『明日は仕事が休みだと言っていたがSTARRYに来るのか?』
ようやっと記事をまとめ上げた仕事終わりの午後10時。
死にかけでボロボロの身体を引きずって半泣きになりながら帰宅した俺を迎えてくれたのは、星歌先輩からのメッセージだった。
「うわ、午後の6時のメッセージだ。早く返さないと……」
もちろん行きます、と送ろうと思ったが、ふと指が止まる。
明日は確か、きくりから貰ったチケットの日だった気がするぞ。
手帳でスケジュールを確認すると、思った通り、明日はきくりのライブの日だった。
「すみません、明日は用事があるんです、っと……」
言葉に出しながら送信すると、すぐに既読が付いた。
そして、スマホがブルブルと震え電話がかかってくる。
嫌な予感がひしひしと感じ取れる不吉な電話だったが、取らない方が後で怖いので恐る恐る出る。
「……はい、もしもし?」
『日向か。悪いな、遅くに』
「いえ、俺は別にいいですけど……何ですか?」
あれ?何か不安そう?
いつもより少しか細い声に、違和感を覚える。
『その、だな……明日用事があるらしいが、どうかしたのか?』
「え、普通に用事ですけど……」
星歌先輩の歯切れが悪い。何が言いたいのだろうか。
「単刀直入に訊いてくださいよ。何かあったなら今からでも行きますよ?」
『いや、特段用事がある訳じゃないんだがな……もういい。プライベートに口出ししようとして悪かった』
「え、ちょ……」
そこで電話はぷつりと切れてしまう。
「……何だったんだ?」
#7 電・話・物・語
「……ここか?うん、ここだな」
スマホに表示されたマップと現在地を見比べながら独り言を呟く。
今日は、ゲロ女改めきくりに渡されたライブチケットの日。
新宿を迷いながらもチケットに書かれたライブハウスの名前を頼りにどうにかこうにか到着し、一旦安堵で胸を撫で下ろす。
「それにしても、結構人入りが良いな……」
きくりには申し訳ないが、売れないバンドのチケットを体良く捌かれたと思っていたので、予想外の客入りに少し驚く。
なんだ、あいつ人気があったのか。
「……いや、まさかな。あのきくりだぞ。きっと、他のバンド目当てだろう」
ないない、あってたまるかと首を振る。
あんなアル中が人気だとしたら世も末だ。
「もう……始まってるのか」
少しだけ扉を開いて中の様子を探ると、もう既にライブは始まっていた。
ステージ上で演奏しているバンドのメンバーにきくりの姿は確認できないので、まだ先ということだろう。
「すいませーん……このチケット、ここで合ってますよね……?」
楽しんでいる観客の邪魔にならないように音を殺して歩き受付の男の人にチケットを渡すと、笑顔で頷いてくれた。
どうやら合っていたらしい。
ドリンクコーナーでビールを注文すると、盛り上がっている観客から一歩引いた位置にあるベンチに座ってステージに目を向ける。
すぐ隣に灰皿があるということで、ここはSTARRYよりも親切設計のようだ。
「ふぅ……きくりの出番はまだなのか?」
煙草を吸って一服しながら腕時計で時間を確認する。
午後8時ということで、そろそろあいつの出番があってもいいだろう。
「それとも……もう終わったか?」
プロレスや漫才で若手の『前座』があるように、きくりもその枠だったのではないだろうか。
そんなことを考えているうちに今のバンドの出番が終わり、ステージに幕が下りる。
観客の興奮のボルテージも一度休憩となり、グループで来ている者は感想を口々に語り合っている。
「星歌先輩誘えばよかったなぁ」
楽しそうに喋っている姿を見ると、ひとりで来ている疎外感を否が応でも感じてしまう。
それを誤魔化すように、煙草の灰を灰皿に落とす。
その瞬間、幕が上がりステージがバッと明るく照らされた。
「よ~うお前ら!上がってるか~?」
ベースを抱えアンプに足を乗せて観客に語り掛けるきくりの姿に、観客の興奮のボルテージが一気に上昇する。
地鳴りが起きたのかと錯覚するような歓声に、思わずベンチから立ち上がる。
「え……アレ、きくりか……?」
そんな疑問が口を継いで出る。
とてもじゃないが、居酒屋でゲロを吐き俺の家で安酒を浴びていた廣井きくりと同一人物とは思えないような、圧倒的なカリスマを兼ね備えたベーシスト廣井きくりがそこには居た。
そんなきくりは会場を一瞥すると目ざとく俺を見つけ、ニヤッと笑う。
「そこのベンチで寛いでるヤニカス~!盛り上がって行けよ~?じゃ、1曲目いくぞー!」
誰がヤニカスだ。
ふつふつと湧き出たそんな不満だったが、曲が始まった瞬間にかき消されてしまった。
「お、おぉ……!」
