君の瞳に映るのは   作:露草ツグミ

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ナナリー視点に戻ります。



第19話 慣れない療養 1

 

 ぐっすりと眠った後の気持ちのいい目覚めを味わったのも束の間、覚醒したナナリーは「仕事!」と叫んだ。上掛けを跳ねのけて起き上がった途端、ぐぅ、とお腹が鳴る。

 ぐるりと寝台を囲む天蓋に、ナナリーは自分が治療中だということを思い出す。

 

 日付の感覚が曖昧になっている。今日は何日で、昨日は何をしていたのかはっきりしない。

 

 ……昨日は一度起きてご飯を食べて、お風呂に入ったらまた寝てしまった。

 眠りが浅く、悪寒がして、震えていたような気がする。でも途中からとても温かくなって、不思議と安心して眠ることができた。

 

 子どもの頃から体が丈夫で病気らしい病気をしたことがないナナリーは、病み上がりの不調なんて経験したことがない。風邪を引いてもすぐに治って元気になった。弱った体に優しい食事を食べるのも年に一回あるかないかだ。

 

 休日でもないのに、いつもなら仕事を始める時間に起きているのはすごく怠けている気がする。朝日はすっかり上っており、空離れの季節の冷たく澄んだ空気に日差しが降り注いでいる。窓から入る光はとても明るい。

 

 寝台から出て身支度をしていると召使いがやってきた。召使いは皆同じお仕着せを着ているからナナリーにもわかる。慌てた様子で、起きたら呼び鈴を鳴らしてほしいとお願いされた。

 

 着替えは一人でできるし、食堂を教えてもらえば自分で行くといったけれど、「お嬢様のお世話をするのがわたしたちの仕事なんです!」と押しが強い。彼女たちの仕事を奪ってはいけないと思うけれど、もう子供ではないのだから自分のことは自分でやるのが普通だろう。

 

 ハーレの制服に着替えようとしたら、衣装部屋から出してきた服に着替えるよう勧められる。丁重にお断りしたけれども全く聞いてくれない。マリスやベンジャミン並に押しが強いと思う。 

 用意された服は平民の服だけども、手触りの良い素材に洒落た意匠でとても素敵だ。お高いんじゃないかと恐る恐る袖を通す。鏡で見てみるとナナリーによく似合っていた。水色の髪も嫌いじゃないけど、焦げ茶色の髪もいい。やっぱりこの髪色は好きだな、と思う。

 

「とてもお似合いです。お綺麗です!」

「でも、いいんですか? こんな素敵な服をお借りして……」

「もちろんです。お嬢様のために奥様が用意されたんですから」

「奥様?」

「ロックマン公爵夫人です」

「へ?」

 

 なぜロックマン公爵夫人が? 

 

「やっぱり脱ぎます! 公爵夫人から服をお借りするなんて畏れ多くてできません!」

「そんな! それではわたしどもが怒られてしまいますわ」

 

 召使いたちにとっては仕事だから仕方ない。次にロックマンに会ったら直接抗議するとしよう。

 

「お部屋にお食事を運ぶのでお待ち下さい」

「いえ、食堂に行きます」

 

 ナナリーは広い寝室を歩いて隣の居室に向かった。動けるんだから体を動かしたほうがいいと思う。だが悲しいかな、寝室を出て居室の長椅子まで歩いたら目眩がした。長椅子に座り込んで休んでいると食事が運ばれてくる。

 お腹は空いていたが量は入らず、一杯分の病人食の朝ごはんで足りてしまった。胃も弱っているのだろうか。悲しい。

 

 食後の白湯を飲んでいたら、薬師のエリンさんがやってきた。診察をして、今日は部屋でゆっくり過ごすように、魔具は肌身離さず付けておくように注意される。

 

「安静にしていなきゃいけないんですか?」

「それが望ましいですわ」

「でも、寝ているのも飽きてしまいます」

 

 エリンさんは苦笑して、「アルウェス様が心配していらした通りですわね」と言った。ロックマンに行動を読まれてるって何か悔しい。

 当のロックマンは騎士団に行っているそうだ。早くハーレに戻りたい。

 

