ナナリーは喉の渇きで目を覚ました。ひどく喉が渇いて、体が熱い。熱のせいだろうか、全身が怠くて、重い。寝返りを打つのも難しい。
額に汗が滲んでいる。寝間着やシーツは汗で湿っていて、水を飲みたいし、着替えたいと切実に思った。
重い瞼をゆっくりと持ち上げる。周囲を天蓋に囲まれた寝台の上から薄暗い照明の明かりが見えた。もう夜だろうか。
……ここ、どこだっけ……?
この部屋がハーレの寮ではないことはわかる。こんなに大きな天蓋付きの寝台は寮には置いてない。ナナリーはぼんやりと記憶を探った。この寝台は見覚えがある。目が覚めて、こんな風に自分の居場所を確認するのも既視感がある。手当たりしだいに扉を開けて……誰かと話をした。誰だったろうか。
フッ……と赤い瞳と金色の髪が頭を
そうだ、ロックマン。ロックマンが居たはずだ。アイツはどこにいったんだろう?
手を伸ばして寝台の端のシーツをペシペシと叩く。できれば寝台から出たいけれど、体がまったく言うことをきかない。
「ヘル?」
「ロ……」
薄い布を残して天蓋が上げられる。薄い
「体調はどう? 喉は渇いてない?」
「……み……」
水、と言おうとしたが上手く舌が回らなかった。
「上手く喋れない? ……失礼するよ」
薄い帳を開けて覗き込んできたロックマンは、ハッと目を見開いたかと思うと、眉根を寄せて難しい顔をした。ナナリーは上体を起こそうと腕に力を込めるが、体が寝台に押し付けられたように重くて、自力で起き上がることができない。思うように動かない体に顔をしかめるのがやっとである。
「無理して動かないで。まず体を綺麗にするね。水も用意する」
ロックマンが指を振って体を綺麗にする魔法をかけてくれる。じっとりと滲んでいた汗が消え、それだけで爽やかな気持ちになった。さらに着替える魔法でナナリーの寝間着を替え、同じようにシーツも交換してくれる。
何でロックマンがこんなにお世話してくれるのだろう…………?
ロックマンは後ろを振り返って誰かを呼んだ。部屋の中から女性が応えるのが聞こえる。何人か人が動く気配がした。
ナナリーは何とか起き上がろうとしたが、重しを付けられたように体が重くて動かなかった。ロックマンは軽く息を吐くと指を振って呪文を唱える。ナナリーの体が不自然に軽くなった。ふわふわと浮遊しそうな感じだ。
「頭の中で体を動かす様子を思い描いて。想像したように体が動く魔法だから」
ナナリーは目を瞬いた。初めて聞く魔法である。試しに右腕を上げる様子を頭の中に思い描いてみる。さっきまで重くて上がらなかった右腕が軽々と上がった。
ならば上体を起こそうと頭に思い描いてみたところ、腹筋運動みたいに起き上がったが、右腕がパタンと落ちた。胴体と頭を起こすことしか考えておらず、腕の動きは考えていなかった。意識して自分の体を動かすのは思ったより難しい。
全身がふわふわしている感じなので、上げていた腕が落ちても衝撃はほとんどない。
何回か挑戦し、要領をつかんだナナリーは寝台の上に座ることができるようになった。寝台に腰掛けてナナリーの様子を観察していたロックマンが小さく安堵の息を吐いた。
「その状態を維持できる?」
コクコクと頷いて、ロックマンの手にある水の入った木製の杯を受け取ろうと手を伸ばす。ロックマンは杯を渡すのではなく、ふわっと浮かした。木製の杯と小さな銀色の
コイツは何をしてるのだろう、と思っていたら、次はナナリーが浮き上がった。心の中で小さく叫び声をあげ、必死に座った姿勢を保った。するとロックマンは寝台の枠に寄りかかり、浮いていたナナリーをロックマンの腿の上に着地させた。
…………?
……なにこれ?
……なんでロックマンの膝に座ってるの?
ポカンとした顔でロックマンを見上げる。ロックマンは小首を傾げて、面白くもなさそうな顔で見返してくる。ナナリーの頭の中が真っ白になり、一瞬気が遠くなって、ボスンと背中からロックマンの胸に落ちた。
「ヘル? 大丈夫?」
ロックマンは軽々とナナリーを受け止めた。あまりにも平然としている。
「水と薬だけは飲んで」
ペチペチと頬を叩かれたナナリーは、何とか意識を引き戻し、自立して座ることだけ考えた。座って、水と薬を飲む。それ以外は何も考えてはいけない。気を抜けば布団に落ちるし、意識も飛ぶ。水と薬を飲んでまた眠ろう。
ロックマンはナナリーの腹部を支える左手で木製の杯を持ち、右手に持った
小さじ一杯分の水がとても美味しかった。コクリ、コクリと少しずつ水を飲み、次に薬を飲まされた。苦い薬に顔をしかめると、「ごめん、原液だから味は保証できない」とロックマンが苦笑する。
ナナリーは苦いものが嫌いである。水の杯に手を伸ばしておかわりを所望すると、今度は匙ではなくて杯から直接飲ませてくれた。
ロックマンは杯に手を添えて支えてくれ、口の端から水が垂れればハンカチで拭いてくれる。妙に看病に慣れてるなぁ、と変なところで感心してしまった。
「今夜が一番つらいと思う。明日には体も動くようになるだろうから……ヘル?」
急激に眠気がナナリーに襲いかかってきた。瞼が重くて、意識がふわふわする。頬や額に触れるロックマンの手が冷たくて気持ちいい。──そう思ったとき、これは夢だと納得した。だって、ロックマンの手が冷たいなんておかしい。
そうか、夢か。なら何でもありだ。おかしなことも、全部、夢だから。
寝て、起きれば夢も
目を閉じて力を抜き、ロックマンの胸に体重を預ける。ニケやベンジャミンと違って、堅くてがっちりしている。大きくて、力強くて、安心する。騎士団の隊服は思ったよりも柔らかかった。抱きしめる腕は優しくて、心が落ち着く。
体の中からぐらぐらと熱が発せられる。ナナリーの額に汗が滲み始める。布団に横たえられると、あっという間に意識は体内の熱に飲み込まれていった。
今夜が一番つらい、というロックマンの言葉は正しかった。
その晩、ナナリーは高熱を出し、吐き気で何度も目が覚めた。咳き込むと黒い鼻水が出て吐き気がこみ上げてくる。
寝台から起き上がることができず、上体を支えてもらい、
とにかく体が熱くて、汗をたくさんかいた。熱に浮かされ、汗と涙で霞む視界に、赤い瞳と金の髪がいつも映っていたのは憶えている。
介護士ロックマンでした(実際の介護の仕方とは関係ありません)。
次の更新は明日の予定です。
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