俺は言葉が堪能ではないのでこんな時どう言えば良いか分からないが……なんというか、身体を芯からブン殴られるというか、そんな衝撃が俺を襲う。
結束バンドよりも少ない3人のバンドだが、素人の俺が聴いても分かるくらいに高いレベルの個人がまとまり、しかしながら個人での主張も忘れていない。
気が付けば俺は、初めて聴く曲のはずなのに足でリズムを刻んでいた。
感動とはまた違う、独特な感情を抱いているうちに1曲目が終わり、間髪入れずに2曲目に突入する。
「あ……」
いつの間にかフィルターに到達していた煙草の火は消えていた。
音響で揺れる空気、盛り上がる観客、煌びやかなステージ。
「これだよ、これだよ」
俺は煙草の吸殻を灰皿に突っ込み、盛り上がる観客の中へ足を踏み入れた。
☆☆☆
「本ッッッ当にすいませんでしたぁ!」
ライブ後、何故かきくりから送られてきた飲み屋に行った俺を待っていたのは、ドラムを担当していた女性の謝罪だった。
その隣ではきくりが土下座をさせられており、状況が飲み込めずぽかんとする。
「え……いや、何?」
つい素が出る。
本当に意味が分からない。
「いえ、ウチの馬鹿ベースが木村さんの家に転がり込んだと聞いて……!」
「あ、あぁ……なるほど。気にしてないから安心してください」
状況を飲み込み、笑いながらまぁまぁと手を振る。
転がり込んだだけに飽き足らず、俺にゲロ掃除をさせて飲み代まで払わせたと聞いたら、果たしてきくりは生きて帰ることが出来るのだろうか。
「あっ、申し遅れました。私は岩下志麻と申します」
「私、清水イライザネ。ヨロシクー!」
「きくりから聞いているかもしれませんが、木村日向です」
営業ではないが、一応2人に名刺を渡しておく。
俺の名刺を覗き込んだ3人は、ほーっと声を出す。
「日向ちゃん仕事してたんだ~。ま、それもそうか~」
「お前といい俺の知り合いといい、どうして皆俺が無職のような言い方をするんだ?」
そんなにプー太郎オーラが溢れているのだろうか。
ビールグラスを掲げてガッハッハと豪快に笑うきくりの頭を、岩下さんが思い切りはたく。
「失礼だろ!……木村さん、今日はこの間の廣井の無礼のお詫びとして、良ければ私達に奢らさせてください」
「えっ!?いやいや、そんなの悪いですよ!詫びなら、今日のライブチケットをきくりに貰ったことで済んでますから」
そう言って立ち上がろうとしたが、いつの間にか背後に回り込んでいたきくりに両肩を掴まれて椅子に座らさせられる。
「まーまー、飲み会は人数が多い方が楽しいじゃん?一杯やってきなって」
「……まぁ、前回は俺の金だったしな。今回はお前が払うってことなら、飲んでやるよ」
「何!?廣井!家に転がり込んだだけじゃなくて飲み代を払わせたのか!」
意地悪く他のメンバーが知らなかった情報を公開してやると、案の定岩下さんが食いついてきた。
清水さんは何も言わないながら、まるで汚物を見るかのような目できくりを射貫いている。
「いぃ!?そうだっけ?あんまり記憶ないんだよね~……」
「私達も折半してやろうかと思ったが、やめだ!今日はお前に払ってもらうからな!」
「そ、そんなぁ~……日向ちゃんは優しいから払ってくれるよねぇ?」
「あ、店員さん。生ひとつください。大ジョッキで」
「日向ちゃ~ん……」
「うるさい!今日は廣井が払う!以上!」
岩下さんはそう言って自分の席に戻り、カクテルらしきドリンクを飲む。
俺の注文した大ジョッキが届くと、楽しそうに笑いながら清水さんが乾杯をしてくれる。
サイケデリックな曲を演奏していたバンドだったからメンバーもきくりのようなイカレポンチが多いのかと思っていたが、2人は常識人らしい。
「今日のライブ、凄かったですね。久しぶりに手拍子しながら声を出しちゃいましたよ」
きくり以外の2人とは初対面ということで、キャッチボールしやすい話題から切り出してみる。
実際、今日のライブは久しぶりに10代の頃に戻ったように盛り上がってしまった。
「それなら良かったです。木村さんはライブとかあまり行かれないのですか?」
「高校生の頃くらいまでは、バンドやっていた先輩の影響で何度かライブハウスに行っていたんですけどね。大学生になってからは行かなくなりました。お、この梅水晶美味しいな」
梅水晶に舌鼓を打つ。
大学生になってから高校生の時よりも部活動が忙しくなり、合間を縫ってアルバイトもしていたのでライブに行く暇がなかったのだ。
「日向ちゃんはその先輩のことが今でも好きだもんね~」
「ぶっ!?」
唐突に言葉で横っ面を殴られ、思わず梅水晶を吐き出しそうになる。
この酔っ払い、ちょっと自由すぎないか?
