星に歌う   作:Rain777

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#9 下北沢サディスティック

「疲れた……」

 

仕事終わりの午後11時。

後輩の書いた記事に誤りが見つかり、修正をしていたらこんな時間になってしまった。

 

「ただいま~……」

 

誰も居ない真っ暗な部屋に挨拶をして、這うように動いてシャワールームへと入る。

脱衣所でジャケットやスラックスを脱ぎ、皺になるからあまり良くないと分かっていながら適当にその辺りに放置してシャワーを浴びる。

熱い湯を頭から浴びて多少眠気と疲れが取れ、ドライヤーで髪を乾かす頃には逆に目が冴えてしまっていた。

 

「何飲もうかな……」

 

煙草を1本吸ったら酒が飲みたくなり、珍しく酎ハイを出してソファに腰かける。

無音というのも寂しいので、ミュージック代わりにテレビをつけながらスマホをいじる。

 

「……ん?台風?」

 

暇つぶし程度に適当に付けたニュースだったが、台風が大幅に進路を変えて関東に上陸しようとしていることが報道されていた。

まるで他人事のように『大変ですね~』と言っているニュースキャスターに『明日は結束バンドの初ライブなんだぞ』と言いたくなったが、言ったところでどうにもならないことくらい分かっている。

煙草を吸いがてらベランダに出ると、『嵐の前の静けさ』と言わんばかりに雲一つない夏空が広がっていた。

 

「大丈夫か……?」

 

 

 

 

 

#9 下北沢サディスティック

 

 

 

 

 

「うわ……こりゃひでぇ……」

 

次の日、目を覚ました俺が最初に見た景色は酷いものだった。

横殴りに強い雨が降り、突風が窓を揺らしている。

慌ててテレビをつけて台風情報を開くと、関東に跨るように台風が襲来していた。

 

「わざわざ今日でなくても……」

 

仕事のグループラインは慌ただしく動き、取材先から帰れなくなった同僚が悲痛なメッセージを俺に連投している。

そんな同僚に『自分でどうにかしろ』と短く返しスマホをそっと閉じ、トーストをかじりながらコーヒーを飲む。

いつも彼女との惚気話ばかりしているんだから、たまには苦労しやがれ。

そんな性格の悪いことを考えながらシャワーを浴びて着替え、台風の中駐車場を通りSTARRYへ車を走らせる。

 

「今日、ライブやるのかな……」

 

何も考えず車を出したものの、そんな疑問がふっと浮かぶ。

どれだけ水切りしても綺麗にならないフロントガラスに、軽い苛立ちを覚える。

いつものコインパーキングに車を停め、手で頭を覆いながらSTARRYの階段を駆け下りる。

 

「鍵は……お。開いてる」

 

扉を開けてSTARRYに入る。

いつもより暗い店内では、星歌先輩がカウンターに突っ伏していた。

 

「まだチケット販売の時間じゃないですよ……」

 

「星歌先輩、俺です。日向です」

 

「ああ……お前か」

 

星歌先輩はそう言ってカウンターから顔を上げる。

いつもより覇気のないその表情と、明らかに雑なメイク。

 

「星歌先輩……」

 

そりゃあこうなるよな、と思ってしまう。

可愛い妹とその仲間の初の晴れ舞台だというのに、神様は意地悪だ。

 

「……私、ちょっと仕事してきますね~」

 

PAさんはそう言い残し、資料を手に取って椅子から立ち上がる。

楽屋の方に引っ込んで行く彼女の後姿を見ながら、俺は星歌先輩の隣に座る。

 

「星歌先輩。大丈夫ですか?」

 

「うっさいなぁ……」

 

星歌先輩は再びカウンターに突っ伏す。

 

「さっきアイツにも言ったけどさ。バンドやってりゃ、これから先こんな理不尽幾らでも経験するんだよ。それを乗り越えてかなくちゃいけないんだから……」

 

鼻声の星歌先輩の背中を、俺はゆっくりと摩る。

 

