君の瞳に映るのは   作:露草ツグミ

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第27話 追憶の魔法 1

 

 暖かなお日様の下で日なたぼっこをする夢を見た。

 芝生の上に敷物を広げて、お弁当をたくさん持ってきて。親友の皆と一緒に食べる。

 お腹一杯になったら横になって、干したばかりのふかふかのお布団にくるまって眠る。

 

 くるまったお布団がぐるぐると体に巻き付いてきて。ぐるぐるぐるぐる……。

 

「うっ……」

 

 ぐるぐるがぎゅうぎゅうに変わっていく。

 

「く、苦しい……。んん……!」

 

 パチっと目を開けると目の前に布を巻いた板があった。いや、違う。服を着た胸板だ。逞しい腕がナナリーの体に巻き付いて、筋肉質な肉体(からだ)と密着している。

 手で胸を押し返そうとしてもびくともしない。仕方ないので目だけを上げて、ぎゅうぎゅうと締め付けてくる腕の持ち主を確認する。やはりというか、そこには整った綺麗な顔に金色の髪を持つ男がいた。切ったばかりの蜂蜜色の髪は短くて、朝日が反射してキラキラと輝いている。

 

 天蓋を上げたまま寝てしまったようで、窓から朝の光がさんさんと室内に降り注いでいる。とても眩しい。

 

 ……ちょっと待て。なんで部屋の中が明るいの? 

 昨夜は消灯の前に全部窓の(とばり)は閉め、露台に繋がる窓もロックマンが鍵を締めた後にちゃんと帳を閉じていた。

 ということは、朝になってから誰かがこの部屋に入ってきたわけで、もちろんそれは召使いの仕事で……。

 ナナリーの顔がカーッと熱くなる。こんな、まるで抱き合って寝ているような姿を召使いに見られてしまった。

 

「起きろー!!」

「なに、さわがしい」

「起きなさいよ! 苦しい! 離して!!」

 

 ようやくロックマンが覚醒した。数秒、何が起きているのかわからずに目をパチクリさせていたけれど、ほどなく状況を理解したようで、目を瞑って息を吐いた。腕の力は緩んだけど、相変わらずナナリーの背中に回したままだ。

 

 ぐぐぐぐぐ……と背中を反らし、ナナリーは自分の枕を手にとってロックマンと胸の間に挟んだ。ロックマンは片腕を外し、ポスっと頭を落として仰向けになる。片手で前髪を掻き上げて、不満げに目を細めると横目でナナリーを見た。

 

「目が覚めて僕がいても、僕なら気にしないんじゃなかったっけ?」

 

 確かに言った。なんて馬鹿なことを言ってしまったのか。後悔してももう遅い。

 

「あれは治療でしょ!」

 

 片腕が離れたのを幸い、ナナリーは反動をつけて起き上がろうとする。腰に巻きついた腕にぐいっと引き寄せられて、ロックマンはナナリーとの間の枕をぽいっと放り出して耳元に顔を寄せた。

 

「僕の目の前で寝てしまったのは君なんだけどね」

「そ、それは……! それよりも屋敷の人たちに……!」

「うちの使用人は口が堅いから大丈夫だよ」

「誤解されていたらどうするのよ!? ただ寝てただけなのに!」

 

 くすくす笑ったロックマンはナナリーから腕を離して、するりと寝台から降りた。昨夜貸してくれた上着を手に取って羽織る。

 

「朝ごはんを食べたら、追憶の魔法の練習をするから」

「え……今日から?」

「時間があまりないからね。女神の棍棒を用意して待ってて」

「制服に着替えた方がいい?」

「そうだね。──じゃあ、後で」

 

 ロックマンは振り返ることなくすたすたと歩いて部屋から出ていく。居室に繋がる扉ではなく、反対側の扉──いつも鍵がかかっている──を開けて出ていった。

 

 *

 

 朝起きたら呼び鈴を鳴らすように言われているが、どんな顔をして召使いに会えば良いのかわからない。ナナリーは一人で朝の支度をした。いつもは召使いがナナリーの服を用意するけど(高そうな服を着るのは畏れ多いのだが圧が凄くて断れない)今朝は制服に着替えればいいから問題ない。

