君の瞳に映るのは   作:露草ツグミ

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(昼の食事時の更新は控えさせていただきました)
オリキャラが登場します。
pixivFANBOX投稿時より加筆してます。






第8話 解毒 2(ロックマン視点あり)

 

「……これを作ったのはロックマンなんだ」

 

 とろっとしたお湯を両手で掬った。大きな浴槽いっぱいの解毒薬を作るには、手間も時間も、材料を揃えるのも大変だったに違いない。解毒薬を作る前にはナナリーが摂取した薬物の解析が必要で、それらをすべて一日か二日でやってしまうなんて。

 

 ……また負けた。

 手で掬った解毒薬でバチャッと顔を洗った。薬草の臭いはもう気にならなかった。バチャバチャと何度も手で解毒薬を掬って顔を洗う。

 

「ナナリー様?」

「……悔しい」

 

 オルキニスのときも守られてばかりだった。ロックマンが国外にいってる間に、自分は成長するどころか信用していた破魔士に薬を盛られて、またロックマンに助けられている。なんて自分は頼りなく、不甲斐ないのだろう。

 悔しくて目に涙が滲んだ。胸の奥から何かがこみ上げてきて、手の甲で鼻の下をぐいっと拭った。

 

 

「ナナリー様、顔が赤いです。大丈夫ですか?」

「……少し、頭がぼんやりしてるかも……」

「お水飲みますか?」

「……うん、飲む」

 

 水をひと口飲んだ。杯を持ったまま胸元の渦巻き模様を確認すると、模様が濃くなって範囲が広がっているのがわかる。解毒の過程であり、体内の薬物が排出されていると理解していても気持ちが悪い。

 

 気のせいだろうか、渦巻きが動き始めたように見える。

 胸元で黒い渦巻き模様が回り始める。頭が揺すぶられるようで、ぐらりと目眩がした。

 

 

 逆上(のぼ)せてしまったかもしれない。急いで杯に残っていた水を飲み干した。冷たい水が喉を通過した途端、何かが胸を迫り上がってくる。

 

「ぐっ……うっぷ……」

 

 杯を取り落とし、手で口元を覆った。口の中に苦いものが溢れてくる。とても我慢できない。こみ上げてきたものを浴槽の外に思いっきりぶちまけた。粘り気のある黒い液体が磨き込まれた床を汚して広がっていく。

 

「ナナリー様!?」

 

 全身が悪寒に襲われる。体内で魔力が動き、魔力に似た何かが体中で暴れ回る。その感覚が気持ち悪い。

 吐き気は全く収まらず、咳が出て鼻水が垂れてくる。鼻水も黒く濁っていた。

 涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになる。吐いて楽になったと思ったらまた吐き気がこみ上げてくる。苦しい。くるしい。

 

 ゲボゲボと咳き込みながら、ナナリーは繰り返し嘔吐した。胃液の味はしなくて、口の中がとてつもなく苦い。真っ黒なドロドロの液体が自分の口から溢れてきてゾッとした。どうしてこんなものが自分の体から出てくるのだろう。

 

 ユーリが「アルウェス様!」と叫ぶのがぼんやりと遠くに聞こえた。

 

 鼓動が激しく、胸が痙攣し、指先が震える。頭がくらくらして視界が霞んでいる。

 

「……ゲホッ、ェホッ、……ハァ……」

 

 震える手で浴槽の端を握りしめて体を支えた。このままでは広い浴槽に落ちて溺れてしまう。

 

「ヘル!」

 

 霞む視界の端に金と赤が飛び込んできた。強い力で体が引き上げられる。しっかりと腕に抱えられたまま、温かな流水で体の汚れが洗い流されていく。顔を上げて綺麗なお湯で口の中をゆすいだ。

 

「……ロック……マ……」

「ごめんね。すぐに乾かすから。少しだけ我慢して」

 

 大きなバスタオルに(くる)まれて抱き上げられた。ロックマンの胸元の金髪から水が滴り落ちるのが目に入った。

 

 ……なんでアンタが謝るの。

 

 ナナリーのせいでロックマンの服は汚れて、濡れてしまったというのに。

 謝ってお礼を言わなきゃ。そう思っても、唇が震えて、舌が貼り付けられたように重くて、まともに言葉にならなかった。

 