「そうっすね。人生なんて理不尽ばっかりですからね」

 

「分かってるならあっちに行っててよ……」

 

「でも」

 

俺はそこで一旦言葉を区切る。

星歌先輩は顔を上げ、俺の目をじっと見つめる。

 

「俺達が狼狽えてたら、虹夏ちゃん達に伝染しちゃいますよ」

 

ちょっと言葉が強かっただろうか。

そんな後悔がよぎったが、謝るより先に星歌先輩が振り下ろしたチョップが額にこつんと当たる。

 

「いてっ。何するんですか」

 

「うっさい。お前に説教されると腹が立つんだよ。そのくらい私だって分かってたわ。あと5秒突っ伏したら顔上げようと思ってたんだよ」

 

「……そっすか。そうは見えなかったですけどね」

 

「あ?」

 

「いや、何でもないです……」

 

良いことを言ったはずなのに、どうして俺が責められているのだろうか。

カウンターに頬杖をついてそっぽを向く星歌先輩を三白眼で睨みつけていると、楽屋の扉がギィと音をたてて開く。

 

「あっ!木村さん、来てくれたんですね!」

 

楽屋からお揃いのTシャツを着た結束バンドの4人が出てきて、喜多ちゃんが俺の顔を見て嬉しそうに飛び跳ねる。

俺は三白眼を止めていつも通りの目をすると、小さく手を挙げて笑いかける。

 

「いやー、良かった良かった。日向君が来てくれると心強いよ!」

 

「観客0人は回避」

 

「で、ですね……」

 

「あ!日向君ちょっとこっち来て!この結束バンドのシャツ、可愛いでしょー!」

 

Tシャツの裾を掴んでロゴを見せつけながら手招きする虹夏ちゃん。

今行くよ、と答えて椅子から立ち上がろうとすると、星歌先輩に手首を掴まれる。

 

「えっと……何か?」

 

「いや、その……さっきはありがとうな」

 

変わらず星歌先輩はこっちを見ようとはしないが、どんな表情をしているかは手を取るように分かった。

 

「いえ。星歌先輩にはいつも世話になってま……」

 

「ひゃ~凄い雨。やっほ~ぼっちちゃん!来たよ~!」

 

俺が言い終わるより早く、ここ数日何度も聞いた声がSTARRYに響く。

まさか、と思い扉の方を向くと、べろんべろんに酔っぱらったきくりが階段の手すりにもたれかかって後藤ちゃんに手を振っていた。

何故か俺のジャージを着ており、サイズが合っていないためかなり際どい格好になってしまっている。

 

「あ、お姉さん……」

 

「え、お前ぼっちちゃん目当てで来たの?」

 

星歌先輩が、まるできくりを知っているかのような口ぶりで訊く。

この2人、知り合いだったのか。

 

「そうだよぉ?いえ~い……って、あれ?日向ちゃんもいるじゃ~ん!」

 

きくりは俺の姿を見つけると、階段から飛び降りるような形で俺に抱き着いてくる。

びっちゃびちゃだし酒臭ぇ……。

 

「離れろゲロ女……!」

 

「……何。お前達知り合いなの?」

 

星歌先輩の周りの気温がグッと下がる。

 

「せ、星歌先輩こそ知り合いなんですね!世間は狭いですねぇ!」

 

このままではマズいことになると本能的に察知し、話題を変えることを試みる。

というか離れろゲロ女、俺に鬼ころの瓶を押し付けるな。

 

「大学時代の後輩だ。それより、お前らはどういう関係なんだ」

 

「飲み友達で~す!ね、そうだよね日向ちゃん!」

 

「……!そ、そうです!飲み友達!」

 

酔っ払いに同調するのは癪だが、今だけ乗っかっておく。

コイツが定期的に俺の部屋に入り浸っていることを星歌先輩に知られるわけにはいかないのだ。

 

「……ふーん」

 

星歌先輩の目がスッと細くなる。

俺は知っている。あの目は、俺を疑っている時の目だ。

 

