「ああああああああああああっ!!!」
自宅に帰ってきた俺は、枕に顔を埋めて大声を出しながらフローリングの上を転がりまわる。
「何で喋った!?何で喋った俺!?絶対に星歌先輩にだけは言わないって自分で決めてたじゃねぇか!」
思い出されるのは、今日の昼頃の出来事……という名の醜態。
なんやかんやあって伊地知家に行くことになった俺は、なんやかんやあって星歌先輩に肩の怪我のこととコンプレックスのことを喋ってしまったのだった。
死ぬ程ダサい惨めな気持ちだから絶対に星歌先輩にだけは知られたくなかったのに、何故か喋ってしまった。
「はぁ……落ち着こう。このままじゃ近所迷惑だ」
枕をベッドに投げ、一度落ち着いてみる。
『隣の部屋から叫び声が聞こえてきて怖い』なんて通報された日には、俺はこのアパートに住めなくなる。
「それにしても、何で喋っちまったかな……」
『星歌先輩のバンドメンバーの男みたいにキラキラ光る人間にはなれなかった』って、完全に成功者への醜い嫉妬じゃないか。
星歌先輩がどこまで覚えているか知らないが、出来る事ならきれいさっぱり忘れて欲しいものだ。
昼の12時くらいに目を覚まし、自分のやったことの重大さに気づいて半ば飛び出す形で帰ってきてしまった。
ぐっすり眠れたのか、異常に身体だけは元気になってしまっている。
「今から出勤しようかな……」
そんなことを考えながら昼飯の準備をしていると、ポケットのスマホが震えた。
「ん……?虹夏ちゃん?」
何か忘れ物でもしたのかな、と思いロインを開くと、『今から2人で喋れないかな?』とメッセ―が入っていた。
#15 虹夏の☆SHOW
「あっ、おーい!日向くーん!」
待ち合わせの10分前。
可愛い私服に身を包んだ虹夏ちゃんが、集合場所に居る俺に向かって手を振りながら走ってくる姿が見えた。
俺はネット記事を見る手を止め、ポケットにスマホを片付ける。
「さっきぶりだね、虹夏ちゃん」
「うん!いきなり帰るって言いだしたからビックリしたよ!」
それを聞いて、俺は乾いた笑いをあげることしか出来なかった。
本当にごめんなさい……。
「暑いし、話の前にどこか喫茶店でも入ろうか」
「そうしよっか。あっついね~」
パパ活とは思われていないだろうか……とビクつきながら近くの喫茶店に入る。
そして俺はアイスコーヒーとドーナツを、虹夏ちゃんはアイスココアとメロンパフェを注文する。
「いきなり呼び出しちゃってゴメンね~」
「それはいいんだけど……どうして星歌先輩にも秘密なの?」
俺が気になっていたのはそこだった。
ロインで送られてきたメッセージの最後には、今日会うことは星歌先輩には秘密にしてくれと書かれていた。
言われた通り星歌先輩には何も喋っていないが……一体何なのだろう。
「まぁその……お姉ちゃんに関わることだからさ。あんまり聞かれたくないって言うか、恥ずかしいって言うか……」
「星歌先輩に関わること?もしかして結婚が近いとか?」
「違うよ。話が飛躍しすぎじゃない?」
虹夏ちゃんに冷たい目を向けられる。
真夏だというのに、何故か寒気がしてきた。
「じゃあ何かな?」
「えっとね、日向君にはお母さんのこととSTARRYのことを話しておいた方がいいかなって思って」
お母さんのこと、と聞いて思わず背筋が伸びる。
朝、家で遺影が目に入ってしまった時は敢えて触れなかったが……まさか虹夏ちゃんの方から話題に出してくるとは。
それと、虹夏ちゃんはSTARRYのこととも言った。
わざわざ並べるということは、この2つの事柄には何かしらの関連性があるのだろう。
「じゃあまず、お母さんのことから聞こうかな。それは話してもいいことなの?」
「日向君ならいいかなって。えっとね、まずお母さんは9年前に事故で死んじゃったの」
「事故で……」
俺の父さんと同じ理由じゃないか。
「お母さんが死んじゃった後、私学校に行けなくなっちゃったんだよね。まだどこかでお母さんが生きてるような気がするんだけど、同時にお母さんが死んじゃったってことも受け止めてて訳が分からなくなっちゃって」
「……分かるなぁ。ちょっと」
俺も、母さんを病気で亡くしたのが14の時だった。
あの時、深夜にフラッと家を出ては母さんの名前を呼びながら徘徊したりしていた時期があった。
こんな虹夏ちゃんを放って俺は関西に行っていたと考えると……。
「そんな時、お姉ちゃんが助けてくれたんだよ。私じゃ結べなかったリボンを結んでくれて、ライブハウスにも連れて行ってくれて」
そこまで喋ったところで、ドーナツとメロンパフェが届く。
