星に歌う   作:Rain777

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日向君の過去の話です。

これでこの物語の前半が終了となります。




#10 振り向いて欲しくて

「はぁ……」

 

家の中に居るというのに、吐く息が白い。

俺は換気のために開けていた窓を閉め、両親の遺影が置かれた仏壇の前で手を合わせる。

母さんの後を追うように父さんが死んでから早くも1年、こうして仏壇に手を合わせることが毎朝学校に行く前の習慣となっていた。

 

「……じゃ、行って来るよ。今日は早く帰ってくると思うから」

 

返事がないことは分かっているが、天国に聞こえていることを信じて写真に喋りかける。

そして家の鍵がジーンズのポケットに入っていることを確認すると、通学用の鞄を持って家から出る。

無駄に詰め込まれた参考書が重たい。

 

「っしょ、っと」

 

がちゃん、と鍵をかける。

マンションの廊下から道路を見下ろすと、ギターケースを背負った星歌先輩が同じくギターケースを抱えたバンドメンバーの男と楽しそうに話しながら歩いている姿が見えた。

いつも昼頃まで寝ていることが多い星歌先輩がこんなに早く起きているなんて珍しい。

 

「…………」

 

そうか、と俺は勝手に納得する。

星歌先輩達のバンドについ最近音楽業界から声がかかったことは虹夏ちゃんから少し聞いたので、大方それの打ち合わせか何かに行くのだろう。

星歌先輩は、俺とは違って夢に向かっている。

 

じゃあ、俺は?

 

『星歌先輩と同じ大学に行きたい』という何のビジョンもない目標のために日々を無駄に過ごしているだけ。

4月に受けた模試の時点でA判定を貰っているため、こうして鞄に重たい参考書を詰め込む理由なんてないのだ。

ただ、周りが受験ムードになったから真似をしているだけ。

 

「……やめよう」

 

自分で自分を傷つけても、何の良いこともない。

俺は首に巻いたマフラーを鼻までずり上げると、鍵をポケットに突っ込んで学校へと向かう。

今年の冬は、やたらと寒い。

 

 

 

 

 

#10 振り向いて欲しくて

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

今日も今日とて何もせずに学校から帰宅すると、マンションの前で虹夏ちゃんがスーツを着た男2人組に何か話しかけられていた。

まさか幼女を狙った痴漢か、と思ったが、白昼堂々やる訳はないだろう。

 

「あの……どうかしましたか?」

 

俺が男2人の背後から話しかけると、彼らは振り向いてにっこりと笑った。

 

「木村日向さん、ですね?」

 

「……そうですけど。虹夏ちゃんは帰ってな」

 

2人組の大人を相手に身構える。

父さんが事故で亡くなってからというもの、保険金や遺産を目当てに近づいてくる大人が増えたのだ。

星歌先輩やその家族がバックアップをしてくれたり母方の爺ちゃんが親権を獲得してから少なくはなったが……またか。

 

「ああ、まだ名乗っていませんでしたね。私はこういう者です」

 

細身で眼鏡をかけた男が名刺を差し出す。

警戒しながらそれを受け取り肩書を見ると、俺でも知っている有名大学の人間だった。

 

「とにかく、ここでは寒いでしょう。近くの喫茶店にでも入りますか?」

 

「……なら、ウチに上がってください。俺に用があるんですよね。何も出せないですけど」

 

喫茶店というフラットな場所より、自分の家というホームグラウンドの方が俺としては交渉しやすいのでさりげなく勧誘してみる。

大学の人間が一体全体何の用か知らないが、少しでも金の話が出た時点でさっさと帰ってもらおう。

 

「……どうぞ。散らかってますが」

 

家の鍵を開け、居間へと招き入れる。

箪笥やテレビ下の引き出しなどが触られていないか横目で見つつ冷蔵庫から2リットルのペットボトルの水を出し、紙コップ2つをお盆に乗せて机に持って行く。

 

「ただの水ですが」

 

「いえいえ。わざわざありがとう。高校生なのにしっかりしているね。あ、これご家族の方と一緒にどうぞ」

 

