「てーんちょう」
営業終わりの深夜1時。
ようやく片付けも終わったということでソファに寝転がりながらスマホをポチポチ触っていると、ニヤケ面のPAが顔を覗き込んでくる。
「……何だよ」
私は日向とのロインの画面を閉じ、嫌な予感を感じながらPAの顔を見る。
コイツがニヤついている時はロクなことを考えていない。
「さっきチラッと見えちゃったんですけど、店長のホーム画面って学生時代の木村さんの写真なんですね~」
「勝手に見るな!」
「まぁまぁ、見えちゃったんですって」
怒鳴ってみせるが、PAはどこ吹く風で話を続ける。
「この間店長の写真フォルダを見た時もその写真が一番初めにありましたけど、やっぱり大切な写真だったりするんですか?」
「……そりゃな」
「そういえば、店長と木村さんの昔の話ってあまり聞かないですよね~。その写真のこと、教えてくださいよ」
『教えてくれるまでこの話は終わりませんからね~』とでも言いたげなPAに辟易とする。
まぁ……少し喋って終わるなら話してやるか。
「……虹夏達には秘密だからな」
「もちろんですよ~」
「そうだな、どこから話そうかな……」
あれはそう、私が15の時の話だったかな……。
番外編#2 好きになった日
生き返った。
カンカンと照りつける太陽から逃げるように電車に乗り込んだ私は、冷房の効いた車内で長い息を吐く。
「ったく、何で夏休みの今日に私は家を出てるんだ」
平日の昼過ぎということでがら空きの席に座り、愚痴を漏らしながら無駄に重たいカバンから雑誌を取り出して開く。
8月になったばかりの今日、私は『試合、観に来てください!』と言っていた日向の試合を観に行くためこうして電車に乗っていた。
目的地の市民球場まで乗り換えなしで行けるのはありがたいが、とにかく暑い。
朝の天気予報では38度まで上がると言っていたし、こんな日に外に出るなんて正気じゃない。
それでも日向との約束がある手前家を出て来たが、早くも後悔し始めていた。
「ん?電話?リナからか」
電車の中で電話に出るのは良くないと分かっているが、周りに誰も居ないので今日くらい許してくれ。
ヴヴッと震えるケータイを開き口元に手を当ててリナからの電話に出る。
「もしもし?」
『あ、もしもし?星歌今日バイト休みだったよね?』
「そうだけど」
『じゃあさ、今からゲームセンターでも行かない?神崎もバイトないって言うから遊びに行こうって話になったんだよね』
「あー……悪い、今日は無理なんだ。電車の中だし、もう切るぞ」
『あ、そうなの?星歌がバンド練習とバイト以外で用事があるなんて珍しいね。じゃあね~』
そんな声が聞こえた直後、電話はプツッと切れた。
「ゲーセンかぁ……」
ゲーセンなら涼しいだろう。
思わず出かけたため息を飲み込み雑誌に目を通す。
今流行りのバンドが巻頭カラーを飾っており、特にリードギターの松井のスタイルとルックスの良さは否が応でも目に入る。
「彼氏にするならこういう男だよなぁ」
特に誰に言うでもなく一人で呟き、ウンウンと頷いてみる。
私が女にしては背が高い方だし、やっぱり彼氏も背が高い方がな。
ちょっと前まで私より小さかった日向も最近いきなり伸びてきたけど、あいつはなぁ。
「……ん?」
私、何で今日向のことを考えた?
