番外編ということで、今回は短編集的なものを投稿させていただきます。
楽しんで読んでくださったら嬉しいです。
短編集 その1
〇伊地知虹夏の黙視録 その1
最近、お姉ちゃんと日向君が付き合い始めた。
モンブランの栗を口に放り込みながら、私は目の前に並んで座る2人を見る。
2人から直接聞いた訳じゃないけど……ほら、なんていうか、空気で分かる。
「日向はショートケーキかチョコレートケーキのどっちがいい?」
「んー……どっちでも。星歌先輩が先に選んでください」
「私もどっちでもいいんだけどな」
「これじゃあ決まらないですね」
いや、早く選びなよ。
顔を寄せ合ってケーキの入った箱の中を見る2人に心の中で、そんなツッコミをしてみる。
「そうだな、じゃあ私はショートケーキにするよ」
「そうですか。じゃあ俺はチョコの方で。うわ、美味しそうだな」
チョコケーキのフィルムをはがしながら日向君が目を輝かせる。
……ひと悶着あったあの日以降、こうして日向君が私達の家に来る日が増えた。
2人共付き合い始めたって言ってこないからとりあえず黙ってはいるけど……隠してるつもりなのかな、これで。
まぁSTARRYではイチャコラしてない所を見るに、家だと2人共気が抜けるのかな。
「……隠さなくてもいいのに」
「ん?虹夏、何か言ったか?」
「何でもない」
別に、日向君なら大歓迎なのに。
隠されている疎外感に、私は頬を膨らませる。
あれから1週間近く経つんだから、早く言ってくれてもいいのに。
……特にお姉ちゃん。
「……あんまり美味しくなかったかな?」
ケーキを買って来た日向君が心配そうに首を傾げる。
「あ、ううん!美味しかったよ!」
「そ、そう?それならいいんだけど……あ、このチョコプレートあげるよ」
私が慌てて手を振ると、日向君はそう言って自分のケーキの上に乗っていたチョコを私の皿に置く。
嬉しいんだけど……日向君の中での私って、10年前の小学生の時で止まっている気がしてならない。
「なんだ、やっぱりチョコ苦手なのか?」
「いや?好きですよ?単に虹夏ちゃんにあげただけですよ」
「そうか?なら……」
お姉ちゃんは笑いながら日向君の口にショートケーキのイチゴを刺したフォークを突っ込む。
「……いきなり何ですか。驚きましたよ」
目を丸くしてモゴモゴしていた日向君だけど、イチゴを飲み込むとそう言った。
「ん?別に?私はただ、日向にあげただけだぞ?」
「そ、そうですか……あ、俺のケーキ少し食べますか?濃厚で美味しいですよ」
「じゃあもらおうかな」
「ち、ちょっと!少しって言ったじゃないですか!取りすぎですって!」
「いいだろ。イチゴあげたじゃないか」
「釣り合ってないですよ!そっちもください」
「こーとーわーる。ばーか!」
……もう早く結婚してくれないかな。
ショートケーキの乗った皿を取り合う2人を横目に、私はブラックコーヒーをすすった。
〇寿司職人の苦悩
「……てなわけで、俺女と付き合い始めたから」
「いや、『てなわけで』と言われても」
明らかに不機嫌な目の前の寿司職人。
ラストオーダーギリギリに店に到着した俺は、適当に盛り合わせと日本酒を頼むとそれをちびちび飲みながら話を切り出したのだった。
「いやな?この間唐突にお前が予約をキャンセルした時は何かあったんだろうなとは思ったぞ。ただ、それが女と付き合うに発展した意味が分からん。普通『上手くいかなかった~』ってパターンだろ」
店先の暖簾を外した菅原は、前掛けを外しながら俺の隣に座ってそう言う。