「とにかく離れろきくり。今は俺達以外居ないからいいけど、他のお客さんが来たら目立つだろ」

 

「え~?何で?一緒のベッドで寝た仲じゃん?」

 

『なっ……!?』

 

きくりが恐ろしい爆弾を投下し、STARRYに驚きの声が木霊する。

後藤ちゃんは泡を吹いて倒れ、虹夏ちゃんと喜多ちゃんは顔を真っ赤にし、PAさんは愉しそうに笑う。

 

「一緒のベッドでは寝てねぇ!お前がベッド占拠してグースカ寝てたから俺はソファで寝たんだよ!」

 

「あれ、そうだっけ?あ、この間服忘れていったよね?また取りに行くね~」

 

2つ目の爆弾が投下され、今度は山田ちゃんが顔を真っ青にして倒れる。

 

「日向……お前……」

 

「せ、星歌先輩……まずは話を……」

 

般若を超えて不動明王のような形相になった星歌先輩。

 

「誤解!誤解ですから!話を聞いてください!」

 

「日向ちゃんの服、大きいんだけど~?」

 

「お前もうマジで黙ってろ」

 

傷口がこれ以上広がらないように、きくりの口に酒瓶を突っ込む。

 

よし、とりあえず大丈夫だな。

そう思った瞬間、俺の顔は星歌先輩のアイアンクローで捕らえられた。

 

「何から何まで説明してもらおうか……」

 

ミシリ、と骨の軋む音が聞こえ、俺は人生の終わりを悟った。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「……なるほど。他意はなかったと」

 

ライブ開始まで残り30分。

結束バンドの4人は、ライブ前の最後の合わせと言って奥に引っ込んで行った。

俺はというと、他の客から見えないようにカウンターの奥のドリンクサーバーの前で正座で洗いざらい全て喋らされ、星歌先輩にまるで女王様と奴隷の関係のように見下されている。

その額には青筋が浮かんでおり、不機嫌オーラ全開で指をコツコツとカウンターに打ち付けている。

きくりは可燃ごみの箱に頭から入れられ、ピクリとも動かない。

 

「酔って前後不覚のきくりを家に連れ込み、シャワーを浴びせ、何もなかったと?」

 

「本当ですって!」

 

「それはウソじゃないですかね~」

 

「ぴ、PAさんまで……」

 

愉快犯のPAさんは、心底愉しそうに口元に手を当てて笑っている。

 

「……はぁ。ま、嘘は言っていなさそうだな」

 

星歌先輩はため息をつきながらゴミ箱から抜け出すきくりを睨んでいる。

 

「その、だな……本当に何もしていないんだろうな?」

 

怒りの中に見え隠れする不安。

そんな星歌先輩の声に、俺は長く息を吐きながら立ち上がって膝の埃を払い落とす。

 

「本当に何もなかったですよ。そもそも……」

 

そう言って、可燃ごみの箱から抜け出してガハハと笑いながら酒盛りをしているきくりに目線を向ける。

 

「……見てくれは良くても中身がアレじゃ、勃つモンも勃ちませんよ。星歌先輩は猿に恋をしますか?」

 

「……後輩が迷惑をかけたみたいだな」

 

ようやく理解してくれたのか、星歌先輩は額を抑えながらため息をつく。

 

「ったく、まだ私も行ったことないのに……」

 

「それより、やっぱり客が少ないですね……」

 

ライブハウスに集まった客を数える。

俺ときくりを含め、12人しかいない。

 

「まぁな……こんな天気じゃな」

 

星歌先輩は忌々し気に天井を睨みつける。

地下にあるSTARRYにも、外で風が吹き荒れる音が届いていた。

 

「でもまぁ、信じましょうよ。虹夏ちゃん達……結束バンドの4人を」

 

「……ホント、お前がまともなことを言うとムカつくよなぁ」

 

