君の瞳に映るのは   作:露草ツグミ

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第6話 悪辣な惚れ薬 2

 

 有無を言わせない鋭い眼差しと低い声。ロックマンに気圧(けお)されてる? いやいや、何もする前から負ける訳にはいかない。

 騎士団に保護されたのだから、まずは騎士団の話を聴くべきだろう。相手がロックマンでも我慢だ。ナナリーは自分に言い聞かせた。

 

「君も察している通り、ハーレで君が気を失ったのは僕があげた飲み物が原因だよ。少々強引な方法で君を保護したのは認める。ハーレの所長と相談して、迅速に事を進めるのが一番だと判断した」

「所長も知ってるの!?」

「もちろん。ハーレは全面的に協力すると約束している」

「一体何が起きているの?」

「それを説明する前に……アルバート・ミロナスについて聞きたいんだけど」

「アルバート?」

 

 なぜここでアルバートの話題になるのか。

 眼鏡の奥から鋭い眼光がナナリーに突き刺さる。背もたれに寄りかかって足を組んだロックマンはこころなし顎を上げ、ナナリーは冷たい目で見下ろされて嫌な気分になった。侮蔑されているように感じる。

 

「アルバートは破魔士よ。本人が言ってたじゃない」

「……付き合ってるの?」

「そうよ」

「彼が好きなの?」

「そうよ」

 

 ロックマンがギュッと眉間に皺をよせて、目を細めて口許を歪める。

 すごく機嫌が悪そうだ。こんなロックマンは珍しい──とナナリーは他人事のように思った。

 

「いつ知り合ったの?」

「初めて会ったのは……ハーレに就職した頃? 依頼人の受付に座ってるときからよく声をかけてくれて、名前もすぐ覚えたし」

「親しくなったのは?」

「ソレーユ地のハーレに居たとき? 毎日のように話をしたから」

「彼は北のハーレ本部を拠点にしてるんじゃないの?」

「花の季節は南に魔物が増えるでしょ。だからソレーユ地で仕事をすることが多いって言ってたけど?」

 

 ソレーユ地のハーレは花の季節になると非常に忙しくなる。職員はみんな疲労困憊していて、お手伝いのナナリーも休みを返上して働いた。

 

「食事とかに誘われて親しくなったのかな?」

「花の季節の終わりにハーレの職員と破魔士でご飯を食べにいって、その頃から度々食事に誘われて……」

「彼と二人ででかけたの?」

「ううん、ゾゾさんたちと一緒よ」

 

 何でこんなことを聞かれなきゃいけないのか。

 

「飲み物とか買ってもらった?」

「飲み物? 休憩のときによく買ってくれたけど、二回に一回はちゃんとお金を払ったわよ」

「──いつから付き合ってるの?」

「いつから……?」

 

 

 ──いつだろう? 

 

 

 思い出せない。

 記憶に空白がある。

 必死に思い出そうとしたが、わからなかった。気がつけばアルバートがハーレに迎えに来るようになり、二人で出掛けて、毎日のように食事に行っていた。

 

 ある日突然、『破魔士のミロナスさん』が『恋人のアルバート』になっていた。

 

 

 

 

 何かがおかしい。ナナリーは必死に記憶を探った。

 気が付いたらアルバートが恋人になっていた。恋人。恋人である。何かきっかけがあったはずだ。仕事で付き合いがあるだけの破魔士がいきなり恋人になるなんて、自分の行動が不審すぎる。

 

「彼のどこが好き?」

 

 ──私は彼が好きなのだろうか? 

 

 さっきアルバートが好きか、と訊かれて、ナナリーは「そうだ」と答えた。なぜそんなことを言ったのか。勝手に口から言葉が滑り出ていた。

 

 アルバート──ミロナスさんから好きだと言われたことは何度もある。ずっとお世辞か冗談だと思っていた。一週間……それとも十日くらい前だろうか、ハーレの仕事の後に街中で偶然彼に会った。飲み物を片手に談笑し、そのときにも好きだと言われて、自分はいつものようにお世辞だと思って……お世辞だと思ったのに……「私も好き」と返事をしていた。

 

 

 ナナリーは愕然とした。自分の行動がおかしい。

 どうして突然彼を好きだと思ったのか。友人以上の好意なんて彼に持ったことはなかったのに。自分の言動に何も違和感を感じなかったのだろうか? 

