星に歌う   作:Rain777

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小話ですが、サブタイトルは筆者の好きなバンドや歌手の曲名をオマージュさせてもらっています。

気づいた人はいますか……?



#5 TIME-TO-MORE-MORE

「……日向、ここに就職したらどうだ?」

 

午前で仕事が終わった休日。

営業前のSTARRYの床を掃き掃除していた俺を見て、星歌先輩がそう言った。

 

「いや、就職って……俺一応スポーツライターなんですけど」

 

「知ってるよ。記事も読んだし」

 

星歌先輩は鞄からウチの週刊誌を取り出し、俺が担当しているコラムのページを開く。

自分が書いた記事を知り合いに読まれるというのは、妙な気恥ずかしさがある。

 

「……で、どうでした?面白かったですか?」

 

おずおずと訊いてみる。

ここで『クソつまらねぇ』なんて言われた日には、本格的にペンを折ってSTARRYに就職するかもしれない。

 

「私はプロ野球が全く分からんから、何が書いてあるか理解出来なかった」

 

予想の斜め上の答えに、俺は思わずズッコケた。

 

 

 

 

 

#5 TIME-TO-MORE-MORE

 

 

 

 

 

「あ、日向君!来てたんだ!」

 

「おっ、おはよう」

 

星歌先輩に頼まれていた机の拭き掃除を終えたタイミングでSTARRYの扉が開き、虹夏ちゃん達結束バンドの4人が入ってくる。

煙草を吸いに行こうかと思っていたが、もう少し後になりそうだ。

 

「あれ?店長さんはどこに?」

 

と、喜多ちゃん。

 

「あぁ、星歌先輩なら裏で金の計算をしてるよ。もう戻ってくるんじゃないかな」

 

流し台で布巾を絞りながら答える。

すると、虹夏ちゃんがふっふっふと不敵な笑みを浮かべながら近くのゴミ箱を横に倒す。

 

「なんと……結束バンドのオリジナル曲が完成したのです!日向君も聴いてみてよ!」

 

「それ、俺が聴いてもいいの?」

 

「いいのいいの!じゃあリョウ、準備をお願い!」

 

「任された」

 

山田ちゃんはどや顔でサムズアップをして、横倒しになったゴミ箱にスマホを置く。

そして俺達5人でゴミ箱を囲むと、山田ちゃんは音楽アプリを起動して曲を流し始める。

 

「……おお、凄いな」

 

音楽に明るくはないが、そんな俺でもこの曲が素晴らしいということは理解出来た。

この曲に、どんな歌詞が乗るのだろうか。

 

「ですよね!リョウ先輩、凄いんですよ!」

 

喜多ちゃんが、まるで自分のことのように胸を張る。

 

「山田ちゃんが作曲したんだ。歌詞もオリジナルなんだよね?誰が書くの?」

 

軽く疑問を口にすると、後藤ちゃん以外の3人の目が彼女に向く。

『ひぅっ!?』と言葉にならない悲鳴を上げた後藤ちゃんだったが、観念したように小さく手を挙げる。

 

「わ……わ、私、です……」

 

「へぇ……」

 

正直、意外だった。

俺の予想では虹夏ちゃんかと思っていたが、まさかの一番引っ込み思案な後藤ちゃんだとは。

 

「はーい、ここまで!全部聴かせちゃったら面白くないからね!続きは私達のステージで!」

 

再生停止ボタンを押した虹夏ちゃんがそう言って笑う。

 

「うん。毎回来られるとは限らないけど、楽しみにしてるよ」

 

「あっ、日向さんってお仕事は何をされてるんですか?」

 

「……私も気になる」

 

と、喜多ちゃんと山田ちゃん。

 

「俺はスポーツライターをやってるよ。ええと……ほら、ここ。木村日向ってあるでしょ」

 

俺はそう言いながら、星歌先輩が残していった雑誌をぱらぱらとめくる。

そして自分のコラムが乗ったページを見つけると、俺の名前を指さす。

 

「わー、日向君本当に仕事してたんだ」

 

「え、虹夏ちゃんは俺のこと何だと思ってたの?」

 

星歌先輩にも『お前が普通に社会人をやっているのがムカつく』とか言われたっけ。

この姉妹からの俺の評価は一体どうなっているのだろうか。

 

「えー、諸君。お待ちかねの給料だぞ」

 