 フワッと暖かな風が全身を覆う。濡れて重たかった髪が軽くなっていく。暖かな風に包まれると震えていた体から力が抜けた。息をするのが楽になったように感じられる。

 数十秒で風が止まると全身が乾いていた。ロックマンの髪も乾いて、さらさらと揺れている。火型って便利だな、と朦朧とした頭でナナリーは思った。

 

 力強い腕に抱きかかえられて運ばれる。ゆらゆらと心地よい振動に瞼が重くなってきた。柔らかな布団に寝かされた感触を最後に、ナナリーは意識を手放した。

 

 

 

 

 *

 

 

「ヘル!」

 

 浴室に張られた魔法陣に異常な魔力が感知され、アルウェスは浴室へ飛び込んだ。いくつも扉を開けるのが(わずら)わしい。

 

「アルウェス様!」

 

 浴室の床に広がる汚物を避けるようにユーリが宙に浮いている。アルウェスは靴が汚れるのも構わずに彼女に駆け寄り、浴槽の(へり)にしがみつく白い体を引き上げた。

 

 綺麗なお湯で彼女の体にまとわりついている汚物を洗い流す。本人は口の中が気持ち悪いらしく、流水に顔を向けて口の中をゆすいでいる。長い髪にベタベタと絡みついた禍々しい色の粘液を洗い落とすのに時間がかかってしまった。

 

 騎士団の制服は汚れたり濡れたりはしない。綺麗になった彼女をタオルで包んで抱き上げて、浴室を後にする。

 

 土気色の顔に青い唇。カチカチと歯の根が合わず、体を震わせている。火型の魔法で全身を乾かしてあげるとホッとしたように力を抜いて、アルウェスの腕に体を預けてきた。彼女を抱きかかえる腕に思わず力が籠もった。

 

 衝撃を与えないように寝台に寝かせて、毛布と上掛けをかけた。タオルしか巻き付けていない彼女の胸元には黒い渦巻きの模様がはっきりと顕れている。アルウェスは眉間に深い皺を刻んで、彼女を蝕む根源を睨みつけた。

 

 こんなもの焼き消してしまいたい。それで彼女が治るならば。

 

 青白い顔、閉じたままの瞼。用意してあった寝間着を魔法で着せると、忌々しい模様は隠れて半分ほどしか見えなくなった。

 

「ごめんね……ヘル」

 

 少し()けた頬を撫でる。予想以上に解毒の進行が速かった。できる限り早く彼女を助け出したい気持ちが(はや)って急速解毒を選んだけれど、強すぎたかもしれない。別の方法で緩やかに解毒を進めるべきだっただろうか。

 

 アルウェスは首を振って気持ちを切り替えた。もう解毒は始まっている。急速な解毒は彼女を苦しめるだろうが、長引かせるよりは一気に終わらせると決めたのだ。

 言い訳になるかもしれないけれど、彼女の性格を考えれば、時間をかけて行うよりも急激でもいいから効果が強い方法を選ぶだろう。

 

 

 アルウェスは赤い瞳から感情を消し去り、すぐに薬師と召使いを呼んだ。状況を説明して、ヘルの世話を頼む。

 

「予定より反応が速くて強い。今夜は大変になると思う」

「承知しました。それにしてもこんな綺麗なお嬢様が……なんてことでしょう」

 

 女性の薬師──アルウェスと母、ノルウェラの薬学の師であるエリンは、ヘルを見て痛ましそうに顔を歪めた。エリンは上品で知的な老婦人だが、若い頃は騎士団に所属して数々の遠征に参加していた。さらに宮廷魔術師を兼任し、臨床実験をこなしてきた才女だ。

 今回はアルウェスの急な招聘に応じてくれた。ヘルが摂取した薬物の解析と解毒薬の調合に協力してもらっている。

 

「準備はできてる?」

「薬以外は全部揃っています。高熱が出て、繰り返し嘔吐するのでしょう? 盥に布に白湯に替えの寝間着にシーツ……この部屋にあるものが不足したらすぐに用意すると召使いが申しておりましたわ」

「ありがとう。僕は薬を取ってくるよ」

 

 薬を取りに向かう前に、アルウェスは振り返って寝台で眠る彼女を見下(みおろ)した。彼女は眉を寄せて、瞼が小さく痙攣している。

 

 腹の底で燃えたぎる憎悪は後回しだ。まずは彼女を綺麗な体に戻さなければならない。

 




次回の更新は明後日の予定です。
加筆が増えてしまい、少し遅れ気味です。ご容赦ください。
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