カウンターの下で、俺は軽く星歌先輩に小突かれる。

ライブまでは残り25分。

結果がどうなるか……俺達は信じることしか出来ないのだ。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

『かんぱ~い!!!』

 

全員で声を合わせ、グラスをぶつけ合わせる。

 

「お前達、本当に良く頑張った。今日は私の奢りだから飲め」

 

一息でビールを半分近く飲み干した星歌先輩が、ほんのりと顔を赤く染めて言う。

 

「お姉ちゃんありがと~。私達未成年だから飲めないんだけどね」

 

ジュース片手に苦笑いをする虹夏ちゃん。

結論から言えば、ライブは大成功だった。

滑り出しこそ緊張で息が合わなかったものの、後藤ちゃんの演奏から一気に場の雰囲気が変わり、最後は少ないながらもお客さんは盛り上がっていた。

さらに、台風もすっかり過ぎ去り、今は綺麗な夜空が広がっている。

 

「……というか、俺は居てもいいんですか?STARRYの関係者じゃないんですけど」

 

ここまで来てから言うのもアレだが、隣の星歌先輩に耳打ちする。

だが、そんな俺の声が聞こえていたようで、喜多ちゃんが机から身を乗り出して俺に顔を近づける。

 

「木村さんも是非いてくださいよ!みんなでご飯を食べた方が美味しいじゃないですか!」

 

「あ、あはは……そうかな……」

 

ほとんど関わりのない人間が居て気まずくないのかな……と考えていると、星歌先輩に脇腹を肘でつつかれる。

 

「そうだ。あのアル中が来ている時点でお前も来ていいだろ」

 

星歌先輩は目だけを動かし、既に出来上がっているきくりを見る。

 

「まぁそういうことなら……俺が払いますよ?」

 

ビールのお代わりを注文しながら言うと、星歌先輩は首を横に振った。

 

「いいや。今日は私から払わさせてくれ。こいつらへのご褒美、ってヤツだな」

 

「……そうですか。じゃ、俺もお言葉に甘えましょうかね」

 

「いやお前は自分で払えよ」

 

届いたビールをその場で飲み干し3杯目を注文するが、星歌先輩の非情な宣告に思わず額から机に倒れそうになる。

 

「くくく……冗談だ。今まで何度か払ってもらっているし、今日は奢ってやるよ」

 

「あ~!じゃあ私も沢山飲も~!」

 

「お前は自分で払え」

 

いや、本当にな。

 

「ていうか、この方誰ですか?」

 

星歌先輩に抱き着くきくりに、喜多ちゃんが疑問を口にする。

 

「誰よりもベースを愛する天才ベーシスト、廣井きくりで~す。ちなみにベースは昨日飲み屋に忘れました~。どこの飲み屋かも分かんな~い」

 

「一瞬で矛盾しましたんですけど……」

 

喜多ちゃんが頭にクエスチョンマークを浮かべていると、山田ちゃんが机から身を乗り出す。

 

「私、よくライブ行ってました」

 

どうやら、山田ちゃんはきくりのバンドのファンらしい。

落ち着いた子だと思っていたが、意外とハジけているのかもしれない。

 

「それと……木村さんは店長さんの後輩さんなんですよね?」

 

喜多ちゃんは次に俺に目を向ける。

虹夏ちゃん以外の3人とは、アー写を撮っていた日に少し喋っただけなのであまり関りがないのだ。

 

「そうだよ。改めて、星歌先輩の後輩の木村日向です。今日は凄かったね」

 

特に……と思いながら後藤ちゃんに目を向けると、後藤ちゃんは矢吹丈よろしく真っ白な灰になって燃え尽きていた。

 

「あ、あの……後藤ちゃんが真っ白な灰になってるけど大丈夫なの?」

 

「ぼっち、燃え尽きた」

 

「この形になるのは初めてですね~」

 

「ま、ちょっとしたら人間に戻るでしょ」

 

明らかに慣れた3人の反応に、俺は戦慄する。

これがいつものことなのか……。

 

