星に歌う   作:Rain777

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#12 わがまま星歌さん

「床掃除よし、水回り掃除よし、消臭剤設置よし。洗濯物も全部片付けたし……うん、オッケーだな」

 

結束バンドの初ライブが終わった次の日の早朝。

ジャージから外行きの服に着替えた俺は、家の中をグルグルと回りながら1つ1つ指さし確認をしていた。

普段から掃除するように心がけてはいるが、今日は塵ひとつ残すことが許されていなかった。

 

「にしても、星歌先輩もいきなりだよなぁ」

 

コロコロで掃除を終えたソファに座り、スマホを開く。

ロックを解除して真っ先に表示された画面は、星歌先輩とのロインのトーク画面だった。

そこには、『今日お前の家に行ってもいいか?』という、星歌先輩からのメッセージが燦然と輝いていた。

 

 

 

 

 

#12 わがまま星歌さん

 

 

 

 

 

ピンポーン、とチャイムが鳴り、ソファで寛いでいた俺は跳ね上がるように立ち上がる。

そして短い廊下を駆け抜け、玄関に置いた鏡で髪や服装を見ておかしな部分がないことを確認してからドアを開ける。

 

「い、いきなり悪いな」

 

ドアを開けるとそこには、目をグルグルと泳がせた星歌先輩が立っていた。

 

「あぁいえ、大丈夫ですよ。何もない家ですが入ってください」

 

臭いとか思われてないかな、と心配しつつも、俺は家の中に星歌先輩を招き入れる。

星歌先輩が靴を脱いでいる横でドアに鍵を閉め、まだ一度も使ったことのない来客用スリッパを下駄箱から出す。

 

「これ使ってください。まぁスリッパがなくても足が汚れない程度には掃除しておきましたが……」

 

「そ、そうか。ありがとう」

 

俺の出したスリッパを履いた星歌先輩を居間に案内する。

星歌先輩は興味深そうに周りを見回しているが、そんなに見られると少し恥ずかしいものだ。

 

「中々綺麗にしているんだな。男の一人暮らしなんだから、もっと汚れているかと思っていたぞ」

 

「ま、それなりには。星歌先輩はアイスコーヒーで良かったですか?」

 

俺がそう訊くと、星歌先輩は頷いた。

……というか、『それなりには』と言ったが、嘘である。

普段の我が家は……雑誌やもう使わない書類があちこちに散乱している。

星歌先輩が来ると聞いて、大慌てで掃除したのだ。

氷を入れた透明のグラスにアイスコーヒーを注ぎ、お茶請けのバウムクーヘンと一緒に盆に乗せてソファに座っている星歌先輩の元へ持って行く。

 

「ありがとう」

 

「いえいえ。それより、どうして急に俺の家に来ようと思ったんですか?」

 

俺もクッションの上で胡坐をかきアイスコーヒーをすすりながら質問する。

すると星歌先輩は露骨に俺から目を逸らしてしまう。

 

「その……アレだ。後輩のきくりがお前の家に入り浸っているんだから、先輩の私が入り浸ったらダメな理由はないだろ」

 

「いえ、だから別に来るのは良いんですよ。でも何でかな……って」

 

「ダメなのか?」

 

「いやだから……はい。分かりました。だから足を踏まないでください」

 

足先を踵でグリグリと踏まれ、理由を聞き出すことを諦める。

 

「あ、星歌先輩今日はSTARRY大丈夫なんですか?PAさんに任せたりとか?」

 

「今日は休みだ。だから安心しろ」

 

「そうですか……ならいいんですが」

 

俺はそう言うと、時計をちらりと見る。

午前10時。昨日今日と有休を取りやらなければならない仕事もないので、今日は星歌先輩と2人でゆっくりしよう。

 

「そうだ。時に日向、何か食べたい物はあるか?」

 

「食べたい物、ですか?」

 

恐らく、昼に何を食べに行こうかと訊かれているのだろう。

 

「星歌先輩こそ何が食べたいんですか?」

 

俺が訊き返すと、星歌先輩はムッと顔をしかめた。

 

「私はお前に聞いてるんだ。で、何が食べたい?」

 

