星に歌う   作:Rain777

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短編集 その3

〇伊地知虹夏の黙視録 その3

 

最近、お姉ちゃんと日向君が付き合い始めた。

食卓に座ってパソコンで何か作業をしている日向君と、それを覗き込む不機嫌そうなお姉ちゃんの2人を見る。

2人から直接聞いた訳じゃないけど……ほら、なんていうか、空気で分かる。

 

「……そんなジッと見られるとやりづらいんですけど」

 

1時間近くずっと見られながらタイピングをしていた日向君だったけど、お姉ちゃんの視線に遂に耐えられなくなったのか眼鏡を外しながらそう言う。

 

「別に。続ければいいんじゃないか?私を放っておいてやる仕事ならな」

 

……お姉ちゃんについて、最近ひとつ分かったことがある。

お姉ちゃん、結構嫉妬深い。

 

「そ、そんなこと言われましても……」

 

つーん、と言いながらそっぽを向いたお姉ちゃんに、日向君は困ったように眉をハの字にしてこっちを見る。

いやいや、私に助けを求められても。

 

「もう少しで終わりますから、待っててくださいよ。その後一緒にコーヒーでも飲みながら3人でゆっくりしませんか?」

 

「……」

 

「……分かりましたよ。じゃあちょっと休憩にしますか」

 

日向君はそう言いながらパソコンを閉じた。

間違いなく悪いのはお姉ちゃんだけど、ちゃんと断れない日向君にも問題はある。

……というか、この2人のやり取りを傍から見てると、猫と犬の関係を見てるみたいな気分になる。

もちろんお姉ちゃんが猫で日向君が犬。

 

「虹夏ちゃんも今はやることがない感じ?買って来たシュークリームが冷蔵庫にあるはずだから、都合が良ければ一緒に食べない?」

 

「え、あ、うん。じゃあコーヒー淹れるね。日向君はブラックで良かった?」

 

「ブラックでお願いしようかな、ありがとう。星歌先輩はどうしますか?」

 

「……クリームだけ入れてくれ」

 

ちょっとだけ機嫌の良くなったお姉ちゃんが、食器棚から3人分の皿とフォークを出しながら言う。

普通付き合い始めたら2人っきりで居たくなりそうなものだけど、お姉ちゃんも日向君も私を邪険に扱ったりしないのは……とっても嬉しかったりする。

 

「日向、そこ拭いてくれ」

 

「了解です。あ、先に手を洗ってきますね」

 

「そうか。じゃあ私が拭いておくからお前はさっさと手を洗ってこい」

 

2人を見ながらやかんで沸かしたお湯をマグカップに注いで、インスタントコーヒーの粉を入れる。

日向君は濃い方が好きだったはずだし、多めにしておこうかな。

 

「手、洗ってきましたよ。ピカピカです」

 

「なら早く座れ。虹夏もボーっとしてないで来いよ。シュークリームといっても色々種類があるみたいだぞ」

 

「うん。すぐ行くね」

 

シュークリームの箱をわくわくした顔で覗くお姉ちゃんと、そんなお姉ちゃんを見ながら笑う日向君の元に、私は湯気を立てるマグカップを3つ持って行った。

……早く結婚したらいいのに。

 

 

 

 

 

〇似た者同士?

 

「じゃあ日向、STARRYの留守番頼んだぞ」

 

鞄を抱えた星歌はそう言いながら俺の方を向く。

 

「分かってるって。この後ドリンクサーバーの業者が来るから対応しておけばいいんだろ?」

 

「まぁ、そうなんだが……悪いな、休日に呼び出して仕事を押し付けたりして」

 

「いいよ。まぁでも、今後はないようにしてくれよな」

 

くあっと欠伸を噛み殺しながら言うと星歌はシュンとしながらSTARRYを出て行った。

ドリンクサーバーの修理業者が来るというのにそれを忘れて他の仕事を入れてしまった星歌に泣きつかれた俺は、こうして休日出勤(?)をしているのだった。

思えば、俺がSTARRYで1人になるのは初めてなのかもしれない。

営業が休みということで閑散としたこの店で特に急ぐこともない仕事を……と考えていると、ギィとドアが開く。

 

「どうした、忘れ物か?」

 

キーボードを叩きながら訊いてみるが、返事がない。

おかしいな、と思いパソコンから顔を上げてみると、星歌ではなく後藤ちゃんが階段の上で俺の顔を見て固まってしまっていた。

 

「あれ、どうしたの?」

 

俺はパソコンを閉じ、後藤ちゃんの顔を見る。

出来るだけ笑顔を心掛けて。

 