いつの間にか現れていた星歌先輩が4つの茶封筒をひらひらとさせる。

ゴミ箱を取り囲んでしゃがんでいた4人が、わーっと色めき立つ。

 

「お、ここは現ナマなんですね。今時珍しい」

 

「現ナマはもう死語だぞ」

 

「えっ……」

 

絶句する俺の隣を通って、4人は思い思いに封筒を開封する。

 

「お、おぉ……一万円……!」

 

後藤ちゃんが一万円札を手に、目をキラキラとさせる。

俺も初めてバイト代を口座からおろした時、あぁなったなぁ。

初めてのバイト代、何に使ったっけな。

 

「じゃあせっかくの所で悪いんだけど、ライブ代徴収するねー!」

 

そんな虹夏ちゃんの言葉に、後藤ちゃんの動きが止まる。

 

「えっと……ライブ代って?」

 

星歌先輩に耳打ちをすると、何でお前が知らないんだ、と言いたげな目を向けられる。

 

「ノルマのことだ。それで分かるか?」

 

「ノルマ……ノルマですか」

 

その3文字で大体の理解が追い付いた。

この間のライブで捌ききれなかったチケット代金のことだろう。

……そうだ、思い出した。初めてのバイト代は、当時付き合っていた彼女の誕生日プレゼントに使ったんだ。

大学1回生、19歳の夏の話である。

 

「どうしたんだよ、アンニュイな表情して。気持ち悪いぞ」

 

「ちょっと昔を懐かしんでいただけですよ。俺も初めてのバイト代を受け取った時、嬉しかったなぁって」

 

「ふぅん。お前は何に使ったんだ?」

 

星歌先輩は何気なしに訊いた質問だと思うが、俺はそこで困ってしまった。

果たして、本当のことを言うべきなのだろうか。

星歌先輩が俺の元カノを知っているはずがないので言ったところで特に問題はないだろうが……なんというか、気まずい。

 

「何だ、言えない使い方でもしたのか?ギャンブルか?それとも風俗か?」

 

俺の心境なんて知らない星歌先輩が、それはそれは楽しそうに的外れな意見を出してくる。

まぁ……言っても大丈夫かな。もう付き合ってる訳じゃないし。なんなら、別れた時に着信拒否喰らったし。

 

「……当時付き合ってた彼女の誕生日プレゼントに使いました。確か、香水か何かを買った気がします」

 

「……ふーん」

 

「ま、もう10年近く前の話ですけどね」

 

「あっそ。興味ない」

 

一気に無表情になった星歌先輩は、心底面白くなさそうな無表情でパソコンを開く。

アンタが訊いたんでしょうが……と思ったが、今の星歌先輩にそれを言ったら本気で殴られそうなので黙っておくことにする。

 

「……なんというか、2人共たまーに子供みたいですよね」

 

ソファに寝そべっていたPAさんがクスクスと笑う。

 

「私のどこが子供だって言いたいんだよ。日向はともかく」

 

「え、えぇ……何で俺が……」

 

「お前は子供だろうが。聞きたくもない話を嬉々としてしやがって」

 

「でも星歌先輩が……」

 

「デモもストもあるか」

 

「それこそ死語っすよ?」

 

脛を蹴られる。

 

「イッ……!」

 

「ふん。そこで永遠に彼女との悦に浸ってろ」

 

床に倒れ込んだ俺を見下しながら星歌先輩は吐き捨てる。

明日から福岡に出張なので、脚を狙うのは本当に辞めて欲しい。

 

「えっと……日向君、大丈夫?」

 

地べたに座り込んで脛を摩っている俺を、虹夏ちゃんが若干引き気味に心配してくれる。

 

「あ、あぁ。大丈夫。それで、俺に用かな?」

 

「あ、日向君じゃなくてお姉ちゃんに用事があるの。来月ライブ出させて!」

 

「いや、出す気ないけど」

 

即答。

俺と喋りながらも結束バンド4人の話にも耳を傾けていたのか、何を言われるか分かっていたかのような流れる即答で拒否をする。

 

「「「「……え?」」」」

 

4人の声が重なる。

 

「な、何で?オリジナル曲も出来たのに!」

 

「それはこっちには関係ない」

 

「集客出来なかった時のノルマなら払えるよ!」

 

「お金の問題じゃなくて、実力の問題」

 