「廣井……それ、私達に言ったらダメだろ……」
「わ、私は何も聞いてないネ?」
必死のフォローが逆に辛くなる。
「いや……まぁ本当のことなんで……」
大ジョッキに口を付けて顔を隠しながらそう言う。
このアル中にバレたのが運の尽きだったと、自分を責めるしかない。
「ウチの馬鹿ベースがすみません……」
「ゴメンなのネ……」
席の空気が一気に重くなり、通夜のような状態になる。
そんな中でもきくりはひとりゲラゲラ笑っていたので、特に好きでもないがメニューの中で一番高いシャトーブリアン(3450円)を注文してやった。
「木村さんは何か趣味とかあるノ?」
「え?趣味?うーん……」
隣の清水さんに訊かれ、俺は顎に手を当てて考え込む。
改まって『ご趣味は?』と言われると、いまいちピンとこないものである。
「ちなみに私の趣味はね~、お酒を飲むこと!」
「うっさい廣井。あ、カシオレのおかわりください」
「趣味……趣味って言われると、意外と出てこないですね。清水さんは?あ、俺も生の大ひとつお願いします」
「私は日本のアニメを見ることヨー!」
そう言いながら清水さんが出した財布には、アニメキャラのストラップが幾つか付いていた。
俺も漫画はそこそこ読む方だが、見たことのないキャラクターだった。
「俺も漫画は読みますけど、このキャラクターは見たことがないですね。なんて漫画ですか?」
「エーットネ、こっちの頭にウサギを乗せた女の子がごちうさのチノちゃんで、こっちの金髪の子はきんモザのカレンちゃんだヨ!」
「ごちう……きんも……え、何ですって?」
「ごちうさと、きんモザ!」
「ごちうさと、きんモザ……」
「知らないノ?」
「申し訳ないですけど、知らないです……」
どれだけ記憶を探ってもそんな漫画は知らない。
すると清水さんは、ぷくっと頬を膨らませた。
「木村さんも見るといいネ。じゃあ逆に、何を読むノ?」
「好きな漫画ですと、最近はチェンソーマンとかですかね。少し古い漫画で良ければ、スラムダンクとかジョジョの奇妙な冒険も好きですよ」
「ジョジョ!私も好きネ!声優さんの演技が凄かったネ!」
「え?声優?」
「ウン。声優」
承太郎じゃないが、俺と清水さんの間の時間が止まる。
この子は何を言っているんだ?と思っていると、前に座った岩下さんが首を横に振る。
「多分……同じ漫画アニメ好きでも、住んでる世界が違うんじゃないですかね」
「俺もそんな気がしてます。あ、生大おかわりで」
「私も違う気がするネ」
「待って?日向ちゃんペース早くない?私を破産させる気?」
「そうだよ」
そう言い放ち、目の前に置かれた生大を一息で半分近く飲み干してやる。
それを見たきくりは、顔を青ざめさせて慌てて財布の中身を確認し始める。
「ふん。ちょっとは反省しろ、廣井」
「そ、そんなぁ……」
岩下さんに縋りつこうとしたきくりだったが、無情にも突っぱねられてしまう。
清水さんも既に俺の身体を盾にきくりから距離を取っており、俺も俺でこれ見よがしに机の上に置いた財布をポケットに入れる。
「この鬼共~!!!」
きくりの悲痛な叫び声に、俺達3人は声を上げて笑った。
☆☆☆
揺れるタクシーの中、俺は隣の岩下さんにちらりと目を向ける。
日を跨ぐ前にお開きとなった飲み会は、結局バンドの3人が3で割って出す形となった。
そして、岩下さんの帰り道の途中で俺の家も通るということでこうして2人でタクシーに乗り込んだのだったが、実は結構マズいのではないかと思い始めていた。
俺も岩下さんもタクシーを呼んだ時はそこそこ酔っていたので何も考えていなかったのだが、こうして少し時間が経って酔いが醒めてくると……完全に、俺が岩下さんを持ち帰ろうとしているようにしか見えない。