「え、えっ、あっ、その……て、店長さんに用事が……」

 

「星歌先輩に?」

 

「は、はい。わ、私が明日からしばらく来られないから、先に給料をもらえないかなって思って……」

 

「あぁ、なるほどね……」

 

どうやら、丁度入れ違いの形になってしまったらしい。

間が悪いな。

 

「星歌先輩ならさっき出て行っちゃったよ。2時間くらいで帰ってくるとは聞いてるけど、待つ?」

 

「あ、あっ……」

 

おかしなことを訊いたつもりはないのだが、後藤ちゃんはそんな言葉にならない声を口の端から漏らしながら白目を剥いてガタガタと震え始める。

 

「えーっと……大丈夫、じゃなさそうだね」

 

唐突にこういう風になるから怖いんだよなぁ、と苦笑いしていると、ハッと現実に戻ってきた後藤ちゃんが目線をぐりぐりと動かしながらパクパクと金魚のように口を開けたり閉じたりし始める。

 

「まっ、まままままままま……」

 

「待つ?」

 

「……待ちますぅ」

 

なんか、俺が言わせたみたいになっちまったな。

 

「星歌先輩に、何時頃帰ってくるか訊いてみようか?」

 

「あっ、はい、お願いします……」

 

控え目に頷いた後藤ちゃんを横目で見ながらスマホを取り出し、電話帳から星歌の名前をタップする。

 

『もしもし?どうかしたか?』

 

5コール目で電話に出た星歌。

後ろから微かにエンジン音が聞こえるので、どうやら運転中らしい。

 

「あぁ、運転中でしたか。またかけ直した方が良いですか?」

 

『いや、ハンズフリーだから構わんが……誰か居るのか?』

 

「ええ、後藤ちゃんが」

 

『ぼっちちゃんが?』

 

「はい。明日からしばらく来られないから、早めに給料を受け取れないかなと思ったらしいです」

 

『なるほどな。お前にも言った通り2時間くらいで帰るから……19時くらいだな。それでも良ければって伝えてくれ』

 

「あ、それなら待つらしいですよ」

 

『そうか、分かった。じゃあな』

 

そこで電話はプツッと切れた。

スマホをポケットに仕舞いながら後藤ちゃんの方を向き、なるべく怖がらせないようににっこりと笑いかける。

 

「星歌先輩、夜の7時くらいに帰ってくるってさ」

 

「そ、そうですか……」

 

そう言いながら居心地悪そうにソファに座った後藤ちゃん。

俺はパソコンを開き仕事を再開する。

 

「……」

 

「……」

 

カタカタというタイピング音だけが響き渡る。

しばらく仕事をしていた俺だったが、ふと後藤ちゃんがこちらをチラチラ見ていることに気づく。

最初は気のせいかと思ったが……こう何度も見られると、少し気になる。

 

「……さっきからこっちを見てるみたいだけど、どうかしたかな?」

 

「ヒィッ!?ご、ごめんなさい!」

 

「ああいや、怒ってる訳じゃないよ」

 

すっかり委縮してしまった後藤ちゃんの顔面がぐちゃぐちゃに乱れていく様子に苦笑いしながら、ブルーライトカット眼鏡を外す。

この子、たまに同じ人間なのか怪しい挙動をするよなぁ。

 

「怒ってはないけど、そう何度も見られると気になってね。俺に用事があるなら気にせず言ってよ」

 

「よっ、用事は特にないですけど……」

 

「けど?」

 

「…………そ、その……店長さんのことが分からないことがたまにあって……」

 

「星歌先輩のことが?」

 

後藤ちゃんの言うことがイマイチ分からず首を傾げる。

 

「わ、私が悪いと思うんですけど……店長さんに目を付けられてる気がして……」

 

「と言うと?」

 

目を付けられるようなことをするタイプじゃないと思ったけど。

俺が訊き返すと、後藤ちゃんは「て、店長さんには秘密で……」と小声で呟いた後にぽつぽつと喋り始めた。

 

「お、オーディションの時、私が緊張で戻しちゃって……そしたら店長さんが、『ちゃんとお前のこと見てるからな』って……」

 

「うん」

 

「それと……店長さんの持ってる結束バンドの映像、わ、私が多く映ってて……」

 

「……うん?」

 

「あ、あと……練習中とか、働いてる時とか、ずっと見られてる気がして……」

 

「…………」

 

思わず頭を抱えたくなった。

星歌が何を考えているか分からんが、引っ込み思案な後藤ちゃんを怖がらせてどうするんだ。

というか、ゲロった人間に『お前のことちゃんと見てるからな』っておかしいだろ、そりゃ目を付けられてると勘違いするだろ。

ただでさえ雰囲気が怖いんだから……。

 

