君の瞳に映るのは   作:露草ツグミ

28 / 30
第28話 追憶の魔法 2

 

「追憶の魔法は、本来は他人にかけてもらう魔法だ。自分が忘れた人について思い出すんだからね。でも、その人に関する思い出の品や手紙などを媒介として自分自身にかけることもできる。そういった品は用意できないけど、君は彼の名前や顔、仕事での関わりは憶えているでしょ? コツをつかめば難しくはないはずだよ」

「わかった」

 

 ナナリーの身長よりも長く伸ばした女神の棍棒(デア・ダブドス)を、トンと床に突き立てて、指先から魔力を棒へ流し込む。解毒をしてから女神の棍棒で魔法陣を使うのは初めてだ。どれくらいの魔力を消費するのか、正直検討がつかない。

 棍棒に魔力が溜まったようで、足元でパチパチッと音が鳴り始める。これは摩擦のときに出る音だ。追憶の魔法は雷型の人が扱いやすい。ナナリーは追憶の魔法の呪文を唱え終えると、続けて守護精の呪文を唱えた。

 

「追憶復元」

 

 パチパチと摩擦音を立てながら魔法陣が広がり始める。自分自身にかける魔法だから魔法陣はそれほど大きくない。

 

 ナナリーが思い出したいのはアルバート・ミロナス。火型の破魔士。赤みがかった金髪で、(はしばみ)色の目をしていて、背が高い……。

 

 摩擦音が止まり、魔法陣が光り輝く。このまま上手くいくだろうか──そう思ったとき、唐突に魔力が弾ける感触がした。

 

「あっ!」

 

 魔法陣は光を失い、シュルシュルと女神の棍棒に戻っていく。失敗だ。ナナリーは大きく息を吐き出して、額の汗を拭った。

 

「一回でできるわけがない」

 

 魔法学校でも一回でできることなんて少なかった。勉強して、試行錯誤を繰り返して難しい魔法を身に付けていったのだ。そう自分を奮い立たせて、もう一度魔法に挑戦する。二回目は魔法陣が光る前に終わってしまった。その後も何回か挑戦してみたが、やはり途中で魔力が弾けて上手くいかなかった。

 

「今日はもう終わりにしよう」

 

 日が南中に近づいた頃、金の杖を持って何も口を出さずにナナリーの様子を見ていたロックマンが言った。

 

「無理は禁物だ。今日はもうおしまい。昼ご飯は部屋で食べて、そのまま休んで」

 

 悔しさに顔を歪めてナナリーは頷いた。短くした棍棒を腰のベルトに差し込んで小さく息を吐く。重い足取りで大広間から部屋に戻る。

 

「一日でできたら苦労しないわ」

「そうだね。──追憶の魔法は強い気持ちが必要だ。その人の記憶を思い出したいと、切望すること」

 

 切望、と口の中でナナリーは呟く。これまでの人生で何かを切望したといったら、ハーレの受付嬢を志望したことと、打倒ロックマンを掲げていることぐらいだろうか。

 

「ロックマンは自分に追憶の魔法をかけたことあるの?」

「僕?」

 

 肩越しに振り返ったロックマンは質問に答えることはなく、軽く小首を傾げて、眼鏡の奥の赤い瞳を柔らかく細めた。フッ、と小さく笑って、ひどく懐かしいものを見るような目でナナリーを見た。

 

 *

 

 その後、ナナリーは昼ごはんを食べると夕飯も食べずに眠ってしまい、明け方になって空腹で目が覚めた。寝室の長椅子の前にある応接用の机に「お腹が空いたら食べるように」と書かれた紙と箱が置いてあった。至れり尽くせりである。

 蓋を開けると、中には小麦で練った麺が入った温かいスープとお茶が入っていた。寝る前に飲む薬草茶に蜂蜜が添えてある。この屋敷には便利道具が山程ある。買うと高そうだから、ナナリーもそのうち時間ができたら自作したいものである。

