部屋に戻ろうとして難関が待ち受けていた。ナナリーの部屋は三階なのだ。天井が高いお屋敷の階段を三階分上るのはつらい。
うんざりした気持ちで廊下を歩き始める。「こっち」とロックマンに往きと違う廊下を案内される。天井が吹き抜けになった玄関前の広間に出ると、ロックマンがユーリを召喚した。
「君はユーリに乗って三階まで上がって」
「ララを呼んだら駄目なの?」
「騎士団では使い魔に怪我人や病人を運ばせる訓練をしてるんだよ。ユーリにやらせてもらえる?」
「ナナリー様、どうぞ」
屈んだユーリにナナリーは跨る。ララより大きいユーリに跨るのはちょっと大変だった。足が弱ってるのをひしひしと感じる。
「安定してる? ユーリの尻尾で固定できるよ」
ユーリの尻尾がくるっと腰の周りに回されて、体が安定した。
「ユーリ、訓練通りにやって」
「わかりました」
ユーリはゆっくり歩いてふわっと優しく浮上した。緩やかに宙を駆け、吹き抜けの大きな階段の上を飛んでいく。まったく揺れを感じなくて、ユーリごと静かに移動させられているような錯覚を覚えた。それぐらい体に衝撃も負担もなかった。
使い魔での移動は振動はないものだけど、上昇や降下の際には重力の影響は受ける。魔法使いとその使い魔の間には深い結びつきがあって、魔力に問題がなければ落ちたりはしない。でも使い魔と関係のない人を乗せるときにはそうはいかない。意識がない人を乗せるのは大変だろう。
「ねぇ、ユーリ。意識がない人を乗せるって大変じゃない?」
「そのときは落ちないように補助の魔具を使います」
「へぇー、すごいね」
「使い魔だけで意識のない怪我人を運べれば、騎士は天馬に乗って機動力を落とさずに移動できるとアルウェス様がお考えになりました」
「ふーん……」
何の不安もなく三階に着いた。ユーリに乗ったまま廊下を進み、部屋の前で降ろしてもらう。ユーリは体が大きいため廊下を歩くのもギリギリで、部屋の扉は小さくならないとくぐれない。
居室に戻ったナナリーは長椅子に倒れこむように座った。ご飯を食べに一階へ行く。それだけでこんなに疲れてしまうとは。早く元気になりたい。
「ヘル、こんなところで寝たら駄目だよ」
「……わかってるわよ」
わかっているけど体が動かない。腰が重くて長椅子に沈み込みそうだ。目を閉じたら気持ちよくなってきた。眠い。寝かせてほしい。
座った状態で、カクッ、カクッと頭が落ちそうになる。呆れたようなロックマンの溜め息が聞こえた。
「寝室に運ぶよ」
「へ?」
体がくっつくほど近くに座ったロックマンがナナリーの膝裏と背中に手を入れる。そこから魔法も使ってあれよあれよという間にナナリーを抱き上げて寝室に入っていった。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、ロックマン!」
「揺れるのが怖いなら僕の首に掴まってもいいけど?」
「怖くなんかないわよ!」
怖くないけど居心地が悪い。顔が近い、近すぎる。不敵に笑う無駄に綺麗な澄ました顔が。
そりゃ、こんな風に抱きかかえられるのなんてこれまでの人生で一度もなかったし……一度も?
頭の端っこでおぼろげに浮かぶ光景にナナリーは目を見張った。ゆらゆらと揺れながら運ばれる自分。ロックマンが着ている騎士団の黒い隊服。胸元を揺れる金色の髪。なぜか既視感がある。
困惑しているナナリーにかまわずに、ロックマンは天蓋が上げられた寝台にナナリーを丁寧に降ろした。
「いつか私がアンタを抱っこしてやる……!」
「へぇ、そんな日が来るのが待ち遠しいね」
くっそー!!