綺麗に切り揃えられた爪を机にコツコツと打ち付け、不機嫌さをアピールしてくる。
「まぁ……色々あったんだよ」
「色々で済ませるな、色々で。必要な場面で言葉が少ないのはお前の悪い癖だって大学時代から何度も言ってるだろ」
説明が面倒なので適当に済ませようかと思ったが、俺の手から御猪口を取り上げた菅原はくッとそれを飲み干す。
「直前になってキャンセルしやがったんだ。今日はおれの質問に答えてもらうからな」
顔を赤くした菅原がバンと机を叩くと寿司下駄が跳ねる。
御猪口一杯で酔いやがって……。
「まずは、お前あの日何があったんだよ。死にそうな声で電話かけてきたと思ったらキャンセルだとか言いやがって。午前中は意気揚々と『今日は女連れで行くからな独身のクソ虫野郎』とか言ってたのに、落差でちょっと心配したんだぞ」
「そんな言い方してねぇだろ」
「いンや、してたね。というかこの日本酒美味いな」
「勝手に飲むな、というか自分の店に置いてる酒の味くらい把握しておけよ」
グラスに俺の酒を注ぎ飲む菅原の額を小突きながらため息をつく。
友人として報告だけはしておこうと思ってこの店に来たが、まさかここまで絡まれるとは。
「……この際、あの日あったことは聞かないでやるよ。お前も言いたくなさそうだしな。それで、相手は誰だ?5月くらいに連れてきた2人組か?」
「そうだよ。髪を縛ってなかった方……って言えば分かるか?」
「ああ、分かるぞ。途中で寝落ちてた方だろ」
「よく覚えてるな」
「こういう店やってると、客の顔覚えるのは大切なんだよ」
10年来の友人の意外な記憶力に舌を巻く。
馬鹿な奴だと思っていたが、認識を改める必要があるらしい。
そんなことを考えながら酒を飲んでいると、隣の菅原は急に顔から机に崩れ落ちた。
「はぁぁぁ……独身仲間だと思っていたお前にも遂に彼女かよ。裏切者がよぉ」
「裏切るもなにも、お前と仲間になった記憶はねぇよ」
「結婚前提に付き合ってるのか?」
「……まぁ」
「……独身に握ってもらった寿司は美味いか?」
「ああ美味いね」
「性格悪い野郎め」
しばらく机に突っ伏していた菅原だったが、急に顔を上げたと思ったら徳利から直で酒を飲み、店の奥から新しい酒瓶を持って来た。
「ほら飲め。俺からの祝いだ馬鹿野郎」
「……菊理媛じゃねぇか。こんな良い酒お前どこで手に入れたんだ」
「……いいだろ、別に。早く飲めって」
「明日も仕事なんだけどな……」
と、口では言いつつも高い酒の誘惑には勝てず、俺は菅原に注がれるがままに酒をあおる。
罪の味が口いっぱいに広がる。
「そうだ。付き合い始めた彼女とはどういう関係なんだ?職場で出会ったとかか?」
「いいや。小さい頃からの先輩だよ。所謂、幼馴染ってやつかな」
俺がそう言うと、菅原は頭を抱えながら長く息を吐いた。
「美人で先輩の幼馴染がいるとか、お前人生の勝ち組だな。一緒に居た子は?連れ子とか?」
「妹。歳は結構離れてるけどな」
「はぁ……羨ましい……クソ野郎が……」
「誰がクソ野郎だ」
マグロを頬張りながら言う。
がっくりと肩を落としていた菅原だったが、ふと何かを思いついたように顔を上げると、ポケットから口紅のような物を取り出して唇に塗り始めた。
「……口紅か?男のくせに小洒落た物を使ってるんだな」
「リップクリームだよ。客の前に出るのにガサガサの唇でってのはマズいだろ?」
「ふぅん……お前なりに気を遣ってるんだな」