「この間は出してくれたじゃん……!」

 

「思い出つくりのために特別に、な」

 

「思い出つくりって……」

 

虹夏ちゃんの表情が曇る。

 

「ひ、日向君も何か言ってよ!」

 

虹夏ちゃんに助け舟を求められるが、俺は顔を横に振ることしか出来なかった。

 

「悪いけど……今回ばかりは助けられないかな。これは俺の問題じゃなくて、星歌先輩と君達結束バンド4人の問題だしね」

 

「ま、そういうことだから。5月のライブみたいなクオリティじゃ出せないから」

 

「出せないって……じゃあ私達は?」

 

「一生仲良しクラブでもやってろ」

 

「ッ!?」

 

ちょっと口が悪いんじゃないですか?

そう思ったが、黙っておく。

さっきも言ったが、これは俺の問題ではない。

 

「……まだ何か?」

 

「……いまだにぬいぐるみを抱かないと寝れないくせに~!!!」

 

虹夏ちゃんはそんな捨て台詞を残し、STARRYから勢い良く飛び出して行った。

 

「……星歌先輩、もしかしてまだぬいぐるみを」

 

「うるさい。やかましい。黙れ」

 

「はい」

 

直近で一番の殺気を向けられ押し黙る。

星歌先輩が昔からウサギやパンダのぬいぐるみを抱いて寝る癖があることは知っていたが、アラサーになった今でもそれらと一緒に寝ているとは驚きだ。

この29歳、あざといな。

 

「いでっ!?」

 

身体をゲシゲシと蹴られる。

この人は、何故俺の考えていることが分かるのだろうか。

 

「ぬいぐるみって、このウサギとパンダのこと?」

 

そう言いながら山田ちゃんがスマホに1枚の写真を出す。

この事務所のソファで星歌先輩が昔と同じウサギとパンダのぬいぐるみを抱いて寝ている姿が激写されていた。

 

「あら可愛い」

 

PAさんが笑う。

 

「その画像消せ!今すぐに!」

 

「な、何してるんですか!早く虹夏先輩を追いますよ!」

 

喜多ちゃんは大慌てで山田ちゃんを連れてSTARRYから出て行く。

 

「……はぁ。待って、ぼっちちゃん」

 

遅れてSTARRYから出ようとした後藤ちゃんの背中に、星歌先輩は声をかける。

 

「は、はいっ!?」

 

「虹夏に伝えて。ライブに出たいなら、まずはオーディション。一週間後の土曜日に演奏を見て決めるから……って、何してるの?」

 

星歌先輩が喋る中、後藤ちゃんは何故か犬のようなポーズで腹を晒していた。

 

「せ、精一杯服従心を表現しようと……」

 

「星歌先輩が怖がらせるから……」

 

「うっさい。日向は黙ってろ。てか、早く追いかけないと見失うんじゃないの?」

 

星歌先輩はそう言いながらも犬のポーズをする後藤ちゃんにスマホのカメラを向ける。

 

「……じゃあ、俺からもひとつ伝言を頼めるかな」

 

「えっ?は、はい、何でしょう……」

 

大人の男は怖いのか、後藤ちゃんは俺と目を合わせようとはしない。

 

「そんな萎縮しなくていいから。そうだなぁ……」

 

ここで『努力する姿を見せれば合格できるよ』と答えを出してしまっては、結束バンドの成長を望んでいる星歌先輩の邪魔をすることになってしまう。

答えを出すのは簡単だ。

だが、それは大人の役割ではない。

そうならないよう、俺は慎重に言葉を選ぶ。

 

「……そうだね。このくらいでへこたれるな、って伝えてもらえるかな」

 

「……?は、はい」

 

「早く追いかけな。いよいよ見失っちゃうよ」

 

「あ、あっあっあっ……!あ……!」

 

後藤ちゃんは喘ぎながらSTARRYから飛び出す。

大人だけが残ったSTARRYで、PAさんが仕方なさそうに息を吐く。

 

「俺は星歌先輩の言いたいこと、分かりますよ。でも、結束バンドの子達にとってあの言い方はちょっとキツ過ぎたんじゃないですか?」

 

「いいんだよ。私が甘やかしたらダメだろ」

 

「……ま、そうっすかねぇ」

 

「そうなんだよ」

 

星歌先輩はそう言って、8月のバンド出演候補の欄の一番下に『結束バンド』と入力した。

 