 

 そして、それから──? 

 自分は何を考え、何を(おこな)っただろう? 

 

 

 言葉を失っているナナリーを、ロックマンは無言でしばらく眺めていた。一度目を閉じて溜息を吐くと、先ほどより目つきを和らげて問いかけた。

 

「……もう一度聞くよ。アルバート・ミロナスは、君の恋人なの?」

 

 ナナリーはがくがくと震え始めた。背中から悪寒を感じ、足元から凍えるような寒さが這い上がってくる。たらりと何かが鼻から唇に垂れてきた。

 

「ヘル!」

「なにこれ……」

 

 ナナリーの鼻から、赤黒い血が垂れてきたのだ。指先でぬぐった血はどす黒く、ぞっとする色をしていた。

 

「こっち向いて」

 

 呆然としているナナリーの隣にロックマンが来て、手に持ったガーゼを鼻に当ててくれる。真っ白いガーゼに赤黒い血が染み込んでいく。自分の体からこんな不気味なものが出てくるなんて、気持ち悪くてナナリーは目を逸らせた。ロックマンの顔を見上げれば、白皙の顔にもはや冷たい色はなく、心配げな表情をしている。

 

「これは下手に治癒させない方がいい。黒い血を全部出し切るんだ」

「……どうして? アンタは何を知っているの?」

 

 鼻の下にガーゼを当てながらナナリーは尋ねた。ロックマンは何かを知っているのだ。知っているけど何も話してくれない。

 騎士団の守秘義務は理解できる。でも、当事者のナナリーが置き去りにされてる感じがする。オルキニスの事件のときもそうだった。

 

 ナナリーの隣に腰を下ろしたロックマンは、膝の上に肘を置いて組んだ手に、重そうに額を載せた。ガーゼで鼻を押さえて天井を見上げるナナリーの耳に深い溜息が聞こえてくる。

 

「……昨日の昼、君が外から持ってきた飲み物を調べた」

「昨日? ……あのホットチョコ? ゾゾさんがこぼしたんじゃないの?」

「パラスタさんに協力してもらったんだ。騎士団に持ち帰って調べたら薬物が検出されたよ」

「薬物……?」

「ただの魔法薬ではない。魔物に波長が近いものだ。ごく微量だけど、魔物の一部が混入されてる」

「は……?」

「君はずっと飲み物に毒を盛られていた。アルバート・ミロナスは騎士団に逮捕された」

 

 ナナリーは目を見開き、ロックマンを凝視する。ロックマンは眼鏡の奥の赤い瞳を細めて、ガーゼを握ったナナリーの手を片手で優しく包んだ。大きな手に赤黒い雫がぽたっと垂れる。鼻からガーゼを離していたことに気づく。

 

「あっ……ごめん、アンタの手に……」

「すぐ落ちるから気にしないで」

 

 指を振ってロックマンは汚れを落とした。ナナリーはすぐにガーゼを鼻に当て直し、ロックマンの言葉を頭の中で反芻する。理解するのに時間がかかってしまった。頭の働きが鈍く感じるのは気のせいではない。

 

 ──毎日のように飲んでいたホットチョコ。そこから検出された薬。魔物の一部が含まれていて……魔物? 

 

 ナナリーの顔から血の気が引いていくのを感じる。ロックマンが痛ましい顔でナナリーを見つめていた。ぼんやりとその綺麗な顔を見返した。

 

 見慣れた赤い瞳の輪郭が滲んだ。目が薄い膜に覆われて、視界がぼやけてくる。

 長い指がナナリーの頬に触れて、ホッとするほど温かい手が、ナナリーの眦からこぼれていた涙を優しくぬぐった。

 

「これから君を解毒する」

 

 




次回は明後日更新です。
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