どう見ても口紅にしか見えなかったがそれ以上は言及せず、寿司職人としてのプロ意識に感心しながらアナゴを口に放り込む。
たれのあまじょっぱさがたまらない。
そんなアナゴに舌鼓を打っていると、菅原は何かを俺のスーツの胸ポケットに突っ込んだ。
「あん?何を入れたんだよ?」
またろくでもない物じゃないだろうな、とポケットから出そうとした俺の手は、菅原によって掴まれてしまった。
ぎろりと睨むも、菅原はどこ吹く風で顔をゆっくりと横に振っていた。
「心配すんな。俺からの祝いだよ。目の前で開けられるのも恥ずかしいし、家に帰ってから出してくれ。どうせ彼女と住んでるんだろ?」
「いや、まだ家は別。まぁ今日はこの後行く予定だけどな」
「朝までシングルベッドでイチャイチャタイムかよ、良い御身分だな」
「明日も早いっつーの」
俺はそう言ってガリを食べ終えると、腕時計に目をやる。
23時30分、そろそろ帰った方が良いだろう。
「じゃ、そろそろ帰るから。ラストオーダー直前に来て悪かったな」
「おう。精々別れないように上手くやれよ。上手く、な」
「お前に言われなくてもな」
財布から万札を2枚抜いて菅原に押し付けると、何故かニヤニヤ笑っているコイツの表情を不審に思いながらも寿司屋を後にする。
そして大通りで適当にタクシーを捕まえ、星歌の家へと向かう。
「ただいま」
「おう、お帰り。今日は寿司屋に行くって聞いてたから遅くなるかと思ったが、日付が変わる前に帰ってきたんだな」
20分くらいで家に到着し鍵でドアを開くと、寝間着姿の星歌がヘッドフォンを首にかけて出迎えてくれる。
一人暮らしが長かったからか、こうして人が出迎えてくれることがすごく嬉しい。
「明日も早いですしね。虹夏ちゃんは?」
「今日は友達の家で泊まり会だってさ。ほらスーツ脱げ」
「ん、サンキュ」
俺はジャケットを脱いで星歌に渡す。
『付き合い始めたことは頃合いを見て虹夏達には喋る』って言ってたけど、いつまで隠してるつもりなんだろうな。
「早くシャワー浴びて来いよ」
「……え、誘われてる?」
「……分かってるなら早く行けよ」
怖い怖い。
三白眼で俺を睨む星歌の隣を通り過ぎてシャワールームへと向かう。
そして服を全て脱ぎシャワーを浴びようとしたところで、がらりとドアが開いて手にジャケットを抱えた星歌が脱衣所に入ってきた。
今更隠す必要はないが、つい反射的に前をタオルで覆いかぶせる。
「いや、せめてシャワー浴びてからにして欲しいんだけど……って、星歌?どうした?」
星歌の様子がおかしい。
何故か嫌な予感が駆け巡ったのでシャワールームに逃げようとしたが、股間を全力で蹴り上げられ声も出せずに床にへたり込む。
「おい日向。お前、今日寿司屋に行くって言ってたよな?」
「そ、そう、だけど……?」
息も絶え絶えに星歌を見上げる。
その手には、口紅のついたハンカチとホテルのカードが握られていた。
「お前の着ていたスーツの胸ポケットから出てきたぞ……どういうことか説明してもらおうか……」
「そ、そんなホテルなんて行ってな……」
その瞬間、俺の頭を駆け巡ったのは菅原のニヤケ顔だった。
アイツ確か、俺の胸ポケットに何か入れて……。
「……付き合い始めて早々に浮気とは良い度胸だな。このクズが」
「ち、ちょっと話を聞いてくれよ!」
「聞かない!バカ日向!出て行けーッ!」
女性の腕とは思えない怪力で俺は星歌に抱え上げられ、裸のままマンションの廊下に放り出された。
ガチャン、と目の前でかかった鍵の無慈悲な音を聞きながら、俺は菅原への復讐を決めたのだった。
