星に歌う   作:Rain777

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#3 どうしようもない俺に虹夏ちゃんが降りてきた

「……」

 

スマホとにらめっこして早くも30分。

明日までに書き上げて来いと言われている記事も手に付かず、何もしない無駄な時間だけが過ぎている。

スマホの画面にはロインのトークルームが表示されており、名前の欄には『にじか』と出ている。

星歌先輩と再会したあの日、『虹夏に埋め合わせしておけよ』と言われたので何かに誘おうと考えたものの、何も思いつかない。

 

「というか、そもそも30手前のおっさんが女子高生を何かに誘って犯罪にならないのか?」

 

誰も居ない一人暮らしのアパートで呟く。

トークルームは依然として、3日前に虹夏ちゃんから送られてきた『よろしく!』と書かれた看板を持った可愛い猫のスタンプだけだった。

 

 

 

 

 

#3 どうしようもない俺に虹夏ちゃんが降りてきた

 

 

 

 

 

「はぁ……疲れた……」

 

帰宅するなり、シャワーを浴びることすらせずにベッドに倒れ込む。

冴えない頭をどうにか動かして記事を書き上げたため寝不足で出勤することとなった上にその記事を読んだ編集長からは散々ダメ出しを喰らい、挙句の果てにはZIPPOにオイルを差し忘れコンビニで使い捨てライターを買う羽目になるというゴミのような一日だった。

 

「それに……」

 

げっそりとしながらジャケットのポケットからスマホを出す。

未だ虹夏ちゃんの埋め合わせは決まっておらず、それもまた不安材料のひとつとなっていた。

時計を見ると、とっくに日付を跨いでいる。

こんな時間から女子高生にロインを送る男(28)など警察案件でしかないので一旦画面を閉じると、ヴヴッとスマホが震える。

 

「げ、星歌先輩……」

 

背中を冷や汗が伝う。

星歌先輩がこんな時間に、何の用だというのだろうか。

 

「は、はい、もしもし?」

 

一度深呼吸を入れ、呼吸を整えてから電話に出る。

 

『ん、日向か?こんな時間に悪いな。今大丈夫か?』

 

「え、ええ、まぁ……」

 

口ぶり的に、すぐに終わる話ではなさそうだ。

耳と肩でスマホを固定しながらベッドから立ち上がり、ジャケットを脱いで衣文かけに吊るす。

そしてスラックスやシャツも脱ぎ、部屋着のジャージに着替える。

 

『夕方に一応電話かけたんだが出なくってな。営業終わってからかけたらこんな時間になっちまった。悪いな』

 

「いや、俺も今さっき仕事が終わって帰宅したところなので」

 

『大変そうだな……』

 

冷凍庫の中を見ると、いつ買ったか分からない冷凍パスタがあった。

今から自炊する気力など持ち合わせていないので、今日はこれでいいだろう。

 

「それで、用事って何ですか?」

 

冷凍パスタを電子レンジに突っ込みながら訊く。

 

『いや、今日虹夏に聞いたが……お前まだ何も送っていないらしいな。スタンプを送ったのに既読スルーされたって虹夏がブーたれてたぞ』

 

「えっ、スタンプってわざわざ返すものなんすか?」

 

咎めるような星歌先輩の声に、つい素が出てしまう。

すると、スマホの向こう側から呆れたようなため息が聞こえてくる。

 

『お前なぁ……相手は高校生だぞ。私からのスタンプならスルーしても構わんが、相手を考えろ』

 

「う、そう言われると……」

 

『まぁそこはいい。明日にでも適当に返しておけ。それより、どうしてまだ何も送っていないんだ』

 

「色々考えてはいるんですけど、何で埋め合わせしたら良いか思いつかなくて。無難なところでいくと何か贈り物をするべきなんでしょうけど、如何せん現役女子高生が何が欲しいか分からなくて。食事や遊びに連れて行くのもひとつの案でしょうけど、果たしてアラサーのオジサンが女子高生を連れまわして犯罪にならないかと……」

 

『オジサンって言うな。私のことをババアって言いたいのか?』

 

「い、いや!星歌先輩は今日もオキレイで……」

 

『次に会った時覚えておけよ』

 

女性とは思えないドスの効いた声に震えあがる。

ほんの冗談じゃないか。

 

『……事情は分かった。まぁ、何の意見も出さなかった私にも非があるな』

 

電子レンジがチーンと鳴く。

冷凍パスタが温まったらしいが、電話中に食べるのは良くないだろう。

 

「とにかく、そういう訳なんですよ。確か虹夏ちゃん、誕生日も近かったはずですよね。お祝いも兼ねて何かしてあげたいんですけど、良い案ありますか?」

 