 

 書付けの字に見覚えがあると思ったらロックマンの手跡だった。流麗で美しい文字だ。ナナリーも字は綺麗だと自負しているが、読みやすさを重視しているので、文字だけで意匠や模様になりそうな字を書くことはできない。

 

 お腹が満たされると大きな欠伸が出た。洗浄の魔法で食器を綺麗にして箱の中に戻す。ナナリーは布団に潜り込み、睡魔に身を任せた。

 

 

 

 ぐっすり眠ったナナリーは見事に朝寝坊をした。急いで呼び鈴を鳴らし、着替えるのですぐに朝ご飯を準備しておいてほしいと召使いに頼む。一階に駆け下りたときには食卓に食事が用意されていた。ここの使用人たちの連携は素晴らしい。

 慌てて朝ごはんを食べていると、ロックマンがやってきた。ナナリーの向かいに座り、運ばれてきたお茶を優雅に飲み始める。

 

「別に急がないでいいよ」

「でも」

「まだ君は本調子じゃないんだから。今日は昨日より練習の回数を減らそう」

「それじゃあ、いつできるようになるかわからないじゃない」

「数をこなせばできるってものじゃない。昨日も言ったでしょ? 強い気持ちが必要だって」

「それはそうだけど……」

「君がぐっすり寝ている間に僕は仕事も済ませたしね。明日もこれぐらいのんびりしてもいいよ」

「……ぐぬぬ」

 

 ナナリーが魔法でつまずき、魔力の回復で寝ている間に、ロックマンは仕事まで終わらせている。それが一番悔しい。 

 

 お茶は断ってすぐに魔法の練習を始めたかったが、にっこり笑った給仕が食器を下げると共に熱々のお茶を出してきた。ここの使用人は仕事は素晴らしいのだが、笑顔の圧が凄い。気がつけばロックマンと話をしながらお茶を飲んでいた。解せぬ。

 

 * 

 

 食事を終えると大広間に移動して追憶の魔法の練習である。今日は魔力増幅の魔具を補助に使って行うという。耳飾りの魔具は昨日から着けたままだ。

 大広間の隅の机に向かい、ロックマンが指に嵌めていた指環をいくつか外して机の上に置いた。この指環が魔具なんだそうだ。ナナリーはこれまで魔力を増幅する魔具を使う必要に迫られたことはなく、初めて見る魔具を興味深く見つめた。

 

 ひとくちに指環といっても、金や銀の()に赤や紺、黄色や緑の様々な色の大きな石が付いていて、石の形も全部バラバラだ。ちょっと古めの、貴族のおじいさんが指に()めていそうな意匠の指環に見える。この石は宝石なんだろうか。もしそうなら物凄く高価だろうし、壊したら弁償しなきゃいけないだろう。

 借りるのは遠慮しようと思ったが、要らないというより先にロックマンがナナリーの手を取って無理やり指環を()めてしまった。

 

「まだ借りるって言ってないでしょ!」

「何日もかかっていいの? 僕は構わないけど」

「良くない!」

 

 仕方なく、ナナリーは恐る恐る指先で指環を摘まんで自分の指に嵌めた。ロックマンの指の太さに合うものだから当然ながらナナリーにはぶかぶかだ。

 

「あれ? どうしてアンタが嵌めたのは大きくないの?」

「指環の魔具は使ったことがない? ──貸して」

 

 ロックマンがナナリーの手を取り、するっと指環を外して再びナナリーの指に嵌める。すると今度はぴったり指に(はま)った。ナナリーは目をパチクリさせる。

 

「嵌めるときに念じるんだよ。自分の体、あるいは魔力と馴染むように」

 

 言われた通りにすると、指環はぴったりとナナリーの指に嵌った。同様にして、右手に三つ、左手に二つ嵌める。

 

「始めるわよ!」

 

 女神の棍棒を長く伸ばして、広間の中央にナナリーは向かった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。