眼鏡をかけた方ではない、比較的恰幅の良い男が紙袋を差し出しながらそう言う。

ちらりと中を見ると、最近ニュースで取り上げられていた高級洋菓子店のバウムクーヘンだった。

ご家族と、と言われたが、俺に家族は居ない。

 

「……ありがとうございます。それで、話とは?」

 

2人の前の椅子に座る。

前は母さんが使っていた椅子だが、最近使っていなかったせいか座ると軋んだ音がした。

 

「あぁ、そうでしたね。単刀直入に言うと、私達は君をスカウトしに来たのですよ」

 

「スカウト……?」

 

「ええ。そうです。実は私達、今年の夏の予選を見に来ていましてね」

 

恰幅の良い方が答える。

どうやら、この2人は野球関係者らしい。

 

「まぁ本当のことを言うと、君の学校の試合を見に行った訳ではなく次の試合が本命だったのですが……」

 

「あぁ……」

 

何故甲子園にも出ていないウチの学校の試合を観に来ていたのかが疑問だったが、今の答えで解消された。

確かあの日、俺達の次に同じ球場で試合をした学校が甲子園に出場したはずだ。

スター揃いのその学校のスカウトに来ていた、ということだろう。

 

「その中で、私達は君に興味を持ったのです。綺麗なフォームから放たれる140キロの伸びの良い直球……正直、何故あんな弱小校に君のような逸材が居るのか理解できませんでした」

 

「……試合には負けましたけどね」

 

仲間を馬鹿にされ腹が立ち、つい棘のある言い返しをしてしまう。

すると眼鏡の方はそれを感じ取ったのか、苦笑いを顔に張り付けてぺこりと頭を下げる。

 

「言い方が悪かったですね。私は、君が何故強豪校に行かなかったのだろうかと疑問に思ったのですよ」

 

「……中学までは下手だったんですよ。もっとも、今が上手いとも思わないですけど」

 

「謙遜するんですね。それでは、本題に戻りますね。もう一度言いますが、私達は君をスカウトしに来たのです。君は、より良い環境できちんと練習したらもっと伸びる」

 

眼鏡の奥の真っ直ぐな眼光に、俺は気圧される。

そもそも……俺に強豪の大学からスカウトが来ているということが信じられなかった。

だが、おいそれと首を縦に振ることは出来なかった。

 

「嬉しい話ですけど……この大学、関西圏ですよね。自分は両親が亡くなっているので、生活面で色々と困るのですが……」

 

俺がそう言うと、2人は目を見開いた。

 

「なんと……それはご愁傷さまです」

 

恰幅の良い方が言う。

さっき俺のチームメイトを馬鹿にしたような発言で良い印象を持ってはいなかったが、こうして本当に悲しそうな眼をしている辺り、良くも悪くも正直な人間なのだろう。

 

「……分かりました。そこは私達が何とかしましょう。未来ある若者のバックアップをすることが大人の仕事ですからね」

 

眼鏡が、ブリッジをくいッと指で上げながら笑う。

 

「3日以内にこの住所宛に入学案内と学費やその他諸々を免除する書類を送らさせてもらいます。それでどうでしょうか?」

 

学費免除。

もしそれが本当だとするならば、奨学金を使って大学に通う予定だった俺にはあまりにも甘美な響きだった。

 

「……ここからは、私個人の話です」

 

顎に手を当てて考え込んでいると、恰幅の良い男がおもむろに口を開く。

 

「私は監督をしていましてね。もうずいぶんと長いことやっています」

 

「はぁ……」

 

唐突な自分語りに、『そうですか』としか言えなかった。

そんな俺を無視して、監督は喋りを続ける。

 

「だから、分かるんですよ。プロに行ける人間が。君は、磨けば必ずプロになれる。そんな逸材だよ」

 

プロになれる。

幼い頃から憧れたあの世界へ行ける。

小学3年生の時には捨てていた夢を掘り起こされ、俺は目の前の世界が開けていく感覚を全身で感じた。

 