☆☆☆
「……あいつ、今頃修羅場だろうな」
日向が帰り誰も居なくなった店内。
そんな静かな中、俺は今日向が迎えているであろう修羅場を想像しながら酒を飲んでいる。
「元カノが忘れていった口紅、捨てられずにいたけどこんな所で役に立つとはな」
机の上に置かれた口紅に目を向ける。
3年間付き合ってから『実は本命がいて、結婚することになったから別れて欲しい』なんて言われたあの日は……精神がヤバかったな。
「はぁ……」
ため息を酒で流し込む。
この酒も、元カノに結婚を申し込むときに使おうと思っていた酒だったりする。
「俺も結婚してぇ……」
畜生、目から寿司酢が流れてきやがる。
登録したマッチングアプリは、今日も音沙汰がないままだ。
〇過去、現在、未来
「ん、電話だ」
運転席の日向がポケットからスマホを出す。
珍しく休日を合わせられた今日、ゆっくり2人でドライブをしていたのだが……表情を見る限り仕事の電話だろう。
申し訳なさそうに私を見る日向に、私はため息をつきながら手をひらひらと振る。
「そんな顔するな。仕事の電話だろ?どこかで車止めて出て来いよ」
「悪いな、じゃあそこのコンビニに入るか」
日向はそう言って、セブンイレブンの駐車場に車を停める。
オフィス街の真ん中にあるからか交通量も多く、静かに話せそうな場所を日向は探す。
「車を停めるだけってのも悪いしな。丁度煙草がなかったし、買ってくるか。日向も何か要るか?」
「金は後で渡すからセッターの14ミリ、ボックスで頼む」
「それくらい出してやるよ」
このまま喋っていては『いや俺が、何なら星歌の分も出すよ』とか言いかねないので、日向が何か言い返す前にさっさとコンビニに入る。
周りがオフィス街な上に丁度お昼時ということで、コンビニ内はスーツのサラリーマンやオフィスカジュアルのOLばかりだった。
私の格好も変な訳じゃないがどことなく疎外感を受けながらメビウスとセブンスターを購入する。
「さーて、早く戻るか……って、ん?」
包装をコンビニのゴミ箱に捨て外の灰皿で一服するために1本取り出しながらコンビニから出ると、日向は電話をしていなかった。
それどころか、スーツを着た同い年くらいの女と喋っていた。
「……」
電話するために降りたんだろ、と私の中で不満がもやもやと広がっていく。
でもまぁ、昔の友人に会うことくらいあるよな……と煙草に火を点けながら日向の顔を見ると、日向はゾッとするようなのっぺりとした作り笑いを浮かべていた。
「……日向。知り合いか?」
煙を上げてすらいない煙草を即座に灰皿へ突っ込み、日向と女の間に割って入る。
「あぁ……うん、まぁ、昔の」
歯切れの悪い日向に続けて質問しようとすると、例の女の『んん?』とかいう声に阻まれてしまう。
「日向ぁ?これ誰ぇ?」
ムカつく喋り方の女だな、というのが第一印象だった。
というか、私の日向を勝手に呼び捨てにするな。
「昔少しだけ話したことがあるじゃないですか。幼馴染の先輩ですよ、香苗さん」
「ん~……覚えてなぁい」
香苗と呼ばれたその女は、日向にそう言われるとわざとらしく考え込むような仕草をした後に、小指の爪の先程も興味がなさそうに笑った。
「それじゃあ香苗さん、俺達行きますから……」
笑顔を張り付けたまま車に乗り込もうとした日向だったが、タイミング悪くスマホがブルブルと震える。
「またか……」
「早く出ろよ。遅くなってお叱りを受けてデートの時間が無くなる方がもったいないぞ」
