君の瞳に映るのは   作:露草ツグミ

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第14話 両親との対話 1(ロックマン視点)

 

 うつらうつらとしているうちに空は薄明に染まり、健やかな寝息をたてる彼女を起こさないよう、静かにアルウェスは自室へ戻った。

 自分の寝台は冷たく、いとも簡単に腕の中に残るぬくもりをかき消していく。それでいい──彼女は何も憶えてない。何も知らないほうがいい。

 とにかく今は夢も見ずに深く眠りたいとアルウェスは願った。

 

 

 

 

 *

 

 朝食後、エレンにヘルの診察を頼み、予定通り公爵家に向かう。空離れの季節の凍てつく空気の中をユーリに乗って公爵家まで翔けていく。

 市街地の外れにあるアルウェスの屋敷から王の島にほど近い公爵家はそれなりに距離がある。仕事を始める街の人々を眼下に眺めながら空を翔けていると、騎士団の見回りをしている気分になる。心を落ち着かせるには充分だった。

 

 公爵家に到着すると、急ぎ用事を済ませたいからと母上への挨拶は後回しにさせてもらい、自室に直行して魔力の溜まった魔具をかき集めた。執事のロウに頼んでアルウェスの屋敷に届けるよう手配する。

 

「これをレオンに届けてくれる?」

「かしこまりました。アルウェス様、旦那様と奥様がお待ちでございます」

「……父上もいるの?」

 

 父上が登城するはずの朝議の時間を狙って来たというのに、父上も屋敷にいるらしい。アルウェスは軽くため息を吐いて、両親が待ち構えている家族用の談話室へ向かった。

 両親の向かいの長椅子に座り、挨拶の後、軽く近況を報告し合う。

 

「貴方ときたら、帰国の挨拶をしたらすぐに仕事に行ってしまうのだもの。忙しいのはわかるけれど、ハイズも会いたがっていたわよ」

「申し訳ありません。ちょうど任務が立て込んでいたので」

 

 守秘義務があるため、騎士団の任務について詳しいことは話せない。それは両親も理解しており、さらりと流してくれる。

 年の離れた弟は魔法学校の休暇中で、ちょうど友人の貴族の屋敷に遊びに行っているらしい。なかなか遊んでやれなくて可哀想だと思う。

 

「仕事に関してはいい。アルウェスもヘルさんが心配だろうから手短(てみじか)に済まそう。私は、お前と彼女との婚姻はなんとかなると思っているよ」

……グォッ…………!」

 

 飲みかけていた紅茶が喉につまり、アルウェスはゲホゲホとむせた。

 

「いきなり何を……」

 

 出し抜けに父上は何を言い出っているのか。紅茶を吹き出しそうになったアルウェスを父上も母上も目を丸くして見ているが、突然こんな話を振ってきた方が悪いに決まっている。

 口元を手巾(ハンカチ)で拭い、胸を叩いても、なかなか咳はおさまらない。

 

「……何か大きな誤解があるようですが、僕とヘルはそのような関係ではありません」

 

 咳の合間になんとか否定の言葉を発する。とんだ勘違いである。母上の手紙から嫌な予感はしていたが、父上が真顔でこんなことを言い出すとは思わなかった。

 

「ヘルは平民です。国の安寧のために国王を敬い、法を遵守し、貴族の努めを果たすようにと父上は常々おっしゃっているではありませんか」

「もちろんそうだよ。お前の婚姻によって国に混乱を招くようなことは避けなければならない」

 

 そう前置きをしながら、仮面舞踏会の後にヘルの身辺調査を依頼したことを告げる。あの時点で父上がそんなことをするとは予想だにしなかった。

 

「わたくしもあのときヘルさんとお話がしたかったわ。ミハエルはたくさんお話ができたんでしょう? ずるいわ」

 

 母上が頬に手を当てて小首を傾げ、ため息を吐く。

 

