「それじゃ、再会を祝して……かんぱーい!」
「……乾杯」
神崎の音頭で、私達はグラスをぶつける。
あの後日向と別れた私は、神崎に言われるがまま居酒屋へと足を踏み入れてしまっていた。
一息で半分近くビールを飲み干した神崎は、ぷはっと息を吐いて上機嫌に笑う。
「いやー、びっくりしたよ。本当にたまたまお前と会って。何年ぶりくらいかな?」
「……6年とかじゃないか?」
最後に喋った日から指を折って数えてみる。
合ってるかは分からない。
「まぁそのくらいか。それにしても、お前あんまり変わらないなぁ。髪も昔のまま短いし」
神崎はそう言いながら、グラスを持つ私の左手にちらりと視線を向けた。
「……まだ結婚してないの?」
「してない」
ぶっきらぼうに答えると、神崎は安心したようにため息をついてみせる。
「ま、いいや。とりあえずお互い積もる話もあるだろうし、今日はゆっくりしようや」
テンション高くメニューを開く神崎をよそに、私の気分は落ち込んでいた。
#17 愛のカルマ
「お待たせしましたー。豆腐のサラダと鰹のカルパッチョですー」
私の目の前に、サラダとカルパッチョが置かれる。
神崎はそれを、自分の箸で適当に取り分けて食べ始めた。
「お、ウマいぞ。星歌は食べないのか?」
「あ、あぁ……食べるよ」
ビールも進まずぼうっとしていた私だったが、神崎に呼ばれ現実に引き戻される。
「それじゃあ、まずは互いの現状報告からいこうか。俺はさっきも言ったけど、ミックスをメインとする音楽関係の仕事をやってる。生活はまぁまぁ苦しいけど、これが結構楽しくってさ」
「……そうか」
「ま、音楽関係の仕事に就くのが夢だったってのがあるしな。星歌は……ライブハウス作ってるんだっけ」
「いや、今年の3月にオープンした。STARRYって名前で、ぼちぼちやらさせてもらってる」
私がSTARRYの名前を出すと、神崎はあぁ~と言いながら何かを思い出したように手を叩いた。
「そのライブハウス、この間仕事中にちらっと聞いたな。星歌がやってるライブハウスだったのか」
「ま、まだまだだけどな」
「今年始めたんだろ?そんなもんだって」
神崎は笑いながら2杯目のビールを注文する。
そして私の方をちらりと見て、もう一杯追加で頼んだ。
「ペース遅いな。頼んでおいたぞ」
「いいだろ別に。自分のペースで飲まさせてくれ」
私のグラスには、まだ4分の3程のビールが残っている。
神崎はふぅんと不思議そうな声を出すと、ついでに唐揚げも注文した。
「そうだ。星歌、見る限り結婚指輪してないけど結婚はまだなのか?」
「まだ」
私はビールを飲みながら答える。
この話はこれ以上掘り下げるな、と突っぱねたつもりだったが、伝わっていないのか神崎は更に深くまで問い詰めてくる。
「まだなのか。じゃあ付き合ってる男とかはどうなんだ?」
「いない。そんなこと訊いてどうするんだよ」
「どうって……いいだろ?そのくらい」
まぁ、それもそうか。
コイツの言う通り、訊くくらい何の問題もない。
訊くくらい、なら。
「まーそう言う俺は結婚間近までいった彼女がいたんだけど、去年振られちまって。今は哀しき独り身って感じかな」
「そうなのか」
この話を続けていては良い気がしないので、早く話を終わらせたい。
だが神崎はそれでも、私の目を真っ直ぐに見据えた。
「……さっき、一緒に歩いていた男がいたじゃん。結構背の高い。アイツとはどうなの?」
「どうともない。何かあったら、あんなに簡単に他の男と『行ってきていいよ』とは言わないだろ」
「ま、それもそうか。アイツ誰なの?」
「高校時代の後輩だ。見たことないか?野球部の」
「……あぁ~。いたな、そんな奴」
思い出したようで、神崎は顎を摩りながら天井を見る。
「何度かライブハウスに来てた奴だろ。こういう場所の楽しみ方が分からないって顔してたから、ステージ上からもよく目立ってたし覚えてるわ。あんなに背が高かった記憶はないけど」
「そうか?昔からそれなりに高かった気がするけどな」
私はそこでようやく1杯目を飲み終える。
そして神崎の頼んだビールを机の端に追いやって烏龍茶を注文し、一口すする。
「……なぁ星歌。話があるんだけどさ」
急に真面目な表情になった神崎に、私は『ついに来たか』と身構える。
「……何だよ」
今から何を言われるかなんて分かりきっているが、一応分からないふりをしておく。
私の予想が外れるに越したことはないのだから。
「俺達、もう一度やり直さないか?別れた時も、喧嘩して別れたとかじゃなくてお前がバンド脱退して自然消滅って感じだったじゃん。だから……もう一度、付き合わないか?」
ああ、やっぱり。
私は心の中でため息をつく。
コイツと飲みに来た時点でこうなるのではないか、という予想はあったが……。
