「木村さんが酔った姿って見たことないですよねぇ?」
営業終わりの深夜2時。
始まりは、PAのそんな何気ない一言だった。
「あー……確かにそうだねぇ。私も見たことないかも」
いつの間にか床で酒盛りをしていたきくりがウンウンと頷きながらそれに賛同する。
「酔ってはいるんだろうけど、泥酔はしてないって感じぃ?」
「店長は木村さんが泥酔してる姿ってみたことありますか?」
「そう言われるとないな……」
私も日向もとっくに成人済みということで飲みに行くことはチョコチョコとあるが、確かに日向が前後不覚になった姿は見たことがない。
いつも私より飲むくせに酔い潰れた私を家まで送り届けてくれる。
まぁそんな紳士な日向も好きだったりするのだが。
「日向ちゃんとはたまに飲むけど、ホントに底なしって感じだからね~。半分ジョークグッズみたいな1リットルのレモンサワーをほぼ一気飲みしてケロッとしてたし」
「私も2、3度飲みに行ったことありますけど……かなり飲むのに表情一切変わらないですからね。生ビールを10杯近く煽った後に澄まし顔で上司からの電話に受け答えしていた時はちょっと怖かったぐらいですよ」
2人から出てくる私の知らない日向とのエピソードに少しばかりイラっとしつつ、まとめたコードをかごに片付けて天井を睨みつける。
なんか……私だけ酔い潰れた姿を見せているのが急に癪になってきたぞ。
すると、きくりがニヤッと笑って手を叩く。
「私達3人で力を合わせれば、日向ちゃんを潰せられるんじゃなーい?」
番外編#3 酔いどれ知らず……?
「日向、誕生日おめでとう」
「日向ちゃんおめでと~!」
「おめでとうございます~」
「いやいや、おかしいでしょ」
『本日の主役』と書かれた襷を無理矢理身に付けさせられた上で誕生日席に座らさせられた俺は、思わず突っ込まずにはいられなかった。
俺の誕生日は9月なのに、今日は10月である。
「俺の誕生日、もう1カ月近く前なんですけど。それに、星歌先輩は虹夏ちゃんと一緒に祝ってくれましたよね」
机に置かれたクラッカーを退かしながらそう言うと、星歌はフフンと得意げに笑ってみせた。
「誕生日は何度祝ってもめでたいだろう。それに、きくりとPAの2人は祝っていないしな」
「そうだよ~。誕生日なら誕生日って教えてくれてもよかったじゃ~ん!」
「そうですよ。私達にも祝わせてくださいよ」
「だってさ」
いやにニヤついている3人に、俺は何か裏があることを邪推してしまう。
すると、それが顔に出ていたのか星歌が眉根を寄せた。
「なんだ。祝われるのが嫌なのか?私達では役不足か?あん?」
「役不足の使い方間違えてますけど」
「うるさい。黙れ。やかましい。とにかく今日はお前の誕生日会だ。わざわざ個室の飲み屋に来たんだし、周りの目を気にせずパーっと飲むぞ」
「はぁ……そうですか」
これ以上問い詰めると星歌の機嫌を損ねかねないので、とりあえず黙っておくこととする。
10月だというのに暑かったな、なんて考えていると、丁度良いタイミングで注文した瓶ビールが到着する。
「あ、木村さん。私がお注ぎしますよぉ」
「えっ」
ビールをグラスに注ごうとすると、いつの間にか隣に座っていたPAさんが俺の手から瓶を取り上げてしまった。
とくとくと注がれていく黄金色の液体を眺めていると、二の腕に柔らかい感触が当たる。
「あ、あの……なんか距離近くないですか?」
「えぇ?そうですかぁ?」
間違いなくワザと俺の腕に胸を当ててくるPAさん。
小悪魔的に笑う彼女の態度に、俺は恐る恐る星歌の方を見る。
「……?どうした?私の顔に何かついてるのか?」
「い、いえ……」
特に変わらない様子の星歌に、俺は少しばかり驚いてしまう。
俺の予想では『日向にべたべたするなー!』とか言いながらブチ切れるかと思ったが、どうやら自意識過剰だったらしい。
「はい。私、結構上手じゃないですか?」
「あ、はぁ……そうですね……」
綺麗に7対3に注がれたグラスを受け取る。
まぁ美人に注がれたビールならどんなに下手くそでも美味いんだよなぁ、なんて考えていたら、星歌の履いたハイヒールが俺の革靴に突き刺さる。
