「……ねえ、この部屋で食べなきゃいけないの?」
「嫌?」
「嫌っていうわけじゃないけど、わざわざ一人分を運んでもらうのは悪いし、他の人と一緒に食べるわよ」
「他の人……って僕しかいないんだけど?」
「は? なんでそうなるの? エリン先生とか、他の人よ」
「……エリンがいいというなら一緒に食べればいい」
「先生と患者が一緒に食べるのは変でしょ。先生にも休息が必要よ」
「よくわかってるね。それなら僕の話も呑み込んでくれる? 君は客人なんだ。使用人と一緒に食べるのは無理だよ」
「客人? 私が? なんで?」
「君は騎士団に保護されたと言っただろう?」
保護されたからって、なんで?
なんで平民が貴族のお屋敷でロックマンと同列になるのだろう?
……だめだ、深く考えられない。
「今はあまり考えられないからいいわ」
「僕もこれから昼食なんだけど」
「一度に食べれば片付けるのも楽よね? とにかく、私は食堂で食べます」
ロックマンは額に手をやってハァー、と深いため息をこぼす。知っていたけど失礼な奴だ。
「わかったよ。僕が君を案内しよう。エリン、僕たちは食事にするから貴女も休んでほしい。朝からありがとう」
「ええ、ごゆっくりお食事になさいませ。わたくしも部屋に戻りますわ」
エリンは先生はにこやかに微笑んだ。どこか嬉しそうにロックマンを見ている。口述筆記した紙の写しを作るとナナリーに渡し、筆記用具を片付けて退出していく。
ロックマンはさらさらっと何かを紙に書いて指を振る。部屋の扉が開いて紙が廊下に消えていく。ナナリーがそれを目で追っていると、立ち上がったロックマンが手を差し出してきた。
「何?」
「エスコート、って言えばわかる?」
ナナリーは目を丸くした。エスコート? ロックマンが? いや、女性と一緒にいるときのロックマンが馬鹿に丁寧に接しているのは知っている。手とか腰とかべたべた触って破廉恥な奴だと思っていたが、ナナリーに対しては当然のことながらやったことはない。
「結構です」
「無理にとは言わないよ」
ロックマンは差し伸べた手を戻して入り口へ向かう。ナナリーも立ち上がり、ロックマンの後を付いていく。ナナリーが部屋を出るまでロックマンは扉を開けて待っていてくれて、エスコートを断ったにも関わらず親切だ。
廊下は広くて長かった。階段は廊下の端にあって、ナナリーの部屋は廊下の真ん中にある。普通に歩いているつもりだけど、自分の体がとても重く感じられた。一歩進むのが思った以上にしんどい。
隣を歩くロックマンと速さは変わらないのだから問題ないとナナリーは思っていた。何気なくロックマンを見上げると、金髪の前髪の間から赤い瞳がナナリーを見ていた。目が合ったと思った瞬間、ロックマンはごく自然な動作で前を向いた。
コイツが歩調を合わせてくれてる……。
ナナリーは足を動かして歩く速度を早めたが、たいして歩かないうちに息が上がり、足元がふらついてしまった。よろけたところを黒い腕が伸びてきて腰を支えられる。
「僕に掴まってもいいけど?」
「お断りよ」
「じゃあ部屋に戻る?」
「戻らない」
ロックマンはスッと手を引いた。ナナリーは体勢を立て直し、息を整えながらゆっくり歩いた。歩調を合わせてほしいなんて頼んでいないのだ。今自分にできることをやればいい。
ようやく階段に着いた。足を踏み出そうとしたものの、階段の踊り場を見下すとくらくらしてくる。
「ここ……何階?」
「三階」
「食堂は何階?」
「一階だね」
ハーレの寮の部屋は三階だが、この屋敷は天井が高いので、同じ三階分でも階段が長い。健康なときは何とも思わなかった階段を降りる動作が、非常に辛く感じられる。
「お手をどうぞ」
「え?」
ロックマンの左手がスッと伸びてきて、ナナリーは一瞬ためらったのち、その手に右手を重ねた。
「違う、こっち」
「あ!」
くすくすとロックマンが笑って、左手を重ねるよう直される。腰に手が回されて、そのまま並んでダンスでも踊るみたいに体が密着する。
「ゆっくり降りるよ」
ナナリー達の足が浮かび上がり、ロックマンの言葉通りゆっくりと踊り場まで浮遊して降りていく。それを繰り返して一階に到着した。
