女だから鬼ぃちゃんになれない?なら姉鬼になればいいじゃないか。   作:ほとばしるバナナ

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第3話

 

Side:S.R

 

 

 

ーーーーなぜだ。

 

目の前に彼女が立っている。

本来ならばそこにいるのは私のはずだった。否、そうでなければならなかった。

 

生徒の上に立つ者として、無敗の三冠ウマ娘として、皇帝として

 

なにより、シンボリルドルフとして。

 

なのに

 

ーーーーなぜこの私が、膝をついて頭を垂れているんだ。

 

ふと、声が聞こえる。

力一杯芝を握りしめながら震える手を眺めていた眼を前に向けると彼女が口を開いていた。

 

「これで分かったか。俺は最初に忠告しておいたはずだぞ。

 

()()()()()()()()()()。」

 

その一言は、無敗の皇帝を唯のウマ娘へと引き摺り下ろした。

 

 

 

 

€€€€€

 

 

Side:third

 

 

 

時はシンボリルドルフとアネスパーダが練習試合に合意をした地点まで遡る。

 

早る闘志を抑えながらシンボリルドルフが体操服に着替えて戻ってくる。その眼はギラギラとした輝きを放っており、彼女が昂っていることを見せつけていた。

 

「では、ルールを決めようか。勝利条件は極めて単純、先にゴールを通過した者の勝利だ。」

 

興奮気味にルールを説明するシンボリルドルフをアネスパーダは口を閉じたまま静かに見つめ、その沈黙は彼女なりの肯定を意味していた。

 

「次の問題は距離をどうするか、だ。私は中距離から長距離が得意であるわけだが、マイルも走れないわけではない。

アネスパーダ、君は闘いの舞台にふさわしい距離は何mだと思う。」

 

ウマ娘の闘いは走る距離によってその内容が大きく変わる。短距離を得意とする者が長距離を走ればスタミナ切れで、長距離を得意とする者が短距離を走ると自身の実力を出し切れずにかなりの確率で敗北することになる。

つまりこの「距離決め」が勝負の結果に大きく直結する

ーーーー相手が普通のウマ娘ならば。

 

「俺に距離など関係ない。あの人を目指す俺が距離などという一条件に翻弄されるわけがないだろう。

なればこそ、貴様の一番得意な距離で闘ってやる。負けた後に変な言い訳をされても面倒だからな。」

 

アネスパーダがさも当然のように言葉を発する。

そしてその瞳は自身の強さに一片の疑いも抱いていない。

 

「ははは!ならば私が一番得意な2400mで()るとしようか。君が得意な大逃げがいつまでそのスピードを保っていられるか楽しみにしている。」

 

アネスパーダのわかりやすい挑発をシンボリルドルフは獰猛に笑いながら受けとる。

 

「そして最後に…アネスパーダ。

 

ーーー()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

風が吹いた。まるでこれから起こる蒼い嵐を知らせるように。

 

「戯言を。

…だが貴様に一つアドバイスをやろう。これは今朝俺に纏わりついてきた凡愚どもにも言ったことだが、俺が”逃げている”という認識をしている時点で貴様は俺を見誤っている。これから俺が行うのは圧倒的かつ一方的な制圧作業だ。」

 

アネスパーダが口角を吊り上げシンボリルドルフを睨みつける。そしてそれを真正面から一切怯まずに受け止める無敗の皇帝。

 

まもなく、闘いの火蓋が切られようとしていた。

 

 

€€€€€€

 

 

グラウンド上に吹き荒れる2名の怪物による威圧感の嵐。

観衆たちは、もはや声を出すことすら叶わなかった。

 

誰もがゲートに入り闘いが始まるのを待つ2人に注目する。

 

無敗の皇帝は目の前を真っ直ぐに見据える。その姿はまるで遥か先の結末まで見通しているようであり、これまでの経験から裏付けされた確かな自信がその眼に宿っている。

 

片や蒼い悪魔は眼を瞑り己の全身に精神を全て集中させる。その静かな様子は強者としてのオーラがゆらゆらと立ち昇っているように錯覚させ、見た者を無意識に後退りさせる。

 

「さぁ、行くとしようか。」

 

「……。」

 

 

 

ーーーーバガンッ!

 

 

ゲートが開き、2匹の怪物が同時にスタートを切った。

 

両者は共にまるで猛禽類を思わせる獰猛な笑みを浮かべながら加速していく。

 

瞬間、アネスパーダがシンボリルドルフの前に踊り出た。ぐんぐんと収まることを知らずにその速度は増していき、それは奇しくも選抜レース時と同じスピードだった。

 

いきなりの疾走にシンボリルドルフは更に口角を上げると自身もスピードを上げアネスパーダの後ろにピタリと追走する。

 

選抜レースでは既にこの時点で2番手と大きな差が開いていたが、今回の相手は無敗の皇帝。並の走りでは彼女と競うことすらできない。

 

「…ほう、着いてくるか。確かに今朝の有象無象とは違うようだな。」

 

「あまり甘く見てくれるなよ、この程度造作も無い。…まさかこれが本気だなんて言わないよな?」

 

並のウマ娘達が相当の力を出して走るスピードの最中、アネスパーダとシンボリルドルフが牽制し合う。その表情は共に余裕が現れていた。

 

「それに、私としては君のスタミナが心配だな。選抜レースは2000mだったようだがこの試合は2400mだ。今朝と同じように事が運ぶと思わない方がいい。」

 

思えば、この言葉が出た瞬間に彼女の敗北が決定したのかも知れない。

様々な重賞を闘い、そして勝利してきたシンボリルドルフは良くも悪くも経験を積みすぎた。

それ故に彼女は知らなかったのだ。

 