「……星歌先輩が怖がらせてゴメンね。俺の方から、今のことは伏せて注意しておくからさ」

 

「ちっ、違うんです!」

 

唐突に出された後藤ちゃんの大声に、俺はついビクッとなる。

 

「ち、違う?何が?」

 

「そっ、その……私が悪いんです……わっ、私がこんな性格だから、きっと店長さんも……」

 

俯いて人差し指の先端同士をチョンチョンと触れ合わせる後藤ちゃん。

 

「わ、私……上手に話せないし……仕事も何も出来ないし……」

 

「……あれ?俺とは結構話せてない?」

 

「き、木村さんは何故か話しやすくて……」

 

「そ、そう?」

 

何で?

 

「そ、その……だから……私が悪いんです……」

 

すっかり肩を落としてしまった後藤ちゃん。

要約すると、「星歌先輩のことが分からないから幼馴染の俺に相談したい」ということだろう。

 

「……何か、ちょっと分かるかなぁ」

 

「えっ?」

 

俺の一言に、後藤ちゃんの顔が上がる。

目を真ん丸に見開いたその顔に、俺はぷっと吹き出しそうになる。

 

「じゃあさ、後藤ちゃんから見て俺ってどんな人?」

 

「え……」

 

「いいよ、怒らないから正直に答えてみてよ」

 

笑いながらそう言うと、たっぷり1分近く悩んだ後藤ちゃんはゆっくりと口を開いた。

 

「……店長さんや虹夏ちゃん達と仲が良くって、背が高くって、話しやすい人、です……」

 

「考えてたより好印象なんだな……」

 

「ヒッ!?ご、ごめんなさい!気持ち悪かったですよね……」

 

「いやいや!嬉しいよ、良い印象で」

 

ポケットの中でスマホが震える。

着信相手をちらりと確認すると星歌だったので、一度スルーする。

 

「あっ、電話……」

 

「いいよ、後でかけ直すから。今は後藤ちゃんと喋ってるからね」

 

「そ、そうですか……」

 

「うん。話に戻るけど、俺って実は全然そんな人間じゃないんだよね」

 

俺はポケットから煙草を1本取り出し、ペン回しの要領でくるくると回してみる。

 

「明るく取り繕ってるだけで根暗だし、基本的にネガティヴだし、『自分の良いところは?』って質問されたら答えられないような人間だよ」

 

「そ、そんなこと……」

 

「でもね。そんな俺から見て、後藤ちゃんも『そんなこと』なんだよね」

 

ぽとり、と煙草が指の間から落ちる。

 

「確かに話すのは得意じゃないかもしれないけど、それを補うくらいギターが上手。初ライブでは一気に空気を変えるくらいの演奏を見せてくれたし、歌詞も後藤ちゃんが書いてるんでしょ?」

 

「え、えっと……」

 

「……何が言いたいかって、意外と周りの人は見てくれてるってことだよ。もちろん、星歌先輩もね。ちょっと言葉足らずなところはあるけどさ」

 

「……!」

 

俺の言いたいことが伝わったようで、後藤ちゃんはハッと息を呑む。

 

「そう言う意味では、俺と後藤ちゃんは似てるのかもね。暗い気分になったり、自分には何も出来ないって思うことはあるかもしれないけど……もっと、周りを見な。みんなきちんと、後藤ちゃんのこと見てるからさ」

 

「そ、そう、ですか……?」

 

「うん、そうだよ」

 

俺がそう言うと、後藤ちゃんの表情は幾分明るくなったような気がした。

そしてデレェ~ととろけていった顔面に、俺はクスクスと笑うのだった。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「お疲れ様です」

 

「おっ、お疲れ様です……」

 

星歌がSTARRYを出てきっかり2時間。

疲れた表情で帰ってきた星歌は、後藤ちゃんのギターを抱える俺と、その隣に座る後藤ちゃんを見て驚いたような表情を見せた。

 

「なんだ日向、ギター教わってるのか?」

 

「ええ。後藤ちゃん、分かりやすく教えてくれてるんですよ」

 

「……昔私が教えてやるって言った時は断ったくせに」

 

「あの時は野球一筋でしたから」

 

「フン。ああ、今給料持ってくるな」

 

「あ、は、はい、ありがとうございます」

 

バックヤードに引っ込んだ星歌は、給料の入った茶封筒を持ってすぐに出てくる。

そして後藤ちゃんに給料を手渡すと、眉の間に皺を寄せた。

 

「なんか……お前達、仲良くなってないか?」

 