 

 解毒が終わったばかりの頃は一階の食堂まで歩くのも難しかったが、魔力の回復と軽い運動を行ったおかげで昨日から朝食は一階で食べている。

 広い大食堂ではなく、居間みたいな、寛げる空間の部屋だ。この部屋は窓から庭がよく見える。光の季節になれば明るい日射しの中で庭の花々を眺めながらご飯を食べられるだろう。そんな朝ご飯はさぞ気持ちがいいだろうと思う。

 

 部屋に入るとロックマンが先に席に着いていた。騎士団の黒い隊服を着て、いつものように銀縁の眼鏡をかけている。短い髪の間から見えるのは耳の縁に着けた赤い耳飾り。ロックマンの前には茶器の杯が置かれていた。

 

「おはよう」

「おはよう。朝ご飯はもう食べたの?」

「いや、これからだよ」

 

 エリン先生が帰ってから、ロックマンは午前中は屋敷で魔法の研究をして、午後から騎士団に行っているらしい。昨日はナナリーが一階で朝食を食べようと降りてきたら、ちょうど食後のお茶を飲んでいた。今日はナナリーが早めに支度を終えたので一緒になったようだ。

 

 すぐにナナリーにもお茶が運ばれてくる。目覚めのお茶も体調に合わせて出してくれる。今日は柔らかい風味の紅茶だった。

 食卓にはそれぞれの朝食が並べられる。昨日からナナリーも普通の食事に戻っている。まだあっさりしたものしか食べられないが、出汁がしっかりしているので淡白な食材を使っていても味に深みがあって非常に美味しい。平民の家庭でこの味は出せないと思う。

 

「追憶の魔法についてどこまで知ってる?」

「魔法陣と呪文は知ってる。魔法陣は女神の棍棒(デア・ラブドス)に吸収させたことがあるわ」

「それならすぐに始められるね」

 

 食後に体内の魔力の流れを診察される。空腹時は魔力が不安定になるから食後の方がいいそうだ。ちなみに体温や脈拍などは家庭用の魔具があるから自分で計る。体重も脱衣室の体重計で毎朝量って自分の手帳にこっそり記録しているが、特に質問されたことはない。

 

 

 女神の棍棒を取りに行き、屋敷の大広間に案内される。そこで追憶の魔法の練習をするという。

 大広間は魔法学校の実習室みたいに端に棚と机がある以外は何も置いてない部屋だった。窓枠や壁の柱の装飾は立派だが、ここでパーティーを開く予定はないそうで、完全に魔法研究のために使っているらしい。

 

 小さな屋敷だから大広間といっても小振りだとロックマンが言うが、天井は二階か三階分はあるし、大広間だけで平民の一般的な家はすっぽり入ってしまう広さである。

 

「君もこれを着けて」

 

 ナナリーの傍らに立ち、ロックマンが片方の耳から赤い耳飾りを外す。昨夜も着けていた耳飾りである。ただの飾りではなくて魔具だという。

 耳に髪の毛がかからないようにナナリーが押さえている間に、ロックマンが耳の縁を挟むように高い位置に耳飾りを着けた。温かな指がナナリーの耳に触れる。

 

「ロックマンのと同じ魔具?」

(つい)になってる魔具だから」

 

 ロックマンが反対の耳にかかる金色の髪を掻き上げて、対の魔具であるという耳飾りを見せた。

 

「何の魔具?」

命綱(いのちづな)みたいなものかな」

「守護精の呪文だけじゃ足りないの?」

「魔法に直接関与する魔具じゃないよ。──さあ、始めるよ」

 

 追憶の魔法は精神に干渉する魔法だ。動揺して魔力が暴走する可能性もあるから、できる限り周囲に物や壁がないほうが望ましい。ナナリーたちは大広間の中央に移動して、ナナリーは女神の棍棒(デア・ラブドス)を長く伸ばし、ロックマンは金の杖を出した。

 

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