 

常識という紛い物を正面から打ち砕き破壊する、未知の生物との闘い方を。

 

 

〜〜〜

 

 

レースは大きな変化を見せずに中盤へと差し掛かる。

アネスパーダは変わらずに先頭を疾走しそのすぐ後ろにシンボリルドルフが付いている。

 

そんな中、先にその膠着を破ったのはアネスパーダであった。

 

「では、ここらで貴様に少し力を見せてやろう。あれだけデカい口を叩いたんだ。この程度で潰れてくれるなよ。」

 

アネスパーダが急激に加速した。

本来逃げを行うウマ娘はレース中盤にスパートをかけるなんてことはせず、はたからみれば彼女がしていることは自殺行為にしか見えない。

 

「…ッ!いいだろう。その勝負、乗ってやろうじゃないか。そっちこそ後でペースが乱れたなどと言い訳をするんじゃないぞ!」

 

逃げウマが中盤に先行ウマ娘のスパートレベルの加速をしたことに多少驚きつつシンボリルドルフも負けじと速度を上げる。一度開いたアネスパーダとの距離が徐々に詰まっていく。

 

「いいぞ、そうでなくては張り合いがない。

だが、やはり貴様はまだ常識というものに囚われている。その状態では俺に勝つどころか並び走ることすら永遠に叶わんぞ。」

 

「それはこちらの台詞だ。中盤にこんな加速をするなんて普通なら勝負を捨てたとしか思えないが、君はそうではないのだろう?相当スタミナに自信があるようだ。だが…このまま逃げ切れるなどと思うなよ。」

 

結果、2人の距離は元に戻りアネスパーダをシンボリルドルフが追走する形となる。しかしその速度は先程とは比べ物にならない程となっていた。

 

 

 

ーーーーそして気がつけば2人は最終コーナーを曲がり切ろうとしていた。

 

2人の蹴り上げる芝を含んだ土がその脚力を物語っており、観客は瞬きひとつせずにレースを凝視している。

 

「さぁ、()()()()()()()()()()。」

 

最後の直線に入りかけようとしたところでシンボリルドルフが目を見開いた。

そう、彼女の絶対の自信はこの最後の直線の存在故に確立されていた。

 

最終直線での爆発的な追い上げ。

これまで数々のレースで幾人ものウマ娘を抜き去り敗北という沼へと沈ませてきた彼女の最終兵器。その非情なまでの強さを見て人々はこう言った。

 

 

唯一抜きん出て(Eclipse first) 並ぶ者なし(the rest nowhere.)

 

 

その姿はまさしく皇帝。

彼女のみが先頭に立つことを許され、その横に並べる者は一人としていない。

 

「アネスパーダ。ここまで走り続けた君にアドバイスをあげよう。

 

ーーーあまり中央を舐めるなよ。」

 

絶対的支配者の風格をその身に纏いつつ、彼女は放つ。

 

 

 

【汝、皇帝の神威を見よ】

 

 

 

シンボリルドルフが全てを解き放った。

 

アネスパーダとの距離が次第に狭まっていき、周りの者はその強さに眼を輝かせると同時に畏怖を抱く。

急激に加速する彼女の姿からは全身に青い稲妻が走っているような錯覚さえ覚えた。

 

「勇往…邁進!道は自ら切り拓く…!」

 

アネスパーダとシンボリルドルフの距離はもはや無いに等しくなっており、誰もがこのままシンボリルドルフが差し切って勝つと無意識の内に決めつけた瞬間ーーーー。

 

 

 

悪魔の引鉄(Devil trigger)

 

 

 

悪魔が目を覚ました。

 

もしもシンボリルドルフが稲妻を纏っているのならば、アネスパーダはもはや一筋の紫電そのもの。

 

その爆発的な加速力は皇帝をも上回り、背後に迫っていた無敗の三冠ウマ娘を置き去りにする。

 

「なっ……」

 

シンボリルドルフは心の中でどこか油断をしていた。

しかしそれは決してアネスパーダを侮っていたわけではなくレースにおける定説、己が蓄えてきた知識、そして数多の場数を踏んできた経験によるものである。

 

しかしそんな常識(もの)など、悪魔には通用しない。

 

「まだ…速くなるというのか……!?

こんな、こんなことがあっていいのか……!」

 

正真正銘、シンボリルドルフは全速力で走っている。それなのにアネスパーダとの距離が縮まらない、どころか更に開いていく理由はただ一つ。

 

それは、単純な力量の差であった。

 

「負けて…たまるかぁ!私はシンボリルドルフだぁぁあ!!」

 

ここで初めてシンボリルドルフは己の慢心を自覚する。実力を過信していたのは自分だと。

 

しかし、彼女にも皇帝ーーー否、1人のウマ娘としての矜持があった。そして既に限界のスピードを出していたはずの脚が彼女の強い想いに応えるかのようにその回転数を増す。

 

再び2人の距離は縮まり始めた

 

かのように思えた。

 

「…いい脚だ。並大抵のウマ娘ならば追い抜くどころか追走することもままならないだろう。そのぐらいの速さを貴様は持っている。

 

 

ーーーだが、まだ遅い。

 

背中が、遠のく。もはや追いつく術は存在しない。既にシンボリルドルフの脚は限界を超えたスピードで芝の上を駆けている。

 

 

「まて」

 

 

差が開く

 

 

「まって」

 

 

差が、開く

 

 

「まってくれ…」

 

 

差が、開き切る

 

 

ーーー勝敗がついた。勝者である彼女は汗こそかいてはいるが大きな息切れを見せていない。

既にゴール地点を通り抜け減速するその背中を、シンボリルドルフは見つめることしかできなかった。

 

 

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