29、30話(第一部完結)は2/26の12:00~公開です。
公開期限はありません。
苛立っているのか、不愉快なのか、どこか辛いのか。ロックマンの眉間に皺が刻まれ、片頬が歪む。ナナリーの喉を伝った指が寝間着の胸元に引っ掛かって止まり、肌から離れていく。ロックマンは
「……ごめん」
ナナリーは手で寝間着の胸元をかき合わせて寝台の上にぺたんと座り込んだ。
「驚かせてごめん」
ロックマンは謝りながら、ナナリーが返した上着をまたナナリーの肩に羽織らせる。寒いとは思わなかったが、大きな服にくるまると安心できた。
「……乙女じゃなくなったとか、急になんなの?」
「──本当にわかってないの? 僕が君の忘れた記憶を思い出す魔法をかけるんだよ? 君があの男と一緒にいたときの記憶を僕が見るんだ」
「それって一緒に食事に行ったりした記憶を見るんじゃ……」
ナナリーはハッとした。乙女じゃなくなるってことは、あれだ、「赤ちゃんを作る行為」をするってことだ。ようやくそのことに思い至り、顔から血の気が引いていく。
もしナナリーが『恋人のアルバート』とそういう行為をしていたら。記憶にもないのに破廉恥なことをされていたなんて噴飯ものだ。暴力、犯罪じゃないだろうか。惚れ薬の類いは眉唾物が多いけれど、法ではどこまで許されているのだろう。
それに、追憶の魔法を行うロックマンにも見られてしまう。そんな場面を見られたら恥ずかしさで死んでしまうだろう。湯浴みを覗かれるのとは比べ物にならない。ロックマンだって嫌に違いない。
「──わかった?」
寝台の端に腰掛けたロックマンがナナリーの顔を覗き込むように首を傾げる。ナナリーはコクコクと首を縦に振って頷いた。
「もし僕が君に魔法を掛けるのが嫌だったら、自分で自分に掛けた方がいい。やり方は教えるから」
「…………そうする」
追憶の魔法はまだ習得できていないが、ロックマンはやり方を知っている。認めるのは
「なら、魔力を回復させるのが先だね」
ロックマンが立ち上がった。その背にナナリーは問いかける。
「ねえ、ロックマン」
「何?」
「好きってどういうこと? どんな気持ち?」
ロックマンが目を見開いて、珍獣でも見るような目つきでナナリーを見た。
「…………それを僕に聞くかな」
長い沈黙の後、ボソッと呟く。
「だって、アンタいつも女の子に好きって言われてたじゃない。それから、えーと、『生涯恋をしていたい』ってカーロラ王女に言ってなかった? つまり、恋をたくさんしてるんでしょ?」
「……僕のことはいいから。君はどうして急にそんなことを?」
再び寝台に腰掛けたロックマンが、溜め息混じりに頬にかかった髪を掻き上げる。「さらり」という音が聴こえそうなくらい、髪を掻き上げる仕草が
「ミロナスさんね、会うたびにわたしのことを綺麗だって言ってくれたの。社交辞令だと思っていたけど、『社交辞令じゃないです、俺はヘルさんが好きです』って」
「……それで?」
「わたしは惚れ薬を使われたけど、解毒したら『恋人のアルバート』は忘れてしまったし、『好き』という感情も憶えていない。最初から無かったみたいに、残ってないのよ」
「解毒と一緒に消えたんじゃないの?」
「感情ってそういうものかな? 毒入りホット・チョコを一日飲まなかったら、アンタに負けたくないっていう気持ちはすぐに思い出したわよ」
「へぇ。すごい執念だね」
ロックマンが心から
「そもそも、君に恋の感情が芽生えてなかったんじゃないの?」
「惚れ薬を使ったのに?」
「惚れ薬なんてそんなものじゃないかな?」
「それって悲しくないの?」
「虚しいとは思うよ」
「ふーん」
ころん、とナナリーは大の字に寝転がった。ギョッとしたように、ロックマンが一瞬目を剥いたのがわかった。
「君、男の前で布団に寝るとかやめなよ。……何されても文句は言えないよ」
「だって、ロックマンだし」
寝転がったまま、顔だけ動かしてロックマンを見上げる。金色の前髪の隙間から覗く瞳は
そういえばロックマンは眼鏡をかけてない。一時帰国してからずっと眼鏡をかけていたから、視力が落ちたのかと思ってた。
「僕だから、何?」
「裸も見られてるし……。目が覚めたらたいていロックマンがいたし……」
解毒のどさくさで色々あったから今更という気がする。意識が
ナナリーはかなり危険だったようだし、エリン先生もいたからそんなこと考えてる余裕はなかったのかもしれない。
「……あれは治療だよ」
「わかってるわよ」