「あ、あのっ!私この辺りで降りますね!?」
緊張で目をグルグルさせた岩下さんがタクシードライバーに停めてもらおうとするが、それを手で制止する。
「岩下さんこんな所で降りたらダメですよね。家までまだあるんですから」
「い、いや、そうなんですけど……」
言いたいことは分かる。
飲み会の後に送っていくと言って男女が一緒のタクシーに乗り込むなんて、お持ち帰りの定番パターンだからだ。
それが分からない程、岩下さんも子供じゃないということだろう。
「……きくりも言ってましたけど、俺、一応想いを寄せてる相手が居るんですけどね」
あーあ、俺は何を言ってるんだろうな。
酔っているということもあって、思考よりも言葉が先走る。
「まぁ相手が俺のことをどう考えているか、なんてのは分からないんですけど……そういう相手が居ますから、下手に手を出したりはしないですよ。安心してください」
「そ、そうですか……」
俺の言葉に偽りがないと分かってくれたのか、岩下さんは安心したようにふっと笑う。
「いつから好きなんですか?」
「あー……自覚したのは小学5年の時ですかね。それから色々あってしばらく音信不通だったんですけど、最近になって再会して、やっぱり好きだなってなりました」
「え、木村さん見たところ20後半くらいですよね。かなり長いですね……」
「まぁ、途中彼女作ったりとかはありましたけどね」
そう言っていると、ポケットのスマホが震える。
誰だと思いながら手帳式のカバーを開くと、星歌先輩からだった。
心臓が跳ね上がる。
「ちょっとすいません……はい。もしもし」
『日向か』
「そりゃまぁ、俺のスマホですから」
『それもそうだな。今日も遅くに悪いな』
電話の向こう側の先輩は、何故か少し嬉しそうだった。
「何かあったんですか?声が弾んでますよ?」
『ん、そうか?』
「そうですよ。いつもムッツリしてる星歌先輩にしては珍しく」
『どういう意味だ?』
スマホの向こう側から怒気が放たれる。
『まぁいい。それよりお前、虹夏達のライブには来られるのか?』
「はい、行けますよ?でも何で今更?」
『虹夏がまだ返信がないって言っていたぞ』
「えっ」
俺はスマホを耳から離し、慌ててロインを確認する。
すると、一昨日の早朝に虹夏ちゃんから『来られるの?』とメッセージが入っていた。
大方、寝ぼけて既読だけつけてしまっていたのだろう。
「すみません、返信を忘れていました」
『まぁいい。お前もプライベートがあるだろうしな。後で返してやれよ』
「了解です。それじゃあ……」
おやすみなさい、と言って電話を切ろうとした瞬間、目の前を信号無視の車が通りすぎてタクシーが急ブレーキをかける。
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
がくん、と前につんのめって声が出る。
危うく前の座席に頭をぶつけるところだった。
爆音を鳴らしながら走り去るスカイラインのバックライトを睨みつける。
「あ、あぶねぇなあのスカイライン……すみません星歌先輩、タクシーが急停止して……って、あれ?」
突然大きな声を出したことを謝ろうと思ったが、ツーツーという無機質な音しか聞こえてこなかった。
「電話……切れてる?」
電話はいつの間にか切れてしまっていた。
ー評価をつけてくださった方ー
座頭鯨怪人 ザトクさん、もきゅさん、さくらざきさん、Dutchさん、さちおさん、nana_sleepさん、enoshimaさん、風ちゃんさん、樋川麻央さん、シャウタさん
ありがとうございました!
ちなみに、主人公の名前の『日向』の読み方は『ひなた』です!某サッカー漫画に登場する『ひゅうが』ではないです!