「そうですねぇ……無難ですけどパスタとか食べたい気分ですね」

 

最近近くに出来た美味しいパスタ屋を星歌先輩に紹介しようと、俺はそんな提案をする。

すると星歌先輩は、ふむ……と呟いて何かを考え込んだと思えば、突然膝を叩いて立ち上がった。

 

「パスタ……パスタか。よし!行くぞ!」

 

「行くって……星歌先輩、この辺りで美味しいパスタ屋を知ってるんですか?」

 

「違う。スーパーだよ。私が作ってやる」

 

俺が首を傾げると、星歌先輩は腕まくりをするポーズを取ってそう言った。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

心配だ、あまりにも心配すぎる。

鼻歌を歌いながら買い物カートを押す星歌先輩の半歩後ろを歩く俺は、その背中を見ながら内心ドキドキだった。

スーパーマーケットが併設されたショッピングモールに来た俺と星歌先輩。

星歌先輩とは物心ついた頃からの知り合いだが、星歌先輩が料理掃除洗濯などの家事をやっている姿を俺は一度たりとも見たことがない。

 

「あの……星歌先輩、料理出来るんですか?」

 

俺の質問は、星歌先輩の鋭い目つきで黙殺されてしまう。

 

「一人暮らしをしていると他人の料理が食べたくなるってのは本当なのか?」

 

「まぁ……そう言われると、たまに食べたくなりますね。俺の場合仕事が忙しくてインスタントで済ませることが多いのも理由なのかもしれませんが」

 

ここ1週間の食事を思い返してみる。

昨日の夜こそみんなで居酒屋だったが、それ以外のほとんどはカップ麺かボンカレーかコンビニのサンドイッチだ。

早くに母さんを亡くしているということもあって、いまいちおふくろの味というものに縁がないというのも加味しているかもしれない。

 

「パスタ、パスタっと……日向の家はパスタはあるのか?」

 

「ああ、どうでしたっけ……あったような、なかったような」

 

キッチンの引き出しの中を思い出しながら答える。

いつかに買ったような気もするが、食べきったような気もする。

 

「じゃあ一応買っておくか。今日は私が出してやるから安心しろ」

 

「はぁ……ならお言葉に甘えますが……」

 

それより、星歌先輩の料理が心配すぎるのだ。

人並みに出来れば御の字、ダークマターを作り出された時はどうしようか。

 

「胃薬買っておこうかな……」

 

一応家に常備してあるが、少なくなっていたはずなので胃薬の購入に向かう。

だが、薬品コーナーに向かおうとした俺の服を星歌先輩が掴む。

 

「おい、どこに行くんだ?トイレか?」

 

「いえ、その、ちょっと……」

 

「……?どうしたんだよ。言いにくいか?」

 

「いえ……いや、何でもないです……」

 

胃薬を買いに行きます、なんて言った日にはブッ飛ばされることは目に見えているので、諦めて自分の運命を受け入れる。

せめて普通に食えるものが出てくると嬉しいのだが。

 

「おっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

パスタ麺が売っているのはどこだっけ、と天井から吊るされた看板を見ながら歩いていると、可愛らしい悲鳴と共に膝に軽い衝撃を受ける。

驚いてそちらに視線を向けると、5歳くらいの女の子が尻もちをついていた。

 

「大丈夫?痛いところはない?」

 

しゃがんで目線を合わせながら、女の子に話しかける。

こうすると小さな子供は安心するんだよな。

 

「……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

……安心、するはずなんだが。

 

「あ、あ、あ……せ、星歌先輩!どうしましょう!?」

 

子供にいきなり泣かれた経験など持ち合わせていないので、オロオロしながら星歌先輩に目を向ける。

 

「わ、私が知ってる訳ないだろ!?あー……飴だ!日向何か持ってないか!?」

 

「た、煙草とZIPPOなら出てきました!」

 

「バカ!相手は子供だぞ!えーっと、お、お姉さん達怖くないからね~……」

 

最高にぎこちない笑みを浮かべた星歌先輩が手を伸ばすが、女の子はより一層大声で泣くばかりだった。

周りの客は関わり合いにこそなってこないが、明らかに白い目で俺達を見ている。

 

