星に歌う   作:Rain777

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今回から後編となりますが、前回の過去回に引き続き星歌さんの過去となります。

それではどうぞ。



#11 大切なもの

失ってから、初めてそのものの価値が分かる。

どこかでこの言葉を聞いた時、『そんなことはない。大切なものだったら失う前から価値が分かってるに決まってる』と笑い飛ばしたっけ。

 

「星歌~。早くライブハウス行こうぜ~」

 

マンションの下では、一緒にバンドを組んでいる神崎がそう言って手を振っていた。

ああそうだ、今日はライブの日だっけ……。

 

「分かってる。すぐ追いつくから、先行ってろよ」

 

私の声が聞こえたようで、神崎はマンションに背を向けてライブハウスの方へと向かって行った。

 

「お姉ちゃん、今日もライブハウス行くの……?」

 

鍵を閉めようとポケットの中に手を入れていると、小学校から帰ってきた虹夏がそこには立っていた。

 

「ああ。今日は帰らないって母さんに伝えといてな」

 

「……分かった」

 

今日はライブ後に神崎の家に泊まる予定なので、家には帰らない。

それを伝えると、虹夏は不服そうにしながら家の中に引っ込んで行った。

 

「さ。早く追いつくか」

 

自分に言い聞かせるようにギターケースを背負い直し、マンションの廊下を通ってエレベーターへと向かう。

その途中で、私はかつて幼馴染が住んでいた家のドアの前でふと足を止める。

 

「…………」

 

しかし敢えてドアに目を向けることはせずに、今度こそライブハウスへと向かった。

そのドアには『売り出し中』と書かれた紙が半年程前から張られていた。

 

 

 

 

 

#11 大切なもの

 

 

 

 

 

「ほら。私からのバレンタインだ。どうせ誰からも貰ってないんだろ?」

 

世間が盛り上がる2月14日。

日向の家の前で出待ちをしていた私は、さも今来たかのように装ってチョコレートを渡す。

バクバクと高鳴る心臓の音、聞こえていないよな。

高校帰りであろう日向は、何も入っていなさそうなペラペラの通学鞄を持って家のドアに鍵を刺していた。

 

「あぁ……ありがとうございます」

 

またこれだ。

私の胸の高鳴りは一気に勢いを失っていく。

このところ、日向はずっとどこか上の空な様子でボーっとしている。

私がチョコを渡したというのに、表情ひとつ変えることなく片手でそれを受け取るとちらりと見ただけで鞄の中へと放り込んでしまった。

親父さんが亡くなった昨年でも、もう少し良い反応をしてくれたのに。

 

「あのなぁ。もうちょっと喜んだらどうなんだ?これで0個は回避なんだろ?学校で自慢できるぞ?」

 

憎まれ口とは分かっていながら、喜んでくれないショックを強い口調で日向にぶつけてしまう。

 

「……そうですね。ありがとうございます」

 

「おい。ホワイトデーのお返しは3倍だからな。忘れるなよ」

 

「……分かりました」

 

ちょっとしたジョークを挟んだが、日向はそう言ったきり私を避けるように家の中へと逃げていった。

ガチャンと鍵が閉まる音が聞こえ、私は廊下に取り残される。

 

「……何だ?アイツ」

 

もう受験のテストは終わっているはずなのに、何をそんなにも心配することがあるのだろう。

というか、ぶっちゃけ私の大学はテストに名前さえ書いておけば馬鹿でも入れる大学なんだから、合格発表を気にすることはないはずなのに。

去年も定員割れを起こしていたはずだし、私より頭の良い日向ならテスト時間を全部寝ていたとしても合格出来るに決まっている。

 

「虹夏と同じでハンコ―キってヤツか?」

 

小学校に入り私に反発することが多くなってきた虹夏の顔を思い浮かべる。

とにもかくにも、日向にチョコを渡し終えたということで私は今日もライブハウスに向かうこととする。

最近メジャーデビューが決まりつつあり、いつものライブハウスでもかなり稼げるようになってきたので……もう一押しだ。

ここで頑張れば、晴れて私もプロを名乗ることが出来るようになる。

リナからの『遅れるって聞いてるけどまだなの?』というメールに『今向かってるよ』とだけ返す。

 

「そういえば、去年の日向のお返しって何だったかな」

 

ライブハウスに向かう途中、歩きながらそんなことを考える。

ええと……そうだ、手作りのガトーショコラだ。

何を見ながら作ったのか知らないが、やたらと美味しかったな。

 

「3倍って言質取ったし、今年は何だろうな」

 

認めよう。私は日向が好きだ。

きっと、今の上の空な日向も受験とかへの不安でああなってしまっているだけだろう。

 

「お返し、何かな……」

 

楽しみだな。

そんな思いを口に出すことはなく、代わりに軽い足取りで私はライブハウスへと向かった。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

目が覚めると、私はまず時計を見た。

朝の6時。7時半に目覚ましをセットしたが、それよりも早く起きてしまった。

 

「ったく、遠足に行く前の小学生かっつーの……」

 

今日は3月14日。

ホワイトデーということで、日向からお返しが来る日だ。

昨晩も目が冴えて中々寝付けなかったが、それでもこんな早くに起きてしまうということは……恥ずかしいが、私が思っている以上にお返しが楽しみなのだろう。

 

「うわ、寒……」

 