俺がそう言うと、スマホの向こう側の星歌先輩も考え込んでしまう。

一度頭をリセットするため、俺はベランダに出て煙草を吸う。

 

『あいつ、欲しい物とか訊いても遠慮するしな。どこか美味しいお店でも行くのが無難じゃないか?』

 

「俺もそう思ったんですけど、28のオジサンが17歳の女子高生連れてたらマズくないですか?親子って年齢でもないですし、それこそ今流行りの『パパ活』と思われますよ」

 

『だったら私がついて行こう。少なくともパパ活と思われることはないだろう』

 

「なるほど、それは良い案ですね」

 

指をパチンと鳴らす。

確かに星歌先輩が居れば、多少不審な目で見られたとしてもパパ活とは思われないだろう。

 

「それじゃあ、星歌先輩は虹夏ちゃんにそれとなく何が食べたいか聞いておいてください」

 

『分かった。それじゃあ、改めて連絡を入れる』

 

星歌先輩がそう言い終わると同時に、スマホの向こう側から可愛い欠伸が聞こえてくる。

 

「眠たそうですね」

 

『まぁ、もう日付を跨いでるしな。お前は明日も早いんだろう?そろそろ切るぞ』

 

「ええ。じゃ、おやすみなさい」

 

『おう。おやすみ』

 

そこで電話がぷつりと切れる。

もう少し星歌先輩と喋っていたかったが、そんな青臭い感情を表に出せる年齢はとっくに終わっている。

 

「さーて、パスタパスタ……」

 

グゥと鳴る腹の虫を収めるため、俺は良い香りを漂わせる電子レンジを開けた。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「おっ、あそこか」

 

例の電話から5日後の今日。

仕事を早く片付けた俺は、柄にもなく洒落た格好をして車を運転している。

集合時間の5分前にSTARRYに到着すると、そこには既に星歌先輩と虹夏ちゃんが待っていた。

一度俺の車を見たことがある星歌先輩が先に俺に気づき手を振り、続いて気づいた虹夏ちゃんが両手を頭の上に掲げる。

 

「待たせましたか?」

 

「ううん。そんなに待ってないよ。それより、すっごくカッコいい車だね!」

 

天真爛漫に笑う虹夏ちゃん。

雰囲気こそ違うものの、笑った姿は高校時代の星歌先輩とそっくりだった。

この間星歌先輩に褒められた時もそうだったが愛車を褒められて嬉しくない男は居ない。

へへへと笑いながらこだわりポイントであるステアリングの改造の蘊蓄を垂れ流そうとすると、後部座席に座った星歌先輩に頭を叩かれる。

 

「一回りも年齢の違う、それも私の妹に色目を使うな馬鹿」

 

「いや、色目は使ってないですけど……」

 

「何だ、虹夏に女としての魅力がないって言いたいのか?」

 

「ええっ!?そうなの日向君!?」

 

「面倒臭いなこの人……」

 

これ以上喋ったところで俺が害を被るだけになりそうなので、黙って車を発進させる。

 

「それにしても、日向君がご飯に連れて行ってくれるってお姉ちゃんに聞いた時はびっくりしたよー。あ、昔のまま日向君って呼んでるけど、もしかして変えた方が……?」

 

「今まで通りで良いよ。今更木村さんとか日向さんとか呼ばれても違和感しかないしね」

 

バックミラー越しに虹夏ちゃんを見ながら答える。

 

「それと、ご飯のことだけど……10年前俺が勝手に居なくなって、虹夏ちゃんに大分迷惑をかけたみたいだからね。誕生日祝いも兼ねて、今日はご馳走するよ」

 

「やったー!お寿司、楽しみだなぁ」

 

虹夏ちゃんのリクエストは『寿司』だった。

最近の女子高生らしくイタリアンだのおフレンチだの言われると思って戦々恐々としていたが、虹夏ちゃんはどうやらそのタイプではないらしい。

イソスタとやらが流行っているらしいが、全く分からない。

 

「あれ?お寿司屋さん、通り過ぎちゃったよ?」

 

不意に虹夏ちゃんが言う。

えっ、と思い窓の外の景色を見ると、某チェーン店の回転寿司屋を通り過ぎていた。

 

「あぁ……回転寿司もいいけど、今日はお祝いってことでもう少し背伸びしてみようと思ってね」

 

俺はそう言いながら近くのコインパーキングに車を停める。

そして、首を傾げる星歌先輩と虹夏ちゃんを連れて狭い路地に入り、『すし』と書かれたシンプルな暖簾の店の戸を叩く。

 

「え……ここ、回らないお寿司ってやつだよね?」

 

「お前、財布の中身大丈夫なのか?」

 

「まぁ……星歌先輩には言いましたけど、酒と車以外に金の使い道がないですから。もっとも、毎日って言われたら破産しますけどね」

 

