと映し出していた。

 

 

「アルウェス様?」

「……髪の色が戻ったということは、魔力を使いすぎたのかもしれない」

 

 アルウェスが休んでいる間、彼女はこんこんと眠り続けていたという。今朝はまだ微熱だった体温は、昼を過ぎた今では平熱よりもやや低めになっている。

 解毒は成功したが、毒への抵抗と解毒のために魔力を使いすぎたのだろう。髪の色が変わった以外はとくに異常がなかったのなら、魔力と体力が回復すれば目が覚めるはず。

 

「呼吸も脈も問題ないけれど、体温が低い。たぶん魔力の回復のために眠り続けているのだと思う」

 

 解毒の過酷さを思えば丸一日くらい寝ていてもおかしくない。髪が水色にならなくても、ヘルが氷型であることは変わらない。ヘルが内包する魔力が減少しただけだ。だが、このままずっと目覚めなければ、もし魔力が枯渇してしまったのなら──死んでしまう可能性もある。

 

 最悪の事態を想像して背中に冷や汗が伝った。焦燥に震える拳をそっと隠して、アルウェスはエリンに向かって優しく微笑んだ。

 

「今日は様子を見るしかないね。──エリン、食事は摂った?」

「わたくしは先に頂きました。アルウェス様こそお食事にしてください。今朝も何も召し上がらずにお休みになったと聞いておりますよ」

「わかったよ。僕が戻ってきたら休んでいいからね」

「アルウェス様は外出の予定はないのですか?」

「騎士団に報告に行くつもりだったけれど、もう少しヘルの様子を見てからにするよ」

 

 アルウェスは自室に戻ってレオンに食事を運んでくれるよう頼み、騎士団の幹部が使える通信用の魔法陣を取り出す。団長のグロウブ宛てに「解毒は完了したが未だ目覚めず」と最低限のことを書きつけて、封をした手紙を魔法陣の上に置いた。呪文を唱えると魔法陣がパッと光を放ち、手紙は騎士団へ転移した。

 

 

 昼食を食べ終えた頃、団長のグロウブから「目覚めたら報告に来い」とだけ書かれた返事が届いた。

 ヘルが目覚めるまでは騎士団に来なくていいから治療に専念しろと言いたいらしい。

 

 騎士団ではゼノン殿下の指揮の下、アルバート・ミロナスの逮捕と尋問、家宅捜索、薬物の入手経路の調査、他にも被害者がいないか、類似の事件はないか捜査が行われている。

 アルウェスは捜査にも積極的に加わるつもりであったが、ヘルの治療以外の仕事は振り分けられず、ゼノンには「尋問には絶対に来るな」と釘を刺された。

 最優先すべきはヘルの治療で、犯人の取り調べならいくらでも他の団員に任せられる。それはわかっているが、苛立ちは消えない。

 

 ……やはり身を二つに分ける魔法を研究する必要がありそうだ。 

 

 グロウブからの手紙を仕舞い、深く息を吐き出して気持ちを切り替えた。魔力に関する本を数冊抱えてヘルの寝室に向かう。

 扉を開けると、ふわっと優しい花の香りが鼻腔を掠める。さっきは気が付かなかったが、ヘルの寝室は換気と掃除が済まされ、彼女が解毒に苦しんだ痕跡は綺麗さっぱり拭い去られていた。殺風景だった部屋も、花が生けられ、化粧台にも綺麗な小瓶が並んでいる。

 

「エリン、誰がこの部屋を整えたか知ってるかな?」

「午前中に執事の采配で使用人たちが部屋を整えておりましたよ。アルウェス様のご指示ではなかったのですか?」

「彼らが気を利かせてくれたみたいだね」

 

 アルウェスは何も手配していないのだが、優秀な使用人たちが美しい客人の目覚めを迎える準備を始めている。彼らの気配りのおかげで、この部屋を覆っていた重苦しい空気が払拭されたように感じる。

 エリンは「また様子を見に来ます」と言って下がり、室内はアルウェスと眠り続けるヘルが残された。

 




次回の更新は明日の予定です。
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