少しばかり不機嫌そうな星歌。

俺と後藤ちゃんは顔を見合わせると、小さく笑う。

 

「ええ、まぁ。色々ありましたから」

 

「色々?何だよ、教えろよ」

 

「ひっ……ひ、秘密です」

 

「そ、秘密です」

 

俺はそう言って、唇に人差し指を当てた。

 

 

 

 

 

〇Vtuber、音戯アルト

 

仕事、仕事、ひとつ飛ばしてまた仕事。

月曜日から金曜日までみっちり働いて土日祝も場合によっては出勤、サービス残業は当たり前で1カ月で最低2度は出張。

自分で見ても、俺はそれなりに働いていると思う。

 

「はぁ~、可愛い……」

 

そんな俺の退勤後の楽しみといえば、オーチューブで可愛い動物の動画を見ることである。

後輩から「先輩疲れすぎでしょ。ほら、このボーダーコリー可愛くないですか?」と犬の動画を見せられたのが始まりで、動物の動画を見ることが最近の俺のトレンドとなっていた。

済んでいるアパートがペット禁止な上に出張の多い俺の仕事柄、生で動物と触れ合うことはほとんどない。

 

「動画だけでも癒されるなぁ……」

 

猫が飼い主に甘える動画に、俺の顔がドロドロに溶けていく。

本当は生で「よ~しよしよしよし!」とかやりたいが。

 

「ん、しまった」

 

スマホの操作ミスで、それまで見ていた猫の動画から他の動画に飛ばされてしまう。

 

『やっほ~、みんな元気?音戯アルトだよ~。今日もゲーム実況やりま~す★』

 

どうやら飛ばされた動画の先では誰かが生放送をやっているらしい。

画面の端では黒髪ツインテールの二次元の女の子が、言葉に合わせてパクパクと口を動かして喋っている。

 

「こういうの、確かぶいちゅーばーっていうんだっけ?」

 

この間菅原が言っていたような気がする。

こうして見るとすげぇ技術だな、と思いつつも俺はゲーム実況に興味はないのでさっさとブラウザバックして猫の動画に戻ることとする。

 

『今日やるゲームはこれ!エルエルリング~!難しいゲームらしいけど、みんな応援してね~★』

 

「……んん?」

 

ブラウザバックしようとした俺の手が止まる。

なんか……聞いたことがある声とイントネーションだな。

 

「誰だ?」

 

俺は、脳内の知り合いフォルダから声の主を探してみる。

星歌は勿論違う、虹夏ちゃんでもない。

事務の石原さんはもっと低い声だし、隣に住んでいる女子大生は関西弁だ。

 

「んー……」

 

似ているだけで、俺の知り合いじゃない可能性も出て来たな。

何か確かめる方法はないか

 

『あ、漆黒の戦士さん、スパチャありがと~!なになに?「アルトちゃんの配信があるから今日の仕事も頑張れました!」だって~。頑張って偉いね~★』

 

「すぱ……ちゃ?」

 

コメント欄にユーザー名と金額とコメントが現れたと思ったら、音戯アルトと名乗るこの人が読み上げた。

パソコンで「すぱちゃ」と検索をかけると、どうやら生放送をしている人にお金を送るシステムらしい。

 

「なるほど、お金を送ることで好きなパーソナリティにメールを読み上げてもらえるのか」

 

良く出来たシステムだな。

丁度俺はオーチューブを本名でやっているので、このスパチャを送った反応で知り合いかどうか分かるだろう。

 

「えーっと、こうして送るのか。メールは……見てます、でいいかな?」

 

金額はとりあえずキリ良く1000円で良いだろう。

『見てます』と書いたメールをスパチャに乗せて送信すると、コメント欄に俺の名前と金額とメールがでかでかと表示された。

……なんか恥ずかしいな。

 

『あ、またまたスパチャありがと~★え~っと……』

 

俺の名前を見たであろう音戯アルトの声がピタッと止まる。

ゲームの手も止まったのか、モンスターにやられてしまった。

 

『……き、木村日向さん!「見てるます」って、初見さんかな~?ありがと~!』

 

……うん、知り合いだな。

動揺しているのか、声が震えている。

別に動揺することなんてないと思うんだけどなぁ。

 

「ふわぁ……ねむ……」

 

ここで俺を眠気が襲う。

明日は久しぶりにSTARRYへ行くし、そろそろ寝ようか。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「こんにちはー」

 

「おう、眠そうだな」

 

「まぁ昨日仕事までが忙しくて……」

 

営業前のSTARRYに入ると、星歌が机を拭き掃除していた。

掃除を手伝おうとしたが丁度終わったようなので、俺は椅子に座る。

結局音戯アルトが誰かは分からなかったが、漢字テストと同じでパッと出てこない時点でもう分からないのだろう。

 

