君の瞳に映るのは   作:露草ツグミ

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第5話 悪辣な惚れ薬 1

 

 暗い闇の中からナナリーの意識がゆっくりと浮上する。固くないけれど体をしっかり支える布団。温かくてふかふかの上掛け。ここはとても寝心地が良くて、いつまでも眠っていたくなる。

 ころんと寝返りを打ち、薄っすらと目を開く。辺りは薄暗い。じっと頭上を見つめてみれば、天蓋(てんがい)に囲まれた大きな寝台に寝ていることがわかった。

 

 ……はて? 

 ここはどこだろうか? 

 寮の部屋ではない。こんな豪華な寝台にふかふかのお布団のある家は、お貴族様か豪商のお屋敷だろう。なぜ自分はこんなところで寝ているのか……。

 ナナリーはパチっと目を覚ます。

 

「ハーレは!?」

 

 上掛けをはねのけて勢いよく起き上がり厚手の天蓋を開けた。「うっ……!」視界を覆う眩しい光に目がくらんだ。

 少しずつ目が慣れてくると、だいぶ日差しが傾いた時間なのがわかった。なぜ自分がこんなところで寝ているのかわからないが、とにかく早くハーレに戻らなければ。

 

 ハーレの制服を着ているけれど上着がない。仕事中はいつも腰に提げている女神の棍棒(デア・ラブドス)もなかった。

 

 この馬鹿に広い部屋の中をぐるりと見渡す。壁には立派な暖炉が備え付けられていて、小ぶりの本棚、化粧台、応接用の豪華な長椅子などの調度品が(しつら)えられていた。古びてはいるが、調度品はどれも質が高く、ちゃんと手入れもされているようだ。布団やシーツも新しくて清潔である。

 扉は全部で四つもあった。窓の正面の壁に二つ、左右に一つずつ。

 

 二つ並んだ扉の間に、腰くらいの高さのチェストがあり、その上に女神の棍棒と仕事用の荷物が置かれていた。隣には凝った装飾の古風な服掛けが立っていて、ナナリーの上着が掛かっている。

 上着を羽織って胸元の赤いリボンを結び、女神の棍棒を腰のベルトに差す。荷物を肩から提げて棚の横の扉を開けた。

 

 「え!?」そこは何も置いてない部屋だった。造り付けの本棚みたいな、斜めになった棚板が何段もある棚の他に、壁際にはナナリーの目線の高さに衣装箪笥にある棒が何本も張られていた。全身を映す大きな鏡もある。

 物置のようにも見えるが、あの豪華な寝台といい、部屋の内装といい、この屋敷の持ち主は相当なお金持ちだ。きっとここは衣装部屋だろう。

 

 あわてて扉を閉め、チェストを挟んで隣の扉を開けてみる。今度は洗面所だった。お手洗いやお風呂も新しい感じではなかったが、豪華で立派なのは変わらない。綺麗に掃除もされている。

 

 「今度こそ……!」暖炉が設置された壁にある扉を開けると、そこは別の部屋になっていた。寝台のある部屋と同じくらいに広い。窓の(そば)には食事でもできそうな丸い机に椅子が数脚置かれ、空の本棚が一つと、半分くらい本が入っている本棚が一つ、さらに応接用の長椅子などがある。寝台のある部屋が寝室で、こちらは居間だろうか。この二部屋だけでナナリーの実家より広いのではないかと思う。

 

 この居間には長椅子の奥にもう一つ扉があった。今度こそ部屋の外に出られるのではないかと歩き始めたとき、突然扉が開いた。

 

 見慣れた騎士団の黒いローブにすらりとした長身、長い金髪を緩く頭の後ろで結び、銀縁の眼鏡をかけた燃えるような赤い瞳の──ロックマンが現れる。

 

「ロックマン!?」

「──ヘル。起きたんだね」

 

 ロックマンは花の刺繍が施されたローブを脱いで扉の(そば)にある服掛けに掛け、呼び鈴を鳴らした。すぐにかっちりした服装の紳士がやってきて、ロックマンが何かを伝えると下がっていく。服装や雰囲気からして執事だろうか。

 

 もしかしてここはロックマン公爵家? だが、それにしては雰囲気がちょっと古めかしい。ナナリーの記憶にあるロックマン公爵家のお屋敷はもっと綺羅びやかだった。一体ここは誰の家なんだろう? 

 

「お茶を用意させたから、こっちに座って?」

「え……いや、お茶なんていいわよ。ハーレに戻らなきゃ」

 

 仕事を放り出してのんびりお茶なんてしていられない。たとえロックマン公爵家ではなくとも、ロックマンがいるのだから彼と繋がりのある貴族のお屋敷なのだ。そんな家はさっさと出ていくに限る。

 

 ナナリーは速足で扉に向かう。ロックマンの横を通り過ぎるときに「ヘル」と名前を呼ばれて手首を掴まれた。

 

「離して。早くハーレに戻らなきゃ」

「その必要はない。君はある捜査のため騎士団に保護された。当分ハーレにも、寮にも帰れない」

「保護?」

「君が狙われているってこと」

「私が狙われてる? オルキニスの女王は亡くなったんでしょう?」

「まだオルキニスとの関係はわからない」

 

 扉がノックされ、召使いがお茶を運んできた。サンドイッチがたくさん載ったお皿も持ってきている。

 

「詳しく説明するから、とにかく座って?」

「……わかった」

 

 ロックマンが上座にあたる長椅子に座るよう勧めるが、ナナリーは首を振って下座に座った。ここは貴族のお屋敷で、当然ながら身分はロックマンが上である。

 

 ナナリーの前に置かれたカップから甘い匂いが漂ってくる。

 

「ホットチョコ?」

「紅茶のほうがいい?」

「これでいいわよ」

 

 なんか変だ。普通に客人としてもてなされている感じがする。その割にはロックマンはずっと無表情で、騎士団の話が何であるのか、表情からはさっぱり読み取れない。

 

「お腹は空いてない? 食べたければどうぞ」

 

 今は何時なんだろう? お昼はハーレでゾゾさんと食べたけれど、サンドイッチを見ていたらお腹が鳴った。

 

「……いただきます」

 

 ナナリーがサンドイッチを食べている間、ロックマンは少しお茶を啜っただけで一言も喋らなかった。組んだ足の膝の上で手を固く結んで、目を瞑り、何かを考えてるみたいだ。いつもの華やかな雰囲気は鳴りを潜めて、こっちまで憂鬱な気分になってくる。

 

 同い年の筈なのに、大人っぽいというか、よく言えば老成した印象を受ける。

 オルキニスの後に王の島で会ったときは、口喧嘩もしたし、見た目はともかく中身は年相応だったと思うけれど。要するに、オルキニスの後、国外調査に出てロックマンは一気に年をとったんじゃないかと思う。

 

 重い空気に軽々しく声をかけられない。こちらから話しかける必要もないのでナナリーはホットチョコを飲んでロックマンが話を始めるのを待った。

 

 ハーレでもロックマンにホットチョコをおごってもらったが、それと同じ不思議なホットチョコだった。飲むときはそれほど熱くないのに、胃に入ると急に熱くなるのだ。繊細な味でとても美味しいから、胃の中で熱くなること以外は何も文句をつけるところはない。

 

 そうだ、ホットチョコ。ハーレでロックマンに貰ったホットチョコを飲んで猛烈に眠くなったのを思い出した。

 

「あのホットチョコ……!」

「……話を始めてもいい?」

 

 顔を上げるとロックマンの赤い瞳と正面から視線がぶつかった。

 




次回は明日更新です。
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