ウサギのぬいぐるみを丁寧に枕元に置いて毛布から這い出ると、冷たい空気が私を襲った。

冬の朝って、こんなに寒かったっけ。普段昼前まで寝ていることが多いから忘れていた。

ルームソックスを履きタオルと替えの下着を取り出し、シャワーを浴びる。

そしていつもより丁寧にメイクをすると、洗面所の鏡の前で自分の顔を確認する。

 

「……よし」

 

「星歌~。起きてるなら新聞取ってきて~」

 

早くに起きてしまったし日向がお返しを届けに来るまでテレビを見ていようか、とリビングに向かうと、既に起きていた母さんが朝食を作りながら両手の人差し指を四角に動かしていた。

 

「寒いんだけど……」

 

暖房の効いた部屋でのんびりしたかったなと思いながらも家から出て、1階にあるポストへ向かう。

ぴゅぅっと吹き抜ける冷たい風が私の身体を刺し、短い距離とはいえ薄着で出てきたことを後悔し始めていた。

 

「新聞、新聞……」

 

『伊地知』と書かれたポストに手を突っ込み新聞を探していると、指先にコツンと何かが当たる。

明らかに新聞の感触ではないそれに、私は首を傾げる。

 

「何だ?母さん何か頼んだのか?」

 

新聞と一緒にそれを引っ張り出す。

現れたのは茶色い紙袋で、口にはテープで封がされていた。

 

「『星歌先輩へ』って……この字、日向か」

 

色々な角度から紙袋を見ていると、紙袋の下の方に控え目に私の名前が書かれているのを見つける。

最近ちょっと避けられているとは思っていたが……顔も見ずにホワイトデーのお返しを渡すつもりなのか?

 

「あいつ……!」

 

頭にカーっと血が上り、一段飛ばしで階段を駆け上がる。

そして日向の家のドアの前に到着すると、早朝ということも忘れてドンドンと激しくノックをする。

 

「日向!出て来い!お返しくらい、ちゃんと顔見て渡せよ!」

 

だが、ドアの向こう側から反応はなかった。

それどころか、人の気配すら感じ取れなかった。

何故か嫌な予感がする。

 

「日向……?」

 

「朝っぱらからうるさいよ、星歌ちゃん」

 

「あ、大家さん……」

 

形容しがたい不安感に圧し潰されそうになっていると、騒ぎを聞きつけたのか大家さんが目を擦りながら階段を登ってくる。

そして日向の家の前にいる私を見ると、アレッと言いながら首を傾げた。

 

「あれ?星歌ちゃん聞いてないの?」

 

「な、何がですか……?」

 

「日向君、今日の早朝に出て行ったよ。明日には家具の引き取り業者が来るって言ってたし、近いうちにその家は売る予定じゃないかな」

 

「え……」

 

手に持った新聞と紙袋が地面に落ちた。

 

「ありゃ。聞いてなかったのか。日向君も、星歌ちゃんにくらいは言って行けばいいのにねぇ」

 

「あの……日向はどこに……?」

 

「それが儂にも言わなくってな。どこに行ったのか、見当もつかないんだよ」

 

ぐるりと世界が反転した。

何で、何で、何で。

次々と疑問が湧いては消え、沸いては消え、沸いては消え、私は膝から崩れ落ちた。

慌てて大家さんが駆け寄ってくれたのは覚えているけど……正直、その日の記憶は曖昧だ。

 

ただ、紙袋の中に入っていたキャンディが甘かったことだけは覚えている。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「星歌、最近めっちゃギター上達したよな。あ、勿論元から上手かったけどさ」

 

ライブ前の最後の合わせが終わると、神崎がおもむろにそう言った。

 

「ま、大学にも行かずお前達と演奏ばかりしてるからじゃないか?」

 

細かいチューニングを合わせ、最後の機材確認をしながら答える。

あの日以降私はロクに大学に行くこともせず、ぽっかりと開いてしまった胸の空洞を埋めるように毎日バンドメンバーとつるんでばかりいる。

そりゃあ上達するだろ。

 

「あ、神崎今日からまたしばらく泊めてくんない?家だと妹がうるさくってさ」

 

昨日2週間ぶりに家に帰ったが、やっぱりと言うべきか虹夏がうるさくてまともな練習にならなかった。

それを神崎に伝えると、コイツは心配そうな顔をした。

 

「泊めるのはいいけど……そんなに家に帰らなくていいのか?」

 

「いいんだよ。帰ってもやることないし」

 

そう、やることなんてない。

今考えれば、消える直前の日向は明らかにおかしかったじゃないか。

どうして私は何も話を聞いてやらなかったんだろう、どうして寄り添ってやらなかったんだろう。

 

……どうして、現実から逃げているんだろう。

 

「ほら星歌。私達の出番だよ」

 

と、リナが言う。

気づけば、私達の出番の時間だったらしい。

 

「……あぁ」

 

私は一拍置いて返事をすると、煌びやかなステージへと足を踏み入れた。

 

失ってから、初めてそのものの価値が分かる。

 

私がこの意味を理解するのは、もう少し後の話である。

 




ー評価してくださった方ー
神影アルマさん、libra0629さん、オリバーホーンさん、生肉しゃぶしゃぶさん、たいふさん、㌧㌧㌧さん、思春期を殺した少年の翼さん

ありがとうございました!

また、文中に登場した星歌さんのかつてのバンド仲間である男性ベーシスト『神崎』は、私が勝手に命名させていただきました。
今後原作で名前が明かされることがあれば、その際に修正させていただきます。

ー追記ー
最後の部分を修正させていただきました。
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