「おはようございま~す……」

 

「よう、お前も眠いのか」

 

「まぁ~……仕事はしますから安心してください~……」

 

明らかに寝不足で、目の下に隈を作ったPAさんがSTARRYに入ってくる。

そして俺と目が合うと、ギョッとしたように目を見開いた。

 

「お、おはようございます……?」

 

俺、何かしたっけ。

 

「お、おはようございます~……」

 

PAさんはスッと頭を下げ、そそくさと去って行く。

俺本当に何かしたっけなぁ。

 

「……お前、何かしたのか?」

 

掃除を終えた星歌が俺の隣に座り、小さな声で耳打ちする。

 

「いや、何もしてないと思うけど……」

 

作業をしているPAさんに聞こえないように小さな声で返す。

これといって思い当たる節がない。

こちらをチラチラ見ているから嫌われてはいない……よな?

 

「……ま、アイツは本気で嫌った奴は目も合わせないし喋りもしないからな。お前が意識してないだけで、気まずくなるようなことを何かしたんだろ」

 

「それ一番怖いんだけど」

 

俺がそう言うと、星歌は壁にかけられた時計を見上げてため息をついた。

 

「……それより暇だな。おい日向、営業開始まで何か面白い話をしろ」

 

「お、横暴過ぎませんか……」

 

俺は椅子に座り直して考え込む。

うーん、面白い話かぁ……。

 

「面白い話じゃないですけど、面白い動画ならありますよ」

 

俺がそう言った瞬間、アンプを触っていたPAさんの身体がビクンと跳ねた。

ギャグマンガのようにアンプが宙を舞い、PAさんはワタワタしながらそれをキャッチする。

 

「ど、どうした……?」

 

珍しく星歌が困惑したように訊く。

 

「い、いえ~、何でもないですよ~」

 

「そ、そうか?ならいいが。で、日向。どんな動画なんだ」

 

「えーっと、これですこれです」

 

俺は星歌にイヤホンを片方貸し、最近人気の猫系オーチューバー『もちもち日誌』を開く。

 

「へぇ、お前こんな動画を見るんだな。あまりイメージにはなかったぞ」

 

「ええまぁ。仕事終わりとかに見ると癒されるんですよ」

 

「いや……される……」

 

備え付けのギターを拭いているPAさんが、嬉しいような恥ずかしいような複雑な声を漏らす。

……本当にどうしたんだろうか。

 

「おすすめの動画はどれなんだ?」

 

「おすすめの動画はこれですね。ゲームの動画です」

 

俺は3日前にアップロードされた、猫と飼い主が一緒にゲームをやる動画を開く。

一緒にやるといっても勿論猫が遊ぶわけではなく、ゲームをやる飼い主を猫が見ているというものだ。

 

「この人ゲーム下手くそなんですよ。ほら、また死んだ」

 

「へ、下手……」

 

画面では飼い主が必死にゲームを操作しているが、下手くそなのかすぐにやられてしまう。

死んで「あー!」と大きな声を出す度、猫が驚いたような表情をするのが面白い。

……ベースをチューニングしているPAさんががっくりと肩を落としているが、何かあったのだろうか。

 

「結構面白いな」

 

「ですよね。可愛いし癒されるんですよ」

 

「かわいいし、いやされる……」

 

「というか、たまに人間みたいな反応する事あるんですよね、この子」

 

「いや人間ですからね!?」

 

種類ごとにコードを束ねていたPAさんが、これまで聞いたこともないような大声を出す。

俺と星歌が驚いてそちらを見ると、PAさんは苦しい表情で笑いながら作業に戻った。

ああ、PAさんを見ていたらゲームクリアした飼い主と一緒になって喜ぶ猫のシーンを見逃してしまった。

こうして見ると、本当に人間みたいなんだよなぁ。

 

「……なぁ日向。今日のアイツ、おかしくないか?」

 

「おかしいですよねぇ……」

 

営業時間も近くなってきたということで、俺は動画を閉じてスマホをポケットに仕舞う。

本当に、今日のPAさんは何かあったのだろうか。

 

……というか、結局音戯アルトって誰だったんだろう。

 

 

 

 

 




ー評価してくださった方ー
Hydendさん、koujinexさん、鳩兎さん、ABcD overjoyさん、よこやたさん、Syureiさん、タチャンカキングさん、黒潮 美海さん、機巧猫さん、三十路スキー@JK星歌さん

ありがとうございました!


Twitter始めました→https://twitter.com/Rain777_BTR
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