デート、と私が言うと、この女は驚いたように目を丸くした。
「えぇ!?あなた、日向と付き合ってるのぉ!?日向とぉ!?」
「あ、いや……香苗さんにはもう関係ないじゃないですか……」
「……もう関係ない?どういう意味だ?」
「あ、えっと……その……」
鳴り続けるスマホ、驚くこの女、問い詰める私。
目に見えてうろたえる日向が流石に可哀想になってきたな。
「……話は後だ。とりあえず電話に出て来い」
「わ、分かった。ごめん……」
186センチもある身体がすっかり縮んで見えてしまう程背中を丸くした日向は、私達から逃げるようにコンビニの裏へと走って行く。
「さっきもきいたけどぉ、あなた本当に日向と付き合ってるのぉ?」
私から話を振るより早く、中学生くらいの女がかわい子ぶる時にやるような、口元に両手を当てる仕草をしたこの女が信じられないと言わんばかりに話しかけてくる。
「……ええ、付き合ってますけど。あなたは誰ですか?」
営業をする時のような外行きの口調で返事をする。
「ふぅん、日向彼女いるんだぁ……あ、私は日向の大学の先輩の今枝香苗ですぅ」
「……伊地知星歌です」
「せいかぁ?可愛い名前ねぇ」
本当にいちいち癪に障る喋り方だが、怒鳴りたくなるのを我慢する。
「大学の先輩、というと……同じ学部だったり?」
大学なんてろくに行かなかったからあまり記憶にないが、学部やら学科やらいろいろとあった気がする。
私がそう訊くと女は違う違うと笑った。
「学部は違ったはずだよぉ。私が文学で、日向はぁ……法学だっかなぁ?忘れちゃったぁ」
「と、なると……」
「野球部の先輩だよぉ。私はマネージャーだったんだけどねぇ。あ、私は日向の1年先輩だよぉ」
日向の1年先輩ということは……私と同い年だろう。
29にもなってこの喋り方はキツイな。
「それで、どうして日向に彼女がいることがそんなにビックリしたんですか?日向だってもう28ですから、いてもおかしくないでしょう」
「いやぁ……うーん、確かにそうなんだけどぉ、日向と付き合ってて楽しいのかなぁって思ってぇ」
「……は?」
「だって、日向と付き合ってて何も楽しくないじゃん?私も付き合ってたからわかるよぉ」
あっけらかんとそう言い放った目の前の女。
思い返せば、日向も大学時代に彼女がいたと言っていたはずだ。
まさか、こんな所で会うことになるとは。
……というか、付き合っていても楽しくないとはどういうことだろうか。
「あの子クソ真面目で遊ぶ場所とか全然知らないしぃ?ちょっと他の男の子と泊りでデートに行っただけでそういうのはやめて欲しいとか言ってきて束縛してくるしぃ?面白くないじゃん?」
訊いてもないのに日向の悪口をまくしたてるこの女に、私は軽く頭痛を覚える。
「えーっと……日向と付き合ってたんですよね?」
「付き合ってたよぉ?3年くらいかなぁ?」
「日向から告白されて、仕方なく付き合ってたんですか?」
「ううん?私から付き合ってって……あれ、言ったっけぇ?」
いよいよ意味が分からなくなってきた。
日向から告白されて仕方なく付き合っていたならまだ理解出来たけど、この様子だと違うみたいだよな。
だったら何で、そんな……つまらない男と付き合っていたんだ?
「……どうして日向と付き合ってたんですか」
「ん~……まず初めにぃ、私が2回生に上がる春休みの時だったかなぁ?カントクがぁ『凄い素質の新入部員が入ってきたぞ』って言いながら日向を連れてきたんですぅ」
「はぁ」
そこから説明する必要があるのか?