メニューのイメージ写真よりも明らかに大きいパフェに、虹夏ちゃんは目を輝かせる。
「すっご……大きいね。日向君も少し食べる?」
「いや、俺は俺であるから大丈夫だよ。もし食べきれなかったら言ってね」
「そっか。いただきまーす!」
虹夏ちゃんは手を合わせ、メロンパフェに食いつく。
女子高生が食べるには少し大きいかな、と思ったが、みるみるうちに虹夏ちゃんの胃袋に吸い込まれていった。
……30が目の前に迫り胃腸が弱ってきた俺からすると、致死量の生クリームは見ているだけで胸やけしてきそうだ。
「あ、それで話の続きなんだけどね。お姉ちゃんがたくさん助けてくれてお母さんの死を乗り越えることが出来たんだけど……お姉ちゃんがバンド辞めちゃったのはその時なの」
「どうして?」
俺には『飽きた』と言っていたが、実際の理由は何なのだろうか。
お母さんが亡くなり、虹夏ちゃんの母代わりになるといったところだろうか。
だが、虹夏ちゃんの答えは違った。
「それがSTARRYができた理由なんだよ。バンドの演奏を聴いて笑って、ドラムを始めた私を見てお姉ちゃんは私の居場所を作ってくれたんだよ」
「……なるほど」
これで星歌先輩が飽きたと言っていた理由が分かった。
そりゃあ、こんなこと虹夏ちゃんには言えないだろう。
……特に、あの星歌先輩が言うはずない。
「だからね。私は、STARRYをもっともっと凄いライブハウスにしたいの。まぁ……まだ全然力不足なんだけどね」
虹夏ちゃんはそう言って笑う。
「お姉ちゃんは自分のバンドを辞めてまで私のためにライブハウスを作ってくれた。だから日向君には、そんなお姉ちゃんをちょっとでも助けてあげて欲しいの。お願い」
真剣な虹夏ちゃんの表情。
俺はくすりと笑うと、その頭を軽く撫でた。
「当たり前だよ。断る理由がないよ」
「そっか!よかったぁ……」
へにょり、とアホ毛が安心したように垂れ下がる。
虹夏ちゃんは笑いながらメロンパフェの残りを完食すると、そうだ、と声を出す。
「日向君、お姉ちゃんとはいつ結婚するの?」
「えっ?」
危ない、コーヒーを噴きかけた。
今この子なんて言った?
俺と星歌先輩が、結婚?
「いやどうして?それこそ話が飛躍しすぎじゃない?」
「え、付き合ってないの?私てっきり最近付き合い始めたのかと思ってたけど……」
「付き合ってないけど」
どうしてそう思ったのか、そこが重要だ。
それを訊くと、虹夏ちゃんはウーンと虚空を見つめて考え始めた。
「なんて言うか……距離感?幼馴染って言葉で片付けるには無理があるくらい近いよね?今日も、ちょっとだけ見たけど2人で肩を寄せ合って手を繋いで寝てたじゃん」
「手は繋いでないと思うけど……」
寝る直前で肩は借りたが、手を繋いだ記憶はない。
「絶対繋いでたって!私見たもん!」
「そうなのかなぁ。星歌先輩が間違えたとかかな」
「間違えて手は繋がな……いや、お姉ちゃんぬいぐるみ抱かないと寝れないしな……」
「あのアラサー、滅茶苦茶あざといよね」
「そうそう。ツンツンツンツンツン、でれぇ~ってところもね」
とても同じアラサーとは思えないことがある。
「何で付き合ってないの?」
音をたてながらココアをすする虹夏ちゃん。
いや、何でって言われてもなぁ……。
「付き合ってないから付き合ってない、って言うべきかな」
「ふーん。じゃあ日向君はお姉ちゃんのこと好きなの?」
女子高生、無敵すぎる。
連続のブッ込みに、俺はメンタルが削られ始めていた。
「……好き、だけど」
どうせ隠し通せないのならば、先に明かしておいた方がよっぽど楽だ。
虹夏ちゃんの性格上星歌先輩にバラしたりはしないと思うので、早めに言っておくことにする。
「やっぱり!じゃあデート行きなよ!誘ったらお姉ちゃんも喜ぶよ!」
「そうかなぁ……」
俺に誘われて星歌先輩は嫌な顔こそしないが、喜ぶとも思えないが。
「お姉ちゃん、最近見たいって言ってた映画があるんだよ!私も夏休み入る前にリョウと観て来たけど、すっごい面白かったの!だから、日向君もお姉ちゃんと一緒に観に行って来たら?」
そう言って虹夏ちゃんがスマホに表示した画像では、イケメンの男と綺麗な女が見つめ合っていた。
「お、この女優知ってるぞ。何かのCMに出てて、俺ショートカット好きだから印象に残ってるんだよ」
確か名前は……出てこないな。
実はそんなに好きじゃなかったのかもしれない。
「へぇ……ま、日向君お姉ちゃんのこと誘ってあげなよ!お姉ちゃんも観たいって言ってたからさ!」
映画、か。
付き合い以外だと、もう15年近く観に行っていない。
「……まぁ、誘うだけ誘ってみようかな」