「ホント、素直じゃないっすよね。PAさん」

 

「私もそう思います」

 

「何で意気投合してるんだ……」

 

腕時計で時間を確認すると、もう良い時間だった。

明日から福岡なので、今日は早くお暇させてもらうとしよう。

 

「じゃあ、俺はもう帰りますね。明日早いので」

 

「私は明太子な」

 

「サヨナラも言わず土産の話ですか……はいはい、分かりましたよ」

 

俺は床から立ち上がり、尻に付いた埃をパンパンと払い落としながら扉への階段を登る。

 

「……なぁ、日向」

 

「はい?」

 

ドアノブに手をかけたところで、不意に星歌先輩に声をかけられる。

 

「……あいつら、大丈夫かな」

 

不安そうな星歌先輩の表情に、俺はついぷっと吹き出してしまう。

大方『言い過ぎたかな』と星歌先輩なりに反省しているのだろう。

 

「何だよ、笑いやがって。出禁にするぞ」

 

「いやいや、すいません。何でもないですよ」

 

「……で、どう思う」

 

「そうですねぇ……」

 

正直、俺は虹夏ちゃん以外のメンバーについてあまり知らないというのが本音だ。

もっとも、虹夏ちゃんも10年が経って色々と価値観が変わっているだろうし。

 

「……それでも、先輩の妹とそのメンバーなら大丈夫じゃないですか?俺はそう信じてますよ」

 

星歌先輩自身、4人が次のオーディションを乗り越えられると思っていなければあんな発破はかけないだろう。

それこそ『仲良しクラブ』で終わらせているはずだ。

 

「そこを一番分かってるのは、俺より星歌先輩じゃないんですか?」

 

俺がそう言うと、星歌先輩はため息をついた。

 

「さっさと帰れ。土産は忘れるなよ」

 

「はいはい、了解ですよ」

 

「さようなら~」

 

PAさんの柔らかな声に送られ、俺はSTARRYを後にした。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「おい木村ァ!この記事どうなってる!」

 

部長からの怒号が飛ぶ。

『その記事は俺の管轄外なので他の人に訊いてください』と何度言ってもこの人は俺に当たり散らしてくる。

最近はそんな説明も面倒になってきたので適当に謝って俺が直接本人に訊くようにしているが、これもまた面倒なものだ。

自分のコラムと他の取材でいっぱいいっぱいなのに、なぜ俺が他人の仕事までやらなくてはならないのだろうか。

 

「……すいませんでした。今やっていることが終わり次第、確認させてもらいます」

 

それでもそんな愚痴は胸に隠し、部長から資料を受け取る。

ざっと目を通すと、先週の記事に対する『俺はこんなこと言っていない!』という選手からのクレームだった。

 

「飛ばしなんて書くなよな……はぁ」

 

プロサッカーを担当している人間に閉口しそうになるが、とりあえず一度リセットするために煙草を吸いに社内の喫煙所へ向かう。

いつもより多めに煙を吸い込んでいると、ふと日めくりカレンダーが目に入る。

 

「今日は……虹夏ちゃん達のオーディションの日か」

 

もう始まっているのだろうか、終わっているのだろうか。

合格したのだろうか、駄目だったのだろうか。

そんな期待と不安が入り混じる中、ポケットに入れたスマホがピロンと鳴る。

 

「ん?虹夏ちゃんからロイン?」

 

俺がトークルームを開くと、『合格!』という短い文章と共に、4人で映った写真が張られていた。

後藤ちゃんの表情が死んでいるのが気になるが……ともかく、合格したのは良かった。

考えた後に『おめでとう』と返すと、水の張られた灰皿に煙草を入れて火を消す。

 

「さてさて……俺も頑張ろうかな」

 

とりあえず、先週の記事の件について訊きにいかなくちゃな。

まだ少し憂鬱だが、それでも幾分身体が軽くなった気がした。

 

 

 

 




ー評価をつけてくださった方ー
イッッヌさん、かろんくろさん、moccaさん、co-FEさん、rain@さん、純愛の悪魔さん、ギルダーツ三世さん、モデルさん、炙り醤油さん、さくらんぼの味噌煮さん、merkava314さん、grainさん、まろんたさん、ナメクジ次郎さん、Browさん、服部半蔵さん、黒須透香さん

ありがとうございました!
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