君の瞳に映るのは   作:露草ツグミ

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第3話 Hot Chocolate 3

 

 朝の目覚めは爽快だった。まだ日が昇りきらない早朝、窓を開けた途端に空離れの季節の凍てつく冷気が部屋の中を吹き抜けていく。

 肌を刺す寒風にぶるりと身を震わせる。ナナリーは急いで窓を閉め、()けたばかりの暖房の前にしゃがみこんだ。寒さで足元から震えが這い上がってくる。

 

 大陸の内陸部に位置するドーランは空離れの季節に入るとぐっと寒くなる。ナナリーが育った辺境のトゥル村よりもハーレ本部のある王都は寒いと思う。

 

 氷型になったところで、寒いものは寒い。氷そのものは触っても作っても平気なのだが、寒風にさらされたり、冷たい雨に濡れたりすれば寒いのだ。ベンジャミンも火は平気だけれど、太陽が照って暑い日は冷たいものが欲しいと言ってよくナナリーに氷をもらいに来ていた。

 

 

 ナナリーは暖房の前に座ったまま、壁に貼ってある暦を確認する。今月でナナリーは十九歳となる。十八歳で成人なのだが、魔女は十九歳で成人式を行う。

 

 その昔、といっても二百年ほど前まで、神への生け贄として十八歳の魔女が数人選ばれて生き埋めにされてきた歴史がある。神というのは建前で、魔物の生け贄として差し出されていたのだ。

 破魔士という魔物を倒す仕事を生業(なりわい)にする者たちが現れるまで、人々は魔物に怯え、生け贄を捧げてご機嫌を取り、十八歳の乙女たちは生け贄の恐怖に震えながら過ごしていた。

 

 十八歳で成人を祝う男性の魔法使いと違い、魔女たちは無事に十九歳を迎えられたことを祝い、その年に成人式を行うようになったのである。それを魔女祭と呼び、ナナリーの学年は一年後に行われる。

 

 折しも十八歳のナナリーはオルキニスの女王から命を狙われていたのだ。十八歳の乙女は魔物の大好物である。氷の乙女の中でも十八歳は特別だと思われていたのだろうか。だからオルキニスから目をつけられて、特に狙われたのかもしれない。

 

 無事に十九歳の誕生日を迎えたら、家族やアルバート、親友たちとちょっと豪華なお祝いをしよう。誕生日のお祝いの計画を立て始めるとわくわくしてきた。近いうちにニケやベンジャミンに会って相談しよう。マリスからはしょっちゅう手紙が届くので、次の手紙の返事に書くことが決まって気が楽になった。

 

 *

 

 午前中のナナリーの仕事は事前調査である。ハーレ内の転移扉を使ってソレーユ地を経由して鋼山(はがねやま)へ向かう。前に鋼山に来たのはソレーユ地のハーレを手伝っていたときである。あのときは花の季節で暑かったくらいなのだが、たった一か月半で鋼山にも薄っすらと雪が積もっている。

 

 鋼山の麓は比較的暖かいけれども、山中に進んでいくにつれて気温が下がっていく。魔物も多いが薬草や果実の実りも多い鋼山は、空離れの季節でも地元の人たちは山に入って収穫しているという。

 

「う~、寒いです」

「本当に寒いわね。防寒の魔法も効いてる気がしないわ」

 

 ゾゾさんの制服はいつもは膝が見える丈のズボンなのだが、今日はすねが隠れるくらい長くなっており、足元もブーツである。制服の上着も着用している。

 

「ゾゾさんの制服も防御力高くなってますね」

「あはは、だって寒いもの。でも空離れの季節だけよ」

 

 ソレーユ地のハーレを手伝っていたときは、花の季節という季節柄のせいか、依頼と違う魔物やより強い魔物が出てきて大変だったが、空離れの季節になると鋼山も少しは落ち着いてくれるようだ。

 寒い中、氷の魔法を繰り出すナナリーに、余計に寒くなるとゾゾさんが苦情を言う。

 

「仕方ないじゃないですか。氷型なんですから」

「強い魔物が出るまで氷の魔法を使わなくてもいいわよ」

 

 オルキニスの事件が解決する前は氷の魔法を使わないでやっていたな、と思い出す。剣の魔法や最大の腕力の魔法が活躍したものだ。せっかくだから氷以外の魔法で攻撃の幅を広げるのもいい。女神の棍棒(デア・ラブドス)の使い道を色々と試してみるのもいいだろう。

 

「ナナリーの怪力で魔物をボコボコにできればそのほうが寒くなくていいわ」

「だからあれは魔法ですから!」

「あんな魔法わざわざ覚えるなんて、本当に変わってるわよね」

「ロックマンに勝つために三年生のときに覚えました」

「まさか、あの怪力で隊長さんを殴ってたの?」

「そうですけど?」

「……隊長さんて被虐趣味(マゾ)なのかしら?」

 

 よくわからないけれど、ゾゾさんがロックマンに呆れているのがちょっといい気味である。もっと世の女性はアイツの嫌なところを知ったほうがいい。

 

 ふと、ナナリーは奇妙な違和感を覚えた。

 昨日もその前も、なぜ自分はロックマンに対抗心が湧かなかったのだろう? 

 

 *

 

 事前調査を無事に終えて昼過ぎにハーレに帰ってくると、騎士団が食事処の一番大きな机を囲んでいた。食事は済ませたようで、おそらくこれから任務なのだろう。騎士団の周りには防音の魔法がかけてあり、無音の中、団員たちが真剣に打ち合わせをしているのが見えた。

 

 ニケとロックマン、そのほか数名のナナリーも知っている騎士団員がいる。ニケと同じ隊のゼノン殿下はいなかった。ハーレに帰ってきたナナリーに気づき、ニケが急いで駆け寄ってくる。 

 

「ナナリー! あなた……」

「ニケ、どうしたの?」

 

 ナナリーの手を両手で優しく包みこみ、ニケは泣きそうな顔をしている。ニケがこんな顔をしているなんて何があったのだろうか。ナナリーまで泣きたくなってしまう。

 

「ナナリー、あの、あのね……」

 

「ブルネル、行くぞ」

 

 先輩らしき男性騎士がニケを呼ぶ。ニケは「はい!」と鋭い声で返事をして、ナナリーに向き直るとその手をぎゅっと握りしめたまま、橙色に近い明るい瞳で真っすぐにナナリーを見つめた。

 

「これから大事な任務に行ってくるわ。ナナリーはハーレで待っててね。悪い奴は私が捕まえてくるから」

「う、うん。頑張ってね」

 

 騎士団はいくつかの班にわかれて順次ハーレから出発していく。ニケも数名の騎士と連れ立って任務へ向かった。

 ナナリーはニケを見送り、昼ご飯の前に鋼山の事前調査の報告書を書き上げるべく、急いでペンを走らせた。

 




次回は明日更新します。

※ゾゾさんの制服の機能は捏造です。
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