「ごめんよ、リーナ。折を見て紹介するつもりだったのだが、舞踏会の間はアルウェスがヘルさんを離さないし、魔法が解けた後にはマントに隠してこっそり帰してしまったんだよ」

 

 アルウェスは再び口元に手を当てて咳き込んだ。紅茶を口に含んでなくて良かった。 

 

「父上、誤解を生むような言い方はよしてください」

「おや、私が勝手にヘルさんと会ったら二度と口を聞かないと言ったのはお前だろう」

「あんなことに彼女を利用しないでほしいという意味です。父上に頼まれたら、平民のヘルが断れないことくらいわかっているでしょう?」

 

 カーロラが婚約の申込みを取り下げ、さらにオルキニスの間者が城に潜入していると判明してからは、父上も警戒し、アルウェスの縁談については適当に流していたという。

 オルキニスの件は各国の上層部や騎士団を騒然とさせる大事件であったが、その事件に集中していたことで両親の追求を回避できたのかと思うと複雑になってくる。

 

 氷型の魔女の中でも特にヘルが狙われて、アルウェスが長期に渡って細心に彼女を守っていたことや、彼女そっくりに変身して囮となってオルキニスに潜入したことも両親は知っており、アルウェスは頭を抱えたくなった。

 

 大臣でもないのに騎士団の機密事項も詳しく知っている。臣下に下ったとはいえ、国王の弟の情報網は侮れない。

 

「はははっ、この国で私の頼みを断れる人間がどれだけいるかね? むしろ、私やリーナと親交を深めたほうが彼女の身を守ることになると思わないか?」

「……どういう意味です?」

 

 心なし苛立ちを含む眼差しで父上を見つめる。母上が召使いに紅茶を新しく淹れ直させると、父上はゆっくりと香りを楽しんでから口に含み、おもむろに口を開いた。

 

「ハーレは国内で重要な役割を担っているが、貴族の目に止まるような場所ではない。領地の魔物退治でハーレに協力を頼むことはあるだろう。でも、城で特に人の口に(のぼ)るようなことはなかった」

「それはそうでしょう。王の島でハーレと関わりがあるのは騎士くらいです」

 

 王族の近衛や城の警護所属を除けば騎士は城には行かない。外官を通ってハーレに依頼が来ることもあるが、その間には騎士団が入るのが普通だ。

 破魔士が捕えた珍しい魔物をハーレ経由で宮廷魔術師が入手することはあるが、ハーレに引き取りに行くのは騎士団である。

 

 城に出仕する高位の貴族たちが平民の機関であるハーレと関わることはほとんどない。

 

「だがね、最近はハーレの話をよく耳にするんだよ。お前が国外任務に出てから……正確には花神(タレイア)祭の晩餐会でヘルさんがお前に担がれて退出してから、だね。お前だけでなく、彼女はゼノン殿下ともかなり親しい間柄だと周知されてしまったんだ」

「……ヘルが城で噂になっているんですか?」

「ヘルさんだけじゃないけれどね。ハーレの所長はテオドア・ロクティスだろう? 他にもハーレには随分と優秀な魔女が多いようだと貴族たちが噂しているんだよ」

 

 父上は「貴族」と言ったけれども、噂をしているのは貴族の男たちだろう。

 

 花神祭の晩餐会を利用して、ヘルを餌にすることで間者をあぶり出すのは成功した。オルキニスの女王の残虐な行いを止めることはできたが、国中の貴族たちが集まった中でヘルが目立ってしまったのは否めない。

 




しばらく隔日で更新します。

ロックマンの屋敷は隠れ家的な雰囲気です。元は貴族の別宅。居抜きで、魔法学校を卒業してから購入したのでロックマンが使う部屋以外は家具もそのまま。ノルウェラ様と執事のレオンはこの機会に屋敷内を整えたいと思ってる。
花神祭の前の話もあるのですが、そのうち番外編で書けたらいいですね。

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