「俺、さっきミックスの仕事メインでやってるって言ったじゃん?星歌がライブハウスやってるなら、俺は絶対に力になれるんだよ」
確かに、神崎の言う通りSTARRYにはミックスをメインでやっている人間がいないので、コイツがいれば間違いなく大きな戦力になる。
今は一応PAがやっているが、近い将来間違いなく限界は訪れる。
そんな時こいつが居たら……どれだけ楽なのだろう。
「だから……俺達2人で、盛り上げていかないか?そのスターリーってライブハウスをさ」
驚くくらい真っ直ぐな告白。
一瞬、勢いだけでオーケーしてしまいそうな自分がいた。
「……ごめん」
だが私は、小さく頭を下げた。
そんな私を見て、神崎はふっと笑った。
「ま、再会していきなり言われても困るよな。連絡先は変わってないよな?また何度かご飯でも行って、告白させてもらうわ」
神崎は、もう何杯目かも分からないビールを注文する。
「とりあえず、せっかく再開したんだから今日は飲もうぜ。あれ、星歌はもう烏龍茶なのか。ま、いいけどさ」
そう言って神崎は、私の烏龍茶と乾杯した。
☆☆☆
「はー、飲んだ飲んだ」
結局あれから流されるがままに夜の12時手前まで飲んでしまった。
もう終電もない。
「付き合わせちゃったけど、星歌終電あるの?」
「ない。10分前に店を出るべきだった」
「あちゃー、そうか。ここから歩いては帰れねぇよなぁ……」
神崎はスマホを操作して何か調べ物を始める。
恐らく、どうにか下北沢まで帰れないかと模索しているのだろう。
「バスもない、電車もない……か」
「ならタクシーで……」
「じゃあさ。今日泊まっていけよ。俺の家ここから歩いて5分もかからないし」
私の言葉を遮るように、神崎が言う。
『泊まっていけ』という言葉の裏に秘められた意味に気がつけない程……私も子供じゃない。
「…………」
そりゃあ、付き合っていたこともあったんだからそういうことも昔はした。
いっそ、このまま一晩くらい身を委ねてもいいんじゃないかという考えさえ、私のどこかにはあった。
でも……。
「……家に妹待たせてるから、タクシーで帰るよ」
私は断った。
だって、日向のことが好きだから。
「そっか。じゃあ今からタクシー呼ぶか。代金くらいは俺が出すからさ」
神崎は変わらない表情で笑い、偶然通りがかったタクシーを止めて私を乗せる。
なされるがままにタクシーに乗り込んだ私は、飛ぶように消えていく窓の景色を眺めていた。
何も考えずぼんやりとしているうちに家に到着し、去り際に神崎が渡してくれた五千円札がポケットにあることも忘れて万札を使って支払う。
そして、酔ってもいないのにふらふらと家に到着すると、力なくドアを開く。
「あっお姉ちゃん!お帰り!早かったね!」
頭にタオルを巻いた風呂上がりの虹夏に返事をすることもせず自分の部屋に閉じこもり、真っ暗で暑い部屋のベッドに化粧も落とさず顔から倒れ込む。
もう何も考えたくなかった。
「お姉ちゃん?大丈夫?どうかしたの?」
ドアの向こう側から虹夏の声が聞こえる。
答えるのも億劫だ。
「……大丈夫だから、虹夏は先に寝てな」
必死に絞り出した声は、蚊の鳴くような声だった。
それでも虹夏には聞こえたのか、足音と共に私の部屋の前から遠ざかっていくのが分かる。
「神崎、か……」
日向がいなくなった心の隙間を埋めようと、神崎と付き合っていた時期はあった。
無論、好きでもないが付き合っていたという訳ではなく、私もちゃんと好きで付き合っていた。
毎日バンド練習をしながら家に転がり込んで夜を過ごす、という付き合っていた時期はなんだかんだ楽しかったし、今でも良い思い出だったりする。
「もう一度やり直さないか、か……」
言われた言葉を、オウムのようにそのまま口に出してみる。
せっかくのデートだというのに変に気を利かせて帰ってしまった日向は、果たして私のことが好きなんだろうか。
好きなんだったら、強引にでも私と一緒に居てくれるんじゃないのか。
そんな考えが私の中をグルグルと渦巻く。
「……はぁ」
私も今年で30。
そろそろ結婚しないといけないのは分かっているし……もし日向の脈がないとしたら、神崎ともう一度付き合うのもありなんじゃないか。
というか、日向とは違ってああやって好意を真っ直ぐにぶつけてくれる神崎に、私は良い感情を抱きつつあるのかもしれない。
「日向のバカ……」
涙すら出ない。眠れもしない。自分の感情も分からない。
私は暗い部屋の中、ぬいぐるみを抱きしめた。
ー評価してくださった方ー
悪魔の国の語り部さん、タズナさん、5y0kuさん、夢幻世界のツァラトゥストラさん、Dutchさん
ありがとうございました!
次回、最終回です。