ふと瞼の裏に浮かんだ幼馴染の顔に首を傾げていると、私の降りる駅で電車が止まったので慌てて降りる。
冷房の効いていた車内から炎天下に放り出され、引きかけていた汗が再び噴き出す。
「あっつぅ……」
死にそうになりながら改札を通り、すぐそこにある市民球場に歩き始める。
たった100メートルばかりの道だが、今の私には1キロを超える道に感じられた。
市民球場に到着すると日向の通う中学の名前が書かれた看板があったので、それに従って観客席に向かう。
観客席の階段を登ると既に父母会の人達が応援準備をしていたので、そこから少し離れた日陰の席に座る。
「本当に暑いな……」
ダラダラ流れる汗をタオルで拭う。
重たいカバンを足元に置いたところで、母さんに『これ持って行きなさい』と言われ渡されたカメラの存在を思い出す。
「重たい原因はコレか……」
カメラについて詳しくないが、母さん曰く最新式のデジタル一眼レフ?とやららしい。
日向の家族は誰も応援に来られないということで、私が写真に収めてやらないとな。
私がカメラの操作に悪戦苦闘していると、試合が始まった。
観客席からはパチパチと拍手が送られる。
「日向、日向……アレか」
日向の姿を見つける。
背番号1を付けた日向は、ピッチャーが投げるところで帽子を目深に被り直していた。
野球に詳しくはないが、背番号1はやっぱり少し格好良い。
「プレイボール!」
審判の掛け声で試合が始まる。
日向が投げた球は糸を引くようにキャッチャーのグローブに吸い込まれていき、相手のバッターは盛大に空振りをした。
観客席から「うおっ」と歓声が上がり、次いでザワザワとする。
「おいおい、あの投手……木村とかいったか?メチャクチャ速いな」
「ああ。130近く、下手したらそれ以上出てるなありゃ」
私の前に座ったオッちゃん2人組がビデオカメラで試合を撮影しながらそう言う。
ぽかんとしているうちに3人連続でバットに掠ることすらなく9球で日向達のチームはベンチへと下がって行った。
昔から日向の運動神経がずば抜けていることは知っていたけど、こんなに凄かったのかアイツ。
「それにしても暑いな……」
攻守交替の間、やることがなくなった私は空を見上げる。
雲ひとつない快晴。
「お、あの子1番打者なのか」
例のオッちゃんの声に反応し、私はグラウンドを見る。
すると、バットを持った日向が一礼してホームベースの隣の四角い枠内に入っていた。
そして、相手のピッチャーが1球目を投げた瞬間、バチコーン!という破裂音と共に日向の打ったボールはバックスクリーンに叩き込まれた。
これは私でも知ってる、ホームランだ。
お互いの観客席が呆気にとられる中、日向はガッツポーズを掲げながら悠々とグラウンドを一周した。
おいおい、化け物か。何メートル飛ばした?中学生の打球じゃないぞ。
歓声を通り越して無言になっていた観客席に、そんな言葉がヒソヒソと飛び交う。
日向のチームはその後、3人連続でアウトになった。
どうやら、相手のチームのピッチャーも凄いらしい。
「……」
ここで私は、ようやく日向の異常性に気づき始めた。
『星歌先輩~』とか言いながらポチみたいに私の後ろをついてくる日向とは、明らかな別人。
ずっと一緒に居た私が知らない日向。
「なんだよ、アイツ……」
何故かは分からない。
何故かは分からないけど、そんな日向の姿に、私は少しだけ嫉妬していた。
☆☆☆
BOOOOOO!
ブーイングが飛ぶ。
「また敬遠か……ま、仕方ないわな」
オッちゃんが呆れたように呟く。
試合も着々と進み、今は6回。
点差は依然として1対0のままで、3回目の日向の打つ番。
2回目の時と同じように相手のキャッチャーが立ち上がったと思ったら、『ふあぼーる』とやらで日向はバットを振らさせてもらえなかった。
どうやら四角の枠内から出てはいけないらしく、あんな所に投げられたらそりゃあバットを振ってもボールには届かない。
日向の後のバッターは簡単に終わってしまい、悔しそうにベンチに引き上げる日向。
「ん?」
私は、そんな日向の姿に違和感を覚えた。
なんかアイツ、脚引きずってないか?