「それが日向でぇ、カントクが『絶対プロになれる逸材』とか言っててぇ。それで……付き合ったって感じぃ?」
いやいや、『それで付き合った』まで端折りすぎだろ。
「……付き合った、までをもう少し詳しく教えて欲しいんですけど」
「えぇ?あんまり記憶にないんだけどなぁ……そうそう!確かぁ、そんなに凄いなら付き合ってみたいと思ってぇ、日向が初めて練習に来た日に付き合ってって言ったんだぁ!」
練習に来た初日、ということは下北沢を離れてそんなに日が経っていないだろう。
彼氏を作っていた私が言えた話じゃないが、そんなに早く切り替えていたことに、昔のこととはいえ少し気落ちする。
「そしたらぁ、日向は『他に好きな人がいるから付き合えない』とか言ってぇ。ちょ~っとムカってきたんだよねぇ」
その時のことを思い出したのか、目の前の女は頬を膨らませてそう言った。
何だ、やっぱり私のこと好きだったんじゃないかあいつ。
「ムカッときたから友達に頼んでぇ、野球部内に私と日向が付き合い始めたって噂を流してもらったんだよねぇ~」
……サラッと言っているが、この女とんでもないことを言っていないか?
身寄りも知り合いもない関西に1人で行った日向にとって、そんな噂を流されて逃げ道を塞がれたら付き合うしかないじゃないか。
「ちょ~っとは怒られるのは覚悟!って感じだったんだけどぉ、日向がクソ真面目過ぎて『自分はまだ香苗さんのこと好きじゃないですけど、付き合う以上絶対に好きになれるように努力します』とか言って何にも疑わずに付き合ってくれたのぉ!クソ真面目過ぎて面白くなぁい!?」
声を上げて笑うこの女の思考回路が、私には理解出来なかった。
何が面白いんだ?
「……えっと、あなたは日向のこと好きだったんですか?」
「ん?別に好きでも嫌いでもないけどぉ?」
……は?
「私はぁ、カントクが日向をプロになれるって言ってたから付き合ったんだってぇ。プロ野球選手のカノジョとか、かっこいいじゃん?」
「え、は……?は?」
「だからぁ、日向が怪我してプロに行けなくなった時に別れたよねぇ。まぁ、着信拒否までしたのはやりすぎたかなぁって思うけどぉ……さっき会ったらそんなに怒ってなさそうだったしぃ?日向けっこう優しいよねぇ」
……ああ、やっと理解出来た。
この女は、日向が好きで付き合ってたんじゃない。
自分が好きで日向と付き合ってたんだ。
「だからぁ、あの面白くない日向と付き合ってるせいかちゃんが不思議でぇ……あ、もしかして日向、プロ野球選手になってたりぃ?私全然観ないから分かんないやぁ」
「……はぁ」
私は短く息を吐くと、親指を立てて喉を掻っ切るポーズを取った。
「二度と日向に近づくなよ、このクソアマ」
☆☆☆
「……ごめん。ちょっと長引いた」
浮かない顔をした日向が戻ってきたのは、大体10分くらい後だった。
「どうした?今から仕事なのか?」
「いや、そうじゃないんだけど……あれ、香苗さんどこ行った?」
あのクソアマを探して日向はキョロキョロと周りを見る。
なるほど、それで浮かない顔をしていたのか。
「あのクソア……あの人は、用事があるって帰って行ったよ」
「え、今クソアマって言いかけなかったか?滅茶苦茶汚い言葉使おうとしなかったか?」
「言ってない言ってない。ほら、電話が終わったなら早くドライブの続きと洒落込もうじゃないか。今日はどこに連れて行ってくれるんだ?」
私がそう言いながら助手席に乗り込むと、日向は首を傾げながらも運転席に座って車にエンジンをかけた。
「……日向。お前、私のこと好きか?」
日向がアクセルを踏む直前、そんなことを訊いてみる。
「え、好きだけど……何で?」
「んー……私もお前のこと、好きだぞ」
「……いやだから、何でかって訊いてるんだけど」
普通の男なら適当に流すであろうここを訊いちゃう辺り、『クソ真面目』なんだろうな。
「自分で考えろ、バーカ」
でも私は、そんな日向が好きだったりする。
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