ロックマンは渋い顔をして、ハァ、と深い溜め息を吐くとフイッと顔を背けた。ナナリーからはロックマンの横顔しか見えなくなる。ロックマンが指を振ると寝台以外の照明が落ちた。寝台の
「恋の感情を知りたいなら、フェルティーナたちが言ってることを参考にしたら?」
「マリスやベンジャミンの恋の話なら耳にタコができるくらい聞いたわよ。でも全然ピンとこなかったの。好きな人は遠くにいてもすぐに気づくとか、常に目で追ってしまうとか、いつも好きな人のことを考えてるとか……」
「間違ってはいないと思うよ?」
「アンタは目立つ外見してるから、見たくなくても目に入っちゃうじゃない? 背が高くて綺麗な顔して、女みたいに髪が長いし、いつも女の子に囲まれてて」
「あのね……」
「サタナースは騒がしくて、馬鹿なことばかりやるでしょ。あいつもアンタと違う意味で凄く目立つからすぐ目に入る。やっちゃいけないことを絶対にやるし」
「そうじゃなくて……」
「それにさあ、そんなにいつもいつも好きな人のこと考えていたら勉強の邪魔にならない? どうやって皆勉強と両立してたんだろう?」
「……さあね」
「そっか、わたしはアンタに勝つことばかり考えていたから勉強に集中できたのね。お蔭でハーレにもすんなり入れたし。誰も好きにならなくてよかった」
「…………」
ナナリーは欠伸をした。だいぶ眠くなってきた。ロックマンはどこか遠い目をしている。
「ロックマンも眠いの?」
「そうじゃないよ。──ねぇ、隣の席の嫌な奴は勉強の邪魔にならなかったの?」
「へ?」
隣の席の嫌な奴に勝つために必死だったと言ったではないか。
「別に、邪魔じゃなかったわよ。むしろ発奮材料だったと言うか……」
ナナリーは心に浮かんだことをつらつらと並べ始める。
「ロックマンは好敵手で、絶対に負けたくない相手だったし、鳥肌が立つくらい
入学してろくに話もしてないうちから口を開けば口喧嘩をしていた。とにかく顔を見ると、いや、顔を見なくともコイツには負けたくないと思うのだ。
「アンタが関わらなければわたしの心は平穏で、万事冷静にこなすことができて、でもアンタが現れると心がかき乱されて、それなのにアンタは喧嘩売ってくるし、かと思ったら、任務だからって魔力の半分を貸してくれるとか、身代わりに死にかけるとか、心臓に悪すぎるし、魔力も体力も気力も頭脳も優れてるけど、なんでもかんでもアンタ一人で背負う必要ないじゃないの」
体がふわふわする。脈絡がないことを言ってるかもしれない。でもせっかくだから言いたいことを全部言ってしまおう。どうせ大きなお世話なんだろうけど。コイツには必要ない心配だとわかってるけど。別に悪口じゃないし。
「ふん、大怪我したアンタを見たとき、わたしがどれだけ心配したかわかってないでしょ」
ナナリーだけじゃない。ウェルディさんだって、団長や所長も、ニケやゼノン王子もきっと凄く心配してた。
「死んでしまったらどうしようとか。わたしの代わりにアンタがあんな酷い目に遭う必要なんてなかったのに。言ってくれればわたしも何か手伝えたのに。ほんっとに、馬鹿炎は馬鹿よ。大馬鹿よ。任務だからって死んじゃったら元も子もないじゃない。怪我が治ったときにどれだけホッとしたか。あんたが負けるなんて思っちゃいないけど、でも、もっと自分の体を大事にしてほしいとか、色々」
ロックマンは口を半開きにして呆けてる。
一気に喋って疲れたナナリーは盛大な欠伸をした。
「眠い……」
「待って、ちょっと待って。言いたいことだけ言って寝ないで」
「んー……」
ナナリーはころんと寝返りを打つ。
「……ヘル」
ロックマンの呆れたような声と溜め息が聞こえる。このまま寝ちゃったら風邪をひくかな、と思ったら上掛けを掛けてくれた。ロックマンは意外と世話焼きだ。
……もう目が開かない。
ナナリーの手に、大きな温かい手が重なる。その手から何かが流れ込んでくる。ああ、これは魔力だ。お日様の光みたいな、暖かくて、強くて、生命力に満ちた魔力。
この大きな手が安らかな夢に
*
「まったく……君は」
すやすやと健やかな寝息をたてる彼女にアルウェスの声は届かない。
「こんなに無防備だと食べられちゃうよ」
重ねた手を取り、その細くて白い指にアルウェスは口付ける。思いの丈を籠めて。
「おやすみ……ヘル」
寝台の上で恋愛カウンセリング(※付き合ってない)をさせたかったんです……。
酔っ払ってるときと寝惚けてるとき、どっちがたちが悪いでしょうか?
第一部完結まで残り4話、全30話です。
次の更新は2/25、22:00~です。