ガーゼが赤黒い鼻血で染まっていく様子に顔をしかめながら、ナナリーはロックマンの話を聞いていた。
昨日の昼からアルバート……ミロナスさんが用意した飲み物を飲んでおらず、解毒薬が含まれたロックマンのホットチョコを飲んだため、ナナリーの体は解毒が始まっているそうだ。
ハーレで気絶したのは解毒薬とは別の無害な睡眠薬によるもので、解毒薬を飲んだから眠くなるというわけではないという。
まだ頭の働きは鈍いと思うが、街中でロックマンに会ったときよりは明瞭になってきたと感じる。
「解毒薬に浸かる?」
「君が飲んだのは強い薬物だから、全身浸かって急速に解毒を進める」
「ふぅん……」
「溺れることはないだろうけど、逆上せないように。定期的に水分を取って。僕はこちらの部屋にいるから、最悪溺れたら助けてあげる」
「助けるって……あんた変態!?」
「だから溺れないでね」
「ララを呼んでもいい?」
「ご自由に」
そう言って、ロックマンは寝室にナナリーを送り出した。
ナナリーは寝室に戻り、浴室へ向かった。洗面所に入り、広い洗面台の左手の扉を開けると、手前にあるのは脱衣所、曇りガラスの向こうが浴室である。暖房が利いているようで暖かい。
浴室には使用人が使う別の入り口があって、寝室に入らなくても掃除や準備ができるようになっているらしい。さっき訳も分からず手当たり次第に扉を開けていたときは浴槽にお湯も張ってなかったし、浴室は冷えていたが、ナナリーたちが話をしている間に用意してくれたようだ。タオルなども揃っている。
浴室を覗いたナナリーはうっと顔を引き攣らせた。浴槽からは薬草の臭いがして、何とも言えない色をしたお湯が張られていた。この薬湯が解毒薬なんだろう。ご丁寧なことに、浴槽の隣に水差しと杯が置いてあった。
気合を入れるように、ふぅーと大きく息を吐いて、ナナリーは脱衣所で服を脱ぎ始めた。ララを呼ぶつもりだったけれど、暖房で温かい浴室では暑くてララがバテてしまう。心細いが諦めるしかない。
制服を脱ぎ、下着を脱いでギョッとする。胸に変な痣のような黒い模様が浮き上がっていたのだ。
「ぎゃぁぁぁ!!」
叫び声をあげるとバスタオルを体に巻いて脱衣所から飛び出し、ロックマンが待機している部屋の扉を開けた。
「ロックマン! 何これ!?」
「どうしたの?」
ロックマンは目を見開いて固まり、ナナリーの視界が真っ黒いもので覆われる。黒いローブがナナリーに巻き付いた。第一小隊のローブだ。
「早く着て!!」
目元を片手で覆ったロックマンは顔を背けた。ナナリーも背中を向けて慌てて騎士団のローブにくるまった。肌触りがよくて暖かい。外套とは違い、ローブに様々な魔法が込められているのを感じる。しかし、あまりにもだぶだぶで、手で押さえないと胸元が見えてしまう。いや、胸元の変な模様を確認するにはちょうどいいか。
「──で、どうしたの?」
「胸に変な黒い模様が浮き出てたの!」
「黒い模様?」
「胸から喉にかけて、渦巻きみたいな……すごく気持ち悪い」
顔を背けたまま、ロックマンは考え込んでいる。
「……服は着たよね?」
「うん」
ロックマンはどこかしんどそうに振り向いたが、鎖骨周りの黒い模様を睨んでいたナナリーが目を上げると、手で口を覆って背中を向けてしまった。……肩が震えている?
「そんなに笑わなくたっていいじゃない。ロックマンの服なんだから、大きいのは当然でしょ」
「それ以上何も喋らないで……」
大きく咳払いをすると、ロックマンは気まずそうに横目でナナリーを見た。
「ええっと、黒い模様だっけ?」
「そう。胸の周りに。すごく気持ち悪い」
「今初めて気づいたの?」
「少なくとも今朝はなかったのよ。その後は服を脱いでないから、いつ現れたのかわからない」
「……黒い血と同じだと思う。解毒が始まってるんだよ。ほら、浴室に戻って」
ロックマンはそっぽを向き、シッシッと手を振ってナナリーを追い払う仕草をする。解毒の過程というならここで喋っても仕方がない。ナナリーも寝室に向かった。
「ねえ、バスルームが暑いからララを呼ぶのは無理そうなの」
「わかった。ユーリを呼ぶよ」
ユーリを召喚してもらい、猫ほどの大きさになったユーリを連れてナナリーは浴室に戻った。
「さてと……」
ロックマンのローブを脱ぎ、タオルを体から外したナナリーは浴槽の前で腰に手を当てて仁王立ちになる。
「これが解毒薬……。う〜、色と臭いが
「薬草の臭いですよ、ナナリー様」
「それはわかってるけど……」
「アルウェス様が調合した薬でしょう。心配はいりません」
浴槽に手をかけて、そろそろと足の爪先を入れる。とろっとした感触がする。ぬかるんだ泥をもう少し水っぽくしたような感じで、温かいお湯が肌にまとわりついてくる。両足を浸かり、泥だらけになって遊んだ子どもの頃を思い出し、一気にちゃぷんと腰を沈めた。
大きな浴槽にたっぷりとお湯が入っている。渦巻きのような痣が浮き出た胸元も解毒薬にしっかり浸かるようにした。髪の毛も下ろしてゆらゆらと浮かし、髪にもたっぷりと解毒薬を含ませる。
熱すぎないお湯は体を芯から温めてくれるようで、思っていたよりも体が冷えていたのがわかった。額からじっとりと汗が滲んでくる。浴槽の脇に置いてあった水差しから杯に水を注いでごくごく飲み、ぷはっと息を吐き出す。汗をかいた体にお水が美味しい。
「はー、お水が美味しい……」
ただお風呂に浸かっているだけなので暇だ。寮では浴場が共用なので、一人でのんびりお風呂に浸かる習慣はナナリーにはない。本とか、汚れてもいい雑誌とか持ちこめればよかったのにと思う。あまりにも暇なのでユーリとお喋りすることにした。
「ねえ、ユーリ。聞いてもいいかな?」
「はい、ナナリー様。なんでしょう?」
「このお屋敷は……騎士団の持ち物なの?」
「いえ、アルウェス様のお屋敷です」
「はぁっ!?」
驚きのあまり首元まで浸かっていた体を勢いよく起こした。ザバッとお湯が大きく揺れる。ユーリのつぶらな瞳をまじまじと見つめてしまう。
騎士団に保護されて解毒を施すという話だったから、てっきり騎士団の貴族向けの療養施設か何かだとナナリーは思っていた。
「ロックマン公爵家のお屋敷……じゃないよね?」
「こちらはアルウェス様個人で所有しているお屋敷です。魔法の研究や調合に使用されてますよ」
「……ここでロックマンが生活してるの?」
「いえ、アルウェス様は主に騎士団の寮で生活してらっしゃいます。こちらを拠点にして任務をされていたこともありますが」
「ふぅん……」
「帰国してからはこちらの研究室と騎士団を往復してます。連日、薬を調合していたようです」
「薬を作ってたの? ロックマンが?」
「ナナリー様の解毒薬を調合されてたのですよ」
ナナリーは目を瞬いてユーリをじっと見つめた。ユーリは不思議そうに「ナナリー様?」と問いかけてくる。
次回の更新は明日の夜になります。