「ひぎぃ……!?」
「い・つ・ま・で・も・ベタベタしてるんじゃないぞ……!」
「はぁい」
凄む星歌をものともせず、PAさんは語尾に♡マークが浮かびそうな口調で自分の席に戻って行く。
PAさんがくっつくのは許すけど、俺がちょっとでもデレるのは許さないとか意味が分かんねぇよ……。
「こほん……そうだな。じゃあ改めて、誕生日おめでとう。かんぱーい」
「「かんぱーい!」」
「か、乾杯」
いつものように自分のグラスを一番下で乾杯しようとすると、3人はそれを見越したように俺よりも低い位置で乾杯してくる。
俺が下の方で乾杯するのはこの中では星歌しか知らないはずだが……何か計画が用意周到に準備されている気がしてならない。
「ほらほら日向ちゃん~、私の酒が飲めないのかっての~!」
乾杯でグラスを空にして2杯目を注ごうとすると、今度はきくりが俺に抱き着いてビールを注ぐ。
PAさんと比べ乱雑な注ぎ方をしたせいで泡と液の割合もへったくれもない下品なビールが完成したが、飲み会ではこういう酒が美味しかったりもする。
「飲むよ。飲むからくっつくな」
左手できくりを引きはがしつつグラスに注がれたビールを一気に飲み干す。
「ヒュ~!カッコいい~!」
グラスを空にした俺を見て、きくりが手を叩いて笑う。
大学生の頃は飲み会に参加したことがなかったが、学生の飲み会ってこんな感じなのかな。
いくら相手がクソアル中とはいえ、面の良い女におだてられて悪い気はしない。
「ほら、グラス貸せ。次は私がやってやるから」
3杯目くらいは自分で、と考えていると、対面に座った星歌がグラスを手に取る。
「星歌先輩、ビール注げるんですか?想像つかないんですけど」
「バカにするな。それくらいできる」
そう言ってやたらと手慣れた手つきでビールを注ぐ星歌の姿に、俺は少しだけモヤッとしてしまう。
「ほら、私だって出来る……って、ムスッとしてどうした」
「別になんでもないですよ。ありがとうございます」
ガキ臭い嫉妬をビールで押し流す。
マイナス思考な自分がやはり嫌いになる。
「き・む・ら・さん」
「ヒュッ」
唐突に耳元で囁かれ、思わず変な声が出る。
「店長がビール注ぐの上手で、嫉妬してるんですよね」
「い、いや……」
「クスクス……いいんですよ。誰にも言いませんから」
萌え袖を口元に当ててコロコロと笑うPAさん。
やっぱバレてるじゃねぇか、と思いつつ、俺はいつの間にか注がれていたビールを飲んだ。
☆☆☆
「ば、化け物め……」
ため息をつきながら私は烏龍茶を飲む。
日向の誕生日会と銘打った日向を潰す会が始まって5時間。
1時間前に日付を跨いでやっと、日向は潰れた。
「本当に底なしでしたね……」
「ヤバいよね~」
隣でPAときくりが感心したように呟く。
3人でアルコールとソフトドリンクを回しつつ日向を飲ませ続ける今日の作戦、名付けて『キャバクラ作戦』だったが、日向を潰す過程で私達も大分酔いが回っていた。
「日向ちゃんどのくらい飲んだ?瓶ビール8本目までは数えてたけど」
「そこからハイボールだからな」
グラングランと頭を上下に振りながら虚ろな目で虚空を見つめている日向。
吸殻で山盛りになった灰皿からは、消えていない煙が薄く上がっている。
「それじゃあ……お楽しみの時間ですね」
アルコールで顔を真っ赤にしたPAが心底愉しそうに笑う。
「木村さぁん」
「ん~……?何すか……?」
「木村さんって、店長と付き合ってるんですかぁ?」
「なっ……!」
事前の話し合いでは日向を潰しておしまいだっただろ。
そう言おうとPAを見ると、きくりと2人で顔を見合わせて笑っていた。
「お前らグルか……!」
「まぁまぁ、今日は無礼講ってことで。それで、どうなんですか?」
「ん~……付き合ってることはまだ言うなって星歌に言われてるんですよねぇ……」
「おお!やっぱり先輩と日向ちゃん付き合ってるんじゃ~ん!」
ゲラゲラ笑いながらきくりが一升瓶を持って立ち上がる。
『付き合ってることは秘密って言われてる』って、それはもう言ったことと同じ意味だろうが……!