その後は、ロックマンに普通のエスコートの仕方を教えてもらい、ロックマンにエスコートされて歩いた。「使用人の手前、エスコートなしに女性の客人を案内するのは屋敷の主として良くない」からエスコートさせて欲しいと頼まれたのである。なし崩し的な感じがしないでもないが、階段を一段ずつ降りるのは無理だったと理解して、少し冷静になったナナリーは、ロックマンの言葉を素直に受け入れたのだ。
案内された食堂はとても広くて、高い天井から飾りのついた大きな照明が吊り下げられていた。部屋の中心に長くて大きな机が置かれており、その机には綺麗な布が掛けられて、装飾が施された椅子が等間隔にたくさん並んでいる。部屋の豪華さや調度品の佇まいがナナリーに花神祭の晩餐会を思い出させた。
「何!? この部屋!!」
「だから食堂だよ」
「食堂っていうのは違うでしょ!?」
「ここは貴族の屋敷だらかね、君が考えていたのとは違うだろうけど、食堂で食べるって譲らなかったのは君だよ」
ナナリーは自分の発言を後悔した。これなら三階の部屋で食べたほうがマシだった。毎食ここで食べるなんて緊張して食べ物の味がわからないに違いない。
「サタナースがアンタの家に遊びに行ったって言ってたけど……」
「ああ……サタナースも驚いてたけど、食事が始まったら気にしてなかったよ」
サタナースの心臓の強さに改めて感心する。そうでなければゼノン王子を「黒コゲ」なんて愛称で呼べないだろうけど。
「アルウェス様、あちらの部屋に席をご用意しております」
執事さんが別の部屋に案内してくれた。ここよりも小ぶりの部屋で、五~六人が座れるような机と椅子が用意されている。
大きな窓から光が差し込む日当たりが良くて明るい部屋だ。とても暖かい。
これぐらいの部屋ならいいだろう、とナナリーはホッとした。しかし、席に着いて大きな誤算に気づいた。
ロックマンが向かいの席にいるのだ。テーブルが小さくなったからロックマンが非常に近い。というか、目の前にいる。「一度に食事を終わらせる」は、「ロックマンと一緒に食べる」ことなのだ。
予想外にも、ロックマンの昼食は庶民的なものだった。騎士団では庶民の店にも入るみたいだけど、貴族のお屋敷ではもっと豪華な料理を食べていると思っていた。
ナナリーはまだ固形物をほとんど食べられない。スープの出汁にも肉や魚は使われていない。つい、つい、向かいの皿の兎鳥の香草焼きに目がいってしまう。
「何?」
「えーと、意外と庶民的なもの食べてるのね」
「騎士団で食べるものは平民と変わらないからね。魔法学校も食事に区別はなかったでしょ? 殿下も騎士団では同じものを食べているよ」
王子様がそれでいいのだろうか?
それともゼノン王子が気安い方だから不満を言わないだけ?
魔法学校の食事はナナリーの楽しみだった。平民と同じとロックマンは言うけれど、味付けや献立の豊富さでは魔法学校のほうが実家よりも上だった。もちろん、実家の母の味は格別のものがあるけれど。
兎鳥を見つめてしまうナナリーに気づいたのか、ロックマンがくすっと笑った。
「食欲が湧いてきた? 体調が戻れば好きなものが食べれるよ」
「……わかってる」
細めた赤い瞳の眼差しが柔らかい。ナナリーの胸は変な動悸がした。
目の前の美しく優雅に微笑む男はなんて綺麗に食事をするのだろうか。平民と同じ内容のものを食べているとは思えない。
「早く元気になりたいと思ってるの。ハーレにも迷惑かけてるし」
「そんなに焦らなくてもいいんじゃないの? 魔力が戻らなきゃ満足のいく仕事はできないでしょ?」
「それは……そうかもしれないけど」
「仕事に関しては冷静な君らしくないな。魔力は寝て食べて、回復するのを待つしかないんだよ。無理したら療養の時間が長引くだけだよ」
くそう。悔しいけど正論だ。
「……病人食だけど、このお屋敷のご飯はとても美味しいと思う」
「そう? 料理人に伝えておくよ。きっと喜ぶだろう」
ロックマンと普通に会話をしながら食事をしているのがとても奇妙で、どこか面映ゆかった。
これで付き合ってないんです。おかしいですね。
階段を降りるときに繋ぐ手はどっちにしようかと思ったのですが、左手でナナリーの左手を取る方が密着度が高くて安定しそうだと思いました。