「だから、是非我がチームに。待ってますよ」

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

最寄り駅まで監督とスカウトを見送った帰り道。

俺は自動販売機で買ったココアを片手にベンチに腰掛け、名刺を眺めていた。

『意思が決まればその番号にかけてください』と去り際に言われた通り、名刺には電話番号とメールアドレスが載っていた。

 

「どーすっかなぁ……」

 

名刺をパーカーのポケットに入れ、ベンチに深く腰掛けて天を仰ぐ。

そりゃあ、君はプロに行ける人間だと太鼓判を押されて嬉しくない訳はないし、学費免除も魅力的だ。

 

「ただ……星歌先輩と離れることになるよな」

 

関西圏に行くということはそれ即ち、住み慣れた下北沢を離れるということだった。

この学校は盆休みだろうが正月だろうが365日練習のあるチームだと聞いているので、一度入ったら少なくとも4年は星歌先輩と会えないだろう。

 

「おい。寒いのに薄着で何やってるんだ」

 

ぼけーっと雲が流れる様を見ていると、急にそんな声が聞こえる。

慌てて声のした方を向くと、ギターケースを背負った星歌先輩が呆れたような表情で俺を見ていた。

 

「あ……星歌先輩」

 

「何だ。珍しく考え事か?」

 

星歌先輩はそう言いながら俺の隣に座る。

ふわりといい香りがして胸が高鳴る。

 

「あ、いや……まぁ考え事というか……」

 

「え、ホントに考え事だったのか?珍しい……」

 

「星歌先輩は俺を何だと思ってるんですか……」

 

前々から思っていたが、星歌先輩は俺を悩みもクソもない人間だと思っている節がある。

いやでも、こうして隣に座ってくれたってことは、話を聞いてくれるってことでいいんだよな?

 

「あ、あのですね……」

 

「おーい星歌!早くライブハウス行こうぜー!」

 

俺が話を切り出そうとした瞬間、朝に星歌先輩と一緒に歩いていた男が遠くからこちらに向かって手を振る。

その男の顔を見た星歌先輩は顔をぱぁっと明るくして、勢い良くベンチから立ち上がった。

 

「すぐ行くー!じゃあな日向。あ、今日ライブやるから、受験勉強の息抜きにでも来いよ~!」

 

「あ、ちょっと……」

 

俺が何かを言う前に星歌先輩は走り出してしまい、遠ざかっていく背中に向けて伸ばした手は虚空を掴む。

男と2人で並び談笑する星歌先輩の姿はあっという間に人混みに紛れて見えなくなった。

 

「星歌……先輩……」

 

……認めよう。俺は、さっき星歌先輩と一緒に居た男に勝っている要素なんて何もない。

頭も良くない、顔も良くない、性格も良くない、楽器が出来る訳でもない。

でも、そんな俺でも、プロ野球選手になったら……星歌先輩は振り向いてくれるだろうか。

 

「…………」

 

俺は近くの公衆電話に入り名刺を取り出す。

そしてそこに書かれた電話番号のボタンをプッシュした。

 

『はい。どなたでしょうか?』

 

ついさっきまで聞いていた声が受話器の向こう側から聞こえる。

 

「俺です。木村日向です」

 

『あぁ、木村君か。今電車の中だから後ででも……』

 

「俺!行きます!よろしくお願いします!」

 

星歌先輩に振り向いて欲しい。

ちょっとでもカッコいい男になって……星歌先輩に振り向いて欲しい。

 

『そうですか。なら、本格的に資料などを送らさせてもらいますね』

 

そんな短い言葉と共に、電話は切れた。

 

「……やってやる。やってやる」

 

絶対に、星歌先輩に振り向いてもらう。

その日俺は、星歌先輩のライブには行かなかった。

 




ー評価してくださった方ー
@あaさん、TOGUROさん、怠慢屋さん、動いてないのに寒いよ~さん、HANAMINAさん、やばばさん、A徳カルビさん、まなさひさん、グレンCSさん、ゆうばりさん

ありがとうございました!

そして、前書きでも述べましたがこれで前半が終了となります。
後編も、良ければ楽しみにしていてください!
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