そう言って笑う。

これでも、週刊誌で毎週1ページのコラムを持っているそれなりの売れっ子ライターなのだ。

ここで見栄を張れないようでは漢が廃るというものである。

 

「ま、そう言うなら今日は財布の中身が空になるくらい食べてやろうじゃないか。虹夏も、日向が居なくなった時に散々泣いたんだからその分を取り返すぞ」

 

「えっ?あ、う、うん!そうだね!」

 

何故か言葉の歯切れが悪い虹夏ちゃん。

……まさか、そんなに格式高い店だと思っているのだろうか。

 

「あ、そんなに緊張しなくていいですからね。俺の大学時代の友人がやってる店なので」

 

そう言って虹夏ちゃんの緊張をほぐしてから暖簾をくぐる。

 

「よっ、久しぶり」

 

「いらっしゃい……って、日向か。席はとってあるから座れよ」

 

板前の菅原が指さす先には、ご丁寧に3人分の席が用意してあった。

星歌先輩達を連れて椅子に座ると、暖かいおしぼりで顔を拭う。

 

「なんというか……」

 

「いよいよオッサンくさいぞ、日向……」

 

2人から向けられる冷たい視線にぎくりとする。

言ってもアラサー。まだ28である。老け込む年齢ではない。

 

「んんっ……まぁ今日は遠慮せずに好きな物頼んで良いから」

 

咳ばらいで場をリセットすると、星歌先輩がクスクスと笑う。

 

「……何ですか」

 

「いや?そうやって見栄を張るところだけは昔から変わらないな、日向は」

 

「私はまだ小さかったからあんまり覚えてないんだけどそうなの?」

 

「ああ。確か……日向が高校1年生の時だったかな。バレンタインで私以外にチョコレートを貰えず、自作自演していたこともあったな」

 

「う、そんな昔の話を……」

 

完全に記憶の片隅に追いやっていた黒歴史を掘り起こされる。

もう12年も前の話だというのに、よく覚えているものだ。

 

「しかもかなり手の込んだやり方でな。上等な市販の物を買う金がなかったから、業務用を買って自分で作り直していたんだぞ。それに、ひとつひとつラッピングを変えて色んな人から贈られたようにみせかけて……」

 

「ああもう!星歌先輩は日本酒で良いですよね!菅原!お茶が2つと八海山の熱燗1合!」

 

無理矢理こじ開けられた古傷に塩を塗りたくられ、満身創痍でヤケクソ気味に飲み物を注文する。

ほら見ろ、虹夏ちゃんは腹を抱えて笑っている。

 

「ひー、ひー、面白……あ、じゃあ私、この『今日のおすすめ盛り合わせ』にしようかな」

 

「お、じゃあ私もそうしよう。日向は?」

 

「俺もそうしようかな」

 

3人共同じ物を頼むことが決まり、飲み物が出されたタイミングで注文をする。

そして虹夏ちゃんの音頭で乾杯をする。

 

「んじゃ、まずは改めて何で日向が何も言わず居なくなったかの説明だな。虹夏はまだ知らないだろう?」

 

「そう言えば聞いてないかも。どうしてなの?」

 

「う……まぁかくかくしかじか……」

 

星歌先輩に促されるように、俺は10年前の話を始める。

最初はウンウンと相槌を打っていた虹夏ちゃんだったが、話が進むにつれて徐々に呆れたような目になっていき、話終わるころには星歌先輩と同じような表情をしていた。

 

「なんというか……日向君を見栄っ張りってお姉ちゃんが言ってた意味が分かったかも」

 

「何も言い返せねぇ……」

 

がっくりと項垂れる。

自覚がない訳ではなかったが、こうして他人から言われるとクるものがある。

 

「ま、それが日向の良い所でもあるけどな。バレンタインの時もそうだが、見栄を張るための努力だけは惜しまないからな」

 

「だけ、って……」

 

「何も間違ってないだろう」

 

星歌先輩は御猪口をくッと傾ける。

そうこうしているうちに、寿司下駄に乗った寿司の盛り合わせが机に並べられる。

 

「わぁ……!」

 

虹夏ちゃんが目を輝かせる。

いただきまーす!と元気良く手を合わせると、玉子を口の中に入れて歓声をあげる。

 

「美味しい?」

 

俺が訊くと、虹夏ちゃんは笑顔で頷く。

とりあえず、口には合ったらしい。

 

「うおっ、美味しいな……!」

 

星歌先輩も驚いたように声を上げる。

取材交渉のために何度か接待で来ているが、お偉いさん方はこんなに良い反応をしてくれない。

一緒に食べている人が幸せそうに食べていると、こちらまで嬉しくなってくる。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「ちょっと、星歌先輩……」