「ヘルさんが無理しないように見張っているのがわたくしの仕事です。長椅子に座っているのはいいですけど、頭を使うのはやめて下さいね」

「頭を使わないで何をしたらいいのかわかりません」

「今日ゆっくりお休みになれば、明日にはお部屋の外に出ることができると思いますよ」

 

 エリンさんがくすくす笑って、時々様子を見に来ると告げて部屋から出て行った。寝室は掃除中のため、ナナリーは居室で一人きりだ。

 何もすることがないので本棚を見てみることにした。本棚には難しい本はなく、簡単に読める本が並んでいた。一冊手に取って読んでみるが、内容はわかるけど読み続けるのがしんどい。嫌になるほど頭が働かなかった。画集や絵本もあったのでそれを持ってきてパラパラとめくった。

 

 寝室の掃除が終わり、寝室に置きっぱなしにしていた仕事の鞄を取ってくる。手帳を取り出して、昨日までの出来事を少しずつ思い出しながら書き連ねていく。しょっちゅう書き間違えてしまい、修正が嫌になって机に突っ伏した。

 

「具合が悪いのですか? 先生をお呼びしましょうか?」

 

 召使いの声がした。長椅子の前の机に置いたままだった絵本を手に持っている。

 

「すみません、わたしが片づけます」

「いいえ、お嬢様は休んでいてくださいませ。エリン先生をお呼びしますね」

「えっ……いえ、大丈夫です」

 

 止める間もなく召使いは呼び鈴を鳴らし、すぐにエリン先生が他の召使いと一緒にやってくる。エリン先生は机の上の手帳と筆を見ると、眉を下げてため息を吐いた。

 ああ、先生に呆れられてしまった。

 

「書き物はまだ早いですよ。明日以降でもいいでしょう?」

「いえ、早めにやらなきゃいけないんです。その……記憶が曖昧なので、手帳と照らし合わせて思い出そうと思って」

「わからないことが多くて不安なんですね。……医療記録を兼ねて、わたしがヘルさんの話を聞き取るのはどうでしょう? その写しを差し上げますから」

「それで構いません。ありがとうございます」

 

 エリン先生にナナリーの記憶を口述筆記してもらう前に、休憩の時間になった。確かに小腹が空いている。おやつはケッヒェルという寒くなると甘みが増す果物をすりおろしたもので、爽やかな味でとても美味しかった。

 

 おやつの後は、エリン先生の質問に答えながらナナリーは記憶を思い出していき、それを書き取ってもらう。

 

 そうやって時間を過ごしているうちにロックマンが帰ってきた。

 

 *

 

「……何してるの?」

「記憶の確認だけど?」

 

 部屋に入ってくるなり渋い顔をしたロックマンが、眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げる。エリン先生が口に手を当てて驚いた顔をしている。

 

「エリン、絶対に大人しくしてないからしっかり見張ってほしいと僕は頼んだよね?」

「ええ、そうでございましたわね。活動的なお嬢様でわたくしも驚いてしまいましたわ」

「ちょっと、先生に文句を言うのはやめてよ。先生は私を止めたんだから」

「止められた君は何してるの?」

「だから、ここ数日のことがわからないから思い出してたの!」

 

 ロックマンはエリン先生の隣に座り、ナナリーの記憶を口述筆記した紙を受け取って目を走らせた。銀縁眼鏡の奥から上目遣いに赤い瞳がナナリーを見上げる。

 

「……何か思い出せた?」

「このお屋敷に来てからのことはざっくりと把握したわ。ええと、今日でもう三日目なのよね?」

「うん」

「ハーレからここに連れてこられて、解毒に一晩かかって、昨日はほとんど寝ていたんでしょ。断片的にしか思い出せてないけど、熱がすごく高くて苦しかったのと、気持ち悪かったのと、眠かったことばかりよ」

「それで間違ってないよ。──で、今日の君は病後の療養中だ。午前に頭を使ったなら、午後は寝台で休んだほうがいい。昼食は食べた?」

「まだだけど」

「すぐに用意させるから、それを食べたら寝るんだよ」

 

 ロックマンがチラッと後ろを振り返る。控えていた召使いが一礼した後、部屋を出て行った。

 




おかんロックマン?お説教ロックマン?登場(実は好きなんです)。澄ましたロックマンばかり書いてたので嬉しいです。

ケッヒェルは林檎系の果物です。
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