「せ、星歌先輩は顔が怖いんですよ!ほら、お兄ちゃんは怖くな……」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」

 

「お前は身体がデカいんだよ!えっと、どこから来……」

 

「びぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!!!」

 

どうやっても泣き止まないどころかこちらの話を聞く気がない女の子。

だが泣き止んだと思った瞬間、電池が切れたように俺の胸にもたれかかって寝息を立て始めた。

 

「どーするんだよ、これ……」

 

「迷子センターにでも連れていきますか……」

 

「そうだな。まぁ買い物は後ででいいか……」

 

星歌先輩が買い物カートを近くの置き場に片付けている間に、俺は寝ている女の子を背負う。

子供の体温は高いという話は本当のようで、背中からじんわりと伝わる熱気が苦しい。

 

「片付けてきたぞ。迷子センターに行くか」

 

「そうですね。親御さんが見つかるといいんですが……」

 

俺と星歌先輩は並んで迷子センターに向かう。

そして到着すると、星歌先輩が職員に粗方の説明をする。

 

「なるほど、ありがとうございます。それではアナウンスの方をさせていただきますね」

 

「僕達はもうここから離れてもいいんですか?」

 

「はい。大丈夫ですよ」

 

「なるほど。なら……」

 

女の子を背中から降ろそうとするが、小さな手が服をしっかりと掴んで離さない。

無理矢理引きはがすのも可哀想なくらいぐっすりと寝ている女の子に、俺は思わずため息を吐く。

 

「……星歌先輩。先買い物行っててください。俺、この子のご両親が来るまでここで待ってます」

 

「じゃあ私も待とう」

 

分かった、と返ってくるかと思っていたが、星歌先輩の返答はそんな意外なものだった。

 

「え?何でですか?」

 

「何でもだ。それとも、私がここに居てはいけない理由でもあんのか?」

 

「いやそれはないですけど……」

 

「ならいいだろ」

 

俺の答えを待たず星歌先輩は迷子センターのベンチに座り、俺も女の子を起こさないようにその隣に腰かける。

 

「……もし、だぞ。もし仮に私達に子供がいたら、こんな感じなのかな」

 

隣の星歌先輩がおもむろにそんなことを言う。

 

「さぁ……どうなんでしょうね。俺と星歌先輩の子供って正直想像つきませんね」

 

俺に似るのか、星歌先輩に似るのか、はたまたどちらにも似ないのか。

 

「そうだな、頭と運動神経はお前に似て欲しいな。それ以外は全部私で」

 

「えぇ……自分で言うのもアレですけど、俺そんなに不細工じゃないと思うんですけど」

 

「うるさい。じゃあ2人作ればいいだろ」

 

「仕事頑張らなくっちゃですね」

 

俺と星歌先輩は顔を見合わせて笑う。

これは『もし』の話だ。

そんなことは星歌先輩だって理解しているはずだが……結婚したての夫婦のようなやり取りに、俺はささやかな満足感を得ていた。

 

「日菜子ッ!」

 

子供が出来たらどんな名前にしようかな~と捕らぬ狸のナントヤラをしていると、息を切らせた男が入ってくる。

その後に続くように女性も入ってきて、俺が背負っている女の子の顔を見るとぺこぺこと頭を下げる。

どちらも俺より若そうだが……え、この男が女の子の父親なのか?

 

「ああ!本当にすみません!ウチの娘がご迷惑をおかけしました……!」

 

男が90度に腰を曲げて謝っていると、その声に反応したのか背中の女の子が目を覚ます。

 

「パパ!ママ!」

 

「ぱ……ま……」

 

星歌先輩が絶望したような声を出す。

自分より若い人間が親をやっているということが、大きなダメージとなっているのだろう。

……かく言う俺も無傷ではないが。

そんな俺達の気持ちも知らず、女の子は俺の背中からぴょんと飛び降り男の脚に抱き着く。

 

「まったく、いきなりいなくなって探したのよ。本当にありがとうございました」

 

「あ、いえ、ご丁寧にどうも……」

 

星歌先輩が敬語になる。

その後、家族3人揃ってもう一度俺達に謝罪をすると、『今から動物園にでも行こうか』と喋りながらどこかへ消えていった。

 