ナナリーは心の中で思いっきり悪態をつき、ニヤニヤと嫌味ったらしい顔でナナリーを見下ろすロックマンに反射的に舌を出してしまった。
「……憎まれ口を叩けるくらい元気になってよかったよ」
プッと噴き出したロックマンが小さく呟いた。
「え?」
「──なんでもない。召使いを呼んでくるから。午後はゆっくり休むんだよ」
すぐに召使いがやってきて、ナナリーが寝るための用意を始める。ロックマンは「夕飯は自分の部屋で食べるようにね」と念を押してから出て行った。
用意された寝間着に着替えて布団に入ると、「お目覚めになりましたら呼び鈴を鳴らしてくださいませ」と言って召使いは天蓋を下ろしていった。窓も厚手の
寝室に誰も居なくなって数秒後、ナナリーは一気に昨日と一昨日の様々な記憶を思い出した。断片的な記憶が繋がって、浴室での出来事を全部思い出したのだ。ナナリーの顔がカーッと真っ赤になる。
浴室で吐いたナナリーを、ロックマンが抱き上げて、流水で全身を洗い流した。その後抱きかかえられて寝台まで運ばれた。ナナリーは素っ裸で、絶対に、完全に、……全部見られている。
ナナリーは頭から布団を被った。なぜロックマンは平然としていられるのだろう?
溺れかけたナナリーを助けるためなのはわかっている。あれは人命救助だ。でも、それでも、何でもない顔をして話をして、介護のためとはいえ、躊躇もなく平気で体に触れてくる。
頭の中がぐるぐるになって、ナナリーは思考を放棄した。元気になったら何を食べるか考えることにする。さっき見た兎鳥の香草焼き、兎鳥の唐揚げ……はまだ胃にきつい。兎鳥と野菜の煮込み、兎鳥の串焼き、街で一番美味しいパン屋にも行こう。美味しい物で頭が一杯になる。
すぐに瞼が重くなってきて、ナナリーは抗わずに目を閉じる。ほどなく意識は暗転した。
目が覚めたら夕食の時間になっていた。午後はずっと眠っていたらしい。寝ているだけでもお腹は空く。言われた通りに呼び鈴を鳴らすと、間もなく召使いがやってくる。
白湯と温かいお茶を出してくれたので有り難くいただいた。お茶は薬草茶だそうで、蜂蜜が入っていて、甘いホッとする味だ。
「寒くなりましたのでこちらをお召ください」
毛糸で編んだ室内用の上着を渡されたので大人しくそれを着た。室内はそれほど寒くないが、体が少し冷えている感じがした。昨晩寒くてなかなか寝付けなかったことを思い出し、今夜は何か対策を立てたほうがいいと思い当たる。
「夕食のお時間ですが、すぐにお召し上がりになりますか?」
「はい、いただきます。部屋に持ってきてもらえますか?」
「かしこまりました」
夕食には兎鳥で出汁をとったスープが出てきた。具は何も入ってないけれど、兎鳥の味がしてとても美味しい。一杯だけおかわりをしていいというので、おかわりをして、ゆっくり味わって食べた。明日はもっと食べられたらいいな、と朝のご飯を楽しみにして夕食を終える。
食事が終わったのを見計らったようにロックマンが居室にやってきた。
「明日の午前中に少し話をしたいんだけど」
「わかった」
「騎士団の報告もあるから。今日は早く寝て」
「さっき起きたばかりだけど」
「魔力を大量に消費したときは二、三日寝込むのが普通なんだよ。余計なこと考えないで布団に入っていれば眠くなるから」
ロックマンが魔具を交換するというので、朝から着けていた魔具の首飾りを外した。付け替えた飾りは真っ赤な石で作られた装飾品で、ナナリーは見覚えがある気がした。どこで見たんだったかな? と考えている間に、ロックマンは「おやすみ」と言って部屋を出ていった。
入れ替わりに入ってきた召使いから毛織物の温かい寝間着を渡される。寝るときに布団の中に入れる温石も準備してくれるそうだ。魔法で起動する温石で火傷の心配がない優れものだという。
何で昨日寒かったこと知っているんだろう?
どう見てもいちゃいちゃしてますね。
次の更新は明後日の予定です。