「じゃあじゃあ!日向ちゃんは先輩のどんな所が一番好き……ぐえっ」
「お前は黙ってろ……!」
おかしなことを日向に質問しかけたきくりの首を絞めあげる。
しかし日向に質問が伝わってしまっていたようで、んー、とか言いながら首を傾げて考え込み始めた。
「日向!言わなくていい!お前は知らんが私は間違いなく明日記憶に残ってるんだ!」
「ん~……顔も性格も全部好きですよ~。まぁ……何が一番好きかって訊かれたら……そうですねぇ~……」
「身体ですか?」
「PA!?」
「まぁ~……それも~……」
「もう喋るな日向!」
これ以上余計なことを喋らせないよう日向の口を手で封じようとするが、逆に日向に左腕1本で組み伏せられてしまう。
「一番好きな所って……意外と分からないですね~……」
「意外と分からない、ですか?」
「まぁ~……そんなもんじゃないですか?いつ好きになったとか……何で好きになったとか……気にしたこともないですし~……」
日向はそう言うと、煙草に火を点ける。
私はお前のことが好きになった時も理由も覚えてるんだけどな、と、少しだけ気落ちしてしまう。
「俺で釣り合ってるのかとか……星歌が周りから白い目で見られてないかとか……結構考え込みますし……実際星歌はどう思ってるんですかね~……」
煙草を咥えたままボソボソと喋る日向。
あまり聞けない日向の本音に、私は胸の内でため息をつく。
「お前なぁ……私の性格を一番理解してるのはお前だろ。好きでもない相手と付き合わないって」
「そっか……なら……良かった……」
フーッと煙を吹き出した日向の唇から煙草が落ち、私を抑え込む腕から力が抜ける。
がくんと崩れ落ちた日向の身体を受け止めると、スゥスゥと規則正しい寝息が聞こえて来た。
「バカなやつだなぁ……」
そう言ってくすっと笑うと、私は日向の髪を撫でた。
☆☆☆
「ん……?朝……?」
二日酔いでガンガンと痛む頭を抑えながらゆっくりと目を開くが、窓から射し込む日差しが眩しくすぐに目を閉じる。
「今何時……って、ここどこだ。星歌の部屋か?」
薄っすらと漂う香水の香りで星歌の部屋と判断し、枕元に置かれているであろうスマホを手探りで探し時間を見る。
午前9時半。寝すぎである。
「うわ、結構寝たな……昨日の記憶ねぇし……」
「ん……」
昨日の飲み会の後半の記憶を探っていると、隣から呻き声が聞こえてくる。
「ああ、悪い。起こしたか」
「んぁ……日向か……おやすみ……」
薄く目を開き俺の顔を見た星歌は、すぐに毛布に顔を埋め夢の国へと帰って行った。
すっかり目を覚ました俺は、背骨を伸ばしながらベッドから起き上がる。
どれだけ考えても昨日の記憶が飛んでいるが、一体どれだけ飲んだのだろうか。
「服も下着も着替えてるし……匂い的にシャワーも浴びたのか。すげぇな、俺」
記憶がなくなる程飲んでもきちんとシャワーだけは浴びる自分の潔癖さに自画自賛しながら歯を磨き、リビングに向かう。
平日ということもあり虹夏ちゃんは学校に行っているのか、誰も居ない。
「ん、何かメッセージ溜まってるな」
インスタントコーヒーを淹れるための湯を沸かしながらスマホをいじっていると、ロインのメッセージが来ていることに気づく。
ただでさえ遅起きなんだから早く返そうとアプリを開くと、きくりとPAさんからサムズアップのスタンプだけが送られていた。
スタンプから、2人のニヤつく顔が見え透けるのが悔しい。
「……昨日の俺、何をしたんだ」
何をしたのか分からんが、とりあえず当分飲むのは止めよう。
そんなことを考えながら、俺はコーヒーをすすった。
ー評価してくださった方ー
東大王さん、家畜魔法師さん、ひまぽぽさん、ネノマさん、nyankaz_さん
ありがとうございました!
ー日向君情報・その2-
物語中でもよく煙草を吸っているが、かなりのヘビースモーカー
どんなに少なくとも1日1箱は吸い、苛立っているなど多い日で3箱近く吸うことも
愛飲している銘柄はセブンスターの14ミリ
ソフトは「スーツの中でぐしゃぐしゃになる」という理由で嫌っている
飴やガムを好んで食べないため、過去に3度禁煙に失敗している
年始には『禁煙』という書初めをしながら煙草を吸っていた
Twitter始めました→https://twitter.com/Rain777_BTR
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