「……日向。もう今から飯作るの面倒だし、何か食べて帰らないか?」

 

「……そうですね。美味しいパスタ店知ってますよ」

 

それぞれ心に傷を負った俺達は、迷子センターの職員に『あの……もう帰ってもらっても大丈夫ですよ』と言われるまで、ベンチで放心しているのだった。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「美味しかったな」

 

「ええ。そうですね」

 

自炊を諦めパスタ屋で昼食を終えた俺達は、腹ごなしも兼ねて家までわざと遠回りしながら2人で歩いている。

星歌先輩に合わせたこの小さな歩幅が、たまらなく幸せだ。

 

「星歌先輩、今日は何時くらいまで居る予定ですか?」

 

「ん……特に時間は決めていないが、あまり遅くなると虹夏に迷惑がかかるからな。夕飯は要らないと言ってあるから、食べたら帰ろうかな」

 

「じゃあ、そこで作ってくださいよ。冷蔵庫にそれなりに色々入れてあったはずなので」

 

俺がそう言うと、星歌先輩は驚いたように口をぽかんと開けた。

 

「どういう心境の変化だ?スーパーに行った時はあんなにも嫌がっていたのに」

 

「別に嫌がってはいないですよ。ただ、星歌先輩が家事をやってる姿を見たことがないから不安になっただけです。俺、星歌先輩が作った料理が食べてみたいですよ」

 

「そ、そうか……そこまで言うなら作ってやらんでもないぞ」

 

星歌先輩は照れたように鼻の下を人差し指で擦る。

さて、ここを曲がって公園を通り過ぎたら俺の家だ。

 

「ん?野球ボール?」

 

道を曲がると、俺の足元に軟式ボールが転がってきた。

拾い上げてどこから転がってきたのか探していると、公園の奥の方で2人の男の子がこちらに手を振っていた。

 

「すみませーん!ボール取ってくださーい!」

 

「いいよー!星歌先輩、俺あの子達にボールを渡してきますね」

 

「ああ。待ってるから早く戻って来いよ」

 

俺は鞄を星歌先輩に渡し、小走りで少年達の所へ向かう。

 

「はい。ボールは大事にね」

 

「ありがとう、おじさん!」

 

「おじ……ま、まぁ君達からしたらおじさんか……」

 

今年で29、まだ誕生日が来ていないから28だ。30になる星歌先輩とは違う。

……なんて考えていると、俺の背中に殺気が突き刺さった。星歌先輩は、本当にエスパーなのかもしれない。

 

「まぁいいや。それより、ボールは大事に使うんだぞ?」

 

俺が咳払いしながらそう言うと、2人は素直にうなずいた。

 

「っていうかおっちゃん、わざわざ来なくても投げてくれればよかったのに」

 

巨人の帽子を被った子がそう言う。

確かに、そう思うのが普通かな?

 

「ま、そうかもね。じゃあまた!」

 

俺はそう言って話を切り上げると、星歌先輩のもとに戻る。

 

「遅れました。すみません」

 

「遅れたのは構わんが……お前、私のことをババア扱いしなかったか?」

 

ぎくり、とする。

本当にこの人は、何故俺の思考回路が読めるのだろう。

俺の目が泳いでいたのか、太ももをパンッと叩かれる。

 

「いてっ」

 

「ふん。早く帰るぞ」

 

痛みに悶える俺をよそに、星歌先輩はそそくさと歩いて俺の家に向かってしまう。

心なしか、さっきまでと比べて歩くスピードが早い気がする。

 

「待ってくださいよ星歌先輩。鍵持ってるのは俺なんですから」

 

俺は笑いながら星歌先輩を追いかけた。

 

ちなみに、星歌先輩が夜に作ってくれたオムライスは、信じられないくらい味が濃かった。

でも、とても美味しかったとここに記しておくとしよう。

 




ー評価してくださった方ー
モチモチこしあんさん、NNN。さん、かんほさん、たいふさん、moccaさん、cheetahさん、タスマニアさん、橋本詠海さん、RIsa_0421さん、神威混淆さん

ありがとうございました!
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