「ぼ、ぼっちちゃん!料理好きなの頼んで!」

 

星歌先輩がそう言うと、後藤ちゃんは「はッ!?」と言いながら現世に戻ってくる。

 

「あ、そうだ。木村さん!店長さんのことを先輩って言ってましたけど、いつの先輩なんですか?」

 

「え?学校での先輩は小・中・高で家が隣だったからその前から知り合いだったけど……それがどうかしたの?」

 

芋焼酎の水割りを飲みながら答えると、喜多ちゃんは両手で頬を抑えながらキャーっと黄色い声を出す。

 

「それってつまり、幼馴染ってことですよね!付き合ってたりしないんですか?」

 

「私も気になる」

 

「そう言われるとそうだよねー。お姉ちゃんと日向君、あれだけ一緒に居たけど実際どうなの?」

 

喜多ちゃん、山田ちゃん、虹夏ちゃんの順に質問責めを喰らって言葉に詰まる。

色恋沙汰に興味がある年頃なのか、後藤ちゃんもお茶を飲みながらちらちらとこちらを見ている。

 

「いや……何もないですよねぇ?星歌先輩?」

 

星歌先輩に目を向けながら言う。

 

「ん、そうだな。現状何もないな。それより、それ何やってるの?」

 

星歌先輩は顔色ひとつ変えずに『何もない』と言い放った上で、洒落たジュースにスマホのカメラを向けている喜多ちゃんに質問する。

何だよ、何もないって程何もなかった訳じゃないだろ……。

 

「……ん~?日向ちゃんと先輩って、先輩後輩の仲ってこと?」

 

一心不乱に飲んでいたきくりが急に喋ったと思ったら、俺と星歌先輩を交互に指さしていた。

 

「それで、先輩は昔バンドやってて~……?」

 

そこまで言って、きくりはニヤーっと笑う。

あ、ヤバい。コイツ、俺が高校時代にバンドやっていた先輩が好きだって知ってやがるんだ。

俺はきくりが何かを言い出す前にスマホを取り出し、きくりとの個人ロインに『今日の分は出してやるから余計なことを言うな』とメッセージを送る。

 

「ん~?」

 

スマホを見たきくりは、再び笑うとウィンクしながらサムズアップをする。

ふ、不安すぎる……。

 

「……あれ?て、店長さんバンドしてたんですか?」

 

後藤ちゃんがふと思い立ったようにきくりに訊く。

 

「星歌先輩、言ってないんですか?」

 

「ああ。わざわざ言う機会も必要性もなかったからな」

 

星歌先輩は、ビールを飲みながら何でもないように答える。

 

「そうだよ~?凄い人気だったんだから~!」

 

「じゃあ、何で……」

 

後藤ちゃんの疑問はもっともだ。

星歌先輩は水を一口飲むと、ふぅと短く息をつく。

 

「飽きたんだよ。バンド」

 

俺に答えたものと同じ回答を、後藤ちゃんにもぶつける。

……でも、俺は知っている。

バンドに飽きた人間がライブハウスをしないことも、虹夏ちゃん達をこんなにも気にかけないということも。

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

「お、日向。ここに居たのか」

 

お疲れ会もそろそろお開きかという時間。

星歌先輩が、店の外で煙草を吸っていた俺の姿を見つけて寄ってくる。

 

「ん。星歌先輩。今日は寝落ちないんですね」

 

「私がいつもいつも寝落ちると思うなよ」

 

多少足取りは危ないが、まぁ普通に受け答えが出来ている辺りまだ大丈夫だろう。

星歌先輩は自動販売機に寄りかかり、ポケットの中を漁って舌打ちをする。

 

「STARRYに忘れてきたか……おい日向。1本寄越せ」

 

「ん、星歌先輩って喫煙者でしたっけ?」

 

「まぁお前みたいに1日に1箱も2箱も吸いはしないがな。嗜む程度だ」

 

「……そうですか」

 