俺は映画のタイトルを頭の中にメモすると、そろそろ帰ろうかと言って席を立った。
☆☆☆
「映画かぁ……」
帰宅後、コラムの記事を書き終えた俺はベッドに横になってスマホをいじっていた。
虹夏ちゃんに教えてもらった映画は確かに人気で、公開から1カ月近く経った今でもまだ動員数が伸び続けているらしい。
内容はコテコテのラブロマンスらしいが……。
「そりゃ誘いたいけどなぁ……」
朝にあんなことがあったということもあり、ちょっと誘いにくかったりする。
そもそも、星歌先輩は俺に誘われて喜んでくれるのだろうか。
断りはしないだろうが、逆に断ってくれた方が楽な時もある。
ロインのトークルームをじっと眺めていると、『今、時間あるか?』と星歌先輩からいきなりメッセージが届いた。
「ありますよ、っと……電話かな?」
俺の思った通り、返信した直後に電話がかかってきた。
「はいもしもし」
『あぁ、日向か。やたら既読が早かったから驚いたぞ』
「た、たまたまですよ……」
あなたをデートに誘おうとしていました、なんて恥ずかしいことは口が裂けても言えない。
「それより何でした?STARRYはそろそろ開業時間じゃないんですか?」
腕時計で時間を見ると、午後の4時40分だった。
チケット販売は5時からのはずだから、あと20分もない。
『まぁそうなんだが、少し話をしておきたくてな』
「話?まだ何かありましたか?」
『いやその……まぁいいだろ。何か楽しい話をしろよ』
「む、無茶ぶりが過ぎますよ……」
星歌先輩の言いたいことがいまひとつ分からないが、楽しい話を思い浮かべようとする。
「……布団が吹っ飛んだ、とか?」
『それはギャグだろ』
「え、えぇ……じゃあ、ここらでひとつ熱いお茶が怖い、とか?」
「何を言ってるんだお前は……」
ま、マズい。星歌先輩が何を言いたいのかさっぱり分からない。
『楽しい話が出来ないなら……その、だな。楽しい話をしないか?』
「……え、何言ってるんですか?」
俺の聞き間違いだろうか。
それとも、何か落語のような言葉遊びなのか?
『ああいや、えっとだな……お前、次に連休が取れそうな日はあるのか?』
「れ、連休ですか?そうですね……9月の第一月曜と火曜なら休めそうです」
手帳を捲りながら答える。
まだ半月以上先の話となるが、近場で連休が取れるのはそこしかないだろう。
『9月の第一月曜と火曜だな。分かった』
「……ご飯でも行きますか?」
俺が訊くと、スマホの向こう側で星歌先輩が何かを決意するように息を呑んだ。
『その……映画を観に行かないか?それで、夜ご飯でも食べながら感想戦でも……』
星歌先輩が口にした映画のタイトルは、ついさっき虹夏ちゃんから聞いたタイトルだった。
なんだ、そんなに人気の映画なのか。
「……ああ、それで楽しい話ですか」
やっと合点がいった。
……というか、この話に持って行くためにわざわざ無茶ぶりしてきたの、星歌先輩ちょっと性格悪いな。
「いいですよ。じゃあ有休申請しておきますので。楽しみにしておきますね」
『分かった。忘れるなよ』
「忘れる訳ないじゃないですか。それでは」
俺がそう言うと、電話はぷつりと切れた。
「……というか、これデートってことでいいよな?」
カレンダーを捲り9月のページにすると、俺は星歌先輩との約束の日に赤ペンで丸を付けた。
あと半月、仕事はまだまだ忙しいが頑張れそうだ。
☆☆☆
「ほらお姉ちゃん。私の言った通りだったでしょ?」
スマホを耳から離すと、虹夏がドヤ顔で腰に手を当てそう言った。
「日向君がお姉ちゃんの誘いを断る訳ないって」
「いや、それはそうだけどな……」
スマホをソファに放り投げながら床に座る。
どこかに行っていた虹夏が帰ってきたと思ったら、いきなり『日向君を映画に誘ってみようよ!』なんて言い出した時は流石に驚いた。
昔から日向を遊びに誘って断られたことはほとんどなかったが……朝にあんなことがあった後と考えると、若干の気まずさもあった。
「お姉ちゃん、ちゃっかり2日分の休み取れる日訊いたんだね。遅くなっても私は1人で寝れるから安心してね~?」
「……うっさい。早く営業始めるぞ」
まるで猫耳が生えたかのように見えてしまう虹夏を引っ張ってSTARRYへ向かう。
あと半月か、長いな……。
「早く時間が過ぎないかな……」
ー評価してくださった方ー
蒼春かよんさん、玉水さん、神影アルマさん、タスマニアさん、Aoboshiさん、はせきょうさん、nakanoharaさん、良樹ススムさん、ラスネコさん、蒼井箪笥さん、或る人さん、グナイゼナウさん
ありがとうございました!