 

結論、今回も星歌先輩は寝落ちた。

美味い物を食べると酒も進むという俺の持論通りパカパカ日本酒を飲んでいた星歌先輩だったが、4合を開けた辺りから無言になり、5合で夢の世界行きだ。

ご丁寧に俺の腕を巻き込んでおり、しっかりと掴んで離そうとしない。

 

「お姉ちゃん寝ちゃったね」

 

「前回もこうだったよ。ったく、もう少し大人の女性としての自覚を持って欲しいよな」

 

「そうかもしれないけど、最近お姉ちゃんすっごく忙しそうだったからさ」

 

「そうなのか?」

 

「うん。STARRYをもっと盛り上げるために、色々頑張ってるみたい」

 

思えば、あの日電話が来たのも深夜だった。

俺はゆっくりと腕をすり抜けるとジャケットを脱いで、机に突っ伏して寝ている先輩の肩にかけてやる。

ヤニ臭いかもしれないが、まぁ風邪をひくよりは幾分マシだろう。

 

「……それにしても、どんな理由でも日向君がこうして帰ってきてくれて嬉しいなぁ」

 

「本当にゴメンね」

 

再び謝ると、虹夏ちゃんは何故か星歌先輩の方を見た。

 

「さっきはお姉ちゃんが起きてたから言わなかったんだけどね。日向君が居なくなってから一番落ち込んでたのはお姉ちゃんだったんだよ」

 

そう言えば、虹夏ちゃんは店に入る前何かを言おうとしていた。

歯切れの悪かったアレは、このことを言おうとしていたのか。

 

「……えっ?」

 

そこで俺は、思考回路が一周する。

星歌先輩は虹夏ちゃんが一番悲しんだ、と言っていたはずだ。

 

「10年前だし、実は私は正直よく分かってなかったんだよねー。隣の家に住んでいた仲の良いおにいちゃんが居なくなった、ってくらいの認識だったと思う。まだ小さかったし、お別れとかもなかったからあんまり実感が湧かなかったかな」

 

「そう、言われれば……」

 

確かに、そんな程度の認識だったのだろう。

10年前といえば、虹夏ちゃんはまだ6歳か7歳である。

 

「そうなの。でもよく覚えてるのは、お姉ちゃんがすっごく落ち込んでたことなの。私の前では全く悲しむ素振りを見せなかったくせに、私が夜トイレに起きたら部屋で1人で泣いてたんだよ。ビックリしたし、これははっきり覚えてるなぁ」

 

「……」

 

そんなこと、星歌先輩は一度も言っていなかった。

 

「お姉ちゃんは日向君を見栄っ張りって言ってたけど、お姉ちゃんも結構見栄っ張りじゃん?特に日向君は年下だし、絶対に弱い姿を見せたくなかったんじゃないかな」

 

考えれば、星歌先輩は昔からそうだった。

俺は星歌先輩の弱い姿を見たことがない。

 

「お姉ちゃん寝ちゃったし、そろそろ帰ろっか」

 

「そうだね、良い時間だしね。満足した?お腹いっぱいになった?」

 

「うん!ご馳走様!」

 

満足気に笑いながら手を合わせ菅原にもお礼を言う虹夏ちゃん。

先に虹夏ちゃんと星歌先輩を車に乗せてから会計を済ませて戻ると、2人は後部座席で互いの肩に頭をもたれかからせて舟を漕いでいた。

 

「こう見ると、ホントそっくりだよなぁ」

 

幸せそうに寝ている2人を起こさないように慎重に車を発進させ、眠らない夜の街を駆け抜ける。

赤信号で止まっている短い間に、俺はバックミラーを使って星歌先輩の顔を見る。

虹夏ちゃんの話が本当とするなら……いや、勿論嘘だと疑っている訳ではない。

だが、敢えて本当とするならば、星歌先輩は10年前、俺に対して特別な感情を抱いてくれていたのかもしれない。

 

「告白、しておけばよかったなぁ」

 

後悔したところでもう遅いことは分かっているが、後悔せずにはいられなかった。

星歌先輩の言う通り、俺は見栄っ張りである。

 




ー評価をつけてくださった方ー
いとこんにゃくさん、うま0528さん、リリーマクリーンさん、zuiさん、tuiさん、柊潤さん、keniaqさん、pepemarugaさん、ふもっちさん、スライミー1号さん、けん0912さん、ハイパー扇風機さん

ありがとうございました!

追記
この小説は予約投稿を使わさせていただいているので、感想への返信や評価をつけてくださった方へのリアクションが遅れてしまうことがあるかもしれません。
ひとつひとつ大切に見させていただいていますので、これからもよろしくお願いします! 
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