「どうかしたのかい?」
「え、あぁ、日向……ピッチャーの子が、脚引きずってるなって」
オッちゃん2人が首を回して私の方を向く。
いきなり話しかけられて少し驚いたがそう返すと、オッちゃんは日向の方を向いて「あぁ」と呟いた。
「……確かに、ありゃマズいかもな」
「マズい?何がですか?」
「この気温の中1人で投げてるんだ。5回から球数も嵩んでるし、熱中症起こして足が攣ってるなあれは」
顎髭をしゃくりながら小太りのオッちゃんが言う。
「少年野球だから次の7回で終わりだけど、もし終われなかったらヤバいかもな。見たところ、あの子のチームでピッチャー他にいなさそうだし。もっとも、あの怪物君が投げてるから0で抑えてるだけで、並の投手じゃ余裕で5~6点は取られてるだろうしね」
眼鏡をかけた方がそう言う。
そんな中、頭から水を被ったであろう日向がユニフォームをビシャビシャにしてベンチから出てくる。
……やっぱり歩き方がおかしい。
「あの子相当負けん気強そうだし、ひた隠しにしてるんだろうね。お嬢ちゃん、よく気づいたね」
1つ目のアウト、2つ目のアウト。
あとアウト1つで勝ち。
「え、えぇ……まぁ……」
ふと気づけば、私はいつの間にか胸の前で指を組んでいた。
神様、どうか日向を勝たせてあげて欲しい。
そう思った瞬間だった。
『ああっ!!!』
観客席から悲鳴が上がる。
相手のバットに当たりふわっと上がったボールを、日向のチームの2人がぶつかって落としたのだった。
フェンス近くまで飛んでいたボールを日向が取りに行くことなどできず、相手の選手はグラウンドを一周してしまった。
「え、こ、これどうなったんだ!?」
私が慌てて点差表に目を向けると、残酷にも相手チームに1点が入ってしまっていた。
「延長か、最悪だな……」
苦虫を嚙み潰したような表情で眼鏡のオッちゃんが言う。
「体調がすぐれない中あとひとつって場面で仲間のミスで同点にされて、あの子ブチ切れてもおかしくないぞ」
帽子を目深に被りマウンドで俯く日向を見ながら、小太りの方が恐る恐る呟く。
そりゃそうだ、あとアウト1つで勝ちだったんだから。
「……同点!」
その時、日向が顔を上げて叫んだ。
泥や汗で真っ黒になったその顔は、笑っていた。
「まだまだ同点!次取り返そうぜ!俺達ならやれるって!」
ミスした選手の方を指さしながら日向が吠える。
一番辛いのは、アイツのはずなのに。
「日向……」
思い描いていたような、理想の男とはかけ離れた泥だらけの姿。
そんな日向を、私は今日初めて写真に収めた。
「……そっか」
ヘンな気づき方なのかもしれない。
でも、今気づいた。
私は、そんな日向が好きらしい。
☆☆☆
「……と、まぁそんな経緯の写真だよ」
柄にもなく昔話を一通り終える。
少し喋りすぎたかな、と内心反省しながらPAの方を見ると、当のPAはぽかーんと口を開けていた。
「お前、私に喋らせておいて聞いてなかったのか?」
「いえ、聞いてましたけど……」
「聞いてたけど、何だよ?」
「いや、店長、私が思ってたより木村さんのこと好きなんだなぁって思いまして……」
珍しく真顔で言われ、ボッと顔に火が点く。
「あ、店長真っ赤になってますね。かわい~」
「う、うるさい!赤くなってない!」
真っ赤になっているであろう耳を両手で隠しながらPAから逃げていると、ピピピとスマホが鳴る。
相手を見ると、間の悪いことに日向だった。
スマホを覗き込んだPAの顔が、ニヤーッと歪んでいく。
「私お邪魔みたいですので帰りますね~」
「バッ……!まだ仕事終わってないだろ!アンプの片付けしろ!」
「えぇ~?でも店長、私が居たらイトシの木村さんとイチャイチャ出来ないじゃないですかぁ」
「誰がイチャイチャなんかするか……って、うるさいな電話!」
私は乱暴に通話ボタンを押すと、スマホを耳に当てる。
「もしもし!?」
『お、俺だけど……どうした?何かあったか?』
「何かあったかは私の台詞だ!」
『あ、あぁ……いや、明日の休み合わせただろ?何時に迎えに行けばいいかなって』
「朝10時にSTARRYから歩いて10分の喫茶店って決めただろ!」
『そ、そうだっけ、すまん。で、夜は……』
「要らないし帰りは遅くなるってもう言ってある!」
『そ、そうか、じゃあまた明日な』
そこで電話がぷつりと切れたので、私は肩で息をしながらスマホをソファに投げ捨てる。
すると、PAが深いため息をついた。
「……店長と木村さんがすれ違い続けてた理由、なんかわかった気がします」
PAの鋭い一言に、私はぐうの音も出なかった。
ー評価してくださった方ー
小型ハサミさん、木村拓也(大嘘)さん
ありがとうございました!
ー日向君情報・その1-
9月10日生、28歳、A型、身長186cm、体重81kg
スポーツライターを生業とする本二次創作のオリジナル主人公
星歌・虹夏姉妹の幼馴染だが、実は千葉生まれ
趣味はオーチューブで動物の動画を見ること
最近の悩みはガソリン代の高騰と、後輩が次々と転職していくこと
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