身体のことを考えて、星歌先輩には吸っていて欲しくはなかったんだけどな。

ちょっとばかり悲しい気分になりながらポケットから煙草の箱を取り出して開く。

だが、今吸っているのが最後の1本だったらしい。

 

「買ってきますよ。近くにコンビニありましたよね」

 

普段何を吸っているのか知らないがセブンスターでは重いかな、ウィンストンの5かマルボロの8辺りを……と考えていると、コンビニに行こうとする俺の手を星歌先輩が掴む。

 

「それでいい」

 

逆の手で星歌先輩が指さすのは、俺が今咥えている煙草だった。

さっき火を点けたばかりなので、フィルターまでまだ4分の3くらい残っている。

 

「……まぁ、いいですけど」

 

俺は人差し指と中指で煙草を挟み口から離し、星歌先輩に渡す。

星歌先輩は俺と同じように煙草を咥え煙を吸い込み、ゲホゲホと盛大にむせた。

 

「ゴホッ……随分と重いのを吸っているんだな」

 

「14ミリ……だった気がしますね。普段1桁吸ってると重く感じますよね」

 

「いらん。返す」

 

笑いながら星歌先輩から煙草を受け取る。

薄っすらと口紅のついたフィルターにドキッとしながらも、表情は変えずに煙を吸い込む。

 

「……星歌先輩。バンド飽きたっての、嘘ですよね?」

 

煙を吐きながらそう訊くと、星歌先輩ははぁとため息をついた。

 

「……どうしてそう思った?」

 

「だって、バンドに飽きたのならライブハウスを作らないですよね。きくりも言ってましたけど」

 

「ただの気まぐれかもしれないぞ?」

 

「まぁ……勿論、その線もありますけど」

 

まだ半分近く残った煙草の火をアスファルトで踏み消し、吸殻を拾って携帯灰皿に入れる。

 

「でも、俺は星歌先輩がバンドに飽きたとは思えないんですよね。俺が居なかった10年で何かあったんだろうな、って思います」

 

「……で?何が言いたいんだ結局」

 

ほんの少し不機嫌そうな星歌先輩。

こりゃ、間違いなくなにかあったな。

推測が確信へと変わり、俺は自分のとった行動の浅はかさをつくづく実感させられる。

何かあった時俺が近くに居れば……話を聞くことくらいは出来たのかもしれないのに。

でも、いや、だからなのかもしれない。

 

「身勝手で、自分本位で、都合の良いことだってのは分かってますけど……たまには俺を頼ってください。同じ大人だからこそ出来る話もあると思うので」

 

だから、俺は星歌先輩に寄り添いたいと思った。

前は『10年間消えていた俺が話を聞く権利なんてない』と思ったが、だからと言って星歌先輩を助けない理由にはならないはずだ。

むしろ……それは、俺が伊地知星歌という人間から目を背けるための言い訳にしかならない。

 

「……ふん。見栄っ張りの日向のくせに生意気な」

 

鼻を鳴らしてそれだけ言って、俺に背を向けて店の方に歩いて行く星歌先輩。

だが途中で足を止めると、首を回して顔だけこちらに向ける。

 

「まぁ……そうだな。たまには、頼ってやってもいいかもな」

 

星歌先輩はそう言ってニッと笑い、今度こそ店の中へと消えた。

 

「……はぁ」

 

もう28だというのに、俺はいつまで青臭い恋愛をしているのだろうか。

恥ずかしさを紛らわせる煙草を吸おうとしたが、もう1本も残ってはいなかった。

 




ー評価をつけてくださった方ー
x_shigure_さん、fasさん、夕莉さん、ルーオークさん、幽汽さん、しゅもくさん、ころじさん、りんごーんさん、komachinezuさん、名ナシさん、fasさん、O,Mさん、友人Bさん、ターキーさん、けん0912さん、ツナよしさん、ロシュさん、kamikouさん

ありがとうございました!

次回は、番外編という名のちょっとした